想い重ねて
16番ホール
PAR4 350ヤード 左ドックレッグ
平野でのドックレッグは、木や崖などはなくフェアウェイの幅は約40ヤード、左右にOB杭が等間隔で並び、コースは途中250ヤード地点で左へ約60度ほど折れていた。
(アリエス、このままじゃ差は縮まらない。オレを試してみるか…)
「わかった。カズキを使えばいいんだね」
そう言って剣を手にティーグランドに立った
(刀の側面で打つのが一番打ちやすいが、刀である必要はない。このティーショットで切り裂くモノもなければ刃も違う。ならば峰か?峰打ちを試してみるか…)
「で、その峰打ちってどうやるの?」
カズキは思考を纏めたところで、アリエスが指示を仰いだ。
(剣の刃の反対側で打つんだ。この剣《刀》は反りがある。それがロフトの代わりになるはずだ。だから迷わず中心を斬れ)
刀を使う時は、【打つ】を言葉を【斬る】に変える。
言葉には意志が宿るとカズキは信じていた。
「それより少し重いんだけど、素振りしていいかな」
刀を引き摺るように刃先を下げた状態のアリエスが言った。
(ああ、いきなりは無理があるもんな)
これまで小枝でも降るような美しい軽やかなスイング
だった。
「やーーーっ!!!」
それが気合いを入れた一振りに変わる
アリエスの体格にあった軽めの1Wの場合、約300g
重量の重いSWで約450g
重量だけ見るとSWの方が重い。しかし何故、1Wが飛ぶのか。
その答えは長さによる遠心力も影響する。
そして、その遠心力や振る距離が長くなる事による命中精度の低下による空振りを防ぐためにヘッドが大きくなっていった。
その分、空気抵抗は増えて力が必要なのだが…。
刀の重量は1200g、全長70cm
その重量はドライバーの約4本分ともなる。
ヒュッ! ヒュッ! ヒュッ!
「いける!カズキ、斬るよー」
スイングに淀みがなくなったところで構えに入る
(待て!何処を狙っている?)
正面に構えたアリエスを慌てて止めた。
「ど真ん中っしょー!」
予想通りの回答が返ってくる
(目印を決めずに打つと、無意識に意識してしまったモノに向かって飛んでいく事が多い。オレに出会った時のことは覚えているか?)
「うん。それがどうしたの?」
(恐らくは、あの時も真ん中狙いだったんじゃないか?)
アリエスは思い出す。
(ポン太に負けていて焦りもあった。だから、失敗出来ないと思いながら、とりあえず真ん中を狙ったんだ)
カズキは知っている。
(あのショットな。刀に向かって振り抜いていたぞ)
「うそっ!?私はちゃんと前へ…」
振り抜いたはずだ。と、言い切りたい。しかし、ボールは確かに左に飛んでいった。
(視界の片隅に刀が映ったんだろう。だから無意識にそれを目印にしてしまった。だからな250ヤード先の左側、あのOB杭を狙え、それ以外は考えるな)
アリエスは素直な子だ。だからカズキを見かけた瞬間に心が奪われて其方に気をとられた。
15番ホールでもそうだ。狙いを示して、振り抜いてくれるだけで最高の結果を出してくれた。
だから今回も…。
(オレを信じて、あのOB杭も斬れ!)
アリエスがボールとOB杭を結んだラインと平行に構える。
(カズキと出会ったのは私の運命なんだ。ししょーとなら上手くいく!)
「やーーーっ!!!!!!」
素振りの時よりも圧倒的な気合いを放ちながら、カズキを運命的に信じ抜いた理想的な軌道のスイング
(いっけーーーっ!!!!!!)
カズキ自身も叫んだ
元の世界で社会人としての礼儀などを身につけ、他人の顔色を伺いながら自分を押し殺していた日々
異世界に憧れ、それが叶った
岩に刺さりながらもワクワクしていた。
アリエスの自分を偽らない姿に、盲目的に自分を信じる姿を見て思い出した。
疑いや迷いの仮面を被るのは終わりだ。
(僕は、この子とオレを楽しむ!)
シュッ! パシンッ!!!
ボールはOB杭へ一直線に飛んでいく
ダンッ!
杭を超えた先の真ん中辺りまでキャリーで飛び、転がり…。
奥の右側、次のOB杭の手前で停止した
その飛距離290ヤード
アリエスのドライバーで200ヤード
ポン太のドライバーで230ヤード
2人の想いが奇跡的な飛距離を生んだ。
「ほう…。これがあの剣の力か」
ポン太は静かにアリエスのティーショットを見届けた。