殺し屋とただいま
リビングの扉を開けて、瞬きすること2回。
帰る自宅を間違えたのかと、今でも思う。
「おかえりなさい?と、言うべきですかね?」
ディークは洗い物をしながら顔だけこちらに向けると、にっこり微笑んだ。
何だ?その主婦感。非現実過ぎるだろ。
誰が一人暮らしのマンションに、殺し屋が美味しそうな夕食作って待ってるって想像するの?しかも和食。
いらたホラー作家か、霊媒師になるべきだと思う。絶対に食っていける。
それにしても・・・久々に温かいご飯の匂いがする!あー。そう言えば煮物ってこんな香したわぁ。
そんな事をぼんやり考えていたせいか
「たっ、ただいま?」
なんぞと私の口から間抜けな返事が自然とこぼれて、頭痛がしそうになった。
それ違う!激しく違うぞ?私。呑まれるな!私!
ディークは一瞬だけ洗い物の手を止めると、僅かに目を見開いたが、またいつもの胡散臭い笑顔を向けてきた。
「急いで帰ってきました?エレベーター降りてからの歩数が予想してたより少なく着きましたね」
怖いわ!!何だエレベーター降りてからの歩数って!?
監視カメラでもあるのか?超音波でも出せるとかなのか!?
勝手に自宅をうろうろするな、とか。
早く出て行って、とか。
これからどうするの?とか、もろもろ言ってやる事はある!!よし言うぞ!言ってやる!
と、力んだ瞬間だった。欲望に素直な私のお腹はグーっと『まずはご飯でしょ!?』と盛大に主張をしてくれた。
「あ゛っ・・。」
何さらしとるんじゃい!私の腹の虫め!!
ディークは顔を下に向けて、小さく「くっ、」っとうめくとやや引き攣った笑を向けて
「とりあえず、着替えたらどうです?」
と、居酒屋のお通しのような気軽さで言ってきた。
「・・・」
いやいや。さすがにちょっと待ってほしい。
何故に未婚の女性である私(しかも彼氏いない=年齢)が、得体の知れない男と一つ屋根の下にいるってのに、そんな着替えるなんて無防備な事をせねばならんのだ?
すでに昨夜一つ屋根の下で寝てるし、今朝も着替えてはいるのだが、そんな事は頭の肥溜めに放り込んでいる都合のいい私は「あのねっ・・・!」と、声に出してはみたのだが、言い切らないうちにゴゥーっと『まずは!ご飯!!』と、激しく主張してくる腹の虫にまたも場を持って行かれた。
腹の虫・・出来るものならバ○サン焚いてやりたい。
「・・ふっ。よほど空腹なんですね。着替えてる間に温めておきますよ?」
きらっきらの笑顔の前に、私は大人しく白旗を振ることにした。今の私じゃ何を言っても説得力皆無だわー。
結局、私は着替えるべくいそいそと寝室へと向かった。
「えっ!?何これ!!天才!?」
ジャージに着替えて、本能の赴くまま感想を口にした一言はそれに尽きた。
「大袈裟ですねぇ。日本食は初めてでしたので、勝手が分かりませんでしたが・・口にあったようですね?」
あまりの美味しさにもはや咽び泣かけている私に、椅子の背もたれに腕を預けてミネラルウォーターを飲みかけていたディークは、手を止めると若干引いた顔を向けてきた。
「これで初めてのクオリティー!?あんた、いい嫁になれるよ」
箸を握りしめ、食べている肉じゃがの味に打ち震えながら力むと呆れた声が返ってきた。
「・・・いい嫁とは、日本らしい褒め言葉?ですね。手順通りに作れば皆作れますよ。といいますか、普段一体全体何を食べているんです?」
私は目を明後日の方向へ泳がせると、「外食が多いかなー」と、なんともぼんやりした返事を返した。
触れてほしくないところってのは、中々に人を惹きつけるのか、ディークは「外食ねぇ・・」と小さく呟くと、それはそれはいい笑顔を向けてきた。
「ところで、冷蔵庫の中に入ってたあの固形物は何ですか?」
ぎくりとする。
触れて欲しくないところをピンポイントで来たな。おい。
「調べても、それらしい料理名が分からないんですよ」
「・・・」
私が無言な隙をついて、ディークはそれはそれは流れるように優雅に冷蔵庫を開けると、ことりと私の前に一つの皿を置いた。
「これです」
「・・・・・。」
おい。こら。人のうちの冷蔵庫勝手に開けちゃダメだからな?
白い皿の上には、ほぼ真っ黒に近いべちゃべちゃしたものが、最終的に行き場を失って集合体になって固まってしまったような代物が鎮座していた。
「これは何です?滑らかさのないスライムといいますか・・」
おいこら。さっき料理名とか言っておいて例えが既に食べ物じゃないからな?