孤独な少女の現状と作り出された現実逃避
何故地球には、彼女意外に人間はいないのか?
気持ちの悪いほどにここちの良いでんし音が目覚めのじかんを告げる。わたしの一日はこの音とともにはじまります。カーテンを開き、さんさんとかがやく太陽におはようをつげて、朝のきおん、しつど、てんきをデータに記録し、屋上につくった菜園で野菜やくだものを収穫してそれを使ってかんたんな朝食を作ってたべます。
「あー、こちら太陽系だいさん惑星、地球です。きょうの天気は晴れ。きおん、しつど共に快適です。だれかこれを聞いているかたがいらっしゃるならば返事をしてください」
たべ終わってまずすることは、こうやって無線やでんぱなど、あらゆる通信手段をつかって宇宙全体にこのほしの現状をつたえます。と言っても、これを始めて4ねんが経ちますが、いちども返信が来たことはありません。やはりこの宇宙にはもう私しか高度な知能をもつ生命体はいないようです。
ここで少し、むかしばなしをしましょう。これはまだ、わたしが幼い子どもだった頃おきた出来事です。
さまざまな科学技術がはってんしたこの地球に、他の惑星のひとびとがやってきて百二十年のふしめの時、とある事件がきっかけで宇宙全体を巻きこむ大戦争が起きました。
けっか、ある星の人がこのげんじょうに絶望し、宇宙全体から知的生命体を消しさる恐ろしいへいきを開発したのです。
それをしった地球のひとは、わたし一人を巨大な宇宙船にのせて、外宇宙に向けてテレポートさせたのです。わたしは最初なにが起きたのかわかりませんでしたが、船の中にある教育セットにより、すべての知的生命体の死滅を知ったのでした。
そしてわたしはその船の中で自分がやるべきことを機械によって教えられ、そのための教育をほどこされました。農業、科学技術、畜産、情報、そして生物について。
そんな宇宙船での生活を続けて十歳になる日に、宇宙船は地球へとかえってきたのです。そこには陸などは存在せず、かわりにかつて地上からはえていた高い建物が海面からにょきにょきと生えていたのです。
その建物一つに、宇宙船が寄って止まりました。わたしがそこに降りると、宇宙船はまるで消えていくかのようにさらさらと砂に変わっていきました。そして風に乗って、どこか遠くへとばされていきました。
それが今わたしの住んでいるたてもの。どうやら名前は「せいめいの木」というらしいです。屋上にはうしさんやひつじさん、にわとりさんなどの動物と、野菜やくだものや穀物をつくるのに適した土がしきつめられています。最上階のスペースにはふだんわたしのいる部屋があり、その下には多くの植物のタネが保存されています。さらに下に行くと、水だけの地球を進むのにひつような船、大きなスーパーコンピュータ、その他いろいろなスペースがあります。
この星で陸上生物のいる場所は、ほぼここだけです。たまに鳥さんが飛んできたり、ナマケモノさんが泳いでビルにやって来たりすることもありますが、それでもこの星、それどころかこの宇宙には、知的生命体はどこにもいないようです。
「ほーら動物さんたち、今日のごはんですよー」
とても大きな面積のある屋上をつかって、わたしはほとんど自給自足をしています。食べきれない穀物や草などを動物さんたちにも分けてあげて、代わりに牛さんからはみるくを、にわとりさんからはたまごを、羊さんからはウールをのようにさまざまな動物さんたちと共生しています。
「今日は肥料をあげますからね」
植物にももちろん助けになっています。稲やむぎ、さまざまな野菜のほかにも、いろんな果物の木も植えられています。
「さーて、と」
ひととおりやるべきことをやった私は、再びベッドのなかに入ります。ただ眠るためではありません。夢をみるためです。
次に気がつくと、そこは真っ暗な海底です。
「お、起きたか」
「はい、では進みましょう」
「おう!」
ノロノロと、わたしとイオちゃんは海底をすすんでいきます。
これがわたしの唯一のたのしみ、「センジュナマコになる夢」です。地球に帰ってきたときから、退屈が生み出した孤独というなまえの恐怖を克服するために生まれたのが、この夢を見ることによる現実逃避でした。明晰夢のようにも感じますが、この夢のなかでは、わたしは孤独を感じることはありません。冷たい深海の仲間たちが、わたしを孤独にさせないのです。
「今日は海溝まですすみますよ」
「わかった。でもゆっくりな」
今、わたしはセンジュナマコです。孤独な知的生命体ではなく、非力で楽しいセンジュナマコです。
今回は現実での世界観の説明をする回でした。次回は深海の仲間たちがメインになると思います。だってそっちの方が面白いと思うから。