ライルの何て日だ
テント外に出たベルナップは命じた。
「三名着いて来い。他の者は、おかしな動きがある場合に備え、すぐに援護に来れるよう待機しておいてくれ」
馬に乗ったベルナップの横について向かえば、リーダーと言われていた青年が柵の前で立って待っていた。
『うん? あのツントゲ髪は……まさか……』
「ようこそ『メッセンジャー』へ」
麻のようなシンプルな服だから、胸のネックレスが異様に目立つ。
真っ赤な塊に、青い線が走りまるで心臓みたいに見えるのだ。
しかも、傍若無人だと聴いていたのに、目の前の青年はニコニコと穏やかに微笑んでいる。
「私は、代表のディミトリです。さあ、お役人の方々なかへどうぞ」
低い柵で囲まれた中には、簡単に生えた草を纏めた巣のようなものが点在している。
『工夫したもんだな』
真ん中にはレンガ干しで造られたちいさな小屋が建てられていた。
「お前達は、ここで待っていてくれ、ライル」
ベルナップは私に手で来るように指示した。
奥には、自然の木を祀った祭壇のような物があり、大人三人入ったらギュウギュウだ。
「君達が、不法占拠している事は理解してもらえましたか?」
静かに話し掛けるベルナップ。
「偉大な自然の前では、みな自由で平等です。それをあなたは、咎める事が出来るのですか?」
と、ディミトリ?
『うわっ、どこかの怪しい教団のようだな』
「我々は、人なのだから規律に従わなければ、争いが起こり悲しい結末を迎えることになるのですよ」
と、まあ空しい議論が続き、要は立ち退く気はないと言う事だ。
「教祖さま、あのね、ラビがハァハァして苦しそうなの。もう一度お祈りをしてくれる?」
女の子が、祭壇の下からヒョコリと顔を出したからビックリしたぞ。
「すまないね。今、この方達と大切な話しをしていますから、もう少し待っていて下さいね」
女の子は泣きそうだ。
その時の自分が取った行動は、今考えるとらしくなかったなと思う。
ディミトリの頭をポカリと叩いて、「祈りで熱がひくか!」と言ってしまったのだ。
ギロリとひと睨みされたが、不気味なネックレスが、ディミトリの熱を吸い取ったように見えて、スーッとその熱は引いていった。
「乱暴はいけませんよ」
ニコニコニコ。
「サブ(寒い)!」
ベルナップにも言ってやる。
「話しても無駄だ。来い」
怯える女の子の目線に合わせて、その子を助けたいから案内して欲しいと熱心に頼んでみる。
きっと、誰でもいいからすがりたかったんだろう。
そこから出て来て「こっちなの」と案内してくれたんだ。
あの草の巣の下に、ラキみたいに穴を掘って暮らしていたようで、覗いた中は酷い有り様だった。
「うっ!」
まず、刺激臭に襲われた。
しかし、我慢して入ると、中にはラキより小さな五人の子供が寝かされていた。
ディミトリはベルナップに押さえてもらって、その子供達を外に出したんだ。
その様子を追いかけて来ていた部下が見ていて教えてくれた。
「これは、子供だけが掛かる実熟病じゃないでしょうか?」
「その実熟病って何だ?」
「頬や手の先が赤くなっています。多分、一週間ぐらい熱が出るでしょうが、安静にして栄養の有るものを食べさせておけば、自然に治ります」
「良く知っていたな」
「自分の兄弟達もよく患りましたから」
そこで、住んでいた子供達をテントに移動して、医者を呼んでもらっていると、ディミトリの姿がない事に気づいた。
それで、また『メッセンジャー』のあった場所に行ってみれば、水の涌いている側に踞るディミトリの姿があった。
「どうした? 具合でも悪いのか?」
ディミトリは、胸の辺りを押さえて苦悶の表情を浮かべている。
「うっ、うぅぅ」
様子がおかしい?
「……れ……でて……」
「どうした?」
肩を掴めば、変な体勢で振り向くから恐怖を感じたぞ。
「あがっ……ぎっ……」
体の中にまるで寄生虫でも入っているかのように、皮下が盛り上がっては萎み、人の形が保てなくなっているようだ。
「ヤバい、何だよこれは!」
目の前で、人が何か得体の知れないモノに変貌しようとしているのだ!
冷や汗が止まらない。
視線を落としたディミトリの足元には、ネックレスの欠片が落ちている。
そこから、靄がシュルッと出てこちらに向かって体当たりをかましたのだ。
勿論、靄だから通り抜けてしまったんだが、これって、前にも有ったような気がする。
『ああ、どうしてそなたの心には隙がないのだ』
靄は、塊となって私の目の前でボヤいている。
「あー~!」
私は気づいて大声で叫んだ。
「止めんか喧しい」
「私をこの世界に落としたのはお前だな!」
「ここに落とすつもりなどなかったのだ。そなたがワシを受け入れぬからこんな事になったのだ」
『話しが通じない』
「ギャーーゥ」
ディミトリのツン裂く叫びで、靄が頼んできた。
「アレを、頼むから元の位置に填めてくれんか」
アレとは、足元に転がっている白い欠片だな。
「早くせんと、あやつが死ぬぞ?」
ディミトリは、苦しいのか暴れまわるもんだから、欠片が飛ばされて水の中に落ちそうになっていた。
寸前でキャッチした私に躓いたディミトリ。
見事に湧き水の中にドボンしたよ。
息が出来ないのか闇雲に手足をバタつかせるから、ネックレスを掴めそうで掴めない。
こっちも息が苦しくなってきたところに、ディミトリからのエルボーをくらって、酸素を全部吐き出しちゃったんだよ。
一旦諦めて水面に上がれば、ディミトリが水死体みたいにプカリと横に浮いてきたから、簡単にネックレスに填める事が出来た。
『全く、なんだったんだよ!』
そのディミトリを担いで上がり、水を吐き出させたら無事に息を吹きかえしてくれた。
「良かったー」




