開口
カーターは鍵を鳴らしながら、アパートの階段を重い足取りで上った。
また長いシフト。
また意味のない一日。
部屋に入り、バッグを床に落とし、襟元を緩める。
「最高だな……」と呟き、冷凍庫から箱入りの電子レンジ食品を取り出す。
何も見ずに数字を打ち込む。
10:00
気づかない。
電子レンジが唸る。
カーターはソファに沈み、目を閉じた。
数分後。
唸りが荒々しくなる。
鋭い破裂音。
そして——轟音。
電子レンジの扉が吹き飛び、煙が狭いキッチンに広がる。
カーターは飛び起きた。
「……マジかよ?」
ソースが戸棚から滴り落ち、焦げたプラスチックの匂いが充満する。
彼は惨状を見つめ、ため息をつく。
「だよな。」
ジャケットを掴む。
「もういい。」
玄関へ歩き、ドアノブをひねる。
扉が開く。
廊下はない。
アパートもない。
光もない。
黒。
底のない虚無が広がっている。
カーターは瞬きをした。
「……は?」
空気が揺らぐ。
闇が生きているように感じる。
引き寄せる。
見えない力が服を引く。
「いや、無理。無理だろ。」
扉を閉めようとする。
動かない。
引力が強まる。
壁にしがみつくが、足が床を擦る。
「おい——!」
力が彼を前へと引きずる。
世界が反転し——
カーターは闇へ消えた。
鋭い息。
クリストファーが病院のベッドで飛び起きる。
蛍光灯が唸る。
頭が脈打つ。
「何が起きてる……」
部屋は見覚えがない。
明るすぎる。
静かすぎる。
記憶を探る。
何もない。
顔も、出来事も。
残っているのは一つだけ。
自分の名前。
クリストファー。
こめかみを押さえる。
痛み。
ベッドから足を下ろす。
誰も止めない。
看護師も。
医者も。
沈黙だけ。
やがて——
彼は静かな通りを車で走っていた。
運転を習った記憶はない。
だが手は自然に動く。
さらに奇妙なことに——
行き先を知っていた。
自宅。
通りの先に家が現れる。
驚きはない。
駐車する。
中へ入る。
その馴染み深さが不気味だった。
機械的に服を着替える。
引き出しを開ける。
中には拳銃。
一瞬だけ手が止まる。
だが拾い上げる。
確認する。
腰に装着する。
「なんで分かるんだ……」
まだ眩暈が残る中、玄関へ向かう。
家が静まりすぎている。
ノブを握る。
開ける。
黒。
同じ虚無。
よろめく。
即座に引力が襲う。
重力より強い。
視界が回る。
「待て——!」
床が消える。
そして落ちた。
カーターは冷たいコンクリートの上で目を覚ました。
巨大なドーム型の空間。
中央には暗いガラスに包まれた高台の部屋。
外周には——
独房。
幾重にも積み重なっている。
すべて中央から見渡せる構造。
カーターは息を呑む。
知っている。
パノプティコン。
一人の監視者がすべてを見張れる監獄。
「落ち着け……」
足音が反響する。
無人。
沈黙。
中央の部屋へ向かう。
扉が機械音とともに開く。
中には円形のエレベータープラットフォーム。
唯一のボタンを押す。
上昇。
構造の中心を抜けていく。
途中で気づく。
「夢か……?」
震える声。
「さっきまで部屋にいたのに……」
上昇は止まらない。
「ここはどこだ?」
最上部。
扉が開く。
何もない。
ただ——
真鍮の小さな鍵。
カーターは拾う。
温かい。
クリストファーはアスファルトの上で目を覚ます。
無限に続く直線道路。
両側は砂漠。
平坦。
無限。
遠くに小さな建物。
ガソリンスタンド。
歩き始める。
太陽は動かない。
何時間も。
だが近づかない。
永遠。
カーターは鍵を握り、最下層へ戻る。
唯一の金属扉。
差し込む。
開く。
黒。
今度は引力はない。
選択を待つ闇。
カーターは踏み込む。
消えた。
クリストファーもまた、ガソリンスタンドの裏口から闇へ落ちる。
二人は同時に目を覚ました。
金属。
無数の書類棚。
迷路。
蛍光灯が点滅する。
クリストファーが即座に銃を抜く。
「お前は誰だ!」
カーターは両手を上げる。
「そっちこそ!」
「分からない。」
沈黙。
やがて銃を下ろす。
そのとき——
武装した二人が現れる。
銃を向ける。
クリストファーの手が動く。
正確。
二発。
額に命中。
即死。
銃声の残響。
沈黙。
荒い呼吸。
「……悪い。パニックになった。」
カーターは死体を見つめる。
そして迷路を。
静かに言う。
「もう戻れないな。」




