Aランク冒険者の我が儘
Aランク冒険者エリーナの提案は単純だった。
「ギルドの出張所をダンジョンの近くに作ればいいじゃない」
………そう言うのは簡単だけど、出張所って簡単に作れるの?
と思っていたら、カリッドさんが悲鳴をあげた。
「止めてくれよ姉貴! 過労死する!」
「………過労死?」
「ああ、ミランちゃん、カリッドさんは苦労人なんだよ」
ロートックさんが、カリッドさんの苦労話を教えてくれた。
「カリッドさんはな、お姉さんの面倒を見るためにギルド職員になったんだ。本来は年、怪我、実力不足なんかで引退した冒険者がなるものなんだがな」
「カリッドさんは冒険者稼業もある程度やってるけどね。僕らみたいな新人育成にも積極的だよ」
「……カリッドさんは大体何でも出来る」
と、アデルさんやシルロさんも付け加えた。
「ギルドじゃ、エリーナさん担当だな。天災魔女の手綱として重宝されてる。ギルド職員の通常業務、冒険者稼業、新人育成と忙しいのにも関わらず、エリーナさんの暴走の後始末は全部カリッドさんが……ぐああああああ!?」
「え、ロートックさん、大丈夫?」
急に苦しみだしたロートックさんだったが、
「平気よ。死にはしないわ。いい? ミラン、私は『天才』魔女エリーナよ。間違っても『天災』じゃないから。いいわね?」
と冷たい笑顔で言うエリーナさんを見て、全員がスルーした。
ぶっちゃけ、『天才』と『天災』の両方の意味を兼ねてるんじゃないかと思う。怖いから言わないけど。
「さて、カリをチーフとした出張所と私の研究所。この図書館の近くに建てるわ。いいわね?」
「人が来るからありがたいけど……大丈夫なの? カリッドさん……」
「どうせダンジョンがあるんだから、出張所は必要よ。あなたが気にする必要はないわ、ダンマスさん」
ダンマス……ダンジョンマスターか。
「ミランでいいよ。うん、この周辺に住んでくれたら助かるし、よろしくね」
「じゃあ、私はエリでいいわ。ついでに弟はカリでいいわよ」
「わかった、よろしく、エリさん、カリさん」
「ちょ、姉貴、勝手に……」
カリさんの抗議は「うるさい」の一言で流されてしまった。
「私は知り合いの鍛冶師や土魔法が得意なのを連れてくるわ。カリはギルドの出張所を手配。そこ四人はカリの手伝い」
「え、僕らも?」
「当たり前でしょ。あなた達もダンジョンの話を聞いてたんだから。そもそも、出張所は冒険者が複数いなきゃ成り立たない。あなた達も、ここを拠点にしてもらうから」
今後の拠点を勝手に決められた四人だったが、Aランク冒険者には逆らえない。
もっとも、ヒューズは嬉しそうだが。
「エリーナさん! 俺の家もついでに作ってもらえませんかね?」
「ちょ、ヒューズ!?」
「ロック(ロートックさんの愛称らしい)、俺は、このダンジョンの近くに住むぞ! 魔法使いの憧れ、魔法理論の本があるんだ。その上魔道書まで。こんなに本が読めるんだぞ? 最高じゃないか!」
確かに、とヒューズに共感し、魔道書の方を見たエリさんは目を見開いた。
「っ!? ちょ、これ【獄炎】の魔道書!? こんなの無造作に置いとくんじゃないわよ! ねぇ、これ、読んでいい?」
「いいけど」
「よっしゃ。じゃあカリ、手配よろしく。私はこれ読み次第動くから。あ、カリとそこの四人の家も作ってあげるわ。もちろん、出張所の建物も」
「ああ、わかったよ、くそったれ! ったく……おい、行くぞ、お前ら」
カリさんが新人四人を引き連れて出ていった。
「あ、ちょ、【獄炎】の魔道書を一回見せてくれ!」
とか言っていたヒューズはロートックさんに引きずられていた。
◆◇◆◇◆
その後、領域には多くの侵入者がやって来た。多くといっても、新規メンバーは五人だけど。エリさんの知り合いやギルド関係者だ。
エリさんからは、呼んだ知り合いも近くに滞在したいと頼まれ、領域内に人が住むことでDPがより多く貰えるから大歓迎と、もちろん了承した。
「ダンジョンの領域内に住んだ方が安全なんでしょ? 魔素が少ない訳だから」
「そうだな。収入が増えたから領域もガンガン広げられるようになったし、あんまり領域を気にしなくてもいいぞ。エリとカリのおかげだな」
人が増えてからわかったことなんだけど、人間から一日で貰えるDPって、一般人で10~30、普通の冒険者でも20~50って感じなんだよね。100はまず超えない……はずなのだ。
何が言いたいかと言うと、エリさんカリさんの姉弟、貰えるDPが多すぎない? ということだ。
この二人だけで残りの人の倍は溜まる。ちょっと異常だと思う。
この事は、本人達にもクー君にも話したが、エリさんには「魔力が多い家系だからじゃない?」と言われた。
まぁ、その二人のおかげで、かなり広い領域を確保出来た。
いっそ、エリさんの知り合いに協力してもらって、領域内を町にしちゃうのもありだ。
「エリさんの知り合いを集めれば、一つの町ぐらいにならないかな?」
「町ね……村ぐらいなら作れるわよ。もう、研究仲間を集めちゃうか。魔法理論は絶対ここを拠点にするべきだもの。あ、そうだわ。DPで魔法理論の本を指定して交換出来ないの?」
「魔法理論の本か……」
メニュー………あった。
魔法理論の書:1000DP
「………高い」
「………あるのね? いくらなの?」
「エリさん一人分」
「じゃあ私が一日滞在する対価として、一日一冊魔法理論の本をいれなさい。そして図書館に魔法理論の部屋を作って」
ええー。
ランダムなら百冊分なのに………
「もちろん、ランダムで出たのは別カウントよ。一年いれば四百冊前後集まるわね……ふふ」
「え、決定?」
「当然よ」
うえー。これがAランク冒険者か。
………一番被害に遭ってるカリさんに比べたら、まだましだよね。カリさん分の800DPもあるし。
って、そうだ。本棚や部屋の分はこっちで出さなきゃダメじゃん。
まぁ、本が増えるからいいか。魔法理論も、興味あるから読んでみたい。
「エリさん、じゃあ私にも魔法理論教えてね?」
「いいけど、対価は?」
「ダンジョンの情報、あれだけ教えたのに、まだ必要?」
「むぅ……」
「そういえば、魔法理論の本はエリさん一人で足りるけど、それを置く部屋や本棚は私が用意するんだよねー」
「わかったわよ!」
こんな話をしていたら、カリさんが駆け込んできた。
「おい、姉貴にミラン、手伝え」
エリさんは無視した。
可哀想だし、私は一応相手をする。
「手伝えって、何を?」
「森の開拓が上手くいかないんだ。魔法で木を伐ると戻っちまうから、全部人力じゃなきゃいけないんじゃねぇかと。で、人手が足りないから、姉貴の知り合いをもっと連れてきてくれ。そして全員手伝え」
木が元に戻る? というか、ここ森なんだ。初めて知ったわ。
「そんなのカリがやりなさいよ。ギルドの馬鹿を連れて来たら? まぁ、馬鹿だから使えないだろうけど。私はミランに魔法理論を教えるから」
「ざけんな! 誰のせいでこんなことをしてると……」
カリさんがキレた。
姉弟喧嘩をするのは勝手だけど、私を巻き込まないでくれないかな。
「クー君、ヘルプ」
「ちょ、巻き込むな」
いや、クー君たぶん関係あるからね?
「あのさ、木の伐採とかコアの力で出来ないの? 領域なんでしょ? というか、魔法の開拓が出来ないのって、コアのせいじゃ……」
「マジか!?」
カリさんがクー君を睨む。
「うっ……まぁ、そうだけど」
「じゃあ、伐採はコアで出来るのか?」
「えっと……破壊を許可した。これで木を伐れるはずだ」
領域内の木は、ダンジョン内の壁や階段、扉なんかと同じ扱いらしい。普通は破壊してもすぐに修復されるが、修復されないよう設定することも可能だとか。
「ああ、そうかよ……ただ、人手はやっぱ足りない。ちょっとした雑用をしてくれりゃいいから、どっちにしろ手伝ってほしいんだが」
「んー、クー君、案ない?」
「あー……コボルトでも呼ぶとか。コボルトナイトがいれば統率出来るぞ」
「お、じゃあ、それで」
早速、メニューを開いてコボルトを交換する。
「とりあえず十人でいい?」
合計200DPぐらい、何だかんだで1万DP以上ある今なら安いものだ。
「お、おう……助かる」
「コル、この子達を率いてカリさんのお手伝いに行ってきて」
「ガルッ!」
私が対処したのを見て、クー君は本を手に取った。ズルい。けど、私はまだ話が終わってない。
「あ、カリさん、コルなら人の言葉わかるから、指示はコルに」
領域内ならコボルトを作業員として使っても問題ないでしょ。カリさんが引いてるように見えるのは……きっと気のせいだ。
「問題は片付いた? ならミラン、魔法理論を……」
「姉貴も手伝え! 魔法使いだろ!」
「やだ」
「っ……この野郎………」
やっぱりカリさんが可哀想だね……エリさんの無茶振りは全てカリさんが片付けているのだろう。
……ちょっとカリさんを助けてあげよう。
「あー、エリさん。魔法理論はまた今度で」
そう言い出すと、二人揃ってバッとこっちを振り向いた。エリさんは顔をしかめて。カリさんは目を輝かせて。
「なんでよ?」
明らかに苛々してる声だったが、堂々と答える。
「邪魔だから」
「はぁ!?」
「DPが結構溜まったし、人が住むことになるでしょ? 今のうちにダンジョンを広げたいの。で、侵入者がいる部屋は弄れないから、邪魔」
正確には、部屋の拡張とトラップの設置が出来ない。モンスターは侵入者がいる場所にも呼べるが、代わりにダンジョン内にしか無理だ。アイテムは領域なら構わず置けるんだけどね。
「くくっ……よし、姉貴。来い」
「……………しょうがないわね」
「よし! 初めて姉貴の我が儘を振り切った! ミラン、ありがとな」
晴れやかな笑顔で微妙な感謝をされた。そういえばエリさんとカリさんって、顔がいい姉弟なんだよね。
………うん、開拓の結果が楽しみだけど、ダンジョンの改築をやっちゃおう。