亜空間
先人の源として、人類に守られてきた極秘の亜空間フィールド。
今まさに、私はその中を落下中だ。
不思議な事に大婆様の『ことほぎ』から始まり、両親の衰弱死が周囲に映像のごとく映し出されている。
それから、偶然迷った調査隊の一人について村を出て行き、そして町に置き去りにされた少年の頃。
生きる為に何でもやった暗黒期。
おかげで喧嘩が強くなり、逃げ足も速くなって立派な子悪党だ。
いつしか、過去に引き摺られるように、ここに至るまでの経緯を振り返らされていた。
あの時、幹部のレプリカに呼び出されて、レンジャーストリートを横切ろうとした私は、向こうから来た小型のホバークラフトに撥ね飛ばされたんだったな。
その先で、たまたま老女をカツアゲしていた二人組の男に運良く当たり、無傷で済んだんだ。
ところが、もう一人の男が殴りかかってきたもんだから、反射で伸してしまったのさ。
それが、勘違いの始まりで、私に助けられたと思った老女が、私を連れて行った先が大使館(白亜の宮殿)だったと。
何でも、その老女はこの大使館の皇太子の乳母らしく、皇太子にも紹介され感謝され腕も買われて、そこで雇ってもらう事になったのさ。
下衆な仕事ばかりさせられていた子悪党には未練はない。だから、すぐに乗り換えたに決まっているだろう?
でも、今思えば……。
それから、極秘管理している異世界の国で、若い指導者を探しているから、優秀な君を派遣したいなんて夢のような話しをされたんだった。
きっと、初めてチヤホヤされたから調子にのっていたんだな。
そんな上手い話しがそうある訳ないのさ。
で、辛く厳しい訓練をさせられる羽目になり、異世界にこうして放出された訳さ。
だが、亜空間フロアーに一人残され、いよいよ出発と言う時に運命が動いたんだ。
「待て!」
フロアー内を見守る衛兵の慌てた声がしていた。
自動ドアが開いた様子はなかったと思うが、突然、何かが背中から身体を通り抜けた感覚がして、その違和感でふらついてしまい、たまたま手をついたところが隣りの扉のスイッチだったと。
そうして、そのまま引きずられるようにして、今、こうして落下している訳だ。
そう言えば、この扉の先は、衛兵が冗談で話していた滅びの決まった異世界じゃなかったのか?
私より先に行った灰褐色の靄がもう見えない。あれが多分、私の体を通り抜けたモノなんだろう。
周囲の邂逅の映像が消え去り、自分の不運を諦めた頃、空間に放り出されて、大きなモニュメントに激突したあと、ようやく地面とご対面だ。
「フゥ、ここは?」
辺りには、粉々に砕けたモニュメントの石膏が散らばっていて、近くには、頭に着けていた通信用のヘッドフォンが折れて刺さっていた。
「これじゃあ、連絡もとれないなあ。これからいったいどうすればいいんだ?」
『待てよ。もしかして、これで本当の意味での自由になれたんじゃないのか?』
レクチャーされた中には、上位世界から下位世界に行った場合、とんでもないチート能力を発揮出来ると教えてもらっていた。
『確かに。こんな大きなモニュメントにぶつかり、モニュメントは粉々になっているのに、自分の体はなんともない!』
これがチートなのかと、自分の掌を見詰め続けていたら、不意に肩を叩かれたのさ。
「おい! 大丈夫か? 頭でも打ったんか? ここが何処かわかるかあんた?」
その言葉で閃いた。
「ここは? どうしてこんなところに……」
「あんた、どうしてここに落ちたのか忘れちまったんか?」
目配せする住人達。
「あたま打ったんだな」
「血も出てねぇから、中が壊れちまったかもしんねぇな」
その日、何もない空間から「カチリ」と音がして、見ている者がいれば、突然割けたように映っただろう。
「何て事をしてくれたんだ!」
目の前には、住人達の他にカッサカサ言うベストを着た背の高い男が怒っていて、その脇には、艶々した緑色の服を着たでっぷりめの男が倒れていたのだ。
『モニュメントの下敷きになったのか』
誤魔化しも含めて、問いかける。
「助けなくてもいいんですか?」
ハッ!
背の高い男は、理性を取り戻したようだ。
「皆! なにをしている。早く村長を助け出すんだ」
「「「はいーさぁ」」」
私も手伝ったが、思ったより石の塊は軽くて驚いた。
「あ、痛やあ」
「無事ですか村長?」
ちょいちょい語尾が変だけど、話しはわかる。
助け起こされた村長は、崩れてしまったモニュメントを見上げ呆然としていた。
「ムッキョッ! この村に寄贈された自慢の珍獣のオブジェがあ!」
ふらつく体を皆に支えられて顔面蒼白だ。
やっとこちらに気づいた村長。
「お前かあっ! 村の大切な寄贈品を壊したのは!」
大声に耳がキーンとしたさ。
あれっ、何だか眩暈がするな……立っていられな……。
バター~ン、カラカラ。
「なんだいきなり倒れたぞ」
「この像に落ちてぶつかったのですから、どこか怪我をしているのでしょう。おい! 例の場所にでも放り込んでおきなさい」
「「「はいーさあ」」」
「後でこの者に弁償させましょう」
「村長、こいつの荷物が一つも見当たりませんなー」
「何だって? では、今までどうやって旅をしてきたというんだね?」
「わかりません」
村長は怒り心頭だ。
「起きてから確かめるしかありませんが、旅をしてきたのなら都合が良くはありませんか?」
「何のことだね?」
「捜しに行かせてはどうですか?」
頼りにしている側近にそう勧められたが、村長は、まだ何者かもわからない男に、大切な者の行方を任せる気にはならなかったのだ。
それにたった今、村の大切な物を壊されたばかりなのだから。
「罪人に、ワシの大切な者を任せると言うのかね」
「そう(罪人)でしょうか?」
「そうとも(決めつけ)」
「逃げもせずに、貴方(村長)を助ける手伝いをした者です。きっと責任はとるでしょう」
「フム」
平和だった村に突如として起こった災難。
果たして本当にこれは災難だったのか?