プロローグ~イグアノドンの夢
今から約5000万年前の白亜紀末期、恐竜たちが知能を持ちスポーツを楽しんでいた時代があった。恐竜が生存した時代と言えば、三畳紀、ジュラ紀、白亜紀と三つに分類されるが、もっとも多種の大型恐竜が栄え、恐竜たちにとって最後の時代となったのが白亜紀である。
イグアノドンはパンパ平原の上空に満ちた星々を見上げていた。明日、草食獣にとって命の源であるこの平原の覇権をかけ、肉食獣の連合軍との一発勝負に挑む。しかも、我々イグアノドンの祖先が発明した「サッカー」というエレガントなスポーツ競技で決着をつけるのだ。
1万平方キロメートルにも及ぶこの広大なパンパ平原は草食獣たちの楽園だった。太陽をたっぷり浴びた美味しい草木を無尽蔵に摂取できる。ところが数年前からずる賢い一部の肉食動物がここを占領したため、我々は周辺の半砂漠地帯へ追いやられた。耐え切れず草原に戻った仲間たちは、待ち構えていた肉食動物にまんまと餌にされた。我々も黙ってはいない。攻撃力にたけた種を結集して、聖地奪還を試みた。激しい戦いが3年ほど続いた。お互い憎しみあい、生存目的以外で相手を傷つけあった。このままでは滅びの道を歩む。肉食獣たちも薄々、危機感を感じていたことだろう。こちらの提案に同意してくれた。協議した結果、下記のような契約に至った。
・4年に一度、肉食獣と草食獣に分かれて、サッカーの試合を行い、パンパ平原の覇権を決めること。
・草食獣が勝てば、肉食獣はパンパ平原から撤退し、4年間の侵入を禁止とする。
・肉食獣が勝てば、4年分の食料となる草食獣を提供し続けること。
我々イグアノドンがサッカーを発明したきかけは、仲間を無残にかみ殺していったティラノサウルスへの憎しみを込めて、石ころを蹴飛ばしていたときだ。もともと憎悪に満ちたスポーツなのだ。皮肉にもそれは肉食獣の間にも広がり、やつらの間でも人気のスポーツになっている。古来、無残に食い殺されるだけだった我々が、やつらを叩きのめす唯一のチャンスではないか。長年の恨みを晴らし、我々はブライドを取り戻すのだ。
イグアノドンは目線を下に移し、水辺に移る自分の顔と向き合った。馬のような長い顔と小さなくちばしがコンプレックスだった。正直、自分の顔が好きではない。ティラノサウルスやトリケラトプスがうらかましかった。しかし、サッカーには関係ない。明日は自分が全恐竜のヒーローになるのだ。イグアノドンは再び顔を上げ、夜空の彼方を見つめた。