間違えて召喚された盗賊娘は何とかして元の国に還りたい〜既婚勇者が尽く邪魔をしてくるんですが!?〜
「…………はぁ?」
眩い光が消え、見覚えのある王の間の光景が目に飛び込んできた私の第一声がソレだった。
両目をゴシゴシ擦っても、何度も瞼をギュッと閉じて開いても変わらない光景に、私は愕然としてその場にへたり込む。
「う、ウソでしょ……? 夢だよね、コレ……? うん、そうだよ夢だ絶対に夢だユメ。それなら早く覚めて今すぐ覚めてさっさと覚めろ!」
「残念ながら夢ではなく現実だよ。まさかキミが再び召喚されてくるなんてね。――フェリスティ」
聞き覚えのある、男寄りの中性的な声が頭上から聞こえ、私は絶望に塗れた顔をゆっくりと上げると、案の定な人物が口元に笑みを湛え目の前に立っていた。
艷やかで流れるような黒色の髪と黒曜石のように神秘的な瞳を持った美青年。
一年前より少し大人び男らしさが増して、美形具合も更に増した気がする。
私より四つ年上だった記憶があるから、今は二十四歳のハズだ。
「……勇者キールヴァルト……」
「ははっ。他人行儀はよしてくれよ、フェリ。一年間共に旅をして、あの凶悪な魔物を倒した仲じゃないか。あの時のようにキールと呼んでおくれ」
「呼び方なんてどうでもいい! どうして私はまたここにいるんだ!? さっきまで元の世界で暮らしていたハズなのに!」
堪らず私が叫ぶと、キールヴァルトは困ったように小さく肩を竦めた。
「どうやら召喚儀式に失敗したみたいでね。聖なる力を持つ〝聖女〟を喚ぶはずが、間違ってキミを召喚してしまったようだ。すまない」
「はぁ!? 『間違って』だぁ!?」
申し訳なく言ったキールヴァルトの言葉に、私の身体が知らずワナワナと震えてくる。
「——ふっ、フザけんなぁっ! 『ゴメンね間違えましたー』で済む問題かっ! 早く私を元の世界に還せっ! さっさと! 早急にっ!」
「うーん……。そう言われてもね、フェリ。還しの召喚儀式は簡単には出来ないんだ。それを行えるのは一年後だよ。そういう決まりがあってね、それを破るとこの国の神様から怒りの天罰が落とされてしまう」
「はあぁっ!? 一年後ぉっ!? そんなに待っていられるかっ! 私は今すぐにでも帰りたいんだ! この国に一秒でもいたくない! 忘れるもんか……この国で受けたあの仕打ちを……っ!」
——そう。
私は二年前に、自分の住む国からこの国に召喚されたのだ。
しかも強制的に。
召喚された城の玉座に座っていた王サマの話を聞くに、超凶悪で超巨大な魔物がこの国の人々を恐怖に陥れていて、その魔物を倒すために、別の国からそれぞれ有能な者を召喚したらしい。
私は、元の国では盗賊のクラスに就いていて、素早さは他の盗賊達より早いと自負している。
恐らくそのせいで選ばれてしまったのだろう。
盗賊と言っても、盗むのは主に魔物どもが対象だ。人間は論外だ。
『人のモンは絶対に盗まない』のが私の信条だ。
好き好んで自ら犯罪者にはなりたくないし。
魔物どもから物を盗んだり、洞窟内にある、罠のせいで開けられていない宝箱を盗賊の専用スキルで解除し、お宝を頂戴しながら生計を立てていた。
召喚されたのは私を入れた六人で、戦士の男、騎士の男、魔法使いの女、僧侶の女、賢者のじいちゃん、そして盗賊の私だ。
この国には特別なクラスである〝勇者〟がいて、それがキールヴァルトだった。
王サマ曰く、彼を含めた七人でその超凶悪な魔物を倒す旅に出て欲しいとのことだった。
最初は渋っていた私だったけど、見事魔物を退治した暁には謝礼金をたんまり出すし、今後の生活も豊かに暮らせるよう保証するという王サマの甘い話に乗っかり、その六人と旅に出たのだが……。
その旅が、私にとってサイアクの一言だった。
「盗賊なんてただの犯罪者じゃねぇか」
「盗賊は単純に素早いだけでなんの役にも立たないな」
と、戦士の男と騎士の男から事あるごとにバカにされ、キールヴァルトと賢者のじいちゃんはその度に庇ってくれたんだけど、
「勇者様に庇われていい気にならないでよね。アンタみたいな盗っ人小娘、勇者様は全く眼中にないんだから」
「ホンットむかつくわこの泥棒女。勇者様に色目使ってんじゃないわよ!」
と、魔法使いの女と僧侶の女からはキールヴァルトに分からないように陰険なイジメを毎日受けて。
堪らず何度か逃げ出しても、キールヴァルトに必ず見つかり連れ戻されて。
逃げた理由を説明して、キールヴァルトがその度に皆を窘めてくれたけど、「告げ口しやがって」と逆恨みされ、イジメや嫌がらせは変わらず続いて。
それでもうキールヴァルトには何にも言えなくなって。
本当に……思い出しただけでも気がズドンと滅入る、地獄のような日々だった。
けれどその中で、唯一の救いと癒やしは、賢者のじいちゃん――ハボックじいちゃんと雑談することだった。
白髪と白いおヒゲが見事なじいちゃんと楽しく話していても、誰にもなんにも言われなかったし。
ハボックじいちゃんはとても優しくて、私の話をニコニコと頷きながら、親身になって聞いてくれた。
誰にも言えないようなナイショ話も、じいちゃんには気軽に出来た。
「じいちゃん、ここだけの話ね。私、キールのことを好きになっちゃった。私をいつも庇ってくれる後ろ姿がカッコよくてさ、いつの間にか……」
「おぉっ。ふぁっふぁっふぁっ、青春じゃのぅ。ワシの枯れた胸もキュンとしたわい。告白はするのかい?」
「んーん。キールにはこの国の王女サマっていう婚約者がいるし。魔物を倒す旅が終わればすぐに大掛かりな結婚式を挙げるんでしょ? 城の人達がそう言って『準備が大変だ』って嘆いているのを聞いたよ。人のモン盗るのは自分の主義に反するし、胸の内に留めておく。でも苦しくなったらこうやってじいちゃんに話して発散するね」
「ふむふむ、そうかそうか、禁断の恋ってわけじゃのぅ。ワシはフェリ嬢ちゃんのことを応援したかったけどのぅ。話ならいくらでも聞くからの。ワシはどんな時でも嬢ちゃんの味方じゃよ」
「えへへっ、嬉しいな。じいちゃんのその言葉だけで十分だよ。ありがと!」
じいちゃんとキールヴァルトに助けられながら、一年間の長い旅の末に、ようやく憎き魔物を倒すことが出来た。
——けれど、ここからもひどかった。
戦士と騎士と魔法使いと僧侶が、キールヴァルトがいない隙に、王サマに「盗賊は逃げ回るばっかりで何もしなかったし、役立たずだった。愚痴や不満をいつも零していた」とウソの報告をしたのだ。
私がハボックじいちゃんの加勢を受けながら弁明しても王サマは聞く耳持たずで、そのせいで謝礼金は一切貰えなかった。
ウソつきの私を庇ったという理由で、じいちゃんまでも謝礼金を貰えなくて……。
それが本当に申し訳なくて何度も平謝りする私に、じいちゃんは、
「ふぁっふぁっふぁっ、ワシのことは気にしないでおくれ。貰っても老い先短いワシには使い道がないからの。ただ、未来ある嬢ちゃんが貰えないのは許せないのぅ。後でもう一度国王に苦言を呈しに行くからの、少し待っていておくれ」
と、優しい言葉をかけてくれたけど、生活していくにはやっぱりお金が必要だ。
すごく悪いことをしてしまったと、今でもじいちゃんに申し訳ない思いでいっぱいだ。
そして、キールヴァルトと王女サマが城の大広間で盛大な結婚式を挙げている時。
じいちゃんがいない間に、私は仲間だった四人によって身体を紐でグルグル巻きに縛られ、身動き出来ないまま、王サマの雇った召喚士が行った召喚儀式で強制的に元の世界へ還らされてしまった。
無一文のままで。
あの辛くて苦しい一年間は、全ておじゃんになってしまったということだ。
「……キミが元の世界へ強制的に還らされた後、ハボックさんから全ての事実を聞いたよ。ボクがいない間にそんなことがあったなんて……。キミになんてお詫びしたらいいか……。本当に申し訳なかった」
頭を深く下げてくるキールヴァルトに、私はゆるゆると首を左右に振った。
「キールヴァルトは悪くないし、謝らなくていいよ。けど、そう思うんだったら今すぐ私を元の世界に還して!」
「すまないが、それは出来ないと言っただろう? せめてものお詫びとして、この城で自由に過ごしていい。必要な物があったら侍女に言えばすぐに用意する。何の不自由もなく過ごせることをボクが保証するよ」
「…………」
二年前の私だったら瞳を輝かせて即頷いていた提案だったが、イヤな思い出しかないこの城で暮らしたくない。
それに、元の世界に戻ってから今までの一年間で、私は盗賊としての腕に更に磨きをかけてきたのだ。
その苦労をないものとしたくない。
「そんな籠の中の鳥みたいな生活なんて私は全然望んでない! 私は外で自由に走り回るのが性に合ってるんだ。洞窟を駆け巡って様々なお宝を集めたいんだ! ならせめて城の外へ行かせて! 自分で宿を決めて自分で生活する!」
「それも絶対に駄目だ。キミはキミの見た目をきちんと自覚した方がいい」
「は? 見た目? 何言ってんの? 私の見た目が悪いのは昔からだ! 私は元の世界でも自分一人で生活してきたんだ。それにキールヴァルトにダメだって言われる筋合いはない! 前は仲間だったけど、今は違うし! もういい、私はここを出る――」
「――ねぇ、フェリ? あんまりワガママを言うのなら――」
キールヴァルトは私の言葉を遮ると、こちらに足音を立て近付いてきたと思ったら、突然身体をギュッと羽交い締めにされた。
彼の両腕が背中に回り、互いの身体が否応なしに密着する。
「っ!? は……離せこらっ!」
「その可愛い唇をボクの唇で塞いで、言葉を出させなくするよ。いい?」
「はぁっ!?」
顎を掴まれグイッと上を向かせられる。キールヴァルトの美形な顔が迫り、本当に口がくっつきそうな距離だ。
黒色の長い睫毛も、形の良い鼻も、男とは思えない艶々した綺麗な唇も間近でよく見えて、顔が瞬時に熱くなり赤くなったのが自分でも分かった。
「……あ、あははっ。じょ、冗談……だよね……?」
「ふぅん? 冗談だと思う? 試してみようか?」
キールヴァルトが笑顔で更に顔を近付けてくる。
唇同士がくっつくまであと数ミリのところで、私は慌てて首をブンブンと左右に振った。
「そう、残念。けど、ボクの言うことを聞いてくれるってことだよね?」
顔を離したキールヴァルトは、笑みを貼り付けたまま私にそう尋ねた。
その目が笑っていない表情に、今は大人しくしていた方がいいと盗賊のカンが警告を告げている。
「……わ、分かった……」
「ん、いい子だ。フェリの部屋まで案内するよ。何か用があれば、侍女が扉の外で控えているから声をかけるといい」
キールヴァルトは頷くと、私の肩に手を回し密着したまま歩き出した。
(コイツ……。私を逃さないようにするため、か。でもこんなにくっついてたら奥さんの王女サマに誤解されるんじゃ……?)
改めて周りを見回すと、兵士や騎士達が、いつもの定位置であろう場所に姿勢よく立っていた。
王サマと王女サマはここにはいないようだ。
皆、チラチラと興味本位の眼差しでこちらを見ている。
(えっ、いたんだっ!? 気配消してた!? さっきの見てたよね!? 絶対見てたよね!? ど……どうか誤解しませんように! この場にいない王女サマに告げ口しませんように……!)
私は心の中で必死に祈る。
部屋に着くまで、キールヴァルトは一度たりとも私の身体を離すことはなかった……
**********
部屋の中は大体の物が揃っていて、なんとお風呂やトイレも付いていた。
誇張ではなく、この中だけで普通に生活出来そうだ。
「この部屋の備品や物、昨日今日で揃えたものじゃないな。聖女サマを召喚しようとしてたし、ここって元は聖女サマのために準備していた部屋なのかも。うん、きっとそうだよ、めっちゃ広いし。私には場違いじゃん。もっと狭い部屋で良かったのに。飾り物なんていらないし」
ブツブツ言いながら、飾ってある豪華な置き物の値段をクセで推定しつつ部屋の中を見て回ってると、扉をノックする音が聞こえた。
「はーい!」
元の世界で、宿屋に泊まっている時にノックされるのは夕食が出来た時だ。
それが待ち遠しくて、ノックされると元気良く返事をしていた。
今回もつい大きく返事をしてしまい、しまったと口を押さえていると、三人の侍女さんがゾロゾロと入ってきた。
「失礼いたします。身なりを整えさせていただきますね」
「へっ?」
いきなりの展開に素っ頓狂な声を出し固まっていると、三人がかりで浴室に連れていかれてしまった。
服を脱がされ全身を洗われ、お風呂から上がった後軽く化粧をさせられ高そうなドレスを着させられ髪も後ろでクルクルとまとめられ、あっという間に色々と整えさせられた。
その間終始呆然としていた私に、侍女さん達は深々とお辞儀をすると部屋から出ていった。
「……なんなの、一体……」
呟くと同時にまたもや扉がノックされ、キールヴァルトが部屋に入ってきた。
そして私を見るなり目を見開くと、黒曜石の瞳をパッと輝かせて笑顔になる。
「……やっぱり! フェリは水色のサラサラな髪と瞳だから、薄紫のドレスが似合うと思ってたよ。それにすごく綺麗だ。髪型もいつもと違って、大人っぽく見えるね。素敵だ……」
キールヴァルトは私に歩み寄ると、堪らずといった感じで私の身体を引き寄せ、抱きしめてきた。
(ま、またこの男は……っ。誤解を招く行動は慎んでほしいわ! それとも久し振りに会った仲間へのスキンシップとか? どっちか分かんないから怒るに怒れない……っ)
「ちょ、ちょっとキールヴァルト。侍女さん達に指示したのってアンタだよね? なんで私にこんな格好させたのさ!」
「たまにはいいだろう? お姫様みたいなドレス、今まで君は着る機会がなかったと思うし。そういうのって女性は一度でも憧れるものだろう?」
「……う……まぁ……そりゃあ……確かに昔はそうだったけど……」
「よかった」
キールヴァルトは、内心を見透かされしどろもどろな私の返答にニコリと笑うと、私を腕の中に閉じ込めたままベッドの端に座った。
そして、自分の太腿の上に私を座らせ、後ろから肩とお腹に腕を回して互いの身体を密着させると、私の髪に顔を埋め匂いを嗅いだ。
「…………」
(いやいや流石にこれはアウトではっ!? ペットか人形か勘違いしてない!? もう怒ってもいい案件じゃん!? 私が奥さんである王女サマの立場だったら、他の女にこんなことしてたら絶対に怒るわ! そりゃもう怒髪天を衝くわ!)
「ちょっと、キールヴァルト――」
「本当に久しぶりだね、フェリ。キミに礼を言う前にいなくなってしまったから、改めて礼を言わせて。ありがとう、フェリ。キミのおかげで一年前の魔物退治がすんなり成功したんだ。キミがいなかったら、もっと時間がかかっていた」
怒ろうとしたら礼を言われて、私は急速に毒気を抜かれてしまった。
「へ? いや、私なんにも――」
「フェリの補助がなければ、あの凶悪な魔物は絶対に倒せなかったよ。素早さを活かして走り回り相手の視線を引きつけ、魔物から仲間達への意識を逸らしてくれていたよね。そのおかげで相手からの攻撃が減って、逆にこちら側はすごく攻撃がしやすかった。通常の戦闘時でもそうだ。他の仲間達はそれに気付かないで、自分達は強いから攻撃が当たる、キミは逃げ回っていただけと、とんだ思い違いをしていたみたいだけど。それを何度言っても彼らは全く信じてくれなかったのが悔しかった」
「あ……」
(……そっか、分かってくれていたんだ……。自分が勝手に自分の役割を決めてやっていたことなのに……)
それに気付いてくれて、こうやって直接礼を言われて、私の心が弾むように踊り始める。
「あ……あははっ。そんなとこに気付くなんて流石勇者キールヴァルトだ! 私が好きになっただけある――」
「え?」
「——あっ」
(しまった! 気分が昂っていたとはいえ、余計なことを口にしてしまった……!)
両目を見張って私を見ているキールヴァルトに、慌てて両腕を振りながら弁解をする。
「あっと、えっと……そっ、その、い……一年前のことだから! キールヴァルトには王女サマがいること分かってたし、私が勝手に好きになっただけで、別にどうこうするつもりはなかったから! 人のモンは絶対に盗まないのが私の信条だし、想いを告げる気は更々なかったし。今はもうなんとも想ってないから安心して!」
「……今は、なんとも……」
「うん、そう! ホンットなんとも! だからこの話はおしまい! キールヴァルトと王女サマの結婚生活を邪魔するほど私は愚かでバカじゃないよ」
「……よかった……」
ポツリと聞き取れないくらいに小さく呟くキールヴァルトに、私は思わず苦笑を漏らしてしまった。
(やっぱり、王女サマっていう立派な婚約者がいるのに、しがない盗賊の私に想われるのなんてイヤだったよね。あの時告白しなくて本当に良かった。ま、最初から言う気はなかったけど。ハボックじいちゃんがいてくれて良かったな。話す相手がいなかったら、ずっと悶々としていただろうし)
このズキズキする胸の痛みは気の所為だと、強く自分に言い聞かせる。
(――あ! そう言えばじいちゃんはどうしたのかな。元の世界に還っても、じいちゃんのことだけは心配してたんだよね)
「ねぇ、キールヴァルト。ハボックじいちゃんは今どこにいるの? じいちゃんがいた元の世界に還ったの?」
「……いや、ハボックさんはこの国の城下町の外れに住んでいるよ。元の世界に還っても独りだから、そのままここに残るって」
「えっ、そうなんだ!」
(じいちゃん、久し振りに会いたいな。またじいちゃんとお喋りしたいよ……)
じいちゃんの優しい笑顔を脳裏に浮かべ、物思いに耽っていた私は、自分の状況が見られたら危険だったことをはたと思い出した。
「ちょっと、そろそろ離してくれる? この体勢、侍女さん達に見られたら流石にヤバイって。王女サマに誤解されたくないしさ。キールヴァルトだって大好きな奥さんに怒られたくないでしょ?」
私がモゾモゾと身体を動かしキールヴァルトの腕から抜け出そうとしたけど、何故かその腕に力が込められ更に密着されてしまった。
そして、髪が上の方に巻かれてあり剥き出しな私のうなじに唇の感触が触れたと思ったら、チクリと一瞬痛みが走る。
「えっ?」
少しずれて、また唇が触れたと思ったらチクリと痛みが。
(え、ちょっと……。もしかしなくても、コレもアウトなヤツだよね? 首にキスしてるわけだから……。でも痛い! される度に痛い! もしかして嫌がらせ? コイツに嫌がらせされてるの!? 私ってばそんなに嫌われてたの!?)
ショックを受けている私の身体を離し立ち上がったキールヴァルトは、何故か満足そうな顔をしていた。
「じゃあ、ボクは仕事があるから行くよ。くれぐれもここから逃げ出そうなんて思わないようにね。そう……くれぐれも、ね。もしもそんなことをしたら……『お仕置き』、だよ?」
「えっ?」
「ふふっ。それがイヤだったら、ここから逃げる考えは捨てた方がいいよ? まぁここは城の最上階だし、逃げるなんて絶対の絶対に無理だろうけど、ね」
キールヴァルトは意味深に笑うと、静かに部屋から出て行った。
私はポカンとしながら、今のキールヴァルトの言葉を反芻する。
「お、お仕置き……? なんだよお仕置きって! 子どもじゃないんだから! 正義の味方の勇者サマがそんなことするはずないよね。それに、あんなしつこく逃げ出すなって言われたら逃げ出したくなるのが盗賊のサガってモンよ。『絶対の絶対に無理』なんて言われちゃ、盗賊としてのプライドが許せないわ!」
私はキョロキョロと辺りを見回し、窓の方に目をやった。
どうやら特殊な鍵がかかっていて、こちらからは開けられない仕組みになっているようだが、盗賊専用の『鍵開け』があれば問題ない。
「ここから逃げ出して、ハボックじいちゃんに会いに行こう。じいちゃんなら私を匿ってくれると思うし、賢者で知識も豊富だから、召喚以外に元の世界へ還る方法を知ってるかもしれない。うん、我ながらすごくいい提案だ。善も急げだ、さっさと行こっと」
私は窓の側に行き、両手を前に出すと印を結び、『鍵開け』のスキルを発動する。
盗賊のスキルはこうやって印を結ばないと発動出来ないのが面倒だけど、その代わり便利なスキルばかりなので文句は言えない。
鍵がカチャリと外れたのを確認し、私は音を立てないように窓を開け外に顔を出した。
遙か下に地面が見えるが、私にそんな弊害は関係ない。
「盗賊専用、『壁歩き』発動」
再び印を結びそう口に出して呟くと、身体が薄く輝き出した。
同時に窓から飛び出した私は、壁に両足を付ける。
抜け出したのがバレた時を考えて、痕跡を消すために窓を閉めスキルで鍵をかけ直すと、地面に向かって勢いよく壁を蹴って走り出す。
これも盗賊専用スキルのひとつだ。
一年前の旅では使う機会がなかったから、キールヴァルトはこのスキルのことを知らないはずだ。
「うぅっ、このドレス、すっごく走りにくい……。元の服に着替え直してくればよかった。キールってば、私の逃亡防止のためにこの動きにくいドレスを着させたんじゃ? うん、きっとそうだ。なんかすごく褒めてたけど建前だったんだ。内心嬉しがって損した」
文句を言いつつ壁を下り続け地面に辿り着くと、スキルを解除する。
そして、周りを注意深く確認しながら城から離れ、城下町へと駆け出した。
「抜け出し成功、っと。ふふん、ラクショーだったね。何が『絶対の絶対に無理』だよ、キールのヤツ。ベテラン盗賊ナメんなよ」
城下町に辿り着いた私は、ハボックじいちゃんの家の場所を聞くために、近くにある宿屋に入った。
「おや、いらっしゃい。――あら、身なりのいいお嬢ちゃんだね。一人かい?」
「うん、こんにちは。おかみさん、ちょっと訊いていい? この城下町にハボックって白髪のおじいちゃんが住んでるって聞いたんだけど、どこ辺りにいるか分かる?」
「あぁ、ハボックさんね。彼ならここを出て右に真っ直ぐ行った、少し外れにある小さい茶色の家に住んでるよ。――しっかしお嬢ちゃん、愛されてるねぇ。やり過ぎな気がしないでもないけど。まぁそれだけ付いていれば、男どもは絶対に寄ってこないね」
「へ?」
おかみさんは、何故か私の首を見ながら苦笑している。
(……? なんのことを言ってるんだろう? でもじいちゃんの場所がすぐに分かったし、ここに入って正解だったわ)
「おかみさん、ありがとね。今手元にお金ないけど、稼いだら必ず泊まりに来るね。事前予約しとくよ」
「ははっ! あぁ、待ってるよ。いつでもいらっしゃいな」
おかみさんは笑いながら手を振ってくれた。
(城下町で初めて話した人がおかみさんでよかったな)
城の好感度は最悪だけど、ここの好感度はおかみさんのおかげでグンと上がっている。
おかみさんにペコリと頭を下げて手を振り、宿屋を出た私は外れに向かって走り出した。
(あぁ、早くじいちゃんに会いたいな。じいちゃんに会ったら何話そうか……そうだ、まずは謝らなきゃ。私のせいで謝礼金を貰えなかったんだから)
脇目も振らず走っていると、視界の隅に茶色の一軒家が見えてきた。
「あっ、あそこだ! やった、見つけた……!」
思わずパッと笑顔になった時、突然目の前に人が現れ、私はその人に思いっ切りぶつかってしまった。
「わわっ!?」
勢いで倒れそうになる身体を、ぶつかった人が咄嗟に支えてくれる。
「ご、ごめんなさい。ありがと――」
謝って顔を上げた私は、途中で言葉が止まる。
顔がヒクリと大きく引き攣ったのが自分でも分かった。
「よくここまで逃げ出せたね、フェリ。流石というべきかな。でも残念、ミッション失敗だ」
私を羽交い締めにしたまま微笑してそう言ったのは、この場にいるはずのない、キールヴァルトだった。
「え、あ……? どう……して……」
「あぁ、懐かしいな。一年前の旅の時も、キミはよく逃げ出していたよね。その度にボクが捜しに行ってさ。キミの不貞腐れた顔がすごく可愛いかったな。ふふっ」
——そうだった。キールヴァルトは、どこに逃げても私を必ず捕まえにきた。
まるで、私の居場所が最初から分かっていたかのように――
「抜け出したら『お仕置き』だって言ったよね? 勿論、覚えているよね?」
「え? あれって冗談じゃ——」
「あははっ、ボクは有言実行の男だよ。じゃ、城に戻ろっか」
キールヴァルトは私を軽々と抱き上げると、地面を蹴って飛んだ。空高く。
――文字通りに。
民家の屋根に着地すると、またもや屋根を蹴って飛び上がる。
それを繰り返し、あっという間に城に着いてしまった。
(こ、こんなスキルを持ってるなんて……! さすが勇者サマと言うべき? だけど……ズル過ぎる! 盗賊スキルにもコレ欲しいっ!)
そしてキールヴァルトは、私を腕の中に抱き上げたまま城に入り、自分の部屋へと歩いていった。
部屋に入ると、キールヴァルトは私を床に下ろし、扉の鍵をかける。
(なんで鍵をかけるのっ!?)
思わず後ずさる私の腕を引っ張ったキールヴァルトは、そのまま強く抱きしめてきた。
「じゃあ、お仕置きの時間だ」
そう言うと同時に、キールヴァルトの顔が私の顔に近付いてきたと思ったら……自分の額に、柔らかく温かい感触が触れた。
それがキールヴァルトの唇であることに、数秒の時間を要した。
(は? ……キス? 私、おでこにキスされてるっ!?)
その事実に気付いた私は、キールヴァルトの胸をグイッと強く両手で押すと、跳ぶように急いで彼から離れた。
「なっ、何するんだ! いきなり……!」
「何って、お仕置きだけど」
「そんなお仕置きあるかっ! 奥さんがいるのにこんなこと……! 浮気すんな、この大バカ野郎がっ!」
「浮気じゃないよ」
「は?」
クスリと小さく笑ったキールヴァルトは、私にクルリと背を向ける。
「まだ続きをしたいけれど、仕事を抜け出してきたから、残念だけどここで終わりだ。またキミが城から逃げることがあれば、問答無用でお仕置きが待ってるよ。それがイヤだったら、もう逃げ出すなんて考えないことだね。いくら頑張っても、キミはこの国から逃げられないのだから」
そう言うと、キールヴァルトは扉を開け部屋から出て行った。
私はその後ろ姿を、ただ唖然として見送っていたのだった――
**********
「——ふん、私があんなことで諦めるとでも? アイツがもう二度と浮気しないためにも、絶対すぐにでも元の世界に還ってやる! 王女サマ、本当にごめんなさい! どうかあの一回は許して下さい! 次こそは必ず逃げ切りますから!」
その翌朝。
また侍女さん達に窮屈なドレスを着させられた私は、彼女達にキールヴァルトの今日の予定を聞いた。
彼は、午前中はここから遠くの領に視察に出掛けて不在らしい。
(視察! これは絶好のチャーンス!)
侍女さん達が部屋から出ていくのを待って、私は行動を開始する。
キールヴァルトは扉から逃げ出したと思ったらしく、窓の鍵は変わっていなかったので、しめしめとほくそ笑みつつ、前回と同じ方法で城から抜け出す。
(ここにはいないとはいえ、念のため慎重に……)
私は時折家の間の隙間に隠れながら、周囲を念入りに見回し、ハボックじいちゃんの家へと向かう。
町の外れに出て、じいちゃんの家が目の前に迫ってきた。
(やった! 今度こそじいちゃんに会える! 元の世界へ還る方法が聞ける……!)
私は心踊らせながら玄関の前に立ち、扉をノックしようとしたその時、急に左腕がグンッと後ろに引っ張られた。
そのまま誰かの胸の中に入り、大きな両腕に包まれる。
「…………」
覚えのある温もりに声が出せず、真っ青になりながらそろそろと顔を上に向けると、想像していた人物がニッコリと笑顔で私を見下ろしていた。
「扉から抜け出したと思ってたけど、どうやら違うみたいだ。窓からかな? 戻ったら窓の鍵を変えないとだ。それと、お仕置きももちろん実行だよ」
悲鳴を上げそうになった私の口を押さえると、キールヴァルトは私の身体を抱いて空を飛ぶ。
城に戻ったキールヴァルトは、強制的に私を自室に連れていき、有言実行で私にキスをしてきて……
今度は頬にされ、私は顔全体が熱くなるのを感じながら、キールヴァルトの胸をグイグイ押して飛び退いた。
ササッと部屋の隅っこに逃げる私に、キールヴァルトはおかしそうに吹き出して笑う。
「まるで警戒心の強い子猫みたいだ。可愛い」
「はぁっ!?」
(なんでそんな笑えるの!? キスなんかして……奥さんを二度も裏切ってるのに!)
私がそう叫ぼうとする前に、キールヴァルトが先に声をかけてきた。
「今回も仕事を抜け出してきてから、もう行かなきゃ。またお仕置きを受けたいなら逃げ出しても全然構わないよ。どこにいようとも、必ず見つけて捕まえるから……ね」
キールヴァルトは、私に見惚れるほどの綺麗な微笑みを向けると、部屋から出ていった。
「……キール……。アンタ、一体何を考えてるんだ……?」
私の小さく呟いた問いかけは、勿論キールヴァルトには届かなかった……
**********
その翌日の夕方。
私はキールヴァルトの自室のベッドの端に座り、彼の帰りを待っていた。
仕事から戻ってきて部屋に入ってきたキールヴァルトは、そこに私がいることが分かっていたかのように目を細めて微笑みを見せる。
「今日は城から抜け出さなかったんだね。ボクの部屋には鍵をかけてたはずだけど」
「あんな鍵、朝飯前に開けられるよ。ベテラン盗賊ナメんな。アンタと話しようと思って、コッソリ部屋に入って待ってたんだ」
「ふふっ、そっか」
キールヴァルトは何故か嬉しそうに笑うと、おもむろに私の隣に座る。
私は深呼吸をひとつすると口を開き、キールヴァルトに言葉を投げた。
「キールヴァルト。前回と前々回といい、あれは浮気になるよ。王女サマを裏切ってる。それは絶対にやってはいけないことだ」
「ううん、ならないよ。なるわけがない。だってボク、結婚していないもの」
「はぁっ!?」
私は驚き、両目を見開いてキールヴァルトを見つめる。
「今まで気付かなかった? 王と王女がいないことに」
「あ……!」
そう言われてみればそうだ。
召喚されてから、今まで一度も王サマと王女サマの姿を見ていない。
てっきり自分の部屋にいるものだと思っていたが、それでも同じ城で生活していて一度も顔を合わさないのはおかしなことであった。
「王子はいるけど、まだ幼いからボクが王の代理をしているんだ。けど、それに気付かなかったなんて、洞察力が鋭いキミにしては珍しいね。城を抜け出すことに頭が一杯で、それどころではなかったのかな」
「ぐ……っ」
痛い指摘に、私は言葉が詰まり喉の奥で唸る。
私の様子にキールヴァルトはフッと笑うと、形の良い唇を開き説明を始めた。
「王と王女はね、ボクとの約束を反故にしたのさ」
「反故?」
「うん。王女との婚約と結婚式は、魔物のせいで心身共に疲弊した国民の士気を上げるために、二人から熱心に頼まれて仕方なく承諾したんだ。その代わり、実際に婚姻はしない、一年後に離婚という形で国民に発表して自由にさせてもらうことを約束してね。けれど結婚式を挙げた後、王は王女と実際に婚姻して欲しいと頼んできた。王女もその気だった。断ったけど、無理矢理婚姻させようとしてきたんだ」
「え……」
キールヴァルトの話す衝撃的な内容に、私は驚きが隠せない。
「その時にハボックさんからキミの話を聞いて、ボクは王と王女を断罪した。戦士と騎士、魔法使いと僧侶は、王族に虚偽を述べた罪として、死より残酷な拷問を長期間に渡って行い、処刑した」
「…………」
キールヴァルトはなんとも思ってないように、淡々と言葉を紡いでいく。
(王サマと王女サマを〝断罪〟……。それってやっぱり——)
顔色を一切変えない彼に、私の身体が知らず身震いを起こす。
「キミから、キミがボクのことを好きだったと聞いて、王女と婚約しなければよかったと強く後悔したよ。ボクが婚約していなければ、きっとキミはボクに告白してくれただろう? その婚約のせいで、ボクはキミの気持ちを逃してしまった……」
「あ……」
(私の気持ちがキールに知られてしまった時、彼が「よかった」って言ったのは、「婚約しなければよかった」って意味だったんだ……)
「一旦気持ちが離れてしまったら、その気持ちを再び取り戻すのは至難の業だ。長い時間がかかるかもしれない。だからキミが元の世界に還ってしまう前に、どんな理由であれ、ボクのことで頭を一杯にしてしまおうと思った。少しでもボクに気持ちが向いてくれれば、キミは還ろうという気がなくなるかもしれない。そう思って、あの『お仕置き』を実行したんだ」
「……っ」
キールヴァルトの微笑みの中に、寂しさと悲しみが含まれていることに気付いた私は、胸がキュッと苦しくなった。
「ボクへの『好き』という気持ちは、少しずつ取り戻していけばいい。この国にいてくれさえすれば、時間はたっぷりとある。キミの心を完全にボクに戻せる時がきっとくる。そう思ったんだ」
「……キール……」
(そこまで……私のことを……?)
「……もし……もしも私が、アンタをずっと好きにならなかったら……?」
「それでもキミがボクの傍にいてくれればいい。でも、必ず好きにさせるよ。キミは一度ボクを好きになってるんだ。絶対にまたボクを好きになる。そしてボクのことだけを見ていればいい。ずっと……一生、ね」
「……呆れるくらい、随分な自信家だね」
「ははっ、それが〝勇者〟というものだろう?」
キールヴァルトが、クスリと妖艶な笑みを私に向ける。
「いつまでも一緒だよ、フェリ。元の世界になんて絶対に還らせるもんか。キミは永遠にボクの隣にいるんだ。片時も離れることは許さないから」
キールヴァルトの黒曜石の瞳が、仄暗く私を見つめている。
(……これが、コイツの本性? 私をなんとか囚えようとする、コイツの——)
キールヴァルトが、私の身体を抱きしめてくる。
まるでもう逃さないといった感じで、強く——
——強く。
「…………」
彼の温もりを感じながら、私は静かに瞳を閉じ――
彼に気付かれないようそっと笑うと、その胸に顔を埋めたのだった——
**********
「まだ明け方なのに、早い訪問なこって。年寄りは早寝早起きだから問題ないがの。――のぅ、勇者殿」
ハボックはノックの音に扉を開け、目の前に立っていた人物に目を細めるとそう言った。
「朝早くに申し訳ありません。お礼を言いに伺いました。フェリはもう、元の世界に還りたいと言わないはず。彼女に常時『追跡魔法』をかけてくださりありがとうございました。おかげで彼女の居場所が手に取るように分かりました」
「ふぉっふぉっふぉっ、そうかそうか。嬢ちゃんには話したのかの?」
「はい」
「では、嬢ちゃんは真実を知ったわけじゃな。今回の召喚儀式が〝聖女〟を喚び出すためではなく、最初から嬢ちゃんを喚び出すために行ったことも伝えたのかの?」
「いえ、それは伝えていません。勝手にこの国に喚ばれ、勝手に元の世界へ還らされ、ボクの一方的な想いでまた勝手にこの国に喚ばれただなんて、それを知ったら更に怒るだろうと思って」
「ふぉっふぉっふぉっ、そうかのう?」
「貴殿に前もって協力をお願いして正解でした。フェリがここに辿り着いて元の世界に還りたいとお願いしたら、貴殿はすぐに了承し、彼女を還したでしょう? 貴殿はボクや他の召喚士と違い、神の意思関係なく、いつでも召喚儀式を行える。貴殿はこの国の者ではありませんから」
キールヴァルトの言葉に、ハボックはニヤリとして返す。
「そうじゃのぅ。ワシはどんな時でも嬢ちゃんの味方じゃからな」
「……フェリが元の世界へ還された時、ボクはすぐに彼女をこちらに戻して欲しいと貴殿にお願いしましたが、断固として聞き入れてくださいませんでしたね。おかげで一年間待つことになってしまいましたが」
「そう恨めしそうに言いなさんな。自分が手に入れたいものは、自分の力で手に入れないと有り難みがないじゃろう? 代わりに、嬢ちゃんに常に『追跡魔法』を付けてやっていたじゃろう。それだけでサービス満点だと思わんかの?」
「……確かにそうですね。フェリに強力な味方がいて頼もしい限りです。敵に回すととてつもなく恐ろしいですが」
キールヴァルトはフッと苦笑すると、踵を返した。
「次は二人で挨拶に来ます。フェリは貴殿に会いたがっていたので」
「それは嬉しいのぅ、待っておるぞ。しかし勇者殿よ。嬢ちゃんは城でジッとしている性分じゃないぞ。きっと旅に出たいと行ってくるはずじゃ。その時、お主はどうするのかの?」
キールヴァルトはハボックの問いかけに、即座に返答した。
「その時は勿論ボクも一緒に行きますよ。この国に未練はないし、王子の王になるための教育も順調だ。後は宰相に任せれば大丈夫でしょう。――やっとこの手に囚えたんだ。絶対に手放すもんか」
「ふぉっふぉっふぉ、そうかそうか」
最後は独り言のように呟くと、キールヴァルトはハボックに一礼して去っていった。
ハボックは彼の後ろ姿を見送りながら、小さく笑う。
「実は嬢ちゃん、この家に辿り着いていましたー、なーんて言ったら、勇者殿は驚いて腰を抜かすかのぅ。ふぉっふぉっふぉ」
――そう。
実は昨日、夜が更にふけた頃、フェリスティがハボックの元を訪ねてきたのだ。
彼女曰く、深夜にキールヴァルトの部屋にこっそり忍び込んで、盗賊専用『睡眠』を使い、眠っている彼を深く眠らせた後、城を抜け出しここに来たということだった。
キールヴァルトの意識が完全に閉ざされていれば、『追跡魔法』は意味がない。
彼はしてやられたわけだ。
まずは一年前のことを真剣に謝ったフェリスティは、ハボックが召喚儀式が行えることが分かると、すぐに元の世界に還して欲しいと訴えた。
そんな彼女に、ハボックはキールヴァルトの真実を聞かせてやった。
『……そっか、キールは結婚してなかったんだね……。けど、私のことが好きって……? 〝聖女〟を喚ぶためってのは口実で、私に会いたくてわざわざ召喚を……? ほ、ホントに!? こんな私のどこがっ!?』
顔を真っ赤にさせて狼狽えるフェリスティに、ハボックは孫を見るような温かな眼差しを送る。
ハボックも前にキールヴァルトに訊いたのだ。彼女のどこを好きになったのかを。
「沢山、ですよ。ボクに向ける笑顔がとても可愛いし、自分が美人なことに全く気付いていないところもかな。コロコロ変わる表情を見てると癒やされるし、仲間のために自分が危険になることを承知で引き付け役を自らするところや、小柄なのに意外と胸があること、それを必死に隠そうとしているところとか」
「本当に沢山じゃな。最後のは……まぁ、聞かなかったことにしておこうかの」
「ふふっ、これは失言でした。あぁ、後は……裏表がなく、ウソがつけない素直なところ……ですね」
眉尻を下げ、フ……と目を細めて笑ったキールヴァルトの表情に、今まで受けてきた苦痛や苦悶が垣間見えたような気がした。
『……本人から訊いてみるといいぞ。沢山過ぎて覚えておらんわ』
『沢山んっ!? そんなバカなっ!?』
平手で空を切り、思いっ切りツッコむフェリスティに、ハボックは思わず吹き出してしまった。
『だけどどうして、結婚してないって最初に言ってくれなかったんだろう……』
『嬢ちゃん、勇者殿に「今は何とも想ってない」とズバッと言ってのけたんじゃろう? それなら、勇者殿が結婚していてもしていなくても、嬢ちゃんは勇者殿のことをなんとも想っていないのだから、それを伝えても元の世界に還りたいという思いは変わらないと思ったのじゃろう。嬢ちゃんを還らせないために今すべきことを優先して、伝える優先度が下がっただけのことじゃないかの』
『……そっか、なるほど……。色々すれ違っていたんだな、私達……。だとすると……』
しばらく考えていたフェリスティは、顔を上げるとニコリと笑った。
『分かった。私、ここに残るよ。元の世界には還らない。キールと一緒にいる』
『おや、いいのかい?』
『うん。初恋が実るってなかなかないことでしょ? ここだけの話、実はまだ引きずっていたんだよね、キールのこと。女々しいヤツって自分でも思うけど。だから両想いだったことが嬉しくて』
『ふぉっふぉっふぉっ、そうかそうか』
『私、ここで何にも聞かなかったことにする。キールがそのことを自分から言ってくれるのを待つよ』
『あぁ、嬢ちゃんの好きなようにすればいいさ』
ハボックは微笑みながら頷くと、フェリスティに質問をする。
『では、嬢ちゃんはあの城に留まって暮らすのかい?』
『え? ——ははっ、まさか。同じ場所にジッとしているのは私の性に合わないんだ。盗賊のサガってヤツだね。だから旅に出るよ。この世界を、今度はじっくりと回ってみたいんだ』
『おや。勇者殿はどうするんだい? 遠距離恋愛をするのかのう?』
『あははっ、そんなの私のガラじゃないよ。勿論一緒に連れてく。キールもきっと一緒に行くって言ってくれると思うんだ。渋ったら強引に連れてく。せっかく両想いになれたんだもん。もう離さないよ、ずっとね』
『ふぉっふぉっふぉ、お熱いこって。旅に出る前、ワシに挨拶に来ておくれよ。回復薬をうんと作っておくから』
『えっ、いいの? 回復薬って作るの大変なんじゃ……?』
『いーや? ワシの手にかかれば、作るのなんてお茶の子さいさいじゃ』
『お茶の子さいさい? あははっ、何ソレ? じゃあお願いしようかな。お金は後払いでいい? 今手持ちがなくて……』
『いらんいらん。材料が家に沢山あるし、簡単に採れるしタダでいいぞ』
『タダッ!? やった! 盗賊はタダにてんで弱いんだよ! じゃあお言葉に甘えるね! ありがとうじいちゃん! 大好きっ!』
フェリスティは満面の笑顔でハボックに抱きつく。
『おぉっ、確かに見掛けより胸が……』
『ん? 何?』
『ふぉっふぉっふぉっ、なんでもないよ。その言葉を勇者殿にも言っておあげ。すごく喜ぶと思うぞ』
『えー……。向こうが本当のことを言って、私の許可なくキスしてきたの誠心誠意謝ってくれたら考えるよ』
『そうじゃな、そこは真剣に土下座させないといけないの』
『あははっ、だよね!』
「――さぁて。囚われたのは果たしてどちらだったのかのぅ? 久し振りに人間模様を楽しませてもらったわい。回復薬はその礼じゃよ」
永い永い刻を生きる古の大賢者はクックッとおかしそうに笑い、キールヴァルトの姿が見えなくなるまで見送ると、静かに扉を閉めたのだった――
Fin.
じいちゃん最強説。
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