75話 王城への報告、認められた功績
王都に戻って三日目――
バレンシアでの調査と騒動を終え、屋敷で少しゆっくりとした朝を過ごしていた。
しかし、いつもと何かが違う。
窓の外に立つ騎士の数がやけに多いことに気づいたのだ。
門の前にも、庭のあちこちにも、見慣れない顔ぶれの騎士たちが厳しい表情で立っている。
「……なんでこんなに……」
私が小さく呟くと、メルがそっと横でつぶやく。
「これ……最近ずっとですか?」
「うーん、よくわからないけど……多分、私が戻ってからずっとこうなのよね……」
港湾都市バレンシアでの調査を終え、騎士の護衛はもう終わると思っていた。
だが、王都の屋敷へ戻っても厳重な護衛は終わらず、むしろ警戒レベルが上がっていると感じるほどだった。
「……まあ、安全なのは悪くないけど、ちょっと息が詰まるわね」
アメリアお姉さまがくすりと笑いながら、騎士たちを横目で見てつぶやく。
本当に、知らぬうちに生活まで警備されるようになってしまったらしい。
その時、私の横でひそやかに動く影――リリアが立っていた。
リリアはミストルティン様が保護したエルフで、現在は私専属の侍女として付き添ってくれている。
魔法で特徴的な尖った耳を隠しつつ、礼儀正しく私を見守るその姿は、穏やかで控えめながらも確かな存在感があった。
「そろそろ、着替えて王城に行く準備をしないとね」
「お手伝いします……!」
リリアは柔らかく微笑み、頭を下げた。
付き添ってくれる彼女の存在が、少し心強く感じられる。
私は深く息をつき、今日の王城での報告に向けて、屋敷を出る準備を本格的に始めた。
今日、陛下に私の功績を正式に報告する日――。
屋敷の扉を開くと、すぐに騎士たちの列が視界に入った。
門前には普段の倍以上の数の騎士が整列しており、庭のあちこちにも見慣れない顔ぶれの騎士たちが立っている。
「なんでこんなに騎士がいるの……?」
私が小さく呟くと、リリアがそっと隣で答えた。
「おそらく……陛下のご配慮かと。エレノア様の安全を第一に考えて、常に護衛がつくようになったのだと思います」
私自身はその変化にまだ気づいていなかったが、リリアの言葉で少しだけ理解した。
知らぬ間に、私には“超厳重護衛”が常についているらしい。
門を出ると、屋敷前の通りにも騎士たちが配置されていた。
沿道には見慣れた市民や商人がちらりと視線を向ける。
門前には馬車が待機しており、その左右には馬に乗った騎士が控えていた。
「エレノア様!! お待ちしておりました!!」
一人の騎士が私に気づくと、馬車の扉を開けてくれた。
「ありがとうございます」
騎士さんにお礼を言い、馬車へ乗り込む。
扉が閉まり、ゆっくりと動き出した。
左右の馬に乗った騎士も、馬車の速度に合わせて並走する。
通りの人々はその異様とも言える光景に驚き、ひそひそと話している様子だった。
「いくら貴族街とはいえ、この光景は異様よね……。
私でも同じ光景を見たらびっくりするもん」
「お気持ちはわかりますが、エレノア様のためですので……」
「普通の子爵家の次女に、こんなに護衛がつくものなの!?
しかも王国騎士団だよね!?」
私の呟きに、リリアは少し戸惑いながら答えた。
「え、ええと……私も詳しいことはわからないのですが……
でも、エレノア様の安全のためだと思います」
馬車の窓から外を見ると、左右に並ぶ騎士たちは一歩も馬車から離れず、時折周囲を警戒するように視線を巡らせている。
ここは王都の貴族街。
石畳の道の両側には、大きな屋敷の門や庭園が並んでいる。
その門前に立っていた使用人や門番たちが、私たちの一行を見て思わず動きを止めていた。
中には、ちょうど出発しようとしていた他家の馬車が道の端に寄り、護衛列が通り過ぎるのを静かに待っている姿もある。
屋敷の二階の窓から、こちらを見ている貴族らしき人影もちらほら見えた。
「……やっぱり目立つわよね」
私は小さく息をつく。
「子爵家の馬車にしては、ちょっと護衛が多すぎる気がするんだけど……」
「そ、そうですね……」
リリアも窓の外を見て、少しだけ困ったように笑った。
彼女も状況を完全には理解していないらしい。
それでも、魔法でエルフ特有の耳を隠しながら、私の隣で静かに姿勢を正している。
馬車はゆっくりと貴族街の石畳を進んでいく。
前後にも騎士が配置され、左右には馬に乗った騎士が並走していた。
まるで小さな護衛隊がそのまま移動しているような光景だ。
「……これ、本当に私の護衛なのよね?」
思わずそう呟くと、リリアは少しだけ首を傾げた。
「……多分、そうだと思います」
自信のない答えに、私は思わず苦笑する。
そのまま馬車は貴族街を抜け、王城へ続く大通りへと進んでいった。
遠くには、王城の高い石壁と大きな門が見えてきている。
「……もうすぐ王城ね」
私は小さく息を整え、今日の報告に備えて背筋を伸ばした。
王城へ到着し扉が開かれると、大勢の騎士が私とリリアを取り囲んだ。
「エレノア様! お待ちしておりました! お部屋までご案内いたします!」
「おい! エレノア様が到着したぞ! エレノア様が通る通路を封鎖しろ!」
「了解しました!!!」
次々と飛び交う指示に、城門の周囲にいた騎士たちが一斉に動き出す。
通路の両脇にはすぐに騎士が並び、城内を行き交っていた侍従や兵士たちも道を空けていく。
「……え、えっと……」
思わず声が漏れた。
「ここまでしなくても大丈夫だと思うんだけど……」
私が小声でそう言うと、隣に立つリリアも少し困ったように周囲を見回していた。
「わ、私も……こんなに厳重だとは思っていませんでした……」
リリアも流石に驚いた表情を浮かべていた。
どうやら彼女も事情はよくわかっていないらしい。
そんな私たちの様子とは関係なく、騎士たちは手際よく隊列を整えていく。
前方には案内役の騎士、左右には護衛の騎士、そして後方にも数名が配置され、完全に守られた形になっていた。
「それではエレノア様、こちらへ」
先頭の騎士が一礼し、城内へと歩き出す。
私とリリアはその後ろを歩き、王城の広い廊下へと足を踏み入れた。
磨き上げられた石の床に足音が静かに響く。
高い天井には大きな窓が並び、差し込む光が廊下を明るく照らしていた。
途中ですれ違う侍従や騎士たちは、私たちの隊列を見るとすぐに壁際へ下がり、深く頭を下げている。
その様子に、私は少し落ち着かない気持ちになった。
「……やっぱり、ちょっと大げさじゃない?」
小声でそう呟くと、リリアも控えめに頷く。
「そう……かもしれません」
廊下をいくつか曲がり、城の奥へと進んでいく。
やがて、ひときわ立派な扉の前で案内の騎士が足を止めた。
「エレノア様、こちらで少々お待ちください」
騎士が扉を開けると、そこは他国の要人や国賓を通すための控室と思われる、豪華絢爛な部屋だった。
足元にはとても高価そうな絨毯が敷かれ、壁際には煌びやかな装飾が施された調度品が並んでいる。
中央には丁寧に磨き上げられた立派なテーブルと、上質そうなソファが置かれていた。
「謁見の準備が整うまで、少々お待ちください!!」
そう言うと、案内の騎士は一礼し、四人の騎士を残して退室していった。
残った騎士の一人が一歩前に出て、はっきりとした声で言う。
「私どもは非常事態に備え、この部屋にて待機させていただきます!」
「え……あの……そこまでしていただかなくても……」
思わずそう言うと、騎士はきっぱりと首を横に振った。
「いえ! エレノア様に何かあったら大変ですので!!」
……どうやら、本気でこの体制らしい。
私は少し困ったようにリリアを見る。
リリアも同じように戸惑った表情を浮かべていた。
「……すごいお部屋ですね……」
小さな声でそう呟きながら、リリアは部屋の中を見回す。
確かに、今まで入ったどの部屋よりも豪華だった。
「国賓用の控室……とかかしら……」
私も少し緊張しながら部屋を見渡す。
まさか自分がこんな部屋に通されるとは思ってもいなかった。
騎士たちは部屋の入口付近で微動だにせず立っている。
完全に警備体制のままだ。
「……なんだか、すごいことになってない?」
私が小声で言うと、リリアも困ったように微笑んだ。
「……はい、少しだけ……」
私はそっとソファに腰掛け、深く息をつく。
今日の目的は、あくまでバレンシアでの調査報告のはず。
それなのに、この扱いはどう考えても大げさな気がする。
――一体、これから何が始まるのだろう。
そんなふうに思っていると、扉がノックされ、別の騎士が入室してきた。
「エレノア様! 本日はわざわざ王城にお越しいただきありがとうございます! 謁見の準備が整いましたのでご案内いたします!!
侍女の方もお越しいただいて構わないとのことです!」
「あ……はい……」
入室してまだ三分ほどしか経っていないが、どうやら準備は整ったらしい。
私はリリアと顔を見合わせ、小さく頷き合うと部屋を後にした。
廊下へ出ると、先ほどと同じように騎士たちが整然と並んでいる。
通路の左右には等間隔で騎士が立ち、私たちが通る道を作るように待機していた。
……やっぱり、すごい警備体制だ。
案内役の騎士を先頭に、私はリリアと並んで歩き出す。
石造りの廊下には静かな足音だけが響き、すれ違う侍従や兵士たちは慌てて道を空け、深く頭を下げていた。
いくつかの廊下を曲がり、城の奥へと進んでいく。
やがて、見覚えのある大きな扉の前で騎士が足を止めた。
――謁見の間。
ここへ来るのは、これで二度目だ。
「エレノア様をお連れしました!」
案内の騎士が声を上げると、扉の前に立っていた重装の騎士たちが同時に敬礼した。
「確認しました。お通しします」
二人の騎士がゆっくりと扉へ手をかける。
重厚な扉が、静かに開かれていった。
私は小さく息を整え、背筋を伸ばす。
いよいよ――陛下への正式な報告が始まる。
重厚な扉がゆっくりと開かれていく。
私は小さく息を整え、リリアと共に一歩踏み出した。
謁見の間は以前と変わらず広く、高い天井と長い赤い絨毯が玉座へと続いている。
両側には貴族たちが整然と並び、静まり返った空気の中で私たちを見つめていた。
ただ――前回と違うことがいくつもあった。
まず目に入ったのは、騎士の数だ。
謁見の間の両脇には普段よりも明らかに多くの騎士が配置されており、その鎧が整然と並んでいる。
しかも、その騎士たちは他の貴族たちよりも前の列に立ち、まるで壁のように私たちの周囲を固めていた。
……やっぱり、警備がすごい。
私は少しだけ戸惑いながら赤い絨毯を進む。
背後ではリリアも静かについてきている。
そして、もう一つ――
一番違和感を覚えたことがあった。
玉座だ。
謁見の間の奥、一段高い場所にあるはずの玉座には――誰も座っていなかった。
「……あれ?」
思わず小さく呟く。
本来なら、あの玉座の上に陛下が座っているはずなのに。
その代わりに――
謁見の間の中央。
赤い絨毯の先、玉座よりも手前の場所に、陛下が立っていた。
周囲には近衛騎士と思われる騎士たちが控えており、その雰囲気はいつもよりもさらに張り詰めている。
「……え?」
思わず足が少し止まりそうになる。
陛下が、玉座ではなく、わざわざ中央に立っている。
それだけでも十分に異例だとわかる。
けれど周囲の貴族たちは誰一人として騒ぐ様子もなく、ただ静かにその様子を見守っていた。
案内の騎士が一歩前に出て声を張り上げる。
「エレノア・フォン・レーヴェン様をお連れしました!」
その声が謁見の間に響き渡る。
私は慌てて姿勢を整え、決められた位置まで進むと足を止め、丁寧に一礼した。
隣ではリリアも同じように頭を下げている。
静まり返った謁見の間。
その中で、陛下がゆっくりと一歩前へ進み出る。
そして、穏やかな表情を浮かべながら私に声をかけた。
「エレノア嬢、よく戻ってきてくれた」
その声は大きくはないのに、不思議と謁見の間の隅々まで届く。
私は姿勢を正し、丁寧に頭を下げた。
「陛下、この度はバレンシアでの調査任務を終え、ただいま戻りました。本日はその件についてご報告を――」
そう言って報告を始めようとした、その時だった。
陛下は軽く手を上げ、私の言葉をやさしく制した。
「うむ。その報告なのだがな……」
そして、少し困ったように笑う。
「実は、すでに各方面から詳細な報告が届いておってな」
「え……?」
思わず顔を上げてしまう。
「騎士団からの正式報告に加え、バレンシアを治めるオスバルト伯爵からも書簡が届いておる」
陛下はそう言うと、近くに控えていた侍従から一通の書簡を受け取った。
「伯爵は、お主の働きを随分と詳しく書いておってな。調査の経緯から現地での対応、そして騒動の収束まで……実に丁寧に記されておる」
そう言いながら、少し楽しそうに続ける。
「むしろ、ここでお主に改めて説明させるのは気の毒なくらいだ」
謁見の間に控えている貴族たちの間で、わずかにざわめきが起こる。
私は少し戸惑いながら言葉を返した。
「そ、そうなのですか……?」
「うむ」
陛下ははっきりと頷いた。
「つまりだ。今回の件については、すでに十分すぎるほど把握しておる。ゆえに、お主から改めて報告を受ける必要はない」
私は一瞬言葉に詰まり、小さく頷いた。
「……承知いたしました」
すると陛下は表情を少し引き締め、ゆっくりと続けた。
「それに――今回の件については、王国としてすでに評価を決めておる」
その言葉に、謁見の間の空気がわずかに張り詰める。
私はまだ事情が飲み込めないまま、ただ静かに次の言葉を待つしかなかった。
すると、陛下は一歩前へと進み、はっきりとした声で言った。
「此度の件、実に大儀であった!」
その言葉が謁見の間に響く。
「余や余の家族の命を救っただけでなく、バレンシアの民、そしてその食文化のために動いてくれたこと――まことに国家として称賛に値する働きである」
陛下は真っ直ぐ私を見据え、続けた。
「よって、エレノア嬢には望む褒美を与えたい」
そして、穏やかな表情を浮かべながら告げる。
「希望を申してみよ」
そう言われたものの――
「え……?」
思わず間の抜けた声が出てしまった。
望む褒美、と言われても……。
私は一瞬考え込む。
けれど、頭の中には何も浮かばなかった。
そもそも、そんなことを考えたことすらない。
「えっと……その……」
言葉を探しながら、私は正直に答えた。
「特に、考えていませんでした……」
謁見の間が一瞬、静まり返る。
私は慌てて言葉を続けた。
「それに……私、そこまで感謝されるようなことをしたでしょうか……?」
今回の件だって、頼まれた調査をしただけだ。
結果的に騒動に関わることにはなったけれど、私としては当然のことをしたつもりだった。
むしろ、こうして王城で大げさに扱われていることの方が、まだ実感が湧かない。
私は少し困ったように言った。
「調査は任務でしたし……その……私に褒美なんて、そんな大げさなものは……」
そこまで言ってから、私は恐る恐る陛下の方を見る。
すると――
陛下はしばらく私を見つめたあと、ふっと小さく笑った。
「……やはり、そう言うと思った」
「え?」
私は思わず顔を上げる。
すると陛下は振り返り、謁見の間に並ぶ貴族たちをゆっくりと見渡した。
そして、はっきりとした声で告げる。
「エレノア嬢は望む褒美を持たぬようだ。だが、それでは王として示しがつかぬ」
その言葉に、周囲の貴族たちの間にわずかな緊張が走る。
陛下は再び私の方へ向き直った。
「ゆえに――褒美は余が決めた」
謁見の間が静まり返る。
陛下は一歩前へ進み、厳かな声で宣言した。
「この場において、余の名――セドリック・フォン・セレディアの名をもって宣言する」
その言葉だけで、場の空気がさらに張り詰めた。
「エレノア嬢の功績は、余や王族の命を救っただけに留まらぬ。
バレンシアの民を救い、王国の食文化を守る働きは、国家として大いに称えられるべきものである」
陛下は私を真っ直ぐ見据える。
そして、はっきりと言い渡した。
「よって本日この時をもって――」
一瞬の静寂。
「エレノア嬢を新たな貴族として迎え入れ、伯爵位を授ける」
その瞬間――
謁見の間にどよめきが広がった。
「伯爵……だと……?」
「新貴族で伯爵位……?」
「王族の命を救ったとは聞いていたが……」
抑えた声ではあるが、貴族たちの間に驚きが広がっていく。
けれど、陛下はそのざわめきを気にする様子もなく続けた。
「さらに――」
その一言で、再び場が静まり返る。
「新たな家名を授ける」
控えていた宰相が一歩前へ出た。
手には一枚の巻物が握られている。
宰相はゆっくりと巻物を広げ、厳かな声で読み上げた。
「王命により宣言する。
エレノア嬢は本日より王国貴族として迎えられ、家名セレスティアを賜る」
そして、はっきりと言い放つ。
「これより――」
「エレノア・フォン・セレスティア伯爵とする」
再び、謁見の間がざわめいた。
だが――
その中心にいる私は。
「……え?」
ただ、呆然と立ち尽くすことしかできなかった。
伯爵?
今、確かにそう聞こえた気がする。
それに――セレスティア?
頭の中で言葉がぐるぐると回る。
謁見の間のざわめきも、どこか遠くの音のように聞こえていた。
「……エレノア嬢?」
陛下の声で、ようやく我に返る。
「あ、はい!」
私は慌てて姿勢を正した。
けれど、頭の整理はまったく追いついていない。
「えっと……あの……」
どう言葉にすればいいのかわからず、しどろもどろになってしまう。
すると陛下はくすりと笑った。
「そんな顔をすると思っておった」
周囲の貴族たちも、どこか微笑ましそうにこちらを見ている。
「安心せよ。いきなりすべてを背負わせるつもりはない」
陛下はそう言ってから続けた。
「伯爵としての屋敷や体制については、後日正式に整える予定だ」
「えっ……屋敷まで……?」
思わず小さく声が出てしまう。
「うむ。伯爵が屋敷を持たぬわけにもいくまい」
さらりと言う陛下。
……いや、確かにそうかもしれないけれど。
「場所は王都になる予定だ。錬金術が続けやすいよう配慮させる」
その言葉に、私は思わずぽつりと呟いた。
「……錬金術、続けていいんですか?」
陛下は一瞬きょとんとしたあと、小さく笑った。
「当然だろう」
「むしろ、お主には今まで通りでいてもらわねば困る」
「え?」
「余が望んでおるのは、格式ばった伯爵ではない」
陛下は穏やかな目で私を見る。
「民のために動き、好奇心のまま錬金術を磨き、
困っている者を放っておけぬ――」
「今のお主のままでいてくれれば、それでよい」
その言葉を聞いて、私はようやく少し肩の力が抜けた。
「……ありがとうございます」
小さく頭を下げる。
正直なところ、まだ状況はよくわかっていない。
けれど――
どうやら私は。
いつの間にか。
伯爵になってしまったらしい。
そして後日。
王都のとある場所に、セレスティア伯爵家の屋敷が用意されることになるのだが――
その時の私は、まだ知らなかった。
それが、今住んでいる屋敷よりもずっと大きな屋敷になるということを。
――その事実を知って、再び驚くことになるのは、もう少し先の話である。




