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焼香

作者: グラス

主人公、泰雄は病身で医師から「サラリ」と「後、10年位しか生きられない」と言われた。泰雄は落胆し不安になる。どうにか不安を打ち消す為に、仏壇に焼香するが、それは助けを求める行為ではなかった。すると亡くなった祖母、祖父の声を聴く。自分の遺影を撮りに写真館へ向かう。帰ってきて仏壇を清め遺影を壁にガムテープで貼り付けると・・・そこに、芥川龍之介の小説、「河童」のクラバックが登場する。二人はセッションをし、泰雄は河童からメッセージを受け取る。


 泰雄の心と体の最悪は極限に達していた。ふと、昨日の朝の事を思い出した。埃まみれの仏壇へ向かう。側にライターがあった。

 泰雄はライターを不意に無くしたと思っていた。ライターは当たり前の様にそこにあった。頭がどんどん鈍くなっている。蝋燭一本に火を灯し、線香を一本つける。さす。お鈴を三度ゆっくりと鳴らし手を合わせ目を瞑り首を曲げる。

 「ばあちゃん・・・」心の中で呟く。すると・・・・

 「やっち、もう疲れたしょ。ばあちゃんとこおいで」

 人間は不思議なもので、とんでもない状況に遭遇すると案外冷静になる。泰雄は統合失調症が発病したと思った。

 幻聴。

 「お前はよく頑張った。もういいんだから」

 聴こえる。確かに聴こえる。トドメは統合失調症か・・・半殺しより酷い殺しの上は何と言うのだろうか。


 俺は渾身の力を振り絞り、服を厚着して外に出た。バスに乗り、またバスに乗り、写真館の停留所で下車した。

 「いらっしゃいませ」

 初老の店主と思われる男が無愛想に出迎えた。異様に痩せこけている。気難しい顔をしている。

 「白黒で私の遺影を撮って下さい」

 男は一瞬、顔に不思議を浮かべ、だがまたすぐに元に戻し、「分かりました」と、先程より少し低い声で言った。

 「もうちょっと顔を真っ直ぐに。ん・・・顎を引いてーーーーーはい」

 パシャリ。


 バスに乗り、またバスに乗りアパートに着く。雪はもうほとんど無いのに、陽は照っているのに、錆びたボロ屋根から雪水がポタポタと落ちているのに、同じアパートの住人二人の男と、真向かいの一軒家に住んでいる男一人が雪かきをしている。大嫌いなネットで覚えた「カキキチ」と言いたかった。彼らは俺を変人扱いするが、実は彼らの方が常にずれている。

 部屋に入り、ストーブを点けず、掃除機を引っ張り出し、吸い込みを小さなブラシに取り替え、仏壇の小さな埃を吸う。

 位牌を含め仏壇に掃除機をかけるのは初めてだし、結構手間がかかる。時間もかかる。

 埃を吸い取ってから、俺はギターを磨くポリッシュを仏壇に吹きかけ、ウェットティッシュで拭き上げた。ウェットティッシュはウェットではなかったから。封を閉じるのを忘れてすっかりと乾いていたからである。

 清められた仏壇を眺めていると達成感があった。その達成感は部屋を掃除した後の感覚とたいして違わなかった。俺は椅子とガムテープを持って自分の遺影を仏壇の後ろの壁に貼り付けた。額縁なんて持っているわけが無い。統合失調症の事は忘れていた。

 俺は何を思ったか、居間にギターを取りに行き、戻って来て仏壇の前で正座をした。最近出来たばかりの風変わりでジャジーなバラッドを無心に近い心境で歌った。途中、三度間違えた。無心に近い心境は大袈裟だったーーー

 正座でギターを弾くのは初めてだったので妙な感覚だった。

 歌い終わり、少し考えてみた。四人の位牌の前で歌った訳であるから、四人に聴かせた訳か・・・

 「泰雄、立派じゃないか。うちでそんな芸当が出来るのはお前ぐらいだ」

 幻聴だ。その声は意外な事に俺が五歳の時に死んじまった、じいちゃんの声だった。何せ俺が五歳で死んじまった訳だから、話らしい話はした事が無い。

 「ん・・・・」とだけ声を漏らした。

 俺は仏壇を離れようと立ち上がって後ろを振り向いた。目が凍りつき立ちすくむ。

 河童がいるのだ。しかし気味の悪い河童ではない。むしろ可愛い。河童は照れて頭の皿を掻いている。呆然としている俺を見ながら河童は口を開いた。

 「旦那、そんな無意味な事をして楽しいですか?」

 俺は幻聴、幻視・・・完全に統合失調症になっちまったーーーーーー

 不思議な感覚になっている。恐怖感は無い。不安も無い。故に河童に尋ねる事が出来た。

 「君、どこから来たの?名前は?」

 「押入れの横の狭い物入れ部屋があるでしょう?」

 「うん」

 「そこからです。あ、名前はクラバックと申します」

 「ひょっとして、あの小説の河童の?」

 「そうです」

 「そうですって・・・」

 「旦那、暗い、無意味な事はやめて私のピアノを聴きませんか?持っているでしょう?シンセのピアノ」

 「え・・・ああ」

 俺がそう驚きながら呟くと、クラバックは失礼と言ってスタスタ居間に向かって歩いて行った。シンセのスイッチを入れ弾き始めた。クラシックだ。

 「それは誰の曲?」

 「オリジナルです」

 「へー、良い曲だね、本当に」

 「ありがとうございます。旦那も一緒にギター弾きましょう。私のピアノに適当に合わせて下さい」

 「分かった」

 俺はギターをチューニングして、アンプから小さな音でクラバックの演奏に合わせた。

 弾きながら「クラバック、どうして・・・俺なんかの所に来たの?」

 「河童の世界も・・・そうですね、小説に書いてあったでしょう。演奏禁止!と、ふざけた奴が叫んで瓶やら何やら飛び交って騒々しくなるのが」

 「うん」

 「もうね、疲れちまったんですわ」

 「そうか・・・」

 「旦那、私はセッションというものは初めてです。これ、凄く楽しいですね」

 「うん、セッションは楽しいよ」

 「さっきの仏壇を清めるのは良いですけれど、旦那自身の遺影を貼ったり、良からぬ事を考えて良からぬ事をするよりも、セッションの方が楽しいと思いませんかね?」

 「ずっとずっと楽しいよ」

 「つまりはーーーーそういう事です」


私はつい先日、芥川龍之介の「河童」を再読しました。読み終わった翌日、何気なく書きました。プロットとか全く考えずに。この短編の出来が良いのか悪いのかは私自身分かりません。

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