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Erika・Steinbergな私

 理事長室で体育着と上履きを受け取ると、私は担任の男性教員に案内されながら、二年C組の教室に向かう。その間、彼は私をどう呼んで良いか解らないようだった。だからSteinbergと呼ぶように言った。すると彼ははげ上がった頭をかきながら私に自己紹介の打ち合わせをすることを提案した。私は即座に却下した。その場で判断して言わんで何が自己紹介か。その場でどう切り返すか、どう洒落た返しが出来るかで人物の評価は変わる。あらかじめ用意していてはそれが出来ないではないか。全くこの禿の中年教師は。多分事前にどう洒落た言葉を発するか決めといて、で滑る奴だ。間違いない。私の知っている限り中学の時やらかした奴がいくらかおったな。心が折れたとか、折れなかったとか。


 そして二年C組の教室前に着くと、合図があるまで待つように言って教室に入って行った。一瞬覗いた教室内は静かで、さすが名門の生徒らしい雰囲気だった。私の馴染めない雰囲気でもある。私は制服の着こなし以外全くピシッとしたのは苦手だ。


暫く待つと、担任の禿が私に合図をした。おい、そこの禿、お前にウィンクは似合わん。というか気色悪い。やめんか。

私が教室に入った瞬間、三十数名の目線が一気に私に集中した。息をのむ輩もいる。教壇にたどり着くと、担任に黒板の使用許可を求める。そのあと黒板にErika・Steinbergと、書く。そして教室の全員に向けて力いっぱい言う。

「私は転校生のエリカ・シュタインベルクです。名前は明らかにドイツ系ですが、生まれた時から日本にいるので、日本語で勿論大丈夫です。」

と。いや、ロ〇゛ッタストーンをやっていたこともあり、日常会話ならドイツ語で出来なくもないが、解る奴はいまここに居るのか?

異様に静まり返る教室。私何か滑るような事、言ったか?どうでもいいや、どうせ私だ。すると誰かが、小さく『可愛い』と呟いた。その瞬間、教室が一気に沸く。一斉にあちこちから様々な質問が乱れ飛ぶ。曰く、『恋人は居たの』とか、『好みのタイプは』とか。担任が、三回位注意して、やっと落ち着いた。解放された私は、指定された席、最後列の窓際に座る。周りは私に話し掛けたそうにしている。


 担任がホームルームの終了を宣言した瞬間、彼女達が行動を開始した。私に話し掛けてきた。私はそれらに一々もっともらしい創作話をせねばならなかった。例えば『過去に恋人は居たか』と言う質問に対して、居ないと答えてもそのままでは説得力はない。だから小学生の時は見た目が原因で虐められていたと言い、さらに中学以来女子校に通っており、そんな機会が無かったと答えた。ある意味私は存在しない、Erika・Steinbergという人物の過去を作り出しているわけだ。その作り出された過去は、信じる人物の中では『事実』になる。その『事実』とやらは反証が無い限り、現実に『存在する』のだ。




 一限は数学だった。珍しく私は寝なかった。この身体は体力こそ落ちたが、燃費は良いらしい。なかなか眠くなりにくいようだ。血圧は下がってたが。私は授業中、ふと外を見る。空は蒼く、吸い込まれるかの様だった。




 午前の授業が終わり、弁当の時間だ。周りを見渡すと、弁当を取り出す生徒は少ない。それどころか教室に残る者も少ない。学食が有るのか?知らなかった。少なくとも清船には無かったぞ。弁当を持って来るか、購買でパンを買うしか無かったからな。まぁ、自販機で飲み物が買えるのは共通らしい。ともかく、弁当と自販機で買ったカフェオレとを机に広げる。幾人かが私を呼ぶ。

しかしその時、学内放送が入る。

『二年C組、Erika・Steinbergさん、至急昼食を持って生徒会室に来なさい。』

会長の声だ。しかし、もし私が学食で飯を買っていたらどういう積もりだったのだろう。私はクラスメートの一人に生徒会室の行き方を聞くと、弁当をまとめて抱えて、あるきだす。




 生徒会室の前にはまるで衛兵見たいに立っている役員っぽいのが二人いた。一人にErika・Steinbergが来た事を取り次いで貰うと生徒会室の中には御殿場会長が一人で座っていた。彼女は私に向かい合って座るよう指示した。逆らう理由もないので、それに従う。座って一息つく間もなくいきなり彼女の白く細い手が私の襟元に伸び、襟を掴む。そして彼女は鬼か般若か、はたまた夜叉かという表情をしながら私の襟を引き寄せて言った。

「何故貴女は彼の家から出て来たの?答えて!」

多分夫を取られた妻が取った女を問い詰める時もかくやといった感じだった。

「彼とは誰か。」

「惚けないで。石城茂以外誰が居るの、あの家に。後彼は今日、学校に来ていないみたいだけどもどうしたのかしら、この尻軽女。」いや、待てそれじゃまるで私(Erika・Steinberg)が私(石城茂)を足腰立たなくなるまで襲ったみたいじゃないか。恐らく彼女の中ではそういう事になっているのだろう。かなり不愉快に成ったが、しかし冷静に私は答える。私は理事長の遠縁で、あそこに居るように言われたという話と、私、つまり石城茂は昨日大きな怪我をして入院してる事、私は病院は知らない事を言った。

 しかし彼女はまだ私を疑っているらしい。そして私の腰に手を回す。そこからすっと耳打ちするようにして言った。

「この細い腰が彼を奥深くまで飲み込んだ、違うかしら。」

「違う。あんな怪我人、誰がやれるか。悪化するわい。」と言ったが結局解放されたのは昼飯時が終わる寸前だった。




空腹のせいで午後の授業の内容が全く頭に入らなかったのは断じて私のせいでは無い。御殿場会長のせいだ。

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