旅の始め
ラキの容姿を見て、欲を出した村長が少しごねたが、私の要求通りラキを連れて行ける事になった。
『私の説得には、もしかしたら発生した能力が関係しているのかもしれないな』
それから、町までの道順と息子の特徴や名前を教えてもらい、後は、依頼状だけをポイと渡された。
『本当に身分証がなくて大丈夫なんだろうか……』
なんでも、大切な農作物の収穫があって、人手を割く事が出来ないと理由をつけていた。
『この村の連中の事だから、何か行きたがらない別の理由があると、覚悟しておいた方が良さそうだ』
フゥ、ラキに靴を履かせてやりたかったが、食料すら渡さないこの村では、諦めるしかないか。
水筒を渡してくれただけでも、まだましなんだろう。
「ラキ、足の裏は痛くないか?」
少しペースが落ちたように思って、自分の靴裏を指しながら訊いてみたが、ラキは面白そうに覗いてきただけだ。
仕方なく、立ち上まってラキを抱えて確認すると、やはり乾いた土の上では足の裏が擦れていた。
持ち物の中に耐熱防水のテープがあった事を思い出し、適当な石の上にラキを座らせてから足を洗ってやり、フィルムのような布で足を包んでから、先程のテープで上から巻いて簡易靴の代わりの出来上がりだ。
「どうだ、どこか痛くはないか?」
ラキは、素直に地面に降りて跳び跳ねた。
「ライウー、チクなーい」
訴える事を知らないラキは、こちらが気付いてやらないと、ジッと我慢してしまうからなあ。
なんとも意地らしい。
「さあ、行こうか」
「チイ」
たまに、鳥の鳴き声が出てしまうのも笑いを誘う。
「それだけ浮かれているに違いない」
『初めて目にする地上は、ラキにとって珍しい物ばかりだから、キョロキョロそわそわしているもんな』
二十日分程あった非常食が切れてしまった今は、早々に食料調達しないとならないか。
そんな事を考えた時だった。
まだ、村を出て間もないのに、六頭のクロサイに襲われたのは。
ラキが急に地面に耳をつけたから、どうしたのかと思っていた。(異常に耳がいい)
「ライウー、あっち、あっち」
前方を指差すから、早く歩きたいのかと勘違いしてしまったのさ。
「そんなに急ぐと疲れてしまうぞ」
「あっち、あっち」
いつもと違うラキ。
少し変だなと考えていたら、ドドと走る音が近づいて、クロサイは目前に迫ってきていた。
咄嗟に、ラキを背に庇い身構えてクロサイを見据える。
自分の顔目掛けて、先頭のクロサイが突っ込んできた。
ガシッ。
腰を落として、角を両手でしっかり掴み、いなすつもりで腕から横に倒してみたら、なんと自分と同じくらいの巨体が、フワッと倒れて持っていた角がポキリと折れてしまった!
後続の突っ込んできたクロサイは、同じく角が折れてしまい、絶命したかもしれないな。
あとの四頭は、それに驚いて素早く逃げたようだ。
『このサイは、角が生命線なのか』
それで、持っていたナイフでしっかり止めを刺しておいた。
「鎧は固いが、腹は柔らかくて助かったな」
こうして、食料や素材を偶然に確保して、同時に村人が出たがらない理由も理解した。
『フゥ、チートありがたい』
それにしても、流れている血が緑色だぞ……魔物だったのか?
「でもそれじゃあ、せっかく捌いたのに、食べて大丈夫なのかがわからないぞ」
細かく切った肉をばら蒔いて観察するしかないな。
大きな鳥(魔物かな?)が上空から急降下して咥えて行き、小さなゴムのような魔物もムニムニ動いて取り込んでいる。
ラキとこっそり覗いて確認していたが、これなら、毒はないと判断した。
早速、ある程度の大きさに切った肉を、持っていた特殊フィルムで巻いて包み積み上げておく。
こうしておけば、保存がきくからな。
サバイバル用品を携帯してきて本当に助かった。
『辛い訓練もさせられたしな』
それから、バラバラにしてあった薄い車輪二つとチタンの棒を懐の袋から出して組み合わせれば、キャリーの完成だ。
それを利用して、魔物の鎧や肉を運ぶ事にしたが、最終的には背負うしかないかもしれない。
貴重な車輪が壊れたら代わりがないもんなあ。(野草だらけの道だから)
「次は、安全な寝場所だな」
振り返れば、底の方に村が見えて谷間にあったんだなと初めて知れた。
まだ越えなければならない山にもたどり着いていない現状だ。
「少し気を引き締めておかないと」
そんな中、ラキが様々な物に触れて臭いを嗅ぎ、五感をフル活用して遊んでいる。
「フッ」
私の胸の中は、いつの間にか優しさで溢れていた。
「あー、ん、ん」
透明な羽根の美しい虫を捕まえようと必死だな。
「ラキ、危ないから戻ってこい」
口に指を咥えているところを見ると、お腹が減ったんだな。
「ラキ、休もうか」
食べる仕草をして手招きすれば、疑いの欠片もない笑顔を浮かべて、こちらに走ってくる仔犬。
「たべう、たべう」
柔らかくなった髪を撫でてやれば、擽ったそうに全身を震えさせるラキ。
「楽しいか?」
「ライウーいる、ラキいる」
『一緒だからって言いたいんだな』
首が痛くならないのか不思議な程、私を見上げて笑っている。
『世界はこんなにも暖かいものなんだな』
二人で木の枝や草を集めて、火をつけて石で囲う。
それから、持っていた味付きシートをさっきの肉に張り付けて、よく炙ってから渡してやれば、怖いもの知らずなラキは、すぐにかぶりついて涙目になっていた。
それでも、何も言わずに焼けた舌を触っている。
「ラキ」
注意を向けさせてから、自分がお手本を見せてやる。
「さっき、火は熱くて危険だって教えただろう? それで焼いた物は全て熱いんだよ。だから、こうして冷ますんだ」
焼けた肉にフゥフゥと息をかければ、私の顔に顔を近づけて吹いた息を確認している。
それから、かぶりついてみせた。
ラキも真剣に真似て、肉が冷めた事に驚きながら食べた瞬間、「ビービー」とレベルアップのお知らせ音だ。
どうやら、順調に能力はレベルアップしているようだ。
急ぐ旅でもないので、ラキの心のままに寄り道しながら向かえば、それは、案外楽しくて……自分も子供に戻ってやり直したいと思ったぐらいだ。
そんな感じでも、日が暮れる前までには洞のある樹を見つける事が出来て、無事に寝場所確保だ。
さっき、多めに焼いておいた肉は硬くなってしまったが、途中で小動物が食べていた野葡萄も集めて、それでなんとか夕食にした。
後は、寝袋に入って一緒に就寝だ。
ラキは、硬くなってしまった肉が気になるみたいで、何度も『どうして?』と言わんばかりの眼差しを寝るまで向けてきて、説明にはとても苦労したよ。
言葉を教える前に、物の名前も知らないラキだから、教え伝える事に時間も労力もかかってしまう。
今考えると、そこから私のレベルアップ音は途絶えたきりだった気がするな。
そしてその夜は、特に何も起こらずゆっくり眠る事が出来て実に幸運だった。