ディーク
ドアを乱暴に閉め、ご丁寧に鍵まで掛けて行った彼女の遠ざかる靴音を耳に、手に握る鍵を見て笑い声が漏れた。
「ははっ、自分の笑い声を聞いたのは何年振りですかね」
昨夜からそうだ。予想の遥か斜め上を歩く彼女に何度肩を震わせた事か。こんなに愉快な気分になったのは・・・さて、いつ振りだろう?と、らしくもなく考えながら改めて鍵を見る。
「見ず知らずの、ましてや犯罪者だと分かっている男に、渡しちゃダメでしょう?普通」
昨夜も、本当はのんびりティータイムごっこをするつもりはなく、目的の事を彼女が知らなければ殺すつもりだった。
シュークリームは単に手っ取り早く、エネルギー補給をしながら仕事をする為に持参したに過ぎない。
それが、どう言う訳かいつの間にやら、彼女と向かい合って座り居候までする流れになった。
言い訳をするならそう、柄にもなく彼女をすぐに殺すのが惜しくなったのだ。
「まぁ、期限までまだありますし、暫くは彼女を観察しているのは悪くないですね」
ぼやきながら、僕はプリペイド携帯を取り出した。
欧州は今、俄にとある事件で騒ついている。
ここ数年で、裏社会の口座がいつくも凍結され、各国の政府機関に差押られるという事態が続いた。
最初はマネーローンダリグ用の個人の少額口座から始まり、しだいに裏社会のダミーカンパニーの資金に手が及んでいった。事態を重くみた今回の雇い主は、あらゆるハッカーを集め、資金を凍結させた大元を躍起になって探し出そうとした。が、それすら嘲笑うかの如く、今度は大元によって組織本体の資金の一部がついに凍結されてしまった。
組織は、あの手この手で資金を隠さざるおえなくなり、暫くは金が動かせない状況に陥った。
つまり、商売が暫く出来なくなったのだ。
そんな訳で、激昂した依頼主は僕を呼んだ訳だが・・
分かっている事は、いくつも経由されているサーバーに共通して日本のサーバーが必ず入っている事、ハッキングの痕跡にA3と言う謎の記号が入っている事。
依頼主は今回のターゲットに、基本生死は問わないと言っていたが・・生きて連れて来れば倍出すと言って破格の金額を提示してきた。
「とは言っても、僕の専門は殺しなんですけどねぇ・・まぁ、仕向られたのは僕だけじゃないでしょうけど」
仕事の電話を終えて、痕跡を残さないように携帯を破壊しながらぼやくと、またも意識は彼女へ向いた。
彼女に目を付けたのは偶然だった。
各国から追われている僕だったが、別段日本の警察組織に注意はしていなかった。
平和ボケした小さな島国の意識しかなく、先進国とは言え、国防に関して穴だらけの国に脅威も感じなかったからだ。
それでも、今回の件が日本に関係がありそうで、一応僕を追ってる政府組織と言うのもあり、手っ取り早く欧州の事件の情報を持っていそうな、国際犯罪組織課で唯一女性の彼女に目を付けたのだった。
依頼の期間は残り三ヶ月。
それまでは、ここを拠点に動くのは案外効率がいいかもしれない。それまでは・・・
「さてと、情報収集にでも行きますか」
一人ぼやくと、いつ振りかぐらいに機嫌がいい僕はキッチンへと向かった。




