無視とニーソと好感
「あぁ、暇だ」
試験週間のおかげで授業を終えた俺は、早々に学校に出た、もとい追い出された。いつもなら授業が終われば、待ちに待った部活動としゃれこむとこなんだけどなぁ。
俺をよく知るやつがそんなことを聞けば『お前が部活? 寝言は寝てから言いやがれ』とでも言うだろうけど。残念だったな、これでも物か気が趣味で文芸部に入ってんだよこの野郎。まあ、最近まで週に一回出るか出ないかだったけど。
そう、“最近まで”ってことは、“最近”はよく顔を出してるんだぜ。週に四回か五回はな。
まあ、なんで参加しているのかと聞かれると、ちょっとまあ色々あるわけで、
「……あ、先輩」
そうそう、こんな可愛い声で『先輩』って呼ばれるのが嬉しくてねぇ……。あれ、『先輩』?
「……お疲れ様です」
「お、おう!」
うおぉぉおおおお! いるかいねえか知らないけど、神様俺感謝します!
この子だよこの子。一ヶ月くらい前に入ってくれた新入部員のルリちゃん。あんましゃべんないんだけど、俺のタイプ的にはど真ん中ストライク! 目がぱっちりしてて、ツーサイドアップの髪が可愛いのなんのって。
「…………」
あれ、視線が妙に冷たいんだけど。どうしたのかなぁ……。
「……先輩、どこを見てるんですか?」
どこって言われると、
「な、なんでもないって!? な!?」
「…………」
すいません。本当のことを言うと、下の方見てました。
だってですね、ニーソですよ、ニ イ ソ!
スカートとのスキマには漢の浪漫がたっぷり詰まってるんですよ!
「……それでは」
と言ってルリちゃんは俺の隣を通り過ぎようとっておい!
「な、なあ。なんなら一緒に帰らないか? 途中まで一緒だろ? な? な!」
「……かまいませんが」
ふぅぅ、これでひとまずセーフ。せっかく神様のくれたサプライズだ。無駄にしてなるものか、頑張れ俺!
「よかった、断られるかと思った」
「……断る理由がありませんから。残念ながら」
あれ、てことは理由があたら問答無用に即決で断られたってわけですか? 反論の余地もなく、一刀両断にばっさりと。
よかったよかった。神様グッジョブ。
そんじゃ、気を取り直してイベントシーンスタートだぜ。
「そういや、もうすぐ試験だけど、調子はどう? 勉強とか」
まずは無難に、メジャーな話題から。
「………………」
……うわぁ、普通に無視された。一瞬、『なにをバカなことを聞いてらっしゃるんですか?』みたいな目で見られたんだけど。
うん、たぶん気のせいだ、気のせいだろう。そうだ、そうに違いない。じゃないと俺のガラスハートが……。
「あの、ルリちゃん?」
「………………」
だからなんで無視なの!?
「……先輩に心配されるなんて、世も末ですね」
うわぁ、ひどい!? なに、俺ってそこまで後輩に信用ないの? まあ確かに、成績はあまりいほうじゃないけど。
「……先輩」
「なに?」
「……むしろ、私が先輩にご教授できる立場にあることをお忘れなく」
「……は、はい」
そうだった、この子頭もすごいんだった。なんたって、模擬試験で成績上位者の一覧に名前が載るくらいなんだからな。
俺ははぁぁとじいさんみたいなため息をつきながら、横目にルリちゃんを盗み見た。
うむ、やっぱ可愛い。俺にM属性はないはずなのに。
うん、可愛いは正義って世界の法則なんだな、きっと。
「……あの、先輩」
「んー、なに?」
自分でもなさけな~いと思う涙声か鼻声かどっちかようわからん声で答えちゃった。
お願い、今声かけないで、傷心に浸ってる所だから。せめてあと三〇秒は待って。
でも、なんかさっきまでと様子が違うぞ? なんか、すんごい言いにくそうにもじもじして……。
あぁ、可愛いなおい!
「……ちょっと、相談したいことが」
キターーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!
傷心? なにそれ、おいしいの?
俺はすでにスーパーハイテンションモードだぜ。
どんときやがれ。
「おぉ、なんでも相談してくれ。それで、なんなんだ?」
う~ん、ちょっとは頼り甲斐があるかっこいい男に見えただろうか。
ちょっと不安だぜ。
「…………」
ルリちゃんはそれから、黙って鞄の中からホッチキスで止めた四枚のルーズリーフを取り出した。
あの、せめて俺のこと見ながら渡してくれないかな? 目すら合わせてくれないなんて、また心の傷が開いちゃうよ俺。
まあ、それでも可愛い後輩、もとい可愛いルリちゃんの頼みを断れるわけもなく。嬉しいような悲しいような、どっちだろう、とにかく微妙な気持ちでその紙の束を手に取った。
そこには、シャーペンで書かれた字が一面にびっしりと詰め込まれていた。
「これは?」
ふむふむ、なるほどそういうことね。でも確認のために、一応聞いておこう。
「……今度の………す……………の…………です」
俺に頼みことすんのに抵抗があるんだろうな。
小さい声がもっと小さくなって聞こえやしねえ。
さっき、おもいっきしきついこと言ってたから、余計に言い辛いのもあるんだろうけど。
まあ、こと実なんだけどね、俺の頭がすんごい悪いの。
「悪い、もう一度言ってくれないか?」
「……今度公募に出す予定の小説のプロットです」
やっぱりね、そうだと思った。
最初のページにはキャラの設定が、身長・体重・容姿・性格・家族構成・過去の生い立ちその他諸々に至るまでルーズリーフいっぱいに書き込まれている。
裏にもそんな人物設定があって、二枚目にはこれまた世界観に関する情報や舞台背景なんかが三枚目の裏まで。そして四枚目で簡単にまとめたと思われる、場面の展開の仕方なんかがこれまたびっしりと書かれている。
正直、スゲーと思った。俺なんて、ここまで細かく決めて書いたことないぜ。
俺はそれをテキトーに流し読みしてから、ルリちゃんに返した。
だってあんなのちゃんと読んでたら、軽く三〇分はかかっちまう。
そんなことしてたら、せっかく神様がセッティングしてくれた、ルリちゃんとの『ドキドキ帰宅イベント』が終わっちまう。
それに、あれだけでもだいたい解ったしな。
「すごいな。俺じゃここまで詳しくプロット書けねえや」
「……ありがとう、ございます」
あれ? これって照れてね? 照れてんだろ。照れてるぜ絶対。
ルリちゃんのレア顔ゲットだぜ。残念ながら、写メる時間はなかったけど。
あぁ、相談されたことに関してはきっちり考えてるぜ。これでも先輩だからな。
一応、二次選考突破の経験者なめんな。え? 大したことないって? まあ、そうかもしんねえけど。
「でも、この物語で何がやりたいのか。明確な方向性が見えない」
ルリちゃん、未だに一次選考すら通ったことないんだと。今までにも十回以上応募してるらしいんだけど。
今回初めてプロット見せてもらったけど、なんとなくわかるような気がする。
「……どういうことで、しょうか?」
俺の口から出た予想外の言葉に、ルリちゃんもびっくりの様子。
そりゃそうだろ、俺だってびっくりしてんだから。こんなぎゅうぎゅう詰めなもん持って来られて。
「キャラクターや世界観の作り込みは本当にすごいと思う。こんなに作れる人って、なかなかいないんじゃないかってくらい」
「……では、どうして?」
ルリちゃんが、あのルリちゃんが、まっすぐに俺のことを!
あぁ、生きてて良かった。地球よ、ありがとう。
って、感動してる場合じゃなかった。
「世界観や舞台となる場所は、まだいいんだけど、ストーリーとキャラの生い立ちかな。それがマッチしてない。なんか、キャラと世界観が別々の物の印象を受けると思うよ。これを見ただけだと」
「……で、でも。私が書きたいのは、これで」
「この際ばっさり言っちゃうと、“書きたいもの”と“賞をとれるもの”は違う」
てか、あんなバッドエンドフラグしか見えないストーリーに、辞書引かなきゃ分からねえ熟語ばっかじゃあなぁ。
俺が選考通ったやつは、人物設定と舞台設定だけ適当に考えた学園ハーレムものだったっけ。よくあんなもんが通ったなぁ。今思い出すと恥ずかしくて穴があったら入りたい。
なかったら、手榴弾で穴をあけてでも入りたい。
「残念だけど、ルリちゃんが書きたい小説は、あまり一般読者に受けのいいものじゃないと思う」
「…………そう、ですか」
ルリちゃん、普段はあまり感情が顔に出ない子なんだけど……。
なんかめっちゃ顔に出てる。『私落ち込んでます』って顔に書いてるって言ってもいいくらい。
いや、俺だって意地悪で言ってるんじゃないんだよ。でも、おだてて気前のいいこと言っても賞をとれるわけじゃないんだし。ここははっきり言っておいた方がルリちゃんのためになると思う。
「まあ、俺はちょっと読んでみたいかな。もちろん、ちょっと中身を弄らなきゃだけど」
実際、話の作り自体はしっかりしてる。それに俺、バッドエンドも好きだからね。
キャラの設定をもうちょっと簡略化して、ストーリーをもう少し単純明快な流れにしたら、個人的にはスゲー面白いと思う。
まあそれでも一般にはあまり受けそうにないけど。
「……わかりました」
ルリちゃんはプロットを鞄の中にしまい、俺の方を向いた。
なんだろう、改まった表情になって。もしかして、告白イベントかなんかか? それにしてはまだ、こなしたイベントの数が少ないような気がするぞ。
「……ありがとうございます」
と言いながら頭をぺこり。
え? 嘘? マジ?
ルリちゃんが、俺にお礼? 神様、俺生きてて良かったです。
今度はもっと素敵なイベントをセッティングしてくれると嬉しいです。してくれるなら毎日祈りをささげる覚悟ですから。
「……では、私はこれで」
あぁ、神様。感謝感激雨あらって、えぇ!?
「……バスきましたよ」
あ、ほんとだー。
ちなみにルリちゃんじゃ、ここの近くで徒歩十分。俺はと言うと、かなり遠くてバスで一時間。
「……助言の件に関しては、感謝します。これを元に、もっといいものが作れるよう頑張ります。ですが……」
あーでましたよ、三百眼の絶対零度視線。
M属性無いのにぞくぞくしちゃう。はっ!? まさか、すでに末期なのか!?
そんなことはないと思いたい。
「……先輩に読んでもらうためではないですから。できたとしても、絶対にお見せしませんから」
もう泣いていいよね、俺頑張ったよね、うん。
嘘でもいいから、そこは見せると言っておくんなまし。
「……冗談です」
と言って、ふっと笑うルリちゃん。
冗談言うとこ初めて見た。
俺はそのままバスに乗り込み、ルリちゃんの方を見る。もうこっちに背中を向けて帰ってるよ。せめて見送ってくれてもいいのに。
あぁ、あの絶対領域、素晴らしいなぁ。やっぱニーソ最高。
さてさて、今回のイベントで好感度はいかほど上がったことか。
ルリちゃんルートを制覇すべく、明日からも頑張ろう。なにかを……。
後輩に見せたら、主人公の感性がいたく気に入ったらしい(笑)