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転生したら錬金術が得意な貴族家の女の子でした  作者: 双葉アリア
第二章 アトリエ開業編

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81話 進まぬ準備、止まらぬ寄り道

夏の終わりが、ゆっくりと近づいていた。


窓から入り込む風は、ほんの少しだけ涼しくて。

強かった日差しも、どこか柔らかくなっている。


「……」


そんな空気の中で。


私は、目の前に積み上がった荷物を見つめていた。


「……多くない?」


思わず、ぽつりと呟く。


本。

素材。

それから、用途ごとに細かく分けていた錬金道具一式。


気づけば、床の一角をしっかり占領していた。


「(これ、全部持っていくの……?)」


改めて考えてみると、なかなかの量だ。


一つ一つは必要なものばかりで。

減らそうと思っても、どれも手放しがたい。


「……どうしよう」


小さく息を吐く。


引っ越しの準備は、今日から本格的に始めたばかりだというのに――


「エレノアー、何してるのー?」


のんびりとした声が、背後から聞こえてきた。


振り返るまでもない。


「……引っ越しの準備です」


そう答えた瞬間、


「へぇー!」


ぱっと明るい声が返ってきた。


「面白そう!」


「……そうですか?」


あまり共感はできない。


「手伝うよ!」


「え、あ――」


止める間もなく、部屋の中へと入ってくる。


そして。


「これ何?」


ひょい、と手に取られたのは――


淡く光を帯びた、液体が入った小さな小瓶だった。


「……あ」


一瞬、思考が止まる。


「これなに?」


「振らないでください!」


思わず声が大きくなった。


「えー、そう言われると振りたくなるんだけど!」


そう言ってミストルティン様が小瓶を振り出す。


その瞬間――


ボンッ!!!!


軽い破裂音とともに、小瓶の中の液体が弾けた。


「……!」


咄嗟に目を閉じる。


けれど――


「……あれ?」


衝撃は、来ない。


恐る恐る目を開けると。


「わぁ、きれー」


ミストルティン様が、楽しそうに声を上げていた。


部屋の中に、細かな光の粒がふわりと広がっている。


まるで、小さな星が舞っているみたいに。


「それは、防犯用に作った閃光薬です。

緊急時に使うものなので、少しの衝撃でも反応するんです……」


少しだけ力の抜けた声で言う。


「へぇー!」


きらきらと光る粒を、指先でつついている。


「綺麗だね!」


「……綺麗ですけど」


一拍置いて。


「整理したやつなんですけどね……」


小さくため息が出た。


床にも、机にも、ふわふわと光の粒が降りてくる。


「これ、どうやって戻すの?」


「自然に消えます……」


「便利!」


「便利ですけど……」


便利、ではある。


あるけど――


「(進んでない……)」


視線を、そっと荷物の山へ戻す。


減るどころか。


むしろ、散らかっている気がする。


「これも振っていい?」


ミストルティン様は、別の閃光薬を振る準備をしていた。


「それはダメなやつです!!!!」


そう言い終わるや否や――


ドォーン!!!!


爆音とともに、激しい光が屋敷中を包み込んだ。


「……はい」


否定できなかった。


――その直後だった。


ドタドタドタッ!!


慌ただしい足音が、廊下から一気に近づいてくる。


「エレノア様! 無事ですか!?」


勢いよく扉が開かれた。


最初に飛び込んできたのは、護衛の隊員たち。


その後ろから――


「エレノア、大丈夫か」


低く落ち着いた声。


ノエルが、鋭い視線で室内を見渡しながら入ってくる。


さらに続いて、


「何があったんですか!?」


リリアが心配そうに駆け寄り、


「エレノア様、ご無事ですか……!」


メルが息を切らしながら続き、


「爆発音が――って、これは……」


カイルが言葉を切った。


全員の視線が、一斉に室内へと向けられる。


散乱した荷物。

床に広がる光の残滓。

そして――


中央に立つ、私と。


小瓶を持ったままのミストルティン様。


「……」

「……」


一瞬の沈黙。


ノエルがゆっくりと一歩前に出る。


周囲を一通り確認し、短く言った。


「敵性反応はないな」


その声は冷静で、無駄がない。


「だが……これはどういう状況だ」


「……えっと」


言葉を探す。


けれど。


「……引っ越しの準備です」


「準備で爆発は起きないだろう」


即座にカイルが突っ込んだ。


「その通りですね……」


リリアも小さく頷く。


「だよね?」


ミストルティン様が、楽しそうに首をかしげる。


「振ったら光っただけだよ?」


「“だけ”じゃないです……」


メルが小さく呟く。


「というか、これ……閃光薬ですよね?」


床に転がっている小瓶を見て、顔を引きつらせた。


「……はい」


「なんで振ったんだ」


ノエルが淡々と問う。


「気になったから!」


即答だった。


「止めたんですけど……」


私は小さく付け加える。


「間に合いませんでした……」


「だろうな」


ノエルは短く頷いた。


その反応は、妙に納得感があった。


一方で護衛たちは、すでに動き出していた。


「周囲の安全確認!」

「異常な魔力反応なし!」

「結界への影響も軽微!」


次々と報告が上がる。


「……問題なし、か」


隊員の一人が息を吐いた。


「……あの」


リリアが、おそるおそる口を開く。


「これ、片付け……どうするんですか……?」


その一言で。


全員の視線が、再び部屋へと戻る。


「……」

「……」


散らかったままの荷物。


むしろ、さっきより増えている気がする。


「(進んでない……)」


むしろ――


「(悪化してる……)」


そんな現実を前に。


私は、そっと目を逸らした。


その沈黙を破ったのは――


「……やるしかないだろ」


カイルだった。


腕をまくりながら、ぐるりと部屋を見渡す。


「このままじゃ、引っ越しどころか生活すらできねぇぞ」


「……それはそうですね」


リリアがこくりと頷く。


「優先順位を決めましょう」


すっと前に出たのは、メルだった。


「まず危険物の回収と隔離。その後、分類して梱包――」


「手分けすれば、時間はかからないはずです」


「お、頼もしいな」


カイルが軽く笑う。


その横で――


「俺は搬出用の導線を確保する」


ノエルが静かに言った。


「通路に障害物が多い。先にどかす」


「お願いします」


自然と役割が決まっていく。


護衛の人たちもすぐに動き出した。


「こちら、危険物らしき反応あり!」

「不用意に触るな、術式ごと回収する!」

「了解!」


慌ただしいけれど、統制は取れている。


「エレノア様、こちらの仕分けをお願いします」


「は、はい!」


呼ばれて、慌てて頷く。


目の前には、見覚えのある素材や器具が山積みになっていた。


「(……これ、私がやらないと分からないやつだ)」


ひとつひとつ確認しながら、慎重に分けていく。


――その時。


ぴしり、と。


空気が、わずかに軋んだ。


「……?」


違和感に顔を上げた瞬間。


空間が、縦に裂けた。


「……見つけた」


低く、重たい声。


次の瞬間、現れたのは――


圧倒的な存在感を纏った男。


大地の精霊王だった。


場の空気が、一瞬で変わる。


護衛たちが反射的に身構えた。


だが。


「……あ」


ミストルティン様が、気まずそうに目を逸らす。


「今、ちょっと忙しくて――」


「忙しい?」


ぴたり、と言葉が被さる。


「屋敷を半壊させることが、か」


「半壊してないよ!?」


即座に否定する。


「ちょっと光って、ちょっと爆発しただけで――」


「十分だ」


一刀両断だった。


一歩、踏み出す。


それだけで、床がわずかに震えた気がした。


「……連行する」


「え、ちょっと待って!? 今いいとこ――」


「いいわけがあるか」


間髪入れずに遮る。


そして――


ひょい、と。


まるで物のように、ミストルティン様の腕が掴まれた。


「え、ちょ、エレノア! 助け――」


「自業自得だ」


そのまま。


抵抗する間もなく。


空間ごと引きずり込むように――


二人の姿は、歪んだ裂け目の向こうへと消えた。


ぱたり、と。


何事もなかったかのように、空間が閉じる。


「……」

「……」


完全な静寂。


「……連れていかれたな」


ノエルが、ぽつりと呟いた。


「ですね……」


誰も否定しない。


むしろ、できない。


ほんの少しだけ。


「(……よかったのかも)」


そんな空気が流れた気がした。


そして――


「……やるしかないだろ」


カイルが、もう一度同じ言葉を口にする。


今度は、さっきよりも現実的な重みを持って。


「このままじゃ、終わらねぇ」


「はい」


メルが頷く。


「今のうちに一気に片付けましょう」


「通路は任せろ」


ノエルが短く言う。


「搬出経路、すぐ確保する」


「エレノア様、仕分けをお願いします」


「わ、分かりました!」


一斉に動き出す。


さっきまでの混乱が、嘘みたいに整理されていく。


「(……すごい)」


人が多いだけで、こんなに違うんだ。


散らかっていたはずの部屋が、

少しずつ、本来の形を取り戻していく。


「これ、危険物です!」

「隔離箱へ回せ!」

「了解!」


声が飛び交う。


手が止まらない。


「……あれ?」


気がつけば。


「(さっきより、進んでる……)」


むしろ――


「(ちゃんと進んでる)」


さっき感じていた“停滞”が、

嘘みたいに消えていた。


私は、小さく息をつく。


そして。


「……続き、やりましょうか」


そう言うと。


「おう」

「はい!」

「了解です」


次々と返事が返ってくる。


引っ越し準備は、まだ終わらない。


けれど――


今度はちゃんと、“進んでいる”気がした。

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