表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/37

空飛ぶ少女と見つめる少女(2)


 高野柊は一年前――小学四年生の頃に、いわゆるイジメを受けていた。

 イジメと言っても、比較的酷いものではなくて、誰でも通るようなものではあったと思う。

 無視されたり。

 なにか話せば、クスクス笑われたり。

 持ち物を隠されたり、捨てられたり。

 歩いているだけで、何度も突き飛ばされたり。

 そんなものだった。

 ソレをしてきたのは友達だった。そう思っていたクラスメートだった。

 同じ女子グループの三人。イジメが始まる前は、普通に遊んでいた相手だ。

 ただ、なにがキッカケなのか、ソレは始まった。

 そして、柊は逃げられなかった。

 一緒にいるのが辛いのに、彼女たちといつも一緒にいた。逃げたら、もっといじめられると思っていた。これ以上、酷くなるのは嫌だった。

 あれは、よくあるイジメだったのかもしれない。

 誰でも一度は通る道だったのかもしれない。

 本当はなんてことないものだったのかもしれない。

 そんなことでと嗤われることかもしれない。

 それでも、柊はあの頃、毎日死にたいと思っていた。

 なにかされるたびに、もう死にたいと思っていた。


 柊はその頃、初めて青子を見た。


   ※   ※   ※


 小学校裏の防風林の中は遊歩道があり、それを進んだ先には広場がある。でも、あまり子供たちは遊びに行かない。

 それは防風林の中が、昼でもどこか薄暗くて気味が悪いからだ。

 柊も防風林の中は苦手だった。

 薄暗くてお化けが出そうだし、変質者が出るなんて噂もある。

 怖くて苦手な場所なのに、柊は今、柊をいじめる三人のトモダチに囲まれてそこへと向かっていた。ボールを回すように、突き飛ばされながら歩く。

 柊の怯える様子を、トモダチは楽しそうに笑って見ていた。

 ベンチしかない広場に到着すると、いきなり柊の背負っていたランドセルを引っ張る。なにがなんだか分からないうちに、ランドセルは奪われてしまった。

「か、返して……」

 自分の耳にもやっと聞こえるか聞こえないかの小さな声で、彼女たちに聞こえたのかも分からない。

 彼女たちはクスクス笑うと、柊のランドセルを勝手に開けた。

 そして、一人の子が、中から取り出した筆箱を木々の間へと投げ捨てる。

 目の前で起こったことがあまりに衝撃的で、信じられなかった。

 なにがおかしいのか彼女たちは爆笑した。

 投げた子が、他の二人にも目で合図をした。

 これから起こることが分かって、柊はヒッと喉を引きつらせる。

「や、やめて」

 でも、柊の声なんて彼女たちには届かない。

 教科書が、ノートが林の中に投げられた。――捨てられた。

 どうしようどうしようどうしようどうしよう……。

 混乱して泣き始めた柊に、3人の中でリーダー格の少女が白けた目を向けた。

「あーあ、泣いちゃった。これくらいで普通泣く? ただの冗談じゃん。拾ってくればいいだけでしょ」

 そう言うと、他の子に持たせていた柊のランドセルを奪う。

「あ……」

 開いたままのランドセルも林の中に投げられた。

 一歩も動くことが出来ずに、柊は呆然とそれを見ているしかなかった。

 ドサッと、ランドセルが落ちる音がした。

「行こ」

 他の二人をうながして、リーダー格の女子を先頭に彼女たちは来た道を戻っていく。

「ま、待って……」

 それでも追いかけようとして……できない。

 ランドセルも、筆箱も、教科書も、ノートも拾わないといけない。

 でも、広場からはずれて木々の中に入ることさえ、柊は怖かった。

 怖くてたまらなくて、でも、行かなくちゃいけなくて……。

 泣きながら、震える足を動かして、広場から木々が密集する中へと入る。

 伸びた草が足をかすめることにも、体がビクついた。

 もうヤダ。もうヤダもうヤダもうヤダ。死にたい。

 死にたい死にたい死にたい死にたい……。

 頭の中はグルグルそんなことが回って、涙がボロボロと流れていく。

 一番近くにあったのは、ランドセルだった。ピンク色のランドセルから、投げられた勢いで下敷きや算数、理科の教科書、ノートが飛び出ている。

 しゃがんでそれらを拾うと、ついた土を払う。

 ランドセルの中に戻した後、投げられた教科書とノートを探す。国語の教科書も、算数で使っているノートも見える範囲にあった。

 国語の教科書はページが開いた状態で、土についていた。

 ノートは端がくしゃくしゃになっていた。投げるときに思いっきり掴んでいたのだろう。

 それらも土を払った後に、抱えていたランドセルに入れる。

 後は筆箱……。

 視線をめぐらせても、見つからない。

「う~……」

 柊はその場にしゃがみこんだ。

 もう嫌だった。

 自分がみじめで情けなくて恥ずかしい。

 もうヤダ。もうヤダもうヤダもうヤダ。死にたい死にたい死にたい死にたい。

 抱えたままのランドセルに額を押し付けて、声を押し殺して柊はずっと泣いた。


   ※   ※   ※


 ――どれだけそうしていただろう。

 柊は顔を上げる。

 ……筆箱、探さなきゃ。

 頬をぬぐうと、ランドセルを抱えて立ち上がる。

 林の奥へと数歩進んで、地面を見渡す。何往復も視線を行き来させて、やっと見つけた。さっき見たと思ったところに、なぜか落ちている。

 白猫のキャラクターが描かれた筆箱は、結構気に入っていたものだった。

 でも、土で汚れた白猫のキャラクターを見ると、どうしようもなく空しい気分になる。

 土を払っても白猫は汚れたままで……柊は筆箱を足元に思いっきり投げた。

 布製のポーチのような筆箱は、中で鉛筆のぶつかる音をさせる。

 なんにもスッキリしなくて、むしろ虚しさと怒りが増えただけだった。

 下唇をギュっと噛むと、ノロノロと筆箱を拾い上げる。

 適当に土を払って――でも、さっきより汚れは酷いままだった――またランドセルの中に入れた。

 そして、ランドセルを担ぐと、広場へと戻っていく。


 そこに彼女はいた。


 広場の真ん中。一人の少女が、立っていた。

 顔を上げて、ボーっと宙を見ている。

 なんだか出ていきにくい。

 こんなところさっさと出たいのに、誰にも今の自分を見られたくない。どうすることも出来ず、柊は木々の中で立っていた。

 すると、ふいに音もなく。

 少女のつま先が地面を離れた。

「……え?」

 妙な違和感が生まれるが、それがなんなのか分からない。

 地面から離れた少女は仰向けになると、プカプカと浮かんだ。

 ――なにしてるんだろう。飛んでいると大人に怒られるのに。

 ヤダな……。

 なんで、こんなところで飛ぶんだろう。大人にバレないからだろうけど……でも、さっさと帰ってほしい。

 しかし、柊の願いは届くはずもなく。

 飛んでいる彼女はその場で水平に回ったり、体を伸ばしたり、バタバタと足を動かしていたりする。

 一体、なにをしているんだろう。

 ……変な人だ。

 ますます近寄りたくなくて、でも、さっさと離れてしまいたくて。

 少女が仰向けに飛んでいるなら、その下を走って行ってもバレないだろうけど……怖い。

 柊はランドセルの肩ひもをつかんだ。

 下唇をギュっと噛むと、一歩足を踏み出し、そして一気に走り出した。

 広場を通り抜けて、遊歩道の中へと入る。

 そこで一旦、立ち止まる。見たくない気もしたが、怖いもの見たさ、というやつだ。柊はそこで振り返ってしまった。

「……ひっ」

 浮かんでいた少女が、その態勢のまま、首をそらしてこちらを見ていたのだ。

 柊はすぐに走って逃げだした。


 柊はこのときに初めて青子を見たのだった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ