殺し屋とランジェリー
「っ!!こっ、殺す!!」
「それはこちらの専売特許ですが?」
「っ・・・!!!」
何も言えずに口をぱくぱくさせている私に、目の前の殺し屋はにっこりと、そしてしっかりとどめを刺しにきた。
「まぁ、服の下なんて普段見えませんし、男女の伽を迎える時は全裸です。一部例外はありますが、衣服なんかより目の前の肉体をとりますから、そんなに気にすることありませんよ」
「・・・」
どさり。と椅子に崩れ落ちて、私はがっしりと頭を抱えた。
明日もし、世界が終わるとしたら、まさに、今、この世の終焉を告げられた気分だ。
「いっそ物理的に殺して・・・。何で下着を見られる初めてがあんた・・・」
「女性がランジェリーの中に武器や暗器を隠すのは、割とよくある手なので。それよりも、初めて・・ですか?」
何やら珍しくディークは言い淀んでいるみたいだったが、せっせと自分で墓穴を掘っている最中の私には、なんかもー色々とどぅでもよくなっていた。
私は遠い目をしながらディークを見ると、すっぱりと開き直ってやった。
「ええ。そうですが何か?この歳で男を知らない、と言うか彼氏すらいない喪女ってやつですけど何か問題でも?」
「・・・いえ、何も問題ではありません。ただ・・・」
そぅ言うと、ディークは左手で口元を覆うと、つと目を逸らせた。
なんだ?バカにしてんのか?
私がジト目でディークを見やると、次の瞬間にはディークは何事もなかったかのような綺麗な笑を浮かべた。そして、あろう事かあの黒いスライムもどきのようなチャーハンに手を伸ばした。
「っ!?わっ、ちょっと!!!?」
慌てて止めようにも、時既に遅し。
ディークはひょいっと皿を持ち上げると、なんと躊躇もなくその黒いスライムもどきを口に入れた。
「・・・」
「・・・」
妙な物を咀嚼する殺し屋を見守る警官と言う、謎の時間が静かに流れ、やがてディークがことりと皿を置いて終わりを告げた。
「えっ!?え゛!?たっ、食べきった?」
空になった皿を呆然と見つめること3秒。私は唖然としてディークを見つめた。
正直、自分でもちょっとキツイなぁと思っていた。
それを食べきった!?
「随分と刺激的な味ですね?」
「・・・あっ、あんた、大丈夫なの?・・その・・体調とか・・」
私の作った物を食べきったと言う事実に、情けない話だが、妙な感動を覚えた私は自分の立場を忘れて心底ディークを心配した。
「決して美味しくはないですね。ただ、幼少期に口に出来たものは、これよりずっとひどかったのでまぁ、食べれなくはないです」
「・・・」
おっ、おう。そうですか。
そ、それはどんな反応をするのが正解なんだ?
悲惨な子供時代だったね。と言う同情?それとも胃薬いる?と言う具体的な看護?悲しいかな。失礼な!と怒れるレベルにない料理な事は骨の髄まで知っている。と言うかなんでいきなり食べた?
自分で言うのもなんだが、結構得体の知れない見た目してたぞ?
何だか頭の中がぐるぐるする。だからだろう
「えっと、お、お粗末さまでした?」
ポロリと口にする言葉はいつも間抜けになる。
「食後のコーヒーが飲みたいですね」
「えっ?あっ、食後?」
「何です?」
2度、3度とゆっくり瞬きを繰り返す私にディークは、口に運ぼうとしていたミネラルウォーターの手を止めて、訝しげな顔を向けた。
「いや、何かちょっと感動しちゃって」
「はい?」
ますます訳が分からないと、目を細めるディークに構う事なく、私は思わず胸の前で指を組んだ。
「いや、だって私の作った料理、食事って・・・ふぐっ・・」
「・・・」
後半は、声に詰まって鼻を啜り上げた。
「・・・妙なところで感動しないで下さい。本当に一度殺してみたくなります」
「ひっ」
えっ?何それ。何その理屈。涙引っ込んだは。
ディークはやれやれと言った感じで、今度こそミネラルウォーターに口を付けた。その際に、ディークが水を口に含めている時間がほんの僅かに長いのは、きっと私の気のせいではないだろう。
「・・・変な殺し屋・・」
「何か言いましたか?」
「えっ?いや、別に何も?さて、コーヒー淹れるよ」
「そう言えば、あなたの作る固形物はいただけませんが、コーヒーは飲めますね」
「余計なお世話だ」
シンクに向かいながら、私は首を傾げた。
無意識に呟いた、自分の一言が意外だった。
自分も充分に変な警官なのを棚に上げて、夜はこうして更けていく。