王の良心
夕方頃には、薬が切れて目を覚ましたトールのオッサンに、先ずは、サフラの事を訊いた。
「先に、茶を持て」
「あのなあ、この世界では、あんたは唯の村長の息子でしかないんだよ。いい加減わかるよな?」
「そんな話しなら後にせい。ワシは寝る」
「サフラは、どうした?」
「うるさいぞ!」
ふて寝してしまったトールのオッサンに、食事を届けてもらうよう頼みに行くと、マァルが着いて来いと言わんばかりに、前を歩いて案内してくれたんだ。
使用人の休憩室なんだろうところまで、ラキと一緒に入った。
「まあ、マァルじゃない 帰っていたのね」
「ミャウ」
「あら、マァル。素敵なリボンをしているじゃない」
等と、あっという間に囲まれている。
マァルは、丸い体を出来るだけ細く見えるように尻座りしてポーズを決めていたな。
「マァル?」
ボテっと転がるようにこちらにやって来た。
「お前、ゴムみたいだぞ」
「フニー!」
つい言ってしまったら、あの体で飛び上がり猫パンチを両頬にくらってしまった。
吸い付く不思議な肉球のお陰で、今、私の両頬には猫の肉球跡がついているらしく、ラキに羨ましがられている。
アイツ、ラキにはペロペロと舐めるしかしないのな。
「あ~、マァル、ラキもピタピタ~」
と、マァルの手を頬に当てるラキ。
「坊っちゃんの天然とは違う、清らかさね~」
「穢れない者って存在するものね」
「あの、威張り屋と大違いよ」
居合わせた使用人の方達が、皆、頷いている。
「長らくご迷惑をお掛けしてすみませんでした。明日には、連れて出ますからどうか安心して下さい。それで、クピ族の娘を探しているんですが、何処に居るか知りませんか?」
一様に喜んだ後、年輩の女性が教えてくれた。
「サフラなら、ここに出入りしている革職人の見習いと仲良くなって、アチシが支えてあげなきゃって着いて行ってしまいましたよ」
「えーと、それはいつ頃の話しですか?」
「私が思うには、あの男が荒れ始めた頃には……」
何ってこった。トールのオッサンは、本当に人望がないらしい。あの、サフラに愛想を尽かされるとは!
「ありがとうございます」
マァルを残して、トールのオッサンの食事を頼みに行ってやった。
翌日は、愚図るオッサンを連れてベルナップの屋敷を後にしたんだ。
ベルナップには、トールのオッサンが損害を与えた金額の借用書を一応作ってもらい、それから、私とラキの家の管理をお願いしたよ。
「ライルが、僕の補佐をしてくれる迄の先行投資だと思ってよ」
「ありがとう。色々迷惑かけてすまない。目的を達成したら、必ず戻って来るよ」
そう言って別れたんだ。
*
この世界に落ちて、初めて自分で訪れたアルセルゴの町だ。
「なんだか、懐かしいな」
「ワシには、嫌な思い出しかないわ」
「ディミトリ自身の評判は、最悪のようだったからな」
「この男は、退廃地区で何やら悪さをしていたぞ」
「悪さ? いったいどんな?」
「ナニ、盗賊団を結成してな、村の為に働かせようと考えていただけだ」
「その話し本当かよ?」
「だから、ワシは、ここを離れたのだ」
着いて早々、爆弾発言か。
「ワシとて、人は選ぶのだ」
「ああ、オッサンが仲間にするのは、金がある奴か信者だけだろう?」
「面倒見の良い者もだ」
「だけど、両方から嫌わ」
「ライルゥ……」
門をくぐってすぐに、昔の仲間と似たような連中に囲まれてしまった。
「よぉ、ディミトリ。俺らを騙してよく戻ってこれたな」
「騙すって、逃げただけだろう?」
「ああん? 優男はすっこんでな」
いずれも、ディミトリと同じ年頃の二十代前ぐらいか。
『随分と、尖ってんな……』
「ディミトリ、俺らが集めたあれはどうしたんだ?」
「あんな物、大した金にはならなかったぞ」
「そんな筈はない! あれを作る為に、俺らがどれだけ働いて苦労したか知っているだろう?」
「だとしても、『メッセンジャー』を作る為の資金にしかならなかったぞ」
「使ったって言うのか? 嘘だろう……」
五六人程いる青年が、ショックを受けている。
『上位世界での、王であった男の良心がこれかよ』
他人の物と自分の物が区別も出来ないとは……自分が生まれた世界を少し気の毒に思った瞬間だ。
「ライルゥ!」
気づけば乱闘になっていた。
暴れようとするオッサンを縛いて、代わりに『あれ』が幾らするのか訊いた。
「黒い宝石だ。金貨百はするだろう」
「そんなに持ち合わせがねぇな」
領主から貰った金貨だって、二十枚だぞ?
って事で、挨拶がてら皆でディミトリが働いていた、大棚の商人のところに向かったんだ。




