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あなたに会いたい。

 この図書館は騒がしい。椅子が両側に三つずつ並んだ大きな机が八つあるここで、友達同士や恋人同士でありそうな人が、空いている椅子に鞄を置き、大したことのない話をする声、菓子の袋を開けて食べる音、昇降口にある自販機で買ったばかりの炭酸飲料を開ける音がし、独特な甘ったるいようなにおいが漂う。誰もそれをうるさいなどと注意はしない。この学校の図書館はそういう方針なのだ。

 私は来月発行の新聞の紙面をつくる。先月の文化祭で優れた演劇をしたクラスに取材をしたメモを片手に、パソコンに入力していく。記事の文章が思い浮かばなくなって机の向かいを見遣っても、誰も座っていない椅子があるだけだ。

 あぁ、どうして私はひとりなのだろうか。

 新聞部の部員は私だけ。だから生徒会と合同で活動をする。ただ、生徒会の書記局長が誰も立候補してくれないという理由で、先生に立候補を薦められ、私自身も生徒会の一員なのだ。だからこれは生徒会と合同で活動しているということになるのだろうか。それは何か変な気がする。

他の生徒会の人は部活らしい。何かに熱中して楽しそうなのが羨ましい。いや、そうなると私は新聞部の活動に熱中していないことになる。あぁそうか、私は部活の仲間のような同志が居ることが羨ましいのか。

 今日の私はこれ以上記事を書くことができなさそうだ。納期は来週中だし今日ぐらい休んだって問題はない。気晴らしになりそうな本を見たい。しかし本棚には見慣れた背表紙ばかりがある。この図書館で興味を持った本は全て読んだ。それでも今日は一冊だけ気になる本があった。昨日までここにはなかった本だ。新刊コーナーから移されたのだろうか。しかしそれはすぐに違うと思った。単行本サイズの四六判で二百頁はありそうなハードブック。ただ背表紙のタイトルが消えている。手に取ろうと指を引っ掛けると黄ばみと少々の黒い粒がある紙がみえた。持ってみると下側にあるちょっとだけ出た紐が今にもちぎれそうだった。ずいぶんと古い本のようだ。表紙カバーもなく、ブッカーも貼られていない。裏表紙を見ても貸出用のバーコードは見当たらない。ただ、この図書館、古い本はバーコードがないこともあるからそういうことなのだろう。

 私はその本の表紙を開いた。何もないページ。紙を一枚めくる。タイトルが見える。――幻想郷への扉――と。

 幻想郷――。私は真っ先にあの霊夢や魔理沙が出てくる、東方projectのことが浮かんだ。しかしこんな格式高そうな本があの同人作品に関する本なのだろうか。もちろんここの図書館は寛大で、話題の漫画や百合もの、女子高生制服の目録本だってある。だから同人系の本があってもおかしくはない。しかし本の様子を見るにここでの幻想郷の意味はきっと、理想郷とかの文脈で使われていそうだ。

 私はいくつかのページをめくった。すると、洋風な扉の絵とこの本のタイトル、幻想郷への扉という文字が書かれていた。デザインなのだろう。この本の装丁からしてこんなことはしなさそうだったので意外である。

私はその扉を開けた。すると私はわけのわからぬことを体験した。何だか吸い込まれるような。でもふわふわとした感じ。気付くと私は図書館にいた。そこはいつものとはちがうところだ。私の背丈より高い本棚が並び、床には赤いカーペットが敷かれている。壁や棚は栗のような色。窓はなく、電灯もない。あまりよく見えないがとても大きい図書館のようだ。すると後ろの方から扉を開ける音が聞こえた。外は明るいようだ。逆光で黒い人影しか見えない。わずかに視線を下にやるとその人影の足にかけて広がる布のようなものが見えた。スカートを履いている――女だとわかった。しかしそんなことよりも重要なのは、見つかってしまったということだ。別に私に何かやましいことがある訳ではないが、何となく逃げたいという思いに駆られたのだ。しかしその時には私は手首をつかまれ、逃げられなかった。

 銀髪で私よりも背が高く、ヴィクトリアンぽいメイド服を着た、私と同い年そうな彼女は十六夜(いざよい)咲夜と名乗った。そして、ここは紅魔館(こうまかん)の大図書館であると教えてくれた。しかし、私にとって最も衝撃的だったのは、メイドが不足しているから、私にメイドをやれということだった。私は嫌だと言った。すると彼女は私をもとのところへ帰さないと言った。つまり彼女は私がこの時間、この場所に外から来ることが分かっていたのだ。私は彼女が確実に何かを隠しているに違いないと思った。さっきの図書館でのことでも、明らかに数十メートルはあったはずなのに、一瞬で追いつかれた。時間を止めたに違いない。どうやらここは本当にあの幻想郷なのだろう。

「はい、これ。あっちで着替えといて」

 私が彼女を見透かすべく、考えをめぐらせている時、彼女が急に話しかけてきて、私は慌てた。そして、私はメイド服一式を受け取ってしまった。元々私に拒否という選択をさせるつもりはなかったようだ。しかしもし本当に元のところへ帰れるのなら、メイド服を着るぐらい、安いものである、と私は何故か、このことが嫌だとは思わなくなった。

 私は指示されたところへ行った。ロッカーでもあるような所だと思っていたが、そうではなかった。布に覆われていてよく分からないがベッドや机のようなものがあった。使用感はあるが最近使われてはなさそうで、恐らく元々何かに使っていたような部屋だろう。

 私は制服のベストを脱ぎ、右手でボタンをつまんで、シャツを脱ぎ、ベルトを緩めてスラックスを脱いだ。

 私はペチコートを履き、ワンピースを頭からかぶり、背中のファスナーを閉じた。続いてエプロンドレスの肩紐をかけ、ウエストの紐を背中で結んだ。メイドキャップを被り、靴も学校指定のスリッパから、履き替えた。

 私は近くにあった姿見で自分を確認しようと思った。いまいち似合っている自信がないから見たくなかったのだけれど、変な私をあの十六夜さんに見られる方が嫌だった。だから私は見た。

 私は驚いた。私がこんなにもかわいいなんて――。足にかけて広がるシルエット、フリルが付いたエプロンに、首元の紐タイ。背中側も気になって振り返ると、広がるスカートとその中にみえるペチコート。そして後頭部から垂れた白いリボン、肩紐のフリル、ウエスト紐のリボン……。あぁ、なんて美しいのだろう。

 でも、髪は伸ばした方がいいなぁ。ショートにも足りないくらいの私は今、ロングヘアに憧れを抱いた。そういえば十六夜さんはボブカットに三つ編みだったな。あれもかわいい。

「着られた? 入っていい?」

 この肌触りが良く上質なメイド服に包まれた私のかわいさに心を躍らせていると、十六夜さんが声を掛けてきた。

「はい、一応着られたんですけどみてもらってもいいですか?」

 たぶん問題はなさそうだが、一応よく分からない風にしておくのが良い。そしてドアが開いた。

「あらまぁ、よくお似合いで、かわいらしいこと」

 私はちょっと恥ずかしくなって顔を赤らめ、何も言えなかった。十六夜さんは、私のまわりをまわった。変なところがないか確認するためだとは分かっているが、やっぱり恥ずかしくって、胸の鼓動が大きくなった。

「サイズもぴったり、よくちゃんと着られたわね。よしよし」

 私は十六夜さんに頭を撫でられた。思わぬことで驚いた。ここでも私は何も言えなかった。別に私は何かを言いたかった訳ではない。とてもうれしいような、ドキドキするような気持ちがあって、この時間がずっと続いてほしくて、だからそれを遮ってしまわないように、私はただ受け止めて、感じるだけに努めたいという思いが湧いたのだ。

 そうして私はじっとしていると、

「あ、ごめん。もしかしてこういうの、嫌だった?」

 あぁ、しまった。誤解されてしまった。うれしかったのに……。十六夜さんは何も悪くないのに、私は――。

「悪かったわ、もう二度としないから」

 違う。でもどうすればいいのだろうか。私との適切そうな距離をとろうとしているのだろうか、十六夜さんは後ずさりしている。これが私には、闇の世界を照らし始めた一筋の光がまた消えてしまうように思えた。

 私は十六夜さんの腕を掴んだ。でもその後どうするかは考えていなかった。数秒の沈黙の後。

「あ、あの私……好きです……ああいうの……別に……いっぱいしてもいいですから……」

 私は思いを口に出した。勢いってこういうことなのだろうか、それにしても今気付いたが、身長差のせいで、私は上目遣いになっていたようだ。何だかちょっとずるいことをしたように思う。すると十六夜さんが話しはじめた。

「そ、そうなんだね……。とりあえずこの部屋を綺麗にしといて、私は他の所で仕事があるから」

 そう言って、出ていってしまった。

 掃除――何だか本当のメイドさんになったみたいだ。でもどこに掃除用具があるのだろうか。探そうと足を動かすと、こけてしまった。どうやら足元にあったようだ。スカートのせいで見落としてしまっていたのだろうか。でも、ここには何もなかったはずなのだが、あまり深く考えないようにする。こうしてこけちゃうと何だか私がドジっ子メイドみたいではないか。

 特に掃除といえるような大したことをすることはなかった。家具を覆っていた布を取ったところ、何も汚れているところはなかったし、せいぜい窓枠や棚に積もった埃を払うぐらいだった。終始かわいいメイド服を着ていたことに興奮していたのは言うまでもない。

 鐘の音が鳴った。それと同時に十六夜さんが来た。

「午後五時ね。どう? 終わった?」

――五時――私ははっとした。学校の図書館が閉められるかもしれない。でももしかしたらここは時間軸が違うかもしれない。

「あの、ここって外と同じ時間……なんですか?」

「外……あ、そうね」

 どうやらこの世界は都合よくはできていないようだ。同じ時間で動いているのなら、易々とここには来られないじゃないか。

「あの私、もう帰らなきゃ」

「そうだったのね、じゃ着替えて。案内するから」

 そう言って十六夜さんはまた部屋の外へ出た。

 私は急いだ。服を少々荒くたたんでしまったが、仕方がない。そして十六夜さんに案内されたのは、大図書館。そしてその書架に本があり、今度は外への扉と書かれている。

「あとはもう、分かるわよね? またいつでもきていいから、またね」

 十六夜さんは笑顔だった。私はまたここに来てもいい。それだけでもすごく安心した。

 そして、ここへ来た時と同じようにして、気付けば元の城日(じょうか)高校の図書館に戻っていた。

 時計は五時半、でも司書さんが残業していたおかげでまだ閉まっていない。まだ数人の生徒が残っていた。助かった。

 そして家路についた。特に何か起きた訳でもないし、紅魔館でのことの方が印象的だから今日の帰り道の記憶は特にない。せいぜい今日は電車が新型の8A系だなとしか思わなかった。

 家に着いても特に何事もないようにした。話しても信じられないだろうし、何だか話さずに自分だけのものにしておきたかったのだ。私は寝るときになって、あの記憶を思い出しては、胸を躍らせていた。

 翌朝七時、学校の図書館に着いた。図書館系の先生が早朝から学校に来ているからここはこんな時間でも開いている。冷暖房もつくから良い場所だ。

 もちろんやることは決まっている。ここにいてももうみる本はないから、面白そうなのを探すのだ。そして私はあの図書館に来てしまった。私はそもそもこの図書館が開いているかどうかを考えることを忘れていたが、幸いなことに、問題はなさそうだ。私は色々みて回った。しかし、全てをみることは難しそうだ。とりあえず目についた本を見てみる。魔法についての本だ。ビギナー向けとか書いてあるから、私にもできるかもしれない。ここで読んでもいいのだろうが、うっかりして学校へ戻ることを忘れると大変だ。できれば借りたい。誰かいないかなと私は探す。意外とすぐに見つかった。

「あの、これちょっと借りてもいいですか」

 彼女は振り返った。

「あぁ、あなたがあの……。別にいいわよ。えっと――」

「ありがとうございます」

 私はすぐにその場を去った。この後、もしかしたらもう少し彼女とお話するべきだったのではと思ったが、もう遅い。

 学校へ戻って夢中で読んだ。私が知る科学とは全く違うのだから。

 いつのまにかチャイムが鳴っていることに気付く。ホームルームの予鈴だ。教室に行かなければならない。私は図書館を出た。

 この学校の校門は北にある。校舎は基本三階建てで、北側から一(とう)、三棟まである。東側に渡り廊下がある。図書室は一棟三階の最西端に位置するので、教室のある二棟、三棟へは遠回りになる。一応図書室横の階段を下っても行けるが、もう一度階段を上ったりしないといけないし。ちょうどこの下は昇降口があるせいで今は混むのだ。二年六組は二棟の三階、渡り廊下から三つ目の教室。

 教室のドアを開けると――としたいところだが、既にドアは開いている。そして席に着いた。幸い、何者かによって占領されてはいなかった。

 教室では、いつもの女子グループが一緒になって話しているし、男子グループも何やらふざけている。

 友達はいた方がいいというのは、ある種のプロパガンダだ。友達をつくっても結局のところ、その人に合わせなくちゃならない。ただ振り回されるだけだ。所詮他人だから信用もできない。なのに友達がいないことはよくないかのように思わせている。

 廊下を見遣ると、カップルがいた。女の方はスカートをまくっているし、男の方はチャラそうだ。

 恋のどこがいいのか私には全く分からない。化粧したり丈の短いスカートを履いたりして、媚び諂うのには反吐が出る。男も男だ。どうせ胸や脚やスカートの中にしか興味がないのだろう。

 私には昔、一応友達と呼べそうな人がいた。つらかったこととか話ができる人だったのだけれども、その人はある日、恋人と付き合い始めた。これまでみたいに一緒に帰ったり、お話したりすることができなくなった。恋は周りの人間関係も破壊する恐ろしい兵器だ。

 チャイムが鳴った。さっきまで色んなところにいた人が、椅子に座り始める。

 この後のホームルーム、授業はいつも通り、全くつまらなかった。少なくともあの本を読む方がためになると思うほどに。

 昼休み、弁当はもちろん一人で食べる。その方が速いからである。一緒に食事をするという行為は実に不可解なものだ。自分の捕食の様子を見せて何になるのだろうか。

 手早く昼食を終えた私はいつも通り図書室に逝った。そこでまた幻想郷に行こうかとも思ったが時間的に考えてそれはやめた。魔法の本を読み進めた。

 その後の午後の授業もつまらなかったのは「言ふもさらなり」。今日の古文の授業で出た。既にこんなことは知っているから、つまらない。少なくとも古文の授業がつまらないのはそのためである。

 私は図書室へ向かう。早く紅魔館に行って十六夜咲夜さんに会いたい。胸が高鳴る。これは恋だろうか、いや違う。この欲にまみれた世界からあの清い世界に行きたくて仕方がないのだ。

 今日はどんなことを教えてくれるのだろう。きっとメイドとしての仕事を教えてもらえるに違いない。

 あぁ、はやく。

 あの図書館でまた、あなたに会いたい。

 こんにちは、天津あまつ貴月たかつきと申します。この度は「あの図書館でまた、」第一話をご覧いただきありがとうございます。

 小説の公開は前作の「線路」以来、一年ぶり。この話の構想はその時からあったのですが、書けず……。私も色々と予定が不安定なので、ペースを作れず、本作は不定期で連載します。

 ブックマークの更新通知を有効にしていただけますと、次話が公開されたときにすぐに確認できます。

 今後もよろしくお願いします。

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