花の記憶を辿って
私が彼女を、Fさんのことを知ったのは約半年前の体育祭の練習の時だ。
円になり男女のペアが代わる代わる踊るという、何とも神経をすり減らされるような種目で、ダンスも覚えきれてなくて私は億劫だった。
…彼女を一目見るまでは。
初めての彼女との邂逅、彼女とのペアが回ってきた時のことを今でも私はよく覚えている。
ふわり花の香りがして、私の視界には、和やかな顔、愛嬌がありあまる笑顔、柔らかさもありながら凛々しさもある眉、絹のような肌、私はたちまち彼女に心を奪われてしまった。
それからというものダンスの練習がむしろ楽しみになった。
気になっている人だからこそ余計に神経がすり減っていたかもしれないが、彼女の和やかで優しげな笑みを見ると安心して、心底嬉しくなって、そんなものはどっかへ行ってしまったんだろう。
その後も、彼女は生徒会だったので、生徒会の挨拶運動というもので顔を合わせる機会がコンスタントにあった。
いつも朝学校に行くのは面倒に感じるものだが、彼女がそれの当番の時は学校に行くのがその日一番の楽しみだった。
学年が一つ下で教室も遠いので普段から顔を合わせる機会はあまりなかったが、彼女を見かけた時はすごく幸せだった。
さて、読者のおおよその予想通りであろうが、私は彼女に話しかける勇気がなく、ただ彼女を見て彼女への好意を飼い太らせていく一方であった。
それではなぜそんな私が今彼女を追いかけるという行動をとっているのか?
僕には仲のいい同級生の友人で生徒会に所属しているTがいる。
そのTには彼女のことが好きだということを打ち明けて、しょっちゅう、「彼女のここが好きだ」などと、話したこともないくせに何とも気恥ずかしい事を言ったものだった。
彼にしてはいい迷惑だろう。
そんなくすぶっていく私を見かねて
Tは「そんなに愛しいのなら話しかければいい、別に怖がることはないだろう。」
と、度々促したが
私は「いきなり話しかけるのは自分も怖いし、相手も私を怖がって嫌われてしまうかもしれない。」
と、ずっとその選択肢を除外してきた。
そんな日々が続いていたが、ある日Tは、私がFさんへの気持ちの飼い太らせているのを本気で心配したらしく
いつもの様に「臆せず話しかければいい」と、ざっくばらんに促すのとは違い、具体的な提案をしてきた
「今週末に着物姿でスタンプラリーするやつがあるやろ?それにFさんが参加するんやって。そこでFさんに話しかけて見たらどうや?そういう場ならあまり絡みのないお前でも、割と話しかけやすいだろう?」
その後にこう続けた
「こんな機会次にいつあるからわからないし、千載一遇のチャンスやぞ…逃すなよ。」
「それに、お前がただ単に彼女を想うだけなら…良いんだが…」
この後に何か言おうとしたらしいが、結局何も言わずに、少しの沈黙の後
「少し無理強いして悪かったな、まあ行くだけでも行ってみてくれ。」
と、言い残し、私の肩をポンポンと叩いてTは去って行った。その時のTの後ろすがたはどことなく安堵した様だったが、また不安そうにも見えた。
私はそんなTの後ろ姿をみていると、「なんとしても彼女に話しかけなければ」という、ある種使命感の様なものを抱かざるおえなかった。
ここからが前の話とリンクする部分である。
私はやはりそのスタンプラリーに行った。
そこでスタンプラリーのあるS橋のベンチの前で眠りこけていたが、起きて運良くFさんとの遭遇を果たし、そして、彼女を追跡した…
しかし、これはひどいと追跡をしたいた時に思った。Tが懸念しているであろう、「彼女につきまとったりする行為」を犯してしまっていたからだ。
でも、ここで彼女を見失ったらTのアドバイスが無駄になってしまう。
このジレンマに遭い、「話す」という唯一のジレンマの打開策を実行できず、私は彼女を追跡していた。
Fさんは薄い紺色の丹前を着ていて、派手な着物などでないところが余計に美しく思えた。
歩くたびにマフラーと彼女のポニテが揺れていた。
会って数分ですっかり彼女に酔っていた。
不思議と、本当に一昔前の時代に来た様な感覚に陥った。
私は酔いしれて彼女を追跡した。ふわりただよう花の匂いを辿って。
「追跡はやむにやまれぬし、話しかける勇気もないのだ!T!!許せ!!」