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転生したら錬金術が得意な貴族家の女の子でした  作者: 双葉アリア
第二章 アトリエ開業編

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82話 整った拠点、足りない手

冬の朝は、穏やかだった。


窓の外に広がる庭園は、うっすらと白をまといながらも、凍てつくほどではない。

冷たいはずの空気もどこかやわらかく、息を吸い込んでも痛みはなかった。


「……思ったより、寒くないですね」


小さく呟くと、


「王都は冬でも比較的温暖ですから」


隣を歩くリリアが、穏やかに答えた。


「それに、王城内は魔導で温度管理されていますし」


磨き上げられた廊下はほんのりと暖かく、外の空気との違いがはっきりと分かる。


「エレノア様、こちらへ」


案内の侍従に促され、足を進める。


今日、私は王城に呼び出されていた。


理由は――


「……」


分からない、わけではない。


引っ越しの準備。

拠点の移動。

そして、あの一件。


(……絶対に把握されてるよね)


小さく息を吐く。


冬の空気はやわらかいはずなのに、胸のあたりだけが少し重かった。


やがて辿り着いたのは、重厚すぎない、けれど格式はしっかりと感じさせる応接間だった――


扉が静かに開かれる。


「失礼いたします」


一歩、足を踏み入れる。


そこにはすでに――


「来たか」


低く落ち着いた声。


陛下が、穏やかな表情でこちらを見ていた。


その傍らには宰相。

そして――


「エレノア」


お父様の姿もある。


「お呼びいただき、ありがとうございます」


軽く礼を取りながら、視線を上げる。


室内の空気は張り詰めているわけではない。

けれど、“軽い話ではない”と分かる静けさがあった。


「そう固くなる必要はない」


陛下が、わずかに笑う。


「今日の話は、むしろエレノア嬢のためのものだ」


「……私の、ですか?」


問い返すと、宰相が一歩前に出た。


「はい。正確には――」


一拍、置いて。


「今後の運用体制についての確認となります」


「運用体制……」


その言葉を、頭の中でなぞる。


けれど。


「現在の人員構成では、近いうちに支障が出る可能性が高い」


続けられた言葉に、思考が止まった。


「……え?」


思わず、声が漏れる。


「拠点の移設、錬金設備の拡張、危険物の増加」


宰相は淡々と指を折りながら続ける。


「いずれも把握しております」


(やっぱり全部知られてる……!)


内心で頭を抱えたくなる。


「その上で申し上げます」


宰相は真っ直ぐこちらを見た。


そして――


「現在、内部運用を担う人員が決定的に不足しております」


静かに、そう告げた。


「……内部、運用……?」


聞き返す私に、今度はお父様が口を開く。


「簡単に言えばだな」


少しだけ柔らかい声音で、


「“回す人間が足りていない”ということだ」


「……」


言葉が、すぐには返せない。


確かに。


準備は進んでいる。

設備も整ってきている。


でも――


(……回す人)


そこまで、考えていなかった。


そんな私の様子を見て、宰相はわずかに頷き。


「生活維持、物資管理、記録、錬金補助、設備保守――」


淡々と、項目を並べていく。


一つ、二つと増えるたびに、


(……多い)


その実感が、じわじわと重くなっていく。


そして。


「以上を踏まえますと――」


一拍の間。


静かな室内に、その言葉だけが落ちた。


「最低でも、百五十名は不足しております」


「……え?」


今度は、はっきりと声が出た。


思わず、宰相の顔を見返す。


聞き間違いではないかと疑うように。


けれど。


「むしろ、最低限です」


返ってきたのは、迷いのない肯定だった。


私は、一度だけ考えてから――

ゆっくりと口を開いた。


「……条件を、つけてもよろしいでしょうか」


「伺いましょう」


宰相が静かに頷く。


その視線を受け止めながら、言葉を選ぶ。


「まず、錬金工房の中枢に入れる人員は、制限させてください」


「ほう」


わずかに、興味を示すような気配。


「危険物の扱いも多いですし……誰でも触れられる状態にはしたくありません」


「妥当ですね」


間を置かずに、宰相が頷いた。


その反応に、少しだけ息をつく。


「それと――」


続ける。


「最低限の知識があるか、あるいは教育前提の方をお願いします」


「……なるほど」


今度は、お父様が小さく頷いた。


「完全な素人では、扱いきれんか」


「はい」


迷わず答える。


「補助であっても、危険性は変わりませんから」


室内に、短い沈黙。


その空気を感じながら――


「それから」


もう一つ、言葉を重ねる。


「数名で構いませんので……錬金術の知識を持っている方を、入れていただきたいです」


その瞬間。


わずかに、空気が変わった。


「専門人材、ですか」


宰相の声が、ほんの少しだけ低くなる。


「はい」


頷く。


「全員が詳しい必要はありません」


「ですが――」


一度、言葉を区切って。


「判断を共有できる人がいないと、いずれ限界が来ます」


自分でも驚くほど、はっきりと言えていた。


「……ほう」


今度は、陛下が静かに口を開く。


「“一人で抱えない”という判断か」


「……はい」


少しだけ視線を伏せる。


「私一人では、見きれないこともあると思うので」


嘘ではない。

むしろ、それが一番大きい理由だった。


「面白い」


小さく、陛下が笑う。


その声に、顔を上げる。


「囲い込むのではなく、分担するか」


「……そのつもりです」


ほんの少しだけ、肩の力を抜いて答えた。


そのやり取りを見て、宰相がゆっくりと頷く。


「専門知識を有する者を数名、内部に配置する……」


短く思案するように目を細め、


「選定には時間を要しますが、不可能ではありません」


「ありがとうございます」


素直に頭を下げる。


そして――


「最後に」


もう一度、言葉を続けた。


「一度に全員ではなく、段階的に受け入れたいです」


「理由は」


「管理が追いつかなくなる可能性があるからです」


即答だった。


「……確かに」


宰相が納得するように頷く。


「では、初期導入数を設定し、順次増員とする方向で調整いたしましょう」


話が、具体的に動き始める。


「それと――」


一度だけ、深く息を吸う。


「最終的な人選については、私にも確認させてください」


静かに、そう告げた。


その瞬間。


「……それは認められません」


返ってきたのは、迷いのない否定だった。


「……え?」


思わず顔を上げる。


だが――


宰相の表情に、冷たさはなかった。

むしろ、わずかに厳しさを帯びている。


「理由を申し上げます」


淡々と、しかしはっきりとした声。


「今回の人員選定は、貴女の身の安全に直結します」


「……」


その一言で、空気が変わる。


「内部に入る者は、すべて“近接する存在”となる」


「つまり、最も危険になり得る位置でもあります」


言葉は静かだが、重い。


「ゆえに――」


一拍。


「選定は王城主導で行い、厳重な審査を通過した者のみを配置します」


「出自、経歴、思想、交友関係に至るまで」


「例外は、一切認めません」


「……」


思わず、息を呑む。


そこまで――


「貴女に判断を委ねた場合」


宰相は、わずかに視線を落としながら続ける。


「“甘さ”が入り込む余地が生まれます」


「……っ」


否定できない。


「それが、どれほど小さなものであっても」


「結果として、危険を招く可能性があります」


静かな断定だった。


責める響きではない。

ただ、事実として突きつけられる。


「これは、権限の問題ではありません」


ゆっくりと、視線が戻る。


「安全の問題です」


「……」


言葉が、出ない。


胸の奥に、じわりと落ちていく。


(……そうだ)


これは――


私の拠点であっても。

私一人のものじゃない。


「……ですが」


その空気を、少しだけ和らげるように。


宰相が言葉を続けた。


「貴女の意向を無視するつもりはありません」


「……」


「候補者の段階であれば、確認の機会を設けましょう」


「面談も可能です」


「その上での意見は、選定に反映いたします」


「……最終決定は?」


小さく、確認する。


「王城が行います」


迷いのない答え。


けれど――

先ほどよりも、ずっと受け入れやすかった。


「……分かりました」


静かに頷く。


納得、というより。

理解した、という感覚に近い。


その様子を見て。


「良い判断だ」


陛下が、穏やかに口を開いた。


「守られる立場であることを、正しく理解している」


「……」


顔を上げる。


「同時に、任される立場でもあるがな」


わずかに、笑みを含んだ声音。


「その両方を、忘れるな」


「……はい」


小さく、しかしはっきりと答えた。


その横で。


「……過保護だと思うかもしれんがな」


お父様が、ぽつりと呟く。


「それだけの価値があるということだ」


「……はい」


今度は、少しだけ自然に頷けた。


そして――


「では」


宰相が、場を締める。


「人員選定は王城にて開始します」


「厳重な審査を前提とし――」


一拍。


「運用可能な水準まで、一括で導入します」


「……一括で?」


思わず、聞き返す。


「はい」


揺るぎのない返答。


「分割導入は、統制の乱れと管理負担の増大を招きます」


「ゆえに――」


「体制を整えた上で、一度に受け入れます」


「……」


言葉を失う。


百五十人。


それが、一度に。


(……一気に、来る)


現実が、重くのしかかる。


「もちろん」


宰相の声が続く。


「配置、役割、動線――すべて事前に設計した上での導入です」


「無秩序な増員は行いません」


「……はい」


かろうじて、頷く。


その方がいいと、分かっているから。


「候補者は事前に提示し、面談を実施」


「最終決定は王城が行う」


「以上の方針で進めます」


「……お願いします」


そう答えたとき。


ようやく、実感が少しだけ追いついてきた。


百五十人。


その一人一人が――

選ばれ、通され、ここに来る。


そして、それが――


一度に。


(……軽い話じゃない)


静かに、そう思った――その時。


「……ところで」


不意に。


陛下が、ぽつりと口を開いた。


「百五十人分の受け入れ準備だが」


「はい」


反射的に返事をする。


「間に合うのか?」


「……」


一拍。


頭の中で、さっきまでの会話が一気に巻き戻る。


人員。

配置。

設備。

動線。


そして――


(……部屋)


「……」


「……」


言葉が、出ない。


その沈黙で、すべてを察したのか。


「……なるほど」


宰相が、小さく息をついた。


「失念されていたようですね」


「……すみません」


思わず、小さくなる。


そのとき。


「……あの」


おそるおそる、声が上がった。


振り向くと、リリアが少し困ったように手を上げている。


「はい、リリア?」


「その……居住区の拡張についてですが」


遠慮がちに言いながらも、きちんとした口調。


「既存の空き区画を転用すれば、ある程度は確保できるかと……」


「……え?」


思わず目を瞬かせる。


「使用されていない棟がいくつかありますので」


「動線を整理すれば、分散配置も可能だと思います」


「……」


そこまで、もう見てるの。


「……ほう」


宰相が、わずかに興味を示す。


「続けてください」


「は、はい」


少し緊張しながらも、リリアは言葉を続けた。


「ただ、食堂と水回りは不足しますので……増設は必要になります」


「……的確ですね」


短く、評価が下る。


その一言に、リリアの肩がわずかに跳ねた。


「いえ、その……エレノア様のお手伝いをしている中で、少しだけ……」


控えめに言う。


けれど、十分すぎる内容だった。


「参考にさせていただきます」


宰相が頷く。


「詳細は後ほど詰めましょう」


「……はい!」


ほっとしたように、リリアが頷いた。


そのやり取りを見て。


「支える者も、育っているな」


陛下が、穏やかに言う。


「……そうですね」


お父様も、小さく頷いた。


その視線が、少しだけ柔らかい。


「……」


私は、隣に立つリリアを見る。


「……ありがとうございます」


小さく、そう言うと。


「い、いえ! とんでもないです!」


慌てたように首を振る。


けれど、その顔は少しだけ嬉しそうだった。


そして――


「では」


宰相が、場を締める。


「人員選定は王城にて開始します」


「厳重な審査を前提とし、一括導入」


「受け入れ準備についても、並行して進めます」


「……お願いします」


そう答えたとき。


百五十人という数字が、また少し現実味を帯びた。


けれど――


さっきよりも、少しだけ。


「(……なんとかなるかも)」


そう思えた。


隣で、小さく息をつく気配。


同じように緊張していたはずのリリアが、少しだけ肩の力を抜いている。


その様子に、つられるように。


私も、ほんの少しだけ息を吐いた。


冬の空気は、冷たいはずなのに。


どこか――


少しだけ、柔らかく感じられた。

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