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一章 青い焔の三国

 地震が、続いていた。

日に何度も、無骨な石の城が揺れ、パラパラと天井から埃を落とした。

アルディオは、まだ四十代の若い王だった。人間は、短命な上に肉体も脆弱だ。この戦火の中、今まで滅びなかったことが不思議なくらいだった。

だが、どうやら自分の代で、人間は滅亡するだろうと、アルディオは確信していた。先代が戦死し、名だたる名将達も次々に亡くなった。今残っているのは、次代を担うにはまだまだ若く、頼りない者ばかりだった。

「失礼いたします。アルディオ様!」

自分よりも年上の兵士が、傷だらけの木の扉を開けて慌ただしく入ってきた。

 何事だろう?とアルディオは険しい青色の瞳を、ひざまずく兵士に向けた。獣人の軍が、ついに動き出したのだろうか。

青い焔には、人間と、獣の姿をした獣人種、人間の姿をベースに、獣の耳や尾を持つ半獣人種が混在し、長らく争っている。今、人間は獣人種と激しい戦争をしていた。

「何事だ?」

「そ、それが……」

努めて声色低く尋ねると、兵士は言い淀んだ。いったい、何があったと言うのだろうか。

「あのさ、いつまで待たせるの?」

突如、開かれたままの扉の外から、まだ十代くらいの青年の声がした。呆れたような、礼儀をわきまえない声だった。

抵抗するな!とか、静かにしろ!という制止の声がしばらくしたが、突如静かになった。

よっと!と、何かを跨ぐような声がして、その青年はアルディオの前に姿を現した。

「へえ、風の城の応接間より、殺伐。何もないんだ」

茶色い短い髪の、異質な紫色の瞳の青年だった。まだ、十代だろう。十八才くらいの青年は、人を小馬鹿にしたような鋭い瞳で、物色するように部屋を見回した。作戦会議をする為のこの部屋には、大きな古めかしい木の机と、何脚かの簡素な椅子があるのみだ。

青年は、鋭い瞳に薄ら笑みを浮かべて、不遜な態度のままアルディオを見上げた。

「あんたが、人間の王様?」

「あなたは――」

アルディオは、彼に気圧されていた。ただ佇んでいるだけなのに、もの凄い威圧感だった。

「オレはレイシ。風を統べる精霊の王の息子。あんたに警告しに来たんだ」

風を統べる精霊の王?アルディオは気圧されながら、彼の姿を改めて見た。彼の背にある、異質な翼。半獣人かとも思ったが、その翼はガラスのように透き通っていて、空の色のように美しいグラデーションで色が変わっていっていた。彼の胸には、金色の白鳥の羽根を革紐で括り付けた首飾りが揺れていた。

「あなたは、精霊――」

「半分精霊、半分人間。まあ、オレのことはいいでしょ?もうすぐここ、戦場になるよ?」

フフフと悪夢のような笑みを浮かべる彼は、敵なのだろうか味方なのだろうか。

「あの塔、まだ残ってたんだね」

レイシは、窓から外を見やった。アルディオは警戒しながら、彼の見る窓の外を見た。そこには、先祖が犯した忌まわしいことを忘れない為にと、そんな戒めをもって保存されている、頭の方が大きいキノコ型の朽ちかけた塔があった。

「セビリア」

レイシは、塔を見やったままつぶやいた。その名に思わず反応して、彼を見てしまったアルディオに、レイシは優しさの欠片もない紫の瞳に、不遜な笑みを浮かべてニヤリと笑った。

「あんた達、大変な者を作っちゃったよね。彼女、あの時の借りを返すってさ」

セビリアとは、戦争を止めてやると言って、何代か前の人間の王を誑かした精霊の名だ。

その精霊の甘言に乗って、当時の人間の王とその家臣達は、たまたまいた戦争孤児の赤子と、彼女の魂を融合させた。それにより、カルシエーナという精霊の娘を作り出してしまった。

年頃となった娘は、日に日に力を増し、その力に恐れおののいた王と家臣達は、彼女の処分を決めた。しかし、決行する前に彼女には逃げられてしまったのだ。

「アルディオ様!大変です!蝶の羽根を持つ者達に都が襲撃されています!」

慌ただしく駆け込んできた兵士は、跪くのも忘れてそれだけ告げた。

蝶の羽根?アルディオはレイシを鋭く見た。

「それ、幻夢蝶って言うんだよ。彼女の配下の精霊なんだ。ねえ、王様、風の王に会ってくれない?今ここで承諾してくれるなら、オレ、助けてあげるよ?」

どうする?と、レイシは挑発するような瞳で薄く笑いながら見上げてきた。

窓の外では、空からヒラヒラと舞い降りてくる、病的に白い肌の裸の少女達が、白目のない真っ黒な瞳で標的を探していた。


 ザリドは、引っ立てられてきた者と対峙していた。

虎の姿をした獣人種・タイガ族に囲まれている事もあるが、彼は、とても貧弱に見えた。

「痛いですよ!もお、乱暴ですね。ボクにこんなことしていいと、思ってるんです?助けてあげませんよ?」

危機感のない様子で、背中を突き飛ばされたことを、怒っている青年の背には、金色のオウギワシの翼があった。半獣人のソラビト族かと思ったが、彼等のような鷲の足ではないし、腕に五色の羽根が生えていない。いったい、この女顔の男は何者だ?と、タイガ族のザリドは思った。

人間で言うなら、二十三、四才くらいだろうか。どっちにしろ、若造だった。

「何者だ?」

「はい。ボクは、風を統べる、精霊の王の配下の精霊です。煌帝・インジュと申しまして、使者としてここへ派遣されました。ボクと一緒に、風の王のところへ行ってください」

精霊?確か、別の世界に住んでいる種族とか、魔道士達が言っていたなと、ザリドは思った。

それにしても、キラキラ輝く金色の半端な長さの髪を、女のように縛り、女のように線の細いナヨナヨした男だなと、ザリドはしげしげと見つめていた。

「早く決断した方がいいですよぉ?彼女が、攻めてきちゃいますからね」

「彼女?」

「はい、破壊の精霊・カルシエーナです。なんでも彼女、この大陸に恨みがあるとかで、滅ぼそうと出てきてるみたいです。風の王は、世界を守る刃ですからねぇ。彼女の凶行を止めたいんですよ」

インジュの、白い輝きの中に、深い蒼と緑の混じり合う、不思議な色の切れ長な瞳が、急に硬質で真面目な表情を浮かべて、ザリドを射貫いた。

その瞳に射貫かれて、ザリドはうっと気圧された。こんな中性的な女顔の男に、気圧されるなどあり得なかった。侮っていただけに、余計に驚いていた。

「インジュと言ったか?風の王とやら、どこにいる?」

こいつに逆らってはいけない。ザリドの中の、野生の虎がそう言っていた。それに、破壊の精霊・カルシエーナのことは、聞いたことがある。四八十年前くらいに、人間が最終兵器として作り出した精霊だ。結局逃がしてしまい、獣人軍はそれと対峙せずにすんだ。ザリドの先代の話だ。

行くことを承諾したザリドに、インジュはニッコリと優しい笑みを浮かべた。

こいつは、本当に男なんだろうかと、ザリドが疑うほど優しい笑みだった。


 かえらずの森と呼ばれる枯れ木の立ち並ぶ森に、彼等はひっそりと隠れるように暮らしていた。

もう、この大陸の争いは止まらない。命を削り取られた大地の、最後の悲鳴が聞こえてくる。オオカミの耳と尾を持つ、半獣人種・ウルフ族の若い男は、絨毯の上に直接胡坐を掻いて座っていた。

円錐型のテントの中で、一人瞑想するかのように瞳を閉じていたランティスは、いつからそこにいたのか、気配に灰色の瞳を開き気配を見上げた。

そこには、金色のオオタカの翼を生やした、背の低い青年が立っていた。金色の中途半端な髪を無造作に黒いリボンで束ねた、童顔な青年だった。

印象的な、金色の燃えるような光の立ち上る、力強い瞳が、こちらをジッと見下ろしていた。優しい瞳だなと、ランティスはその瞳を見返した。

「ウルフ族の長・ランティスだな?オレは――」

ランティはおもむろに立ち上がった。そして、悪いとは思ったが彼の言葉を遮った。

「風の王・リティル。あなたがここを訪れるということは、ついに終わりが来るということですね?」

自分とほとんど背の変わらない風の王を、ランティスは哀しげな瞳で見つめた。

「さすがだな。おまえにそれを知らせたのは、相棒の剣狼か?」

ランティスの背後から、ヌッと青い毛並みの大きなオオカミが現れて、リティルの手にそっとすり寄った。リティルは、彼の頭を撫でてやった。

「ゲイボルグ、女王がおまえ達によろしくって、言ってたぜ?」

ゲイボルグと呼ばれたオオカミは、恭しく頭を垂れた。そして、ランティスの足下に腹をつけて伏せた。

「ランティス、オレの契約者になってくれねーか?」

意外な言葉に、ランティスは瞳を見開いた。相棒であるゲイボルグは、精霊獣だ。彼の故郷は、精霊達の暮らすイシュラースだ。そして、剣狼の谷は風の王の支配する、風の領域にあった。風の王は、大陸の滅亡に剣狼が巻き込まれないように、保護しにきたと思っていたのだ。

「あなたと契約を?死する大地に、あなたは何をしようと、しているのですか?」

「戦争を止め、この大陸を存続させる」

「大陸の、存続?なぜ、あなたがそんなことを?この大陸が滅亡するのは、この大陸に暮らす者達が導いたことです。その道を、歪めると言うのですか?」

生き様を見守る風の王が、手を出し手はいけないと、ランティスの瞳はリティルの行いを、諫めるようだった。

「滅亡を受け入れてるのかよ?ウルフの若造」

二十才くらいにしか見えない容姿の風の王は、ランティスを未熟な者と呼んだ。

「我々の力では、もはや止められません。大陸が死するか、獣人が人間を滅ぼし、今度は我々と戦う。そんな未来しか思い描けません」

どちらにせよ、滅びは免れないとランティスは言った。

「争いが染みついちまってるからな。それでも、滅ぼさないでくれって、オレに訴えてくる精霊がいるんだよ。だからオレ達は、茶番を仕掛けることにした」

茶番?ランティスは何をするつもりなのかと、リティルを見返した。

「各国に共通の敵を用意して、一致団結して倒してもらうことにしたんだ」

「共通の敵……ですか?」

「破壊の精霊・カルシエーナだよ。彼女がオレ達の用意した、共通の敵だぜ?」

知ってるだろ?とリティルは言った。知っている。人間の赤子と精霊の魂を融合して作り出してしまった、忌まわしき者だ。逃げられたと聞いていたが、イシュラースに帰れたのかとランティスは思った。

「彼女が?茶番、ということは、演技?」

「どうせ放っといても滅亡するんだ。殺しまくるぜ?本気の演技だ。あいつには、この大陸に恨みもあるしな。ランティス、人間と獣人の王と共に、カルシエーナを止められるか?」

三国で手を取って?ランティスはすぐに難色を示した。

「難しいでしょう。人間も獣人も、互いを受け入れられずここまで来てしまったのです」

何度も止めようとした。そのたびに、ウルフ族は数を減らした。共にいてくれる、一対の角を持つ賢者の民・エフラの民も……。

けれどもランティスも、この無意味な争いを止めようと尽力してきた。けれども、今はもう、その気持ちが、しぼんでしまった。

大陸の死――ゲイボルグの言葉を聞き、ランティスの心は折れた。だが、決断を下す風の王に、懇願してくれた精霊がいる。それが誰なのか、ランティスにはわかった。

「この大陸を憂いてくれたのは、カルシエーナですか?」

何となくそう思った。この大陸に縁がある者を、彼女以外知らなかったということもあったが、憂いてくれた精霊が彼女だったなら、ランティスは再び、争いを止める為に尽力しようと思った。

「まあな。オレの育て方が間違ったのか、随分優しい娘だぜ?」

かつて、この大陸に生まれさせられたカルシエーナだ。恨みと怒りを持っていてもいいはずなのに、彼女はこの大陸の滅亡を知って、泣いてくれた。彼女の涙がなければ、いくらケルゥに提案されても、リティルは動く気はなかった。

今更、無駄だからだ。今更動いても、この大陸は救えない。リティルは風の王だ。そんなことくらい、干渉しなくてもわかっていた。

果たして、オレはどこまでやれるのか。ここの生きる命が、どこまで輝けるのか。リティルは、瞳の輝きを失っているランティスを見つめていた。

「それでも、この大陸を――青い焔を憂いてくれるのか。風の王・リティル、希望を、繋ぐ為、この命使おう!」

ランティスの宣言に、リティルは満足そうに頷いた。彼は、剣狼の認めたウルフ族だ。さすがだなと思った。生きるという輝きを失っていた、ランティスの瞳に、燃えるような命の光が戻ってきていた。

「ウルフの長・ランティス。オレの契約者として、青い焔の敵である破壊の精霊を討て。茶番だからな。カルシーは殺させねーけどな。本気でやれよ?」

そう言って、リティルはランティスの手の平にそっとキスをした。

ランティスの手の平に、オオタカの紋章が焼き付くように刻まれた。

「人間と獣人の王を、始まりの泉に導く。カルシエーナと戦う話、奴らにしてやるから、あとは三人でやるんだぜ?」

見守ってるからな。と、リティルは言うと、その姿を何の変哲もないオオタカに変えた。


 始まりの泉とは、争いの発端になった場所だと、聞いている。

ずっと昔、この青い焔は緑溢れる大陸だった。沢山の種族が混在していた為に、軽いいざこざはあったが、平和で美しい大陸だった。

それが、徐々に水が涸れ、この大陸の中心にあるこの小さな水辺だけが唯一の水となってしまった。そして、この泉の覇権を巡って、全種族が争うようになった。多くの種族が滅亡した。あるとき、枯れていた水が戻り、大地は再び芽吹いたが、長らくいがみ合っていた種族は、今度は大陸の頂点を目指して争うようになった。水によって始まった争いは、最早、水の再生だけでは止まれないところまで来ていたのだった。

 あんなに多かった種族は、今や、三つの国に集約されている。

大陸の東、険しい山岳に囲まれた人間の国。

大陸の南、かえらずの森と呼ばれる枯れた森。

大陸の西、肥沃な草原の獣人の国。

かえらずの森には、半獣人種のウルフ族とエフラの民を筆頭に、僅かに生き残った半獣人種が完全中立で立てこもっていた。

大陸の西は、開けた場所だったが、狐、虎、犬の獣人種は身体能力に優れ、徐々に人間を圧倒して領土を拡大していた。

大陸の東の人間の国は、地形を生かして攻めてくる獣人軍を、何とか押し止めていた。しかし、人間は短命だ。経験豊富な者達を失ってしまい、今窮地に立たされていた。長らく均衡を保っていたパワーバランスが、崩れようとしていた。

 始まりの泉は、大陸の中心で、空を睨む片眼のような姿の湖だった。周りを森と山に囲まれ、これまでに何度も主の変わった場所だった。

その湖の畔に、リティルはいた。各国の首都から五日はかかる距離だったが、風の王の翼なら二日だ。

「おまえら、若けーな。百才くらいか?」

改めて、リティルが言った。

確かに、ランティスは一六十年くらいしか生きていなかった。共に来てくれた、幼なじみの魔道士のメルナシアもそれくらいだ。

「リティル様、もう、先人達は死んでしまったのです。かえらずの森には、もう、若い者しか残ってはいないのですわ」

男女ともに、平均身長二メートルのエフラの民であるメルナシアは、一九〇センチある。対するウルフ族は、平均身長一五十センチで、ランティスも一五五センチしかない。リティルも背が低く、一五十センチだ。身長の低い二人は、大いに見上げなければならなかった。

「そういえば、森の住人、かなり数が少なかったな」

「止めようとしたんだ……オレの知る、すべての大人達が」

「ウルフとエフラは、どこにいても優しいな。おまえ達が、大陸の覇権を握ろうとは、思わなかったのかよ?」

「押さえつけたところで、何も変えられない。どちらかが滅びるまで、この大陸の者は戦い続けてしまうんだ」

ランティスは疲れたようにつぶやくように言うと、ゲイボルグに寄りかかった。寄りかかられたゲイボルグは、労るように相棒を支えた。

「リティル、森にいる戦えない者だけでも、別の大陸に、移住させることはできないか?ソラビト族だけでも!」

ソラビト族は、腕に生えた羽の美しさ、容姿、声の美しさから真っ先に滅ぼされ、奴隷とされてしまった哀しい種族だ。ウルフ族とエフラの民は、これまで獣人に捕らえられた彼等を救出し、匿ってきた。だがまだ、獣人の国には、奴隷となっているソラビト族が、大勢いるのだろうと思うと、ランティスは苦しかった。

「ランティス、精霊の協力者は、契約の完了と共に、一つだけ願いを叶えられるんだ。ソラビト族を、別の安全な場所に移住させる。それが、おまえの願いでいいのか?」

「叶えられるのか?ああ!彼等を狩られない安全な場所に、連れて行ってやってくれ!ソラビトの女性は本当に――リティル、彼等を救ってやってほしい」

過去に何があったのか、ランティスは頼むと言って、リティルの両肩を掴んで頭を垂れた。優しい奴だなと、リティルは素直に思った。

「おまえ、死ぬなよ?」

「死んでもいいって言ったら、叱ってくれるのか?」

「ああ、これでいいのかよ?」

ゴンッと、リティルは拳を、ランティスの頭に落としていた。こんな子供っぽい怒られ方をされた最後は、いつだっただろうか。頭を抱えたランティスは、痛たたたたといいながら、俯いた。リティルは、彼の瞳から流れる雫を見た。

 もう、本当に限界だなと、リティルは苦しく思った。

この若いウルフの青年は、いつから一人で頑張っていたのだろうか。頼れる者は少なく、あの、魔法で枯れた森の姿をしている豊かで穏やかな森には、女子供がほとんどだった。リティルの姿を見て、好奇心旺盛なエフラの民と、ウルフ族の子供達はよってきたが、いるはずのソラビト族の姿は、見ることはできなかった。気配と、探られるような視線は感じたが、彼等は精霊のことも信用しなかったのだ。

 西と東に派遣した二人は、大丈夫だろうか。哀しみに飲まれていたりしないだろうかと、思いをはせたところで、巨大な金色のオウギワシが舞い降りてきた。

『本当に、一人でよかったんです?側近の人、騒いでましたけど』

「いいんだよ!あいつら下手に連れてきて、人間の王やら、半獣の長やらヤッたらどうする?」

『あの人達、そんな血気盛んなんです?先行き不安なんですけど』

何やら盛り上がっているようで、インジュはザリドをその背か降ろした後も、会話をやめなかった。

「おまえ、郷にいる間はワシのそばから離れるなよ?襲われたらかなわんからな」

化身を解いたインジュは、その切れ長な瞳を丸く見開いて首を傾げた。

「はい?ボクが襲われるんです?冗談言わないでくださいよ。ボク、強いですよぉ?」

危機感なく、フワフワとしているいつも通りのインジュの姿に、リティルは思わず吹き出した。堪えるような笑い声に、インジュはハッと我に返った。

「あ、リティル!すみません。ボク、気がつかなくて……」

「ハハ、おまえ大物だよな。タイガ族のザリドだな?国はどうだ?順調か?」

なんだこいつは?とザリドは、近づいてきた小さくて華奢な青年を訝しがった。こいつが風の王?インジュから感じた力のように、下手なことをすれば殺されるというような、有無を言わさない圧力を欠片も感じない。このままその無防備な首を、へし折れそうなほど警戒心の欠片もない。

「オレは風の王・リティル。ああ、おまえ、オレのこと侮ってるな?」

リティルの笑顔を見て、インジュは青ざめた。

「え?ザリド、それはマズいです!今すぐ、風の王に謝ってください。リティルはこう見えて、凄く凄く強いですよぉ?だって、風の王なんですから!」

インジュはうろたえて、ザリドに忠告した。だが、本当に強いのか?とザリドは、無遠慮な視線を送ってしまった。

「まあ、いいさ。って、言うと思ったのかよ?粋がるなよ?子虎」

途端に、強烈な威圧感が皆を襲った。完全に侮っていたザリドは、両膝を折らされていた。押さえつけるような圧力で、顔を上げることもできなかった。そんな強烈な気迫の中、リティルの背後にいたウルフ族の青年は、辛うじて立っていた。その小さな背に庇った魔道士の女性を守りながら。

『父さん、それくらいで許してあげれば?そんな気迫の中、人間、下ろせないよ』

「レイシ。と、人間の王のアルディオか?」

リティルが気迫を収めると、空の色の翼を生やしたライオンが舞い降りてきた。その背には、髭を生やした中年の男が乗っていた。

「ふう。インジュの相棒、いかにも脳筋だね。オレ、こっちでよかったよ」

化身を解いたレイシは、蔑むような視線を這いつくばるザリドにむけた。嘲られたザリドは、カッと頭に血が上りレイシに向かい拳を振り上げていた。

「わあ、ホントに短絡思考」

ザリドの拳はレイシに届かなかった。振り下ろしたはずの拳は、女のようなインジュに片手で止められ、喉元には、レイシの針のように尖ったレイピアが、突きつけられていた。

「ザリド、あなた王ですよねぇ?そんなんで、これまでよく王やってこられましたね。ボク、呆れちゃいましたよ」

なんて奴らだと、ザリドは驚愕していた。ザリドは戦場で先陣を常に切るが、誰にも傷一つつけられたことなどなかった。それなのに、彼等の前では赤子同然だった。

「非礼をわびる。この通りだ」

「ハハ、強い者にしか従わねーって、難儀な性分だな。で?オレ達合格かよ?」

ザリドは服従を示し、大地に額をつけてひれ伏した。

 連れてきたのが、インジュとレイシで正解だったなとリティルは思った。これが獣人のやり方だが、ここにいるのがインファとノインだったら、リティルを侮辱した途端に斬られている。さすがに殺しはしないが、手厳しいお仕置きはされただろうなと思った。

今、リティルの優秀な副官と補佐官は、城でシナリオを組み立て、青い焔の動向を監視している。今この瞬間も、二人に監視されているのだった。

「さあ、立てよザリド。改めて、オレは風の王・リティル。今おまえ達に迫ってる脅威について、教えてやるぜ?」

 この茶番を提案してきたのは、ケルゥだった。

――リティルよぉ、どうせ滅びるなら最後にやりてぇこと、あんだけどよぉ

出会ったころ、大きな子犬だった彼はもういない。

恋人の心を納得させる為に、こんなことを思いつき、大量虐殺をしなければならないリティルを、救おうとしてくれた。再生の力を持つ彼には、わかっているはずなのに。彼には、致命傷は治せない。この大陸に、彼の力が作用しない時点で、抗いようのない運命だと、わかっているはずなのに。それでも、ケルゥは、おめぇなら、最後まで抗うだろうと、リティルの背中を押してくれた。

インジュが、不意に顔の前を飛んだハエを手で払った。ハエはザリドの顔の前に行き、彼に叩き潰された。

あの小さな虫、今踏みしめている草の一本まで、ケルゥが提案してくれなければ、リティルは、一つ残らず命を平らげていた。当然のように一緒に背負いますと言ってくれる、インファとノインと共に、罪なき命を蹂躙しなければならなかった。

 これは、再生の精霊がくれた最後のチャンスだ。この茶番でこの各国の王である三人が、この世界を作っている人々がどう行動するかによって、存続か滅亡かが決まる。

インファとノインの査定は厳しい。情に脆く、甘い判断を下してしまいそうなリティルは、副官によりこの査定から外された。

――父さんは甘いですからね。適当な人に取り憑いて、導いてください

導くのは得意でしょう?とインファは、挑戦的に笑った。

――おまえの手腕、見せてもらおう

ノインは、涼やかな目元に、優しい笑みを浮かべていた。

ずっと味方だった二人が、今回は戦うべき相手だ。青い焔にいる精霊達を操り、副官と補佐官を納得させなければならない。

 最初の仕事は、三人の王を共に行動させること。

インジュとレイシに、そういう風にアルディオとザリドを導かせる。

「破壊の精霊・カルシエーナと、その手足、幻夢蝶。アルディオは、その驚異目の当たりにしたな?」

リティルの言葉に、アルディオは頷いた。

「レイシ殿に、国を守る結界を張っていただかなかったら、滅んでいたやもしれません」

「ああ、確実に滅んでたね。オレ、ちょっと手こずっちゃったよ」

リティルは苦笑した。カラスの目を使って見ていたが、家から出るなという命令が完了するまでに、沢山の人間に被害が出た。レイシの力は殺傷能力が高く、広範囲に作用してしまう魔法が多い。体の脆い、人間という種族の近くにいる状態で使えば、自分が死んだことすらわからないまま、存在が消滅してしまう。レイシはトゲトゲしいが、一人の命も奪わずによく戦った。

「ザリド、おまえまた侮ってるだろ?幻夢蝶はな、一体一体は強くねーけどな、殺すと幻夢の霧を吐き出すんだ。幻夢の霧は眠りの霧だ。戦場で熟睡することになるぜ?それがどんなに危ないか、言わなくてもわかるよな?」

「なるほど、厄介な相手だな。対策はあるのか?」

ザリドはリティルの言葉を、今度はすんなり聞き入れた。本当に、一度認めた相手には敵意がまるでなくなるんだなと、リティルは苦笑した。

「霧を吸い込むなってことしかねーな。その為に、おまえの所には、風の精霊を遣わしてるんだよ。インジュの風ならおまえの郷、一つくらい簡単に守れるからな」

「はい。すでに風を巡らせてありますから、幻夢蝶が攻めてきても、ちょっとクラッとするくらいですみますよ」

「アルディオんとこみたいに、おまえ結界とか張れないのか?」

ザリドは不満そうに、インジュを見下ろした。そう言われたインジュは、反論しかけたが、その言葉はリティルに引き継がれた。

「おまえら、守られて満足する玉じゃねーだろ?本題はこれからだ。おまえら三人、カルシエーナの討伐に向かってもらう」

ザワッと、グロウタースの民である四人はざわめいた。

「破壊の精霊と、やり合えというのですか?私たちが?」

メルナシアの動揺は当然のものだった。魔道士である彼女は、精霊がどういうモノなのか、きちんと理解している。立ち向かわなければならないものの大きさに、臆したとしても仕方がない。

「あいつは精霊だけどな、理由があってこの大陸に攻め込んできてるんだ。世界の理に従い、おまえ達の手で立ち向かわなけりゃならねーんだよ。じゃあ行ってこいとは言わねーよ。その為にオレ達が来たんだからな」

「三人というのは?」

アルディオが控えめに問うた。

「ランティス、アルディオ、ザリドの三人だ。これは最低人数で、増えても構わねーよ。リーダーはランティス、おまえが務めろ」

適任だろ?とリティルは言った。しかし、わかっていたことだが、ザリドが反発した。

「ちょっと待て!こんな半獣の若造に従えっていうのか?」

ザリドは突き刺す勢いで、ランティスを指さした。指さされたランティスは、全く動じない。彼にもこの反応は読めていたのだ。

「受け入れられないか?そうだろうな。だが、オレにしか務められない。なぜなら、獣人と人間はいがみ合っている最中だ。ザリドでもアルディオでも、反発しか生まないことは、わかっているだろう?」

ランティスが、灰色の瞳で大きな虎を睨んだ。その揺るがない瞳に、その正論にザリドは憤った。戦闘民族と名高いウルフ族の戦士を、この手で屠ったことがある。今ランティスと戦って勝つのはワシだと思うからこそ、彼を認められなかった。

「正義を気取りおって、若造が!」

はあ、どうしてこう獣人は手が早いんだ?とリティルはため息をついた。

ランティスにめがけて、拳を振り上げたザリドは、振り下ろしたその腕に違和感を感じた。

ランティスは避けなかったのだ、外れることはあり得ないのに、ザリドの攻撃は彼に当たらなかった。

え?ザリドは次の瞬間、信じられないモノを見て硬直していた。ランティスが何気ない様子で上げている右腕、その手が持っている物に釘付けになっていた。

「ランティスはオレの契約者だ。キッチリ守るぜ?まあ、必要ねーかもしれねーけどな」

いつ抜いたのか、リティルの右手にはショートソードが握られ、彼はその血に濡れた刃をトンッと自分の肩に乗せた。ザリドはわなないた。ザリドの腕は、肘から先がなくなっていたのだ。攻撃の瞬間も、何も見えなかったどころではない。今やっと、痛みが体中を駆け抜けた。そして、切り落とされた腕は目の前のランティスが受け取っていた。彼の瞳は冷徹に冷えて、まるでザリドの行動も、リティルの行動も、わかっていたかのような雰囲気だった。

「ザリド、オレは確かに若造だ。だが、皆で一緒に生きていきたい。その思いの為だけに、今ここにいる。オレと一緒に、カルシエーナを討ってくれないか?」

リティルの隣をすり抜け、ランティスはザリドに腕を差し出した。その腕を受け取ったのは、インジュだった。

「一回滅んだ方が、いいんじゃないですかぁ?でも、これではっきりしたでしょう?あなたは、このパーティーのリーダーには向きませんよ」

ため息交じりに、インジュはザリドの腕を切り口に合わせると、魔法をかけた。腕は、痛みもなくくっついていた。

「受け入れられるか!滅び間近の半獣になんぞ!インジュ、帰るぞ!」

「もおおお!分からず屋ですね。まったく……では、とりあえず失礼します。ランティス、ここで待っててくれますよね?」

インジュは憤ったが、ザリドの決定には従うようで、一度こちらに頭を下げた。だが、ふと瞳を上げてランティスを見た。

「もちろんです。ザリド、オレはここで、あなたが戻ってくることを待っている。必ず、戻ってきてくれ!」

ザリドは答えなかった。そんな相棒の背中にため息をつきながら、インジュは困ったように笑った。

「リティル、レイシ、置いていかないでくださいよぉ?」

二人は無言で頷いた。オウギワシに化身し、インジュは西に飛び去った。

 小さくため息を付いて、レイシはアルディオを見た。

「で?あんたはどうするの?」

「わたしの一存では、決めることはできないのです。だが、きっと戻ろう。レイシ殿、よろしく頼む」

こちらの反応もわかっていたことだった。だが、一つだけ想定外のことがあった。去り際、アルディオが、ランティスに握手を求めてきたのだ。ランティスは、その手を取った。

 背を向け合って二人が去るのを見送り、ランティスは息を長く吐きながら、その場に頽れた。

「はは、ははは。今更震えがきた……情けないな。オレはこれでも長なのに……」

「頑張ったじゃねーか。とりあえず、オレ達も森に引き返そうぜ?」

「いいのですか?あの二人、戻ってきません?」

ランティスを気遣っていたメルナシアが、リティルを見上げた。

「戻ってきたら、わかるようにしてあるからな、大丈夫だ。それに、幻夢蝶の脅威にさらされてるのは、何も人間と獣人だけじゃねーんだぜ?こっちにも、キッチリ襲いかかってくるからな。森の守り、どうするか決めねーと出発できねーだろ?」

疲れた顔で、ランティスはリティルを見上げた。

「リティル……ザリドの腕を切り落とすなんて、どう考えてもやりすぎだよ……」

ランティスにはリティルの攻撃が見えていた。あの瞬間、斬った腕を空へ飛ばし、ランティスの上に落としてくる軌道も見えていた。そういう意図だろうと、受け取ってはみたものの、内心ドキドキだった。

「ハハハハ!あいつ、プライドへし折られた顔してたな!おまえのすごさも、ちょっとはわかったんじゃねーか?」

あの中で見えていたのは、精霊二人とランティスだけだった。ウルフ族なら多分見えるよな?と、戦わせずに、ランティスも案外やる男だと知らしめるために、仕掛けたことだった。

「オレは、凄くなんかない。ただ、ちょっと目がいいだけだよ」

ハアとため息をつきながら、ランティスは当たり前のように謙遜した。

行こうと、リティルはオオタカに化身すると二人を乗せて飛び上がった。

 さて、あの二人はいつ戻ってくるのか。

猶予はあまりない。決断が遅くなればなるほど、追い詰められるシナリオになっている。敵役のカルシエーナとケルゥが、各国へ出向く前に、この泉に来てくれなければ、その時点でジ・エンドもありえた。

あまり、インジュとレイシに、ケルゥとカルシエーナと戦わせるなよ?とリティルは願っていた。インジュを除く三人は、それはそれで楽しいと思うだろうが、被害はそれなりに出てしまう。二人の王の決断に期待するしかなかった。


 かえらずの森は、戦いとは無縁の空気が流れていて、とても穏やかだった。

外から見ると、ただの枯れた森なのだが、ある手順を踏むと目の前に豊かな森が広がる。

水の涸れていた時期も、始まりの泉以外でここも何とか水を確保していた。

四五十年前、涸れていた水が突如戻り、荒涼としていた大地が一年かけて芽吹いた。そのことを、ランティスは先代からよく聞いていた。

「涸れた水の復活は、再生の精霊の慈悲だったのか?」

奇跡のような魔法のような出来事だったと、先代が言っていたが、それは精霊の力のおかげだったのかとランティスは、先代が生きていたら、どんな反応をしたのだろうかと、思わずにはいられなかった。たぶん、再生の精霊に会いたがっただろう。敵だとしても、先代なら、会って、礼を言っただろう。先代はそういう人だった。

「ああ。でもな、今は敵だぜ?再生の精霊・ケルディアス。カルシエーナの恋人だ。ここはオレがいるからな、あいつらもおいそれとは、襲ってこねーけど、他の二国、襲われたらただじゃすまねーよ」

リティルとランティスは、長のテントの中でくつろいでいた。ここで生活しているわけではないので、精々エフラの民が三人訪ねてきたら、一杯になってしまうほどに狭い。

森の中には、骨組みをフェルトで包んだ円錐形のテントが点在し、住人はその中で生活していた。草や花の汁で色づけしたのか、そのテントは華やかで可愛らしかった。

「リティル、その、どういうシナリオで……」

ランティスは会話を聞かれないかと、周りを気にした。

「大丈夫だぜ?オレ達の会話は、オレ達以外に、聞こえねーようにしてあるからな。ああ、今後の展開な。とにかくザリドとアルディオと一緒に、北を目指すんだ。そこにカルシエーナとケルゥがいることになってる。とにかく力を合わせて行ってくれよ」

北……北には雪山があるだけで、何もない閉ざされた土地だ。この大陸で、おそらく唯一、戦火に見舞われていない。

「倒すことが目的なのか?」

「目的は、その過程だな。オレの怖い副官と補佐官が、今この瞬間も査定してるぜ」

風の王の副官・インファ、補佐官・ノイン。彼等がいてくれるから、リティルは、風の王をやっていられると思っている。リティルよりも遙かに大人な二人は、普段頼りになる分、今回はリティルにとって、恐ろしい敵だった。

「オレに話してよかったのか?」

「問題ねーよ。おまえ、どう動いたらプラスになるのか、わからねーだろ?知ったところで、あいつらの攻撃の手が緩まることはねーんだ。知らない方が、戦いやすいんじゃねーか?」

そう言ってリティルは、意地悪く笑った。

「ザリド……来るかな?」

「さあなあ。インジュがどこまでやれるか、だな。来るかどうかなら、アルディオもだぜ?人間は群れるからな。あいつが共闘したくても、周りが許さなかったら、できねーだろうからな。レイシは特に手も口も出さねーだろうしな」

前途多難だなと言って、リティルは困ったように笑った。

 その光景を、風の城でインファとノインが見ていた。

応接間の机の上に、沢山の水晶球が置かれていた。その一つ一つに違う光景が映し出されていた。

「あの二人を見ていると、和みますね」

腰まである金色の髪を、緩く束ね肩甲骨の辺りから三つ編みに結った、男性寄りの中性的な容姿の、二十五歳の青年が、苦笑した。金色のイヌワシの翼を持つ第一王子・雷帝・インファだ。

「リティルは、ウルフ族と縁があるな」

額から鼻までを覆う仮面をかぶった、金色の短い髪のミステリアスな二十八歳の男が、形のよい顎を撫でながらつぶやいた。動いた拍子に、左耳の、オウギワシの羽根をモチーフにした、ピアスが揺れた。彼の背には、リティルと同じ金色のオオタカの翼があった。風の騎士・ノインだ。

「ランティスという人は、今は、査定の必要はありませんね」

インファは、ランティスを映した水晶球を置いた。

「問題は、ザリドとアルディオか」

「ノイン、ザリドという人、どう見ます?」

インファは水晶球を睨みながら、隣のノインに尋ねた。

「タイガ族だけならば、間違った生き方はしていない。力こそがすべての獣人種だ。だが、あの国には、別の獣人種も暮らしている。人間と半獣人種を滅ぼした後は、獣人種同士の戦いとなるだろうな」

ノインはソファーに深く身を沈めて、腕と足を組んだ。

「滅ぼしたいですね」

サラリと言ってのけるインファに、ノインは、おまえの性格上、そうだろうなと苦笑した。

「おまえとは、相容れないタイプだな」

「ノインならどうします?」

オレなら、即座に槍にものを言わせてしまいそうだなと、思えてならなかった。

力こそすべて?そんなに驕るなら、オレが蹂躙してあげますよ!と、ねじ伏せて、やり過ぎてしまいそうだとあざ笑った。

「オレなら、すべてのタイガ族と同時に戦い、わからせる」

力こそすべてなら、それが手っ取り早いと、ノインは涼しい顔で言ってのけた。案外ノインも力業だった。考えを読まれたのか、ノインは、涼やかに微笑みながら、インファの顔を見た。インファは彼の視線を受けて、思わずフッと吹き出した。

「わかりやすくていいですね。インジュではなく、あなたが行くべきでしたね」

「心優しく恐ろしいインジュを当てたこと、人選的には間違っていない。リティルはあの国の現状を知っていて、インジュを当てたのか?」

インファは首を横に振った。

「父さんは、野生の勘です。しかし、インジュに耐えられますかね?」

インファは険しい顔で、水晶球に視線を落とした。仕事に関しては、インジュの父親とはいえ厳しいインファだが、今回は心配しているらしい。

「インファ、何があってもインジュを助けるな」

「はあ、わかっています。しかし、傍観するしかないというのは、歯痒いですね」

ノインに釘を刺され、インファはため息をついた。

 気を取り直して、インファはアルディオの映っている水晶球に目を向けた。

「人間の国はどうでしょうか?」

「レイシは傍観しかしない」

「でしょうね。レイシは基本的には家族以外、信用しませんからね。あの国は、カリスマだった前王が亡くなり、アルディオが王位を継いで日が浅いです。彼の発言力よりも、側近達の方が強いですからね。何か働きかけないと、いつまで経っても、まとまらないでしょう。それに、双子の弟の存在もありますからね」

「そちらは、おまえが行けばよかったな」

現状をスラスラと淀みなく簡潔に語る相棒を、ノインはさすがだなと感心した。

「そうでしょうね。しかし、導きすぎてしまうことも問題です。傍観して、嫌みしか言わないレイシで、人選は間違っていませんよ」

やり過ぎると、人間の王が傀儡になってしまうと、インファは苦笑した。

「リティルは、本当にわかっていないのか?」

インファとノインを除く誰を、導き手にするのか。リティルはあまり悩む素振りなく、二人を決めていたように見えた。安定した風格の風の王妃・シェラや、教鞭を執れる賢者である、時の魔道書・ゾナ。彼等を使う手もあった。

可憐で、注目を集められるシェラなら、おそらく歌声一つで人間の国を掌握できた。

長らく、大国の裏の組織の頭を務めていた、カリスマのゾナなら、姑息なタイガ族の中核を瞬時に浄化して、誇りを忘れた彼等を、厳しい諭しで導けただろう。

「野生の勘です。オレがどれだけ頭を悩ませてやっているのか、あの人は知らないんですよ。本当に、腹が立ちますよ」

と言いながら、信頼しきった顔で笑っているインファを見ながら、ノインはフッと笑みを浮かべた。

「我々は絡めない。リティルは、サポートに忙しいだろう」

「この際、翻弄してあげますよ。未熟な二人のフォロー、精々頑張ってくださいね。父さん」

「副官殿は、主君にも手厳しい。しかしそうなると、ランティスを一人放っておくわけにも、いかないな」

「放っておくと、知らないうちに潰れていそうですね」

さて、リティルが不在の間、彼を監視しつつ、助けることのできる精霊は……

「わたしが行くわ」

ずっと静かに紅茶を飲んでいた彼女が、やっとカップを置いた。インファとノインが彼女を見る。その瞳は、そうだな、彼女しかいないと言っていた。

蒼い光を返す、美しい黒髪の、可憐で凜とした美姫が、インファ達をその紅茶色の瞳で見つめていた。リティルの妻である、花の姫・シェラだった。

「母さん、ではそろそろ出番ですよ。次元の刃で送りましょうか?」

シェラは、首を横に振った。彼女の髪に咲いた白い光の花が淡く瞬いた。

イシュラースとグロウタースは、存在している次元が違う。二つの世界を行き来するには、ゲートと呼ばれる門を通らねばならなかった。そのゲートを操る能力を持っている精霊は、すべての世界を貫き立つ神樹の精霊だけだ。シェラは、その、神樹の花の精霊だった。神樹の精霊のように、行きたい場所に、ダイレクトに行くことはできないが、その付近にはゲートを開くことができた。

風の王と花の姫の息子であるインファは、一日に使える回数が限られているが、神樹と同じ能力を持つ剣を使い、ゲートを開くことができた。

「水晶球にゲートを開くから、必要ないわ。ありがとう、インファ。行ってくるわね」

シェラはふんわり微笑むと、水晶球に触れた。彼女の姿は水晶球に吸い込まれて消えた。その姿を見送って、二人は思わず微笑んだ。

「シェラが行くことを、リティルは知らないな」

「驚くでしょうね。ランティスに、キチンと紹介できますかね?」

二人は傍観するべく、水晶球に視線を落とした。


 リティルと談笑していたランティスは、空間に違和感を感じて、咄嗟に身構えた。

「シェラ?」

リティルがどうして?と言いたげに、つぶやいたのを聞き、ランティスは一瞬視線を彼に奪われた。リティルは胡坐を掻いて座ったまま、ある一点を、信じられないと言いたげに見つめていた。

シュルリと、かすかな衣擦れの音がして、優しい気配が突如現れた。その気配に振り向いたランティスは、その灰色の瞳を見開いた。

そこには、モルフォ蝶の羽根を生やした、美しい精霊がいたからだ。彼女の黒髪には、金の羽根の装飾の、ティアラのような髪飾りが飾られていた。

「ランティス、彼女はオレの妃だよ。花の姫・シェラだ」

あまりの美しさに瞳を奪われていたランティスは、ハッとしてリティルを見た。リティルは手を出すなよ?と言いたげに、少し怒ったような瞳で睨んでいた。

「失礼しました!あまりに、可憐で……その……」

ランティスは、慌てて頭を下げていた。そんなランティスの頭の上に、クスクスと笑い声が降ってきた。恐る恐る顔を上げると、シェラが蕾が綻ぶように控えめに笑っていた。

「リティルが不在の時は、わたしがそばにいるわ。だから、安心してね」

「リティルが、不在?」

ランティスは、リティルを見た。視線を受けたリティルは、ため息を付くと頭を掻いた。

「ああ、レイシとインジュのフォローに、人間と獣人の間を飛ばなくちゃならねーんだよ」

「二国間?しかし、西と東ではあなたでも、四日五日かかるのでは?」

人間の国と獣人の郷は西の端と東の端だ。中心にある始まりの泉まで、彼の翼でも二日かかった。それを考えると、両国間を行き来するのに、それくらいの日数は、かかってしまうことだろう。

「オレ一人ならもう少し早いぜ?けど今回は、裏技仕込んできたからな、付近までなら一瞬だぜ?シェラ、君まで引っ張り出して、悪いな」

リティルは左手を軽く挙げると、手首にはめていた、白い光を内包したビーズで作られた、ブレスレットを見せた。ビーズの中の光は、シェラの髪に咲いた光の花と同じだった。

それにしても、リティルはおしゃれだなと、ランティスは改めて思った。

飾っているアクセサリーは、左手首のブレスレットだけではない。左耳には、フクロウの羽根のピアスが揺れ、右腕には、クジャクの羽をあしらった、革紐のブレスレットがあった。

「いいのよ。わたしの出番は、三王が合流するまでだから」

シェラはふんわりと、夫に微笑んだ。その笑みに、リティルはつられて笑っていた。その様子を見ながら、ああ、仲睦まじいんだなと、ランティスは悟った。だが、本当に、美しいなと、思わず見とれてしまった。

「ランティス、シェラだけはダメだからな?」

「いやいやいや!邪な気持ちは微塵もないぞ!ただ、美しすぎて……」

「あらあら、クスクス」

美しいと言われて、シェラは素直に嬉しそうに笑った。ランティスは、その笑顔に再び思わず見とれた。

「オレの妃に色目使ったのは、おまえが初めてだよ!」

「使ってない!誤解だ!ただ、見とれてるだけで……」

「おまえな、切り刻むぜ?」

死なない程度にな……と、リティルは本当に、ショートソードを抜いた。

「リティル、わたしにはあなただけなのだから、心配しないで」

ランティスの様子に、危機感を持っているようなリティルに、シェラは平気で爆弾を投下した。

「うわっ!こんなところで、そういうこと言うなよ!心のやり場に困るだろ?」

あ、顔が赤くなったとランティスは、荒々しい風の王の意外な一面を見てしまった。

そして、王妃だというシェラは、リティルにとって特別な存在なのだなと思った。リティルの少し堅かった雰囲気が、彼女の出現で一瞬で優しく解けていた。シェラの存在は、リティルにとって安らぎなのだ。

 長年いがみ合ってきた三国を和解させ、大陸の存続を認めさせるという、無謀な戦いを背負っているリティル。

精霊達を駆使してはいるが、そのコントロールはリティルが担っている。舵取りが上手くいかなければ、滅びに一直線だ。彼は笑っているが、その心は嵐だろう。だからだろうか。だから、王妃は来たのだろうか。

 ランティスがカルシエーナの討伐の為に、他の二国の王と共に旅立つことを、すぐに森の者達が承諾したわけではなかった。それでも、規模の小さい国だ。聡明な賢者の民であるエフラの民は、風の王が導くならばと、皆の説得に当たってくれた。若いが、エフラの民のメルナシアを、同行させることを条件として、森の運営の中核を担う者達は、一応の承諾をしてくれたのだった。

「ランティス、森を案内してくださる?」

「は、はい。リティル、あなたももちろん一緒に行ってくれるよな?」

シェラに案内を頼まれたランティスは、大いに動揺した。そんなランティスを、リティルはジトッとした瞳で睨んだ。

「当たり前だろ!おまえみたいなのと、シェラを二人っきりにできるかよ!」

早く行くぞ!と、リティルはさっさとテントを出て行ってしまう。

「ごめんなさいね。普段はあんなに、カリカリしないのだけれど」

「いいえ。リティルは、心を砕きすぎているんです。ザリドとアルディオが合流するまでが、勝負でしょうから」

自分はここで待つことしかできないと、ランティスは歯痒そうだった。そんな彼の様子に、シェラは、ランティスが契約者でよかったと思ったのだった。

 テントを出ると、明るく温かい日差しが、シェラを包んだ。

騒ぎながら出てきたリティルに驚いたのか、森の住人がテントから顔を出したり、遠巻きに窺ったりとしていた。その彼等の瞳が、シェラを見て見開かれた。好奇心旺盛なウルフ族の子供達が、わっとよってきてシェラはすぐに取り囲まれてしまった。

そして、皆口々に、綺麗なお姫様だと褒め称えてくれた。そして、風の王の妃だと告げると、さらに大騒ぎとなったのだった。

 こんな戦乱のただ中にあっても、子供達の無邪気な笑顔は曇らなかった。それを守ってくれたのは、死んでしまった大人達だった。ランティスは、その意志を継ぎ、長として森を正しく守っていた。

 当たり前に笑える世界を、守ってあげたい。群がってきた人々に微笑みを与えながら、シェラはそう思った。

リティルは、青い焔にあまり足を運ばなかった。インファとノインが、意図的に遠ざけていたこともあったが、滅亡の近いこの大陸の、すべての命を刈り取らなければならないリティルは、自分の心を守る為、情を持たない為に、関わらないようにしていたのだ。

 リティルは甘いから査定から外すと、城の皆協力精霊達の前でインファは宣言した。だが、息子の真意は別にあった。

本来なら風の王であるリティルは、城で大陸の動向を見守り、査定する任を負わねばならなかった。現地に赴き、導く役目は副官であるインファの仕事だったのだ。風の王に代わって仕事の割り振りをしているインファは、リティルが現地に赴きたいことを知っていた。しかし、王という立場上、それを言えないことも理解していた。

――父さん、あなたは青い焔を、滅亡させる気がありませんよね?

ノインと共に、青い焔に赴こうとしたインファは突然そう言った。その言葉に、その場に居合わせたすべての精霊と、リティルでさえも驚いた。リティルにはそんな気は、なかったからだ。

――図星ですか?仕方ありませんね。では、公平な査定をするために、オレとノインが残ります。風の王、何人人員を割いても構いませんから、誰もが納得する結末を導いてください

オレは厳しいですよ?と、インファは挑戦的に笑った。

――おまえは、滅亡させる気満々だな?わかったよ、インファ、おまえを黙らせる結末、導いてやるよ

インファが、滅亡させる気だと認めたことで、それでは公平ではないと、役目の交代はスムーズに行われた。本当に、何から何まで茶番だわと、シェラは静かに傍観しながら呆れていた。けれども、ありがとうと、素直に行きたいと言えなかったリティルを、青い焔に行かせてくれたインファに、感謝していた。

 この茶番が失敗したら、リティルは関わりを持ったこの森の命から狩ることを、決めていることを知っていた。すべての恨みを背負い、世界の刃としての責務を、全うしようとしている決意を知っていた。

当たり前に向けられているこの笑顔が、驚愕と恐怖に染まる。そのすべてを焼き付け、血にまみれる覚悟を、リティルはしているのだ。

 かすかな地震が不意に襲う。もう、慣れっこなのだろう、誰もこの大地の揺れを気に留めなかった。

しかし、この地震は大地の命の終わりを示すものだった。

 四大元素の王達が、大地の命が尽きる前に、手を下そうとしているのには、理由があった。このまま大地の崩壊に、この大地に乗っているすべての命が巻き込まれれば、すべては単純に、始まりと終わりの大釜・ドゥガリーヤに落ちて、新たに始まる準備に入る。

だが、精霊達はせめてもの慈悲として、同じ魂同じ心を持つもの――植物は植物に、虫は虫に、動物は動物に、人は人に、姿形は多少変わってしまうかもしれないが、同じ存在として、新たな大地に生まれ変わらせようとしていた。

その為に、風の王が一度すべての命に引導を渡すのだ。命のこれまで歩んできた時間をリセットし、新たな時間を刻めるように。

滅亡か存続か。

実は、どちらに転んでも、この大陸の命にとっては悪い話ではない。風の王に狩られた命達に、一度死した記憶は残らないのだから、何事もなかったかのように、続いていけるのだから。

 シェラは人垣で見えなくなってしまった、小柄な夫を無意識に捜していた。そんなシェラの耳に、風の奏でる歌が聞こえてきた。

──心に 風を 魂に 歌を 君といられるなら 怖いモノなど 何もない

──花の香りが この身を包む 叫べ 風に攫われぬうちに

──痛みと 涙が 君を曇らせても 歌え この旋律を 心のままに――……

リティルが歌っていた。

その歌声が優しくて、心に染み入るようで、シェラを取り囲んでいた騒ぎは一瞬で止んでいた。リティルは、皆の注意を自分に向けて妃を守ったのだ。リティルが歌い終わる頃には、花の姫の姿はそこにはなかった。


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