(1)決戦の火蓋
パンパ平原に用意された広大な芝生のフィールドを大小さまざまな恐竜たちの喝采が取り囲んでいた。燦燦と降り注ぐ陽光を浴びて、世界中の多様な恐竜たちが勢ぞろいしたこの光景は、一見、平和の祭典を思わせる中にも、一側触発の危険な香りありと、カオスに違いなかった。
最初にこのスポーツのルールについて述べておかなければならない。現代人のするサッカーと基本的には変わらないが、恐竜の身体的特徴に合わせ、以下のような相違点がある。
・ハンドはなし。4足歩行の恐竜もおり、手の概念があいまいなので仕方ない。ただし、5秒以内のボール保持(くわえる、足で挟む、足で踏みつける)はファールとなる。
・スローインはキックインでよい。
・ピッチラインとゴールラインの長さ、ペナルティーエリアの幅と長さ、ゴールの大きさは人間のサッカーの6倍。恐竜の大きさに合わせた形だ。ボールは火山の噴火で生じた軽石を削って丸めたもので、こちらも人間のサッカーの6倍のサイズとする。
・ピッチにはすべて違う種類の恐竜を立たせること。
・時間は45分ハーフ。交代は3頭まで。
こんなところだろうか。
両チームの選手たちがピッチに姿を現し、さらに大きな歓声に包まれた。肉食チームはティラノサウルスが、草食チームはイグアノドンがそれぞれキャプテン兼監督をつとめる。黄色いキャプテンマークを前足に巻いた彼らに率いられて選手たちがピッチに入場してくる。肉食チームは赤、草食チームは青の首輪をそれぞれ付けている。スタメンは粗方、予想通りのようだ。
以下に両チームのスタメンと控え選手を示そう。()内に恐竜としての分類と全長を示している。
まずは肉食獣のスタメンから紹介しよう。4-1-3-2の攻撃的布陣だ。
肉食チームは主に獣脚類と翼竜類からなる。獣脚類は二本足で移動する肉食獣のことで、後ろ脚の筋肉が発達しており、それなりに足が速い。大部分の肉食獣は獣脚類と考えていいだろう。翼竜類は翼を持ち、鳥のように空を飛ぶことができる。
フォワードの一角は、肉食最強の破壊力を誇るティラノサウルスだが、実は獣脚類の中ではあまり足が速くない。バランスを考え、やや軽量でスピードのあるアロサウルスと2トップを組ませている。
二列目は小型の獣脚類3頭。小回りが利くのはもちろん、集団で行動し、高い知能を持つ恐竜たちだ。華麗な連携で敵の守備陣を翻弄する。最速恐竜と呼ばれたオルニトミムスのスピードも大きな武器となるだろう。
ボランチのユタラプトルは優れた視力を持つため、広い視野を確保しながらボールを展開できる。高い知能を持ち、ゲームメーカーには打ってつけだ。また、足も速く、優秀なハンターとして知られる。守備でも相手ボールを刈り取ってくれるだろう。
サイドバックは翼竜類の2頭。翼竜類の参加を許可するかどうかは、開催委員会の中でも一時期もめていた。空を飛べるのは反則ではないかと。しかし、角竜類を有する草食チームに対して空中戦では圧倒的に不利となるため、かろうじて許可された。高さを生かした攻撃に加え、飛ぶことで可能になるスムーズな上下動も大きなアドバンテージだ。
センターバックは獰猛な大型獣脚類2頭だ。ティラノサウルスのライバルであり、船の帆のような背びれと、ワニのような口を持つスピノサウルスは、見るからに獰猛で、顔で守るセンターバックと言ってよい。相方のタルボサウルスも負けず劣らず獰猛だ。竜脚類たちを恐怖のどん底に陥れた過去があり、「恐れを抱かせるトカゲ」の異名を持つ。
ゴールキーパーとして立ちはだかるはギガノトサウルスだ。大型獣脚類の中でもひときわ大きな体を持つ。
次に草食チームのスタメンだ。こちらは、3-4-3で、守備から入る布陣。
竜脚類は長い首と尻尾を持った巨大な四足歩行の恐竜だ。角竜類はトリケラトプスに代表される、角を持った四足歩行の恐竜。装盾類は固い鎧を持つ恐竜だ。
鳥盤類は鳥類のような恥骨が後ろ向きに伸びた骨盤を持つ恐竜だが、獣脚類の草食バージョンと考えればいいだろう。主に二足歩行だ。歯やアゴが植物を食べるために特殊化している。馬面が多い。
フォワードは、3トップの中央に鳥盤類のストライカーのイグアノドン。サッカーを生み出した部類だけあって、センスあふれるプレーが持ち味だ。おっとりとした顔に似合わず、フィールドではハンターに変貌する。その両側を装盾類の2頭が固める。獰猛な獣脚類をそろえた肉食チームのディフェンス陣に対抗するには、フィジカル的にもメンタル的にも堅い鎧で覆われた体が有効だ。果敢にアタックしてくれるだろう。
角竜類4頭で構成する中盤はこのチームの特徴の一つだ。いわゆる「ケラトプス・カルテット」。トリケラトプスを始めとして、兄弟のように似通った4頭が、中盤を縦横無尽にかき回す。
竜脚類を並べた3バックはこのチームのもう一つの特徴だ。平均全長30メートルの巨体が壁になって、スペースを消す。敵やボールが間を抜けようとすれば、首と尻尾を素早く動かし跳ね返す。その代わり、彼らは走ることができない。ほぼ立ち止まって対処する。オフサイドトラップも不可能、敵に抜かれたら追えない。そこは、ケラトプス・カルテットの機動力でカバーしつつ、対処することになる。
ゴールキーパーはパラサウロロフス。後頭部に突き出した長いコブが特徴の鳥盤類だ。当初は竜脚類をゴールキーパーに充てる案もあった。45m×15mのゴールの半分以上を塞ぐことができる。しかし、身動きができないことや、キャッチできないことが不利に思われた。至近距離から隙間を抜かれたら終わりだ。そこで、身軽に動ける鳥盤類を守護神として鍛え上げている。
主審と線審は雑食のガリミムス。審判団はお互いの利害に絡まない雑食系から選出することになっている。ダチョウに似た、全長5メートルの獣脚類。俊敏そうな見た目通り、足が速い。審判に打ってつけではないか。
雲一つない晴天、草原を抜ける爽快な風、観衆の熱気。ピッチ上でアップする選手たちの動きからもこの一戦にかける意気込みを感じる。
舞台は整った。ここに、第1回白亜カップが幕を開ける。