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終章 青空の獅子

 アルディオは、ライオンの咆哮を聞いた気がして、空を見上げた。

三日降り続いた雨が止み、今日は久しぶりに太陽が大地を照らしていた。

「アルディオさん、やっと晴れましたわね!」

「ああ。見てごらん、メルナシア」

アルディオは、三才くらいの女の子を抱いたメルナシアを仰ぎ見ると、再び空を仰ぎ見た。

「レイシさん?降りてこないのですか?」

アルディオは頷いた。

「レイシ殿はもう、我々には関われない。だが、こうやってたまに来てくれるのだ」

メルナシアは、眩しそうに雲が筋を作る空を見上げた。そこには、空の色をした翼をはためかせたライオンの姿があった。手を振ると、有翼ライオンは大きな咆哮を上げて答えてくれた。そして、ライオンは踵を返し空を駆け抜けて去って行った。

「行っちゃった……レイシさん達、まだどこかで戦ってるのでしょうか?」

「そうなのだろうな。風の城は、世界を守る刃なのだと、そう言っていた。今もどこかで、誰かを救っているのだろう」

――わたし達を、救ってくれたように……

アルディオは、妻子と共に、湿った風の吹き抜ける空を眩しそうに見上げていた。


 空を駆け抜けながら、レイシは未だに慣れないなと思った。

青い焔は、リティルが留め置かれた五年の間に、その姿を少しだけ変えていた。

そして、今は、青い焔と呼ばれなくなった。

 リティルがやっと解放されたその日、レイシは風の王を迎えに行った。そして、インジュと共に三王に別れを告げた。

「おいおい、おまえが泣いてどうする?インジュ!」

インジュはザリドともう会えなくなると、わんわん泣いた。それにはザリドも困って、どこかオロオロしていた。

「だって!もう、会えないんです。寂しいじゃないですかー!」

「おまえ!まったく、しょうがないヤツだな……最後くらい、威厳のある姿見せろ!精霊様だろう?」

ザリドは苦笑すると、インジュの頭に大きな手を置いて、慰めようとした。するとインジュが泣きながら抱きついてきて、大いに面食らっていた。放せ!男と抱き合う趣味はない!と叫ぶザリドの様子に、皆遠慮なく笑った。

「アハハ、あれだけ泣かれたら、もう誰も泣けないね」

レイシは、アルディオと並んで、戯れる二人を見て笑っていた。

「さようで。レイシ殿、あなたとの約束を果たせて、わたしはホッとしています」

「あー、案外時間かかったね。ホントに、メルナシアでよかったの?」

二年前、やっとリティルの見舞いを許されたレイシは、アルディオのもとへ飛んだ。そして、即メルナシアに捕まったのだった。

――レイシさん!聞いてください!あの人、鈍すぎます。私、何か間違ってます?

そして、来るのが遅い!と怒られた。あ、まだ追いかけっこしてるんだ?とレイシは苦笑した。恋愛相談なんて受けられないよ?と断ったのだが、メルナシアの様子があまりに不憫で、愚痴を聞くだけならと、上手くいくまでの間、付き合う羽目になった。

「彼女には本当に不誠実でした。まさか、口説かれているとは思いもよらず、四年も待たせてしまいました」

アルディオは、聡明で悟っているかのようなエフラの民が、自分のような、いつまでも間違う人間などを好くとは思ってもいず、メルナシアの好意にまるで気がつかなかった。アルディオよりも、遙かに生きている彼女の容姿が、かなり年下の女性にしか、見えなかったということもあった。

メルナシアは、ことあるごとに、好きだと言い続けていたのだが、相手にしてもらえずに、もう心が折れそうだった。仕方なくレイシは、アルディオに言ってやった。

――ねえ、アルディオ、メルナシアって健気だよね。あんなに好き好き言い続けてさ。ねえ、メルのこと、どう思ってるの?

レイシのこの一言で、アルディオはやっと彼女の言う好きが、未来を一緒に作りたいと、言っているのだと気がついた。

「らしくていいんじゃない?でも、ありがとう」

アルディオは、出会った頃よりも、明るく笑うようになったレイシを見つめ、小さく微笑んだ。

そんな四人を見守っていたリティルは、俯いたままのランティスに視線を戻した。

「ランティス、しっかりやれよ?せめて、おまえが生きてる間くらい、平和にしてくれよ?」

「ああ!必ず……!」

「なあ、最後くらいちゃんと、オレの顔見ろよな?」

「見られるか!情けない顔をしているんだ、見られたくない!」

泣いているらしいランティスに、リティルは苦笑した。

「そっか、じゃあ、オレそろそろ行くぜ?」

「え?」

帰ると言われて、ランティスはガバッと顔を上げていた。ランティスの瞳に、ニヤリと笑った風の王の姿が映っていた。

「リティル……」

肉体を持ってここに存在しているリティルに、ランティスは心の底から安堵すると共に、もう、これが彼といられる最後の時なのだと改めて感じて、寂しく心細くなってしまう。

「オレ達はもう、この大陸には関われねーんだ。でもな、この空くらい飛ぶぜ?ここの上空通るときは、オレが来たってわかるように飛んでやるから、たまに空見上げてくれよ」

約束だぜ?とリティルは曇りなく笑った。

「おまえら、ちゃんと生きろよ?もう、ここを青い焔なんて呼ばせねーようにな。そうだな……これからは、青き翼の獅子、そう呼んでくれ」

リティルのその言葉に、レイシがえ?と瞳を瞬いた。

「青き翼の獅子?ここはレイシの物か?レイシ、ワシらの守護精霊になってくれるのか?」

ザリドにそうからかうように言われて、何も聞いていなかったレイシは、言葉を返せずに困っていた。

「ハハ、こいつの怖さ知ってるだろ?もしまた大地を殺すほど争ったら、怖い守護精霊が滅ぼしに来るぜ?まあ、翼って言葉の中には、オレ達風っていう意味も、込めてるんだけどな」

リティルは戸惑うレイシの肩を抱いて、頭をコツンッと合わせて笑った。

「レイシ殿、あなたの姿を戒めとして、後世に伝えさせてください。未来に、この大陸が間違いを犯しそうになったとき、間違いを正せる鍵となるように」

「えー?しょうがないなぁ。でも、格好良く伝えてよね」

レイシは冷えた瞳に、観念した笑みを浮かべて、ため息交じりに同意した。

「ああ、皆が憧れるくらい格好良く、物語を書くよ。途切れさせない!リティル、レイシ、インジュ、見ていてくれ!」

ランティスの言葉に、精霊の三人は、笑って頷いた。

 レイシは、有翼ライオンに化身すると、風の王をその背に乗せる。そして、三王が開け放してくれた扉をインジュと共に潜り、真っ直ぐ外へ飛び出した。振り返らずに。

「レイシ!見てみろよ」

『え?何これ!』

どこまでも続く青空の中、もっと高く飛べとリティルに言われて、空を駆けていたレイシは、地上を見下ろした。眼下に広がる景色を見て、レイシはその冷たい紫色の瞳を見開いた。

「リティルが目覚めてすぐ、ユグラと呼び出されたんです。それで、こういう風にしてみました」

驚きました?とインジュはニコニコ笑いながら、レイシの顔を覗き込んだ。

『これ……もの凄く恥ずかしいんだけど……名前だってさ、青き翼の獅子って……なんで、オレ?』

「もう、憎しみの青い焔なんて呼んでほしくねーだろ?大陸も大陸って呼べねーくらい壊れちまってたし、ちょっと手を加えることは考えてたんだよ」

リティルは満足そうに、レイシの頭に頬杖をついて寝転ぶと、大地を見下ろした。

始まりの泉は、空を映す瞳のようだった。大陸の形は歪で、その姿はまるで吠える獅子の横顔のようだ。

「おまえが救ったんだよ、レイシ」

『ち、違うよ!救ったのは、父さんとフロインで、オレじゃないよ!』

「照れてるんですかぁ?セビリアの意識まで引き付けて、捨て身で根幹の浄化したくせに、最大の功労者じゃないなんて、言うつもりですかぁ?」

無茶苦茶ですと、インジュはプイッとそっぽを向いた。

 そんなインジュの様子を、笑いながら見ていたリティルは、四年前のことを思い出していた。

この大陸の形を決めたのは、インジュだ。足りなくなった大地を創造しようと、インジュと大地の王・ユグラを呼んだのだが、そのとき彼から提案されたのだ。

――リティル、お願いがあるんですけど。この大陸の形、こういう風に作ってもいいです?

なぜ?と問うた、まだ靄のようにしか形を保てなかったリティルに、インジュは言った。

――レイシの、枷にしたいんです。あの人、今回のことでちょっとはマシになったんですけど、まだどこか死にたい病なんです

そして、インジュに睨まれた。

――ボクじゃ枷になれないんです。レイシを追いかけてるボクじゃダメなんです。レイシには、前を飛ぶ、リティルが必要なんです!

オレ、いるか?と思ってしまったが、相棒を心配して見ているインジュが言うのだ、そういうこともあるのか?とリティルは半信半疑だった。

「ハハ、おまえ達が、烈風鳥王の心を動かしたんだよ。インジュ、おまえもな」

「ボクは何もしてません」

『インジュ、あんな完璧に獣人救っておいて、何もしてないなんて言う?』

レイシに睨まれて、インジュはまぐれですと言い切った。

「ハハハ!照れるなよ、二人とも。これも、オレ達風の城の仕事だ。よくやり遂げたな。さて!次の仕事に取りかかるぜ?世界にはまだまだ、オレ達の導きを、待ってるところがあるからな!」

やっと解放されたところだというのに、もう次の仕事のことを考えているリティルに、レイシとインジュは呆れた。だが、この空のように、曇りなく笑う風の王を見ていると、未来を信じたくなる。

この王と共に、どこまでも飛びたくなる。

続いていけるのだと、信じて。

ワイルドウインド5、これにて終了です。

お読みくださり、ありがとうございました。

楽しんでいただけたなら、幸いです。

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