夢ぢゃなかった
翌朝、目の前に広がる豪華な朝食に、私はまだ夢の住人なのだと思ったのは、致し方ないと思う。
そう言えば、昨夜は無理矢理自分は夢の中にいるんだ!って言い聞かせて夢の中で眠るという奇妙な体験をしたけど・・そっかー。昨日のあれ、やっぱり夢じゃなかったんだー。
「おはようございます。朝は、洋食派か和食派か分からなかったので、とりあえず無難にスクランブルエッグとトーストにサラダにしてみました」
朝から無駄に笑顔が眩しい。ちなみに、シャツをまくっている腕素敵。
「コーヒーもどうぞ。昨日ブラックで飲んでたので、コーヒーには何も入れてませんが、ミルク出します?」
「・・・」
冷めない内にどうぞー、と言う言葉と共に自然といつもの定位置へ座る。
いや、本当待ってほしい。
なぜここに?とか、追われている組織についてとか、今後の事とか、会社に報告とか、色々聞かなきゃならない事、やらなきゃならない事は山積みなのだが、残念な事に口より先に私のお腹がコーラスを歌った。
「いっ、頂きます」
腹が減っては何とやらだ。
相変わらず、男は下を向いて肩を震わすと言う、謎の発作?に見舞われているようで、私は男を待つ事なく一口パンを齧った。
暫くして、ひとしきり震えた男は落ち着いたのか、私の向かいに座ると、によによしながら恐らくコーヒー牛乳であろう飲み物を手に取った。
「あっ、あのさ」
「はい?」
優雅にコーヒー牛乳なんか飲みやがって、と思いながら私は一番気になった事を遂に聞いてみた。
「冷蔵庫、勝手に開けたの?」
ぐふぁっ、と言う妙な音と共に男は私に背を向けると、椅子の背に腕を置いて顔を突っ伏した。また震えている。
いやいや。人の家の冷蔵庫、勝手に開けちゃダメでしょう。ましてや不規則な生活をしている私は、野菜室にミイラになった人参と、溶けかけのきゅうりが入っていて、それらがこの妙にいい男に見られたのかと思うと、やはり女心としては早急に確認すべき事案だった。
「そっ、そうですね・・ああ・・あの野菜達は・・ちゃんと捨てて・・おきましたから」
やけに途切れ途切れに男に告げられ、あー、あの手遅れの野菜達を見られたのか。と、理解して軽い眩暈を覚えた。
「それで、どうしてここにいるわけ?」
「・・・やっとまともな質問が来ましたね」
「はぐらかさないで!大体昨日はどこにいたのよ!?」
あー、このスクランブルエッグ美味い。思わずフォークが進んでしまう。
「昨日ですか?リビングのソファーで寝ましたよ」
その言葉に、スクランブルエッグをちゃんと飲み込んだ私は偉いと思う。
「は?」
「さすがに、雇用主と一緒に寝るのは・・異性ですし。それとも、僕に手錠でも掛けて一緒に寝ますか?」
やめろ。何だか朝から妙な色気を出すな。
「大体、私はあなたを雇った覚えはないけど!」
「安心して下さい。こう見えて殺し以外でもそれなりに器用なので、ここにいる間は家事は任せて下さい。それとも僕の監視をやめて、僕を追ってる組織に酷い目にあってみます?」
「・・・」
「僕と接触した時点で、運命共同体ですよ?大丈夫です。僕も囲われている身なんで、僕がいる間は護衛しましょう?」
つまり、何か?私に元々選択肢はなかったと?いや待て、今日会社に行って事情を話して、こいつを捕縛出来れば全て丸く収まるんじゃ?
「あなたの会社に連絡等、妙な気を起こして僕を捕まえようとしたら」
男はスッと私の喉元にナイフを突きつけた。
「殺しますよ?」
思わずゴクリと喉がなる。
これが本物の殺し屋か、と、全身で理解する。
僅かでも動けば、この男は躊躇うことなく、ナイフを一閃させるだろう。一瞬一瞬が、嫌に重く長い時が流れる。
背中にじわりと嫌な汗が流れ始めた頃、男はようやくナイフをしまった。
思わず、ふーっと長い安堵のため息が漏れる。
私は男を睨みつけながら、これまでの事を思った。
「あんた、大体なんで私なわけ?」
「一目惚れです」
「・・・・・・・・・・・・・は?」
一目惚れ?一目惚れって意味なんだっけ?殺すぞって書いて一目惚れって読むんだっけ?
何かさー、数年こいつの事追っててさー、それがひょっこり現れただけでもビックリなのに、それがズカズカ人の家入ってきたかと思ったら、昨日は組み敷かれるし、今朝はナイフで命の危機に瀕するし、追われてる組織がどーとか脅すもんだから、普通はもっと何かあると思うのよ?
曲がりなりにも、私警察官だよ?それも国際犯罪組織課の。会社では、マフィアやらテロリスやらを専属で扱う部署なわけ。
情報目的とか、もっとこうそれっぽい理由ってあるんじゃない?それとも何か?私の思考回路がおかしいのか?あー、何か段々訳わからなくなってきた。
遠い目をしている私を他所に、男はとびきりの笑顔を向けてきた。
「こんな稼業してると、中々良い相手が見つからないんですけど・・ある日、僕を追っている貴女を見かけて、運命だと思ったんですよ」
「・・・」
運命の女神出てこいやー!!!