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放出された先

 体はなんともなかったが、亜空間を旅した代償で精神が疲れていたようだ。


 気づけば、湿った薄暗い土の上に寝かされていた。


 「フゥ、喉が渇いたな」


 ゴクリと喉を鳴らせば、水の入った石の器がニュウッと差し出されて驚いた!


 上体を起こしてジッと目を凝らせば、傷だらけだが筋肉のある手がその器を握っていたのがわかったのさ。


 

 グイグイ押し付けられて、跳ねた水が零れてしまっている。

 

 「わかった、もらうよ」


 信じて一気に飲み干した。


 「フゥ、冷たくて美味しいなあ」


 水が美味しいなんて、ここは、自然溢れる土地なんだろうな。


 飲み終わった器を回収した腕の持ち主は、素早い動きで通路に出た。


 真ん中の光りが射している場所には、紐が下がっていて、それを棒で手繰り寄せて引っ張り、桶からまた水を汲んで持ってきてくれたようだ。


 「どうも」


 またもグイグイ押し付けられて飲めば、繰り返す事数回、それは、私が手で制するまで続いたんだ。


 それまでには、相手の姿がわかり、毛むくじゃらな小さな獣かと思っていたのさ。


 何しろ言葉が通じないんだから。


 でも、警戒心の欠片もなくちょこんと私の隣に座ってきたから、小さい頃に飼っていた羊を思い出して、気まぐれから撫でてやったのさ。


 「チチチッ」


 初めて聞いた鳴き声だ。


 「うん? 鳥なのか?」


 『毛むくじゃらな手足のある鳥。異世界には変わった生物がいるんだなあ』


 その時はそう思っていた。


 



 それから、私の処遇を決めるからと、この暗がりの場所に鳥と一緒に閉じ込められていた。


 どうやら、日の差さないここは井戸の中だと言う事がわかった。


 そして、横に掘ってある穴で二人過ごし、村人が下ろしてくれる食事とも言えない家畜の餌のような物を一度下ろされて終わりだ。


 毛むくじゃらの鳥は、皿に盛られた僅かばかりの餌を私に差し出してくれて……。




 「お前は腹ペコじゃないのか?」


 「チチチッ、チイチイ」


 食べろと言わんばかりにグイグイ押し付けてくる。



 そして、毛むくじゃらの鳥は、皿を押し付けると、土を掘り返して自分は虫を食べるつもりでいるらしい。


 「……」


 長い間、人間に絶望していた私の心は、どうやら、この異世界の毛むくじゃらのいじらしい鳥に動かされてしまったようだ。


 「お前……先ずは名前を決めようか」


 話し出した私の近くに、パタパタと寄った毛むくじゃらの鳥。



 「今日からお前の名前はラキだ」


 「チイ?」


 「私は、ライル。お前はラキ」


 身振り手振りで何とか伝えてみる。


 他にも土や水なんかを指して教えれば、雷にでもうたれたかのように震えて跳び跳ねたのさ。


 「私は、ライル。お前はラキ」


 再度教えれば、何と! 「ラァ……」と言葉までを発したから今度はこっちが驚いたのさ。


 「おま……いや、ラキ! 人間だったのか?」


 小柄な体を引き寄せて、毛をソッとかき分けたら、白く小さな顔があり、触れば鼻と口もついていた。


 零れそうに大きな瞳が、不安そうにウルウルして私を見ている。


 「お前、こんな暗がりに独りずうっと閉じ込められて……それで、井戸を掘らされていたんだな」


 自分より酷い境遇にいながらも、素直で純真なラキ。


 薄汚れてしまった自分を省みると、奇跡のような気がしたのさ。


 不意に……。


 『この小さな子供を助けてやりたい』


 ムクムクとわき起こる強い思い。





 それからは、持っていたナイフで髪を切ってやり、爪も削いで全身水で洗って人間らしく世話をやいてやったのさ。


 するとどうだろう! 銀髪の可愛いらしい男の子が姿を現したじゃないか。


 長い髪が服の役割をしていたようで、裸になってしまった子供に自分の予備のシャツを着せて、腕や胴を紐で絞ってやれば、チュニックの出来上がりだ。


 「フゥ、大変だった」


 今でこそ、嬉しそうに器の水に映る自分を不思議がっているが、髪を切るのから体を洗うまでは、大暴れされたよ。


 体を動かして腹が減ったので、指紋認証で自分の着ている特殊服を開けた。


 コロッ。


 襟から不思議な雫型の石が落ちてきて……。


 「ふあ」


 ラキが拾い上げて、見たことのない複雑な光彩模様に魅いられていたんだ。


 自分には覚えのない物だったから、余り紐に通してやり首にかけてやったのさ。


 あまりの感動に、感情表現がわからないラキは、ただただその雫型の石を私に見せ続けて目をキラキラさせていた。


 それを私は、ラキのチュニックの服の中にしまってやったのさ。


 「さあ、腹が減ったろう? これを吸ってごらん」


 懐に収納してあった非常食を出して、空気を口で吸い込む真似をしてみせた。


 それから、栄養補給の果汁味のゼリーを渡せば、その甘くジューシーな香りに魅了されて、匂いを楽しんでいるようだ。


 「こうやって、ここから吸うんだよ」


 恐る恐る口はつけるが、吸いが足らないようだったから、ゼリーの袋を少し押してやったのさ。


 それで、口に入ったようで勢い込んで吸って噎せていたな。


 私は、無垢なラキに癒されながら、これからどうするかを考えていたんだ。




 あれから、餌を下ろすだけで何も言ってこないな。


 毎日やる事もなく暇をしていたから、ラキに物や言葉を教えてみたのさ。


 すると、今迄使っていなかった頭が、物凄い成長を遂げたよ。


 それだけじゃなく、私の方にも変化が訪れたのさ。


 それは、ラキが名前を発音出来た時に起こった事だ。


 「ラァキ」


 「そう。やっと言えたな」


 あどけない笑顔に最高の満足を覚えた私に、「ビービー」と呼び出し音のようなものが聞こえ、頭の中に直接告げられた。


 『貴方の能力のミッショナリーが発動して初級になりました』


 成る程、これが教えられていたチート能力なのか。


 『ミッショナリーってどんな能力なのさ?』


 『ミッショナリー:それは、異世界において非常に稀な言葉の魔法』


 『魔法?』


 『魔法:この世界には魔法が存在する。しかし、知る者は極少数』


 『ミッショナリーの能力とはどんなもの?』


 『ミッショナリー:上位世界から来た者に与えられる能力の一つ。文明を教え導く度にレベルが上がり、地位が向上していくもの』


 『地位が向上するって、いったいどうやってそれがわかるんだ?』


 突然ボーッとしてしまった私に心配したラキが飛び付いたから、現実に引き戻されてしまった。


 詳細はわからなかったが、レベルが上がれば嫌でも実感するのだろう。


 それよりも、ここでは信じられないくらいの怪力を自分がすでに有している事はわかっていた。

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