深夜都内某所にて
「こんばんはー。どうも殺し屋です」
ドアを開けてコンマ三秒。にこやかな笑顔を見せる男を前に、見事に固まってしまった私は、まったく!絶対!何も!悪くないと思う。
だって誰が自分の人生で、玄関のドアを開けたら殺し屋がいると思う?
それも正真正銘の!
瞬間遅れで正気を取り戻した私は、転がるように下がると靴箱の下に非常時のために仕込んで置いたベレッタを手にした。のまではいいのだが、相手に向ける事なく、私は流れるような動作で侵入してきた殺し屋の下へ組み敷かれてした。
「くっ・・!」
「夜分にすみません。でも、あなたは日中警察組織にいるので、さすがの僕も堂々と会うのは気が引けまして」
「でしょうね」
思わず乾いた笑いが漏れる。
なぜなら、目の前にいる男は、私達国際犯罪組織課が長年追いかけてきた殺し屋なのだから。
つまり、思いっきり敵同士なのだ。
「あーあ。折角シュークリームを持ってきたんですけど・・今の衝撃で少しクリームが溢れてしまったかもしれませんね」
これ見よがしに束縛していない左手でケーキの箱を目の前にかざすと、男はさも残念そうに箱を見つめた。
「・・・」
本当にちょっと待ってほしい。もはや何から突っ込んでいいのか静かにパニックに陥っている。
どうしてここにいるのか?
私を知っているのか?
目的は何なのか?
「シュークリーム・・・好きなの?」
はい。待った自分!何?間抜けなの私!バカなの私!
聞きたい事がありすぎて、口にでた言葉がすこぶる間抜けになった。
招かざる男は一瞬目を見開くと、下を向いて肩を震わせ始めた。
何だ?発作か?
「貴女いいですねぇ。シュークリームというよりは、甘い物全般に好きですね」
おぉ。いつも望遠レンズで撮られた画素数の荒い写真で顔は知っているが、素性や国籍、名前すら謎に包まれている男の好きな食べ物が、甘い物⁈
何だか、みょうな感動すら覚える。
男はゆっくりとした動作で立ち上がると、私に手を差し出してきた。
「ちなみに、コーヒー派です」
おっ、おう。そうですか。
旧知の仲であるかのような口ぶりに、思わず手を出してしまった私は悪くないと思う。多分。
「コーヒーは少な目で、ミルクと砂糖多めでお願いしますね」
「・・・。」
それは、もはやコーヒー牛乳では?
というか、何か?飲んでくのか?
だから突っ込みが多いんだって。だからだろう
「アイスかホットは・・・?」
はい。私バカ決定。
男はまたも下を向いて肩を震わせたが、次の瞬間にはそれはそれは麗しい笑を向けてきた。
「アイスでお願いします」
そして、五分後。
私の部屋はコーヒーの香で包まれる事になった。