眠り続ける君に、甘美な夢を……
高く飛びたいと願った君は、
一瞬宙を舞い、
花に包まれたいと願った君は、
恐ろしい数の機具の中。
夢見た君は、
夢の中へと堕ちていった。
「美歌、今日も花を持ってきたよ。」
病室独特のスライドドアを引いて、中に入る。
小さな個室の窓際に、白いベッド。その上に、美歌が横たわっている。その瞳は僕の姿を映す事無く…閉じている。
「もう秋だからね、秋桜を買ってきたんだ。」
色とりどりの秋桜を美歌の顔に近付ける。
「気に入った?……花瓶借りるね。」
にっこりと微笑みを送り、花瓶を持って部屋を後にした。
「毎日、ご苦労さまです。」
廊下に出た直後、左から声をかけられた。
声の方へと顔を向けると、そこには笑顔を向ける一人の看護士が立っていた。
「……瑠歌。」
看護士の名を呼ぶと、彼女は微笑んだ。
「よく飽きませんね。私、貴方が尻尾を巻いて逃げるんじゃないかって思ってたんですけど。」
彼女の笑顔とは逆に、口から紡がれる言葉は…氷の様に冷やかなものだった。
「もう、僕は逃げないよ。」
真っすぐ瑠歌に言う。
「……そうですか。なら、今度こそ…安心して姉を預けられます。」
やや間があって、瑠歌が本当に笑った。
「ありがとう、瑠歌。」
―…固めた意思は、もう揺るがせない。
―…瑠歌の為にも、自分の為にも。
三年前の初夏。
美歌は交通事故に遭った。
―……僕の目の前で。
大学の同じ学部だった僕達は、抗議がほとんど同じだった為、すぐに打ち解けた。
天真爛漫の美歌と、物静かな瑠歌。どこにでもいるような、双子。
いつの間にか僕は、美歌と付き合うようになっていた。
とくに、美歌が好きというわけでもなかった。どちらかといえば、瑠歌の方が好きだったのかもしれない。
自分の気持ちがはっきりしないまま、僕達は“あの日”を迎えてしまったのだ。
『ね、夏休みは海に行きましょう?』
夜の繁華街の中、瑠歌が笑顔で提案した。
『えーっ!?山がいいよぉ。そぉだなぁ…高原とか。』
瑠歌の提案に、美歌が駄目出しをする。
『…双子のくせに、意見が食い違うんだね。次のレポートの題材にするよ。』
そんな二人を見ながら、僕は冗談を飛ばす。
『私は、水面に浮いて漂いたいんです。あの感覚だけは譲れません。』
『瑠歌の言い分も分かるけどさぁ、私はたくさんの花の中で眠りたいの。』
討論は続く。
しかし、普通の討論ではない。
―…二人とも、ちょうど良い具合に酔っている。
『二人とも、まだ酔ってるんじゃない?』
『『酔ってない!』』
呼吸を合わせて答える二人。そして、顔を見合わせて笑い始めた。
『はいはい。』
僕もつられて頬が緩む。
いつまでも続くと信じていた幸せな時間。
『じゃぁ、私は先に。後は二人でごゆっくりどうぞ。』
別れ道に差し掛かった時、瑠歌が言った。
『本当に送らなくて大丈夫?』
『美歌より大丈夫ですから。』
自信有りげに、瑠歌が胸を叩いた。
『失礼な。』
美歌が拗ねたように、笑いながら瑠歌を睨んだ。
『でわ。』
軽く会釈をして、瑠歌が背を向けた。
その次の瞬間、
瑠歌の体が白い光の中に浮かび上がった。
『瑠歌、危ない!』
美歌が瑠歌の元へ走り、瑠歌の体を僕の方へと突き飛ばした。
飛んできた瑠歌を支えながら、美歌に手を伸ばす。
『『美歌!!』』
瑠歌と僕は、光に包まれながらも…微笑む美歌の名を叫んだ。
伸ばした手は、美歌に届かなかった。
病室に戻り、花瓶を窓辺に置いた。
あの日以来、美歌は意識不明になり、ほぼ植物人間になった。
瑠歌は去年からこの病院の看護士に。
僕は、カメラマン兼雑誌記者になった。
各地を取材しては、写真を撮って美歌の病室に飾る。
遠隔地に取材に行っても、なるべく早く戻るように心掛け、一番に美歌に会いに行くようにしている。
それが、美歌に対する謝罪で……
瑠歌に対する償いで……
僕に対する、戒めだから。
「明日はね、北海道に行ってくるよ。最近寒くなってきたからね…。花、何か咲いてるといいんだけど。」
パイプ椅子に腰を下ろし、美歌に呟いた。
もちろん、美歌の口から欲しい言葉は紡がれない。
「美歌…。」
眠る美歌の横顔を見ていると、美歌の台詞が脳裏を過った。
『ねぇ、本当に…私の事、愛してる?』
事故に遭う前、美歌に言われた事があった。
あの頃は、物事を白黒はっきりつける事が嫌いだった僕は、美歌の気持ちを素直に受けとめ、返す事が出来なかった。
『無理して合わせてくれなくてもいいのよ。』
そんな僕を見て、美歌は淋しさを隠していた。
『瑠歌が好きならそれでいいの。…こうやって、傍に居てくれるだけで私は嬉しいから。』
今なら、言える。
「僕は、美歌の傍に居るよ。」
『私は、貴方の事を愛しています。』
悲しく笑った美歌を見たとき、本当に綺麗だと思った。
「僕も、美歌を愛してるよ。」
自分に言い聞かせるように、強く言った。
そして―…そっと唇を重ねた。
「じゃぁ、僕はもう行くね。」
腰を上げた瞬間、
美歌の指先が痙攣した。
「美歌!?」
美歌の顔を見るが、目を開ける気配はない。
気のせいだと思ったが、それでもやっぱり嬉しかった。
美歌が目を覚ます日は、近いかもしれない。
そう考えると、少しだけ報われる気がした。
「おやすみ、美歌。また明日……良い夢見てね。」
痙攣した美歌の手にそっと触れ、静かに病室を出た。
目を覚ますのは、明日かもしれない。
明後日かもしれない。
一年後、
十年以上先かもしれない。
それでも構わない。
君が眠りから覚めるまでは、
どうか、
甘美な夢に包まれていますように……
━END━
久々の短編です。なんか緊張しますね(汗。駄文を最後まで読んで下さって、ホントに感謝してます。少し切ない内容ですが、美歌ちゃんに回復の兆し有りですよ!書いた本人が言うのも何ですが、幸せになってほしいです。宜しければ、感想等お聞かせ下さい。