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月とモニターと殺し屋と

残酷な描写があります

 深夜

 静かに彼女の寝室を訪れた僕は、熟睡する彼女を前に口角が上がるのを抑えきれずにいた。

 「本当に・・僕が殺し屋だと理解してるんですかね?」

 苦笑交じりに静かにぼやくと、返事のように彼女の口がもごもごと動いて「まだ食べる」と呟いた。

 「・・・くっ、」

 思わず声に出して笑いかけたが、左手で口を押えて腹に力を込める。


 不思議な感覚だった。

 穏やかに眠る彼女を前に、無意識に手が伸びる。そして、つと、殺すでもなく声が出せないように首を絞めるでもなく彷徨う左手に気づき、僕は自分の左手を見つめた。

 

 彼女に触れようとした?

 何故?

 確かに自分は今彼女に触れようとしていた、ただそれは身体に染み付いている人を殺す行為とはかけ離れた、ほとんど訳も分からない衝動だった。

 

 僕は左手を下ろすと、穏やかに寝息を立てる彼女の寝室を後にした。


 マンションの屋上に出ると、ぽっかりと丸い月が辺りを照らしていた。

 眩しすぎる。

 いつもなら早々に闇に溶けるように建物の物陰に身を置くのだが、なぜか今日はしなかった。


 僕は一通り辺りの安全を確認すると、出入口のドアを背に座り、ノートパソコンを起動させた。

 

 それにしても、と、思う。

 青白いモニターの明かりを受けて、僕は穏やかに眠る彼女を思い出していた。


 殺し屋云々の前によく知りもしない男の前で、警戒心がなさすぎやしないだろうか?

 出された食事は何の躊躇いもなく手をつける、同じ居住空間に男がいるにも関わらず、ぐっすり眠れるとは。これいかに?


 もしも、僕よりも先に昼間のあの男と会っていたら、彼女はあの男の前でも幸せそうに食事し、無防備に眠るのだろうか?

 想像して、なぜか少し胸がざらざらとした不愉快な気分になる。

 まぁ、彼を前にする事になれば、無防備どころか決して安らかではない永遠の眠りが待っているわけだが。


 緩いウェーブのかかった、ダークブラウンの髪と瞳を持つ男の顔を脳裏に浮かべて、僕はほんの僅かに眉を寄せた。


 少し、面倒な男に会ったものだと思う。


 ハーレン(hallen)

 誰がいつから呼び始めたか、国籍も素性すら分からない裏の世界で、名前が個人を示す数少ない人間の1人だった。

 

 ある仕事で初めてあの男の仕事を見た時、あーなるほどと思った。


 鳴り響く(hallen)


 裏の世界の人間は2種類いると思っている。

 同じ拷問をしたとして、仕事だと割り切る人間か、ただ純粋に()()()()()な人間か。

 

 ハーレンは圧倒的後者の人間だった。


 壊れる限界の所まで、何度も何度も追い詰め、絶望と恐怖に満ちた阿鼻叫喚の先に、全てを蹂躙尽くされた元は()()()()()()()()()()だった者に、最後は静かに絞り出すような「殺してくれ」と懇願させるのが彼のアウトロ(曲の終わり)(outro)だった。


 まったく、趣味がいいとは言えない。

 何度も何度も繰り返される暴力なんて言葉では生やさしい、凶暴で醜悪な愚行を前に、耳障りな絶叫を耳に、あの男は吐き出される血反吐にさえ嬉々として、紡がれる()を楽しんでいた。


 「切断する指一つでも、声音が変わるんだよ」

 

 哀れな獲物の、本日何本目かの指を落とし終えた後、うっとりと彼は溜息をついた。

 物心付いた頃から、裏の世界で生きてきた僕ですら、裏の世界でも住む世界が違う人間がいるのだと唐突に理解して、不愉快に寄せそうになる眉を無表情に保ったまま、その様子を眺めていたのを覚えている。


 そんな男に存在を認知されたのだから、少し面倒なことになるだろうなぁ、と思う。

 まぁ、それでも僕が側にいる内は誰にも触れさせるつもりはないが。

 

 少し、自分の欲も入っているな、と自覚はしている。

 先刻の食事シーンを思い出して、ほんの少し血が熱を上げたような気がした。

 

 まさか、男を知らないとは。


 聞いた瞬間は、そんな訳もないのだが誘っているのかと、ガラにもなく少し動揺した。

 女を知らない少年でもあるまいと、自嘲したくなる。


 別に処女に性的興奮を覚えるとか、崇高なものだとかは思った事もなければ、処女を抱きたいとかも思わないが、彼女に関しては妙にそそられる。


 この感じは、そう、強いて言えば、勿体ない?

 支配欲とでも言うのだろうか、事もあろうにハーレンはもちろんだが、他の男に彼女が蹂躙されるのは勿体と思う自分がいるのだ。

 

 男を知らない肌に、初めてを自分が刻んでみたい。

 それは、突如はっきりと意識した強烈な欲望だった。


 予想の斜め上を行く彼女の言葉、驚いた時に目を丸くして静止する姿、食べる時に見せるあの満面の笑顔。

 きっと、夜の情事の時にはまだ知らない顔を見せるのだろう。そして、それはまだ誰も知らない。

 誰もまだ知らない彼女を、いづれ他の男のものになるとしても、僕が知らないのは何だか勿体ないようで口惜しい。

 だったら、さっさと手を出しておいたほうが自分の精神衛生上もいいだろう。


 ああ、それにと思う。

 食事をする彼女を思い出し、意識せず微かに目尻が下がるのが分かった。

 

 彼女に食事を作るのは気分がいい。

 一口目を口に入れた彼女は、目を大きく開くと、こちらを見てほんの少しの間ふるふると震えた。

 最初は口に合わなかったのかと、様子を伺っていると次の瞬間には半泣きのような満面の笑顔で「美味しい」と次から次へと口へ入れる。

 

 元々、外食はリスク管理の観点から、必要でなければ普段からしない。

 よって、食べない事もままあるが、必要業務だから料理をしてきたに過ぎないが、こうも喜んでもらえると悪い気はしない。

 というか、今後も彼女になら気分良く提供出来るだろう。


 どぅ表せばいいのか分からない不思議な感覚だった。誰かに何かをしてもいいと思うのも、何かをして喜んでもらえるのも。

 この感覚が何かは自分には分からないが、少なくとも機嫌がいい。


 最初は居候する為の手段だったのに、さて次は何を作ろうかと頭の片隅で思案する自分がいる。

 予感はあったが、案外退屈しない居候が出来そうで、思わずほくそ笑む。と、同時にキーボードの指を止めた。


 「どういう事でしょうねえ・・・これは?」

 

 思わず声に出すと、僕は画面を見る目を細めた。

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