ラキ
ラキは、水脈を掘り当てるように躾られていたようで、井戸の中は、幾つもの横穴や縦穴があちこちに掘られている。
多分、地下水が移動して、出なくなった井戸があったのかもしれない。
今も、予備の井戸をコツコツ掘っている。
ラキの身なりを整えた夜、地熱が井戸の穴から放射されて酷く冷えたらしく、極薄の寝袋に入って寝ていた私の隣に座り、寒さを堪えてガタガタ震えていたラキ。
防寒を兼ねた長い髪を切ってしまったから、剥き出しの手足がとても冷たくなっていた。
気付いてからすぐに寝袋に入れてやると、最初は戸惑っていたようだけれど(遠慮して抵抗した)、暖かくなって安心したのか、抱き込んだ私の胸に何度も小さな顔を擦り付けてきた。
それがあって、一緒の寝袋で寝るようになってからは、時々、朝早く起きて何処かに行く事がわかったのさ。
そんな中、ラキは体調を崩して寝込んだ。
それでも、翌朝にはまた何処かに行こうとするラキ。
それを止めたりして、ようやく早朝に他の場所で井戸掘りをしている事を知って、手伝う羽目になった訳さ。
掘り進んだ先には、大きな岩が邪魔をしていて、横に逸れるか岩を砕くか迷っていたみたいだ。
「こんな大岩じゃ、砕くしかないけど、重機も無いのに無理じゃないか?」
人と会話をした事がないラキは、私を見ればあどけなく笑う。
それがいっそう私の怒りに火をつける。
「子供一人にこんな事をさせやがって!」
と憤りを全て岩に当てるつもりで、ガツンと蹴りを入れたんだ。
したら、ピシッと亀裂が走り綺麗に砕けてしまった。
やった自分が一番驚いたが、ラキの尊敬のような崇拝のような眼差しが擽ったくて、悪い気持ちはしなかったな。
で、その砕けた石を穴壁に埋め込み、これで水が出たらさぞ立派な井戸に成りそうだと思ったのさ。
だけどそれも長くは続かず、とうとう私が連れ出される日が来た。
長いロープが下ろされて、それに掴まるように指示された。
村人何人かで上に引き上げるだけとは、まあ、この高さでは仕方がないのかもしれない。
だからなのか、近くに居たラキの変わりように村人達は全く気付いておらず、私だけが地上に上げられてしまったのさ。
「ライウーーッ!」
最後のラキの悲痛な叫びが耳について離れない。
「ラキ、必ず助けるから待っていてくれ」
『最後の言葉は、ちゃんとラキに伝わっただろうか……』
兎に角、状況を把握しないとならない。
助けるのはそれからだ。
「あんたも気の毒にな」
「んだな。ほいで、少しは何か思い出したんかい?」
「名前や生活に不自由しない程度にはわかるが、何故ここに居るのかが全く思い出せない」
「んじゃ、旅には行けるな」
「このまま追い出すつもりか?」
「んまあ、それよりちと苦労するかも知れんよ」
意外に気さくな連中で、話しをしている間に呼び出された場所に到着したらしい。
「おや? 元気そうですね」
今度も、カッサカサ言うベストを着た生真面目な男が前に立つ。
集会所のような開けた場所で、近くに湯気の立ち昇る鍋があった。
傷は癒えたのか、血色の良さそうな村長と呼ばれている男が、火の側に腰掛けている。
「どうだ? 井戸での暮らしはさぞ堪えただろう」
ニッタリと笑った顔が胸糞悪い。
「金も持っていないような田舎者が! お前が壊した像はな、国中から我が村が選ばれて建てられた、栄誉ある像なんだぞ!」
持っていた皿を私に投げつけたが、あらゆる物を受け付けない万能スーツには意味がなかった。
ぶちまけられた中身は全て下に落ち、皿が粉々になっただけだ。
チートのおかげで、草に触れた程にも感じない。
「フゴォー、ガルルル」
その様子にまたも怒り奇声を発する村長。
「落ち着いて下さいよ村長。このままでは話しが進みませんよ」
腹心の男に諌められて、唸りながら顎で指図した。
「では、代わります。記憶は戻りましたか?」
「どうしてここに来たのか、理由も何も思い出せないままだ」
「そうですか。では、あなたには、村の大切な像を壊した責任を取ってもらいます」
「責任? 何をさせるつもりなんだ?」
「そうですね。この先の町に村長のご子息が修行をしに行きました。しかし、先月から行方不明になったと知らせが入ったのですよ」
「子息の捜索に迎えと言うのか?」
「そうです」
「必ず無事に保護して見つけ出せ! でなければ、お前など罪人として突き出してやる」
村長がしゃしゃり出たぞ。
「記憶の一部がない私に、見も知らないあんたの息子を捜せと言うのか? フゥ、それは無理だな」
「ムキョ!」
「あなたは断れないでしょう。断ると言うなら、罪人として領主様に突き出すまでですから」
『うん? 待てよ。これはラキを連れ出して、この村から逃げるチャンスかもしれないな』
「逃げようとしても無駄です。あなたには身分証がありませんからね」
『確かに。来る予定ではなかったこの世界の身分証を私は持っていない』
「どうします?」
『仕方ない。ここは条件をのむしかないだろう』
「わかった。但し、井戸に居た少年を一緒に連れて行く」
「あの、厄介者を一緒にだって?」
ゲハハハと下品に笑う村長と村人達。
そして、澄ました顔をしていた腹心の男が、猛反発した。
「あの、虫のような生き物を連れて、捜索に出ると言うのですか? しかもそれが、この選ばれた村の者だと周囲に知れたら、恥を晒すだけではすみませんよ! 絶対に許可は出せません」
「虫だと? 訂正しろ! あの子は、ここに居る誰よりも美しい子供だ!」
「あんれ、頭を打って、いよいよ目もやられちまったんでないかい」
村人がからかい出した。
「皆、そう思っているのか? では、あの子を呼んで、どちらが正しいか確かめてもらおう」
「あれを地上に出すなんて、村が穢れるだろう」
村長が嫌悪感を露に言う。
「成る程。じゃあ、あんた達は、あの子以下の存在だと認めた訳だな?」
『心からの自信のおかげか、妙に村人達の誘導が上手く行くなあ……。挑発したら、今まで嫌悪していた村長が、すぐに反発してくる』
「それ程までにほざくなら、よかろう。アレをすぐに連れて来い」
「地上に出してよろしいのですか?」
「いい! それで、薄汚いままだったら、こいつの目の前で処分してくれるわ! 可哀想に、お前のせいでアレは死ぬんだぞ。ゲハハハ」
「では、ここに!」
村人達は、触るのも嫌だと揉めていたが、村長の怒鳴り声でどうやら迎えに行ったようだ。
『思ったより早く出してやれたな。それより、どうやって二人の身分証を手に入れるかだな』
大人しく考え事をしながら待っていたら、疾風のような仔犬が私にしがみついて来たのがわかったのさ。
「おー~い! 待ちやがれ!」
どうやら、先に来てしまったようだな。
「ラキ、井戸の中に置いて行って悪かったな」
頭を撫でてやれば、ゆっくり頷いた。
「ラキだって?」
村長と腹心の男が目を見張っている。
「ラキだよな?」
「うん、ラキー」
「喋ったぞ!」
ようやく追い付いた村人達も耳を疑っている。
その後も、可愛らしい顔をした銀髪の少年ラキは、私から離れるものかとしがみつく腕を放さなかったな。