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転生したら錬金術が得意な貴族家の女の子でした  作者: 双葉アリア
第一章 幼少期編

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74話 王国の要請、毒の町㉑

鉄砲魚の流通再開後、街の人々の雰囲気は、以前の殺伐としたものから穏やかなものへと変わっていった。


市場の屋台や商店では鉄砲魚が販売され、それを購入する街の人々の姿が見られるようになった。


今でも時々、鉄砲魚に当たった人が出たり、正体不明の鉄砲魚が捕獲されて調査を行うことはあるものの、基本的にはほとんど暇な状態になっていた。


「エレノア様! 強力解毒ポーションを売ってくれ!」


「わかりました!」


以前は、鉄砲魚に当たった患者を一度に治療するため、病院と協力して対応していたが、現在はヘルガーさんのアトリエで調合してから販売する方式へと変わった。


これも鉄砲魚の調査が成功したからこそ実現したことなのだろう。


私は棚から瓶を取り出し、男へ手渡した。


「こちらになります」


「助かるよ」


男はほっとしたように息をつき、代金を差し出す。


「最近は前より安心して食えるようになったとはいえ、やっぱり用心はしておきたいからな」


「そうですね。念のため持っておくのは大切だと思います」


代金を受け取り、ポーションを渡すと、男は大事そうに瓶を持った。


「ありがとう、エレノア様」


そう言って男はアトリエを出ていく。


扉の向こうからは、市場の賑やかな声が聞こえてきた。


魚を売る声や客とのやり取り、行き交う人々の足音。


少し前までの緊張感が嘘のように、街にはいつもの日常が戻っていた。


「落ち着きましたね」


近くで帳簿を見ていたメルが、ふと呟く。


「そうですね」


私は窓の外を眺めながら答えた。


港町バレンシアは、今日も穏やかな空気に包まれていた。


「ちょっと前までは毎日のように解毒ポーションを買いに来る人が大勢来たのにね」


背後から、ヘルガーさんがしみじみとした声で言った。


「そうですね」


私は苦笑しながら頷く。


「あの頃は本当に大変でした」


鉄砲魚に当たった人が次々と運ばれてきて、解毒ポーションはすぐになくなる。


補充しても補充しても追いつかず、街中がどこか張り詰めた空気に包まれていた。


「まあ、今は落ち着いたってことさ」


ヘルガーさんはそう言いながら、棚の瓶を見回した。


「必要な時に買いに来るくらいが、ちょうどいいのかもしれないね」


私は小さく頷き、もう一度窓の外へ視線を向けた。


市場では今日も鉄砲魚が並び、人々が普通に買い物をしている。


漁師たちの声や、客の笑い声も聞こえてきた。


少し前までの騒動が嘘のように、街には穏やかな日常が戻っていた。


それから数日が過ぎた。


鉄砲魚の調査も一通り落ち着き、バレンシアでの仕事はほとんど終わりを迎えていた。


そして――今日は滞在最終日だった。


午後の柔らかな日差しが、アトリエの窓から差し込んでいる。


私は机の上に広げられた資料をまとめながら、小さく息をついた。


「いよいよ今日で最後ですね」


そう言うと、近くで作業をしていたヘルガーさんが顔を上げた。


「そうだね」


短く答えたあと、少しだけ笑う。


「まさか、こんなに賑やかな日々になるとは思わなかったよ」


「私もです」


バレンシアに来たばかりの頃は、鉄砲魚の騒動で街中が混乱していた。


あの頃のことを思うと、今の穏やかな空気が不思議に感じられる。


しばらく沈黙が流れたあと、ヘルガーさんがふと思い出したように口を開いた。


「そうだ、エレノア」


「はい?」


「ここを離れる前に、一つ教えておこうか」


私は首を傾げる。


「教える、ですか?」


「ああ」


ヘルガーさんは机の上に置かれていた小さな金属の欠片を手に取った。


「錬成のやり方さ」


その言葉を聞いて、私は思わず目を見開いた。


「錬成、ですか?」


「そうさ」


ヘルガーさんは軽く頷く。


「錬金術をやっているなら、いずれ覚えておいた方がいい技術だからね」


そう言いながら、ヘルガーさんは材料を机の上へと並べていく。


「錬成は調合とは少し違う。


素材を混ぜるんじゃなくて、素材そのものの性質を組み替える技術だ」


私はその手元をじっと見つめた。


「難しいんですか?」


「最初はね」


ヘルガーさんは笑う。


「でも、エレノアなら覚えられるさ」


そう言って、ゆっくりと手順を説明し始めた。


「錬成はこの錬成釜を使う。素材を入れた後、錬金魔法で素材を溶かす。


これが基本だ」


ヘルガーさんはそう言いながら、机の横に置かれていた錬成釜を軽く叩いた。


「調合みたいに混ぜるんじゃない。


一度“溶かして”から、素材の性質を整えていくんだ」


「溶かす……」


私は小さく呟く。


「そうさ」


ヘルガーさんは頷いた。


「素材の形を一度崩して、そこから目的の形に作り直す。


だから錬成って言うんだ」


そう言いながら、素材の置き方や魔力の流し方を一つ一つ説明していく。


「魔力は強く流しすぎないこと。

素材の反応を見ながら、ゆっくり調整するんだ」


私はその言葉を逃さないように、真剣に聞いていた。


するとヘルガーさんは、机の上に置かれていた素材をいくつか手に取った。


「それと、もう一つ大事なのが素材選びだ」


「素材選び、ですか?」


「ああ」


ヘルガーさんは素材を見比べながら言う。


「錬成は素材の性質を組み替える技術だ。


だから、素材そのものが良くなければ意味がない」


そう言って、二つの似た素材を並べた。


「例えば、同じ種類の素材でも状態が違えば結果は変わる。


質の悪い素材を使えば、十分な効果は出ないし、品質も落ちる」


私は静かに頷く。


「品質にも影響するんですね」


「それだけじゃない」


ヘルガーさんは指を一本立てた。


「素材同士の相性も重要だ」


「相性、ですか?」


「そうさ」


ヘルガーさんは並べた素材を指し示す。


「それぞれの素材には性質がある。


その性質が噛み合っていれば、錬成はうまくいく。


だが相性が悪ければ、効果が弱くなったり、品質が落ちたりする」


私は素材を見つめながら、その言葉を頭の中で整理していく。


「だから錬金術師は、素材を見る目も鍛えないといけない」


ヘルガーさんは穏やかに言った。


「いい素材を選び、相性を見極めて、正しい手順で錬成する。


それができて初めて、いい結果が出るんだ」


「はい」


私はしっかりと頷いた。


「とりあえずやってみなさい。


何事も実際にやって覚えるのが重要だからね」


ヘルガーさんはそう言いながら、エプロンとかなり長い棒を私に差し出した。


「失敗を恐れなくたっていい。


最初は失敗して、そこから覚えるもんさ」


「わかりました!」


机の上に並べられた銀と、もう一つの石。


石の方は見たことがなく、私は意識を集中させた。


【鑑定結果】

名前:魔法石

品質:標準品質

備考:魔法の威力を高める力を秘めた石

   銀との相性が良くアクセサリーに最適


「魔法石だね」


ヘルガーさんが横から覗き込みながら言う。


「銀との相性がいい素材だ。錬成の練習にはちょうどいい」


私は小さく頷き、錬成釜の前に立った。


「まずは釜に火をつける」


ヘルガーさんの言葉に従い、私は錬成釜へと火を入れる。


しばらくすると、釜の底からじわりと熱が伝わり始めた。


「火力は魔力で調整するんだ」


ヘルガーさんが続ける。


「強すぎれば素材を痛めるし、弱すぎればうまく溶けない。


魔力を流して、火の強さを整える」


私は釜へ意識を向けながら、ゆっくりと魔力を流した。


火の勢いが、わずかに変化するのがわかる。


「その調子だ」


ヘルガーさんが頷く。


私は銀と魔法石を釜の中へ入れた。


やがて、銀がゆっくりと形を崩し始める。


魔法石も表面から溶け、淡い光を帯びた液体へと変わっていった。


「ここからが大事だ」


ヘルガーさんが言う。


「その棒で攪拌する。


魔力を込めながら、均一に溶かしていくんだ」


私は渡された長い棒を手に取り、ゆっくりと釜の中をかき混ぜ始めた。


銀の液体と、淡く光る魔法石の溶液がゆっくりと渦を作る。


そこへ魔力を流し込みながら、慎重に混ぜ合わせていく。


「焦らなくていい」


ヘルガーさんの声が聞こえる。


「しっかり溶かして、均一に混ざり合うようにするんだ」


私は釜の中へ意識を集中させた。


金属が溶ける独特の感覚。


魔法石の魔力が、銀の中へと広がっていく感触。


二つの素材が、少しずつ一つになっていく。


釜の中の液体は、やがて淡い光を帯びた銀色へと変わっていった。


私は棒を動かし続けながら、ゆっくりと魔力を流し込む。


銀と魔法石の力が混ざり合い、安定し始めているのがわかった。


「いい感じだ」


ヘルガーさんが静かに言う。


釜の中の液体は、なめらかな輝きを放ちながら静かに揺れていた。


「そろそろいい頃合いのようだ。


後は釜を傾けてインゴットにすれば完成だ」


ヘルガーさんはそう言うと、インゴットの型を流れてくる部分に置き、溶けた金属を流し込んだ。


とろりとした銀色の液体が、細い流れとなって型の中へ注がれていく。


淡く光るそれは、まるで静かな川のようにゆっくりと広がっていった。


やがて型の中が満たされ、流れは止まる。


「後は粗熱を取れるまで待つ。


じゃなきゃ良し悪しなんてわかりやしないからね。


こればっかりはゆっくり待つのが大事さ」


私は頷きながら、型の中を覗き込んだ。


まだ表面は柔らかく、わずかに光を帯びている。


ほんのりとした熱が周囲の空気を揺らしていた。


アトリエの中には、静かな時間が流れる。


外からは市場の賑やかな声が聞こえてくるが、ここだけはどこか落ち着いた空気に包まれていた。


「錬成って、こういう感じなんですね」


私は小さく呟いた。


「そうさ」


ヘルガーさんは腕を組みながら型を見つめる。


「調合とはまた違った面白さがあるだろう?」


「はい」


私は素直に頷いた。


銀と魔法石が溶け合い、一つの形へと変わっていく過程。


その不思議な感覚は、まだ手の中に残っている気がした。


しばらくすると、型の中の金属はゆっくりと落ち着き始めていた。


「どれどれ……」


ヘルガーさんが完成したインゴットを手に取り、状態を確認し始めた。


「こ……これは……」


思わず言葉を詰まらせたような声が漏れる。


私は少し不安になりながら尋ねた。


「な、何か問題がありましたか?」


ヘルガーさんはインゴットを光にかざし、角度を変えながらじっと見つめている。


銀色の表面には、かすかに魔法石の光が溶け込むように残っていた。


「いや……」


ヘルガーさんはゆっくりと首を振る。


「問題どころじゃないね」


そう言いながら、こちらへインゴットを差し出した。


「見てごらん」


私はそれを受け取り、意識を集中させる。


【鑑定結果】

名前:魔銀インゴット

品質:高品質

備考:魔法石の力を取り込んだ銀

   魔力伝導率が高く、魔道具やアクセサリーの素材として優れている


私は思わず目を見開いた。


「高品質……?」


ヘルガーさんはしばらく黙ったままインゴットを見つめ、それから小さく笑った。


「参ったね」


「え?」


「これ、あたしが作るより出来がいい」


私は思わず固まった。


「えっ!?」


ヘルガーさんは肩をすくめる。


「普通、初めての錬成なら品質は落ちるもんさ。


形が崩れたり、性質がうまく混ざらなかったりしてね」


そう言いながら、インゴットを軽く叩く。


「でもこれは違う。


溶け方も均一だし、魔法石の力も綺麗に銀に乗ってる」


ヘルガーさんは少し考えるように顎に手を当てた。


「これは……王都の古い知り合いの鍛冶師と組ませたら面白そうだ」


「鍛冶師、ですか?」


「ああ」


ヘルガーさんは頷く。


「素材を作る錬金術師と、それを形にする鍛冶師。


相性が良ければ、とんでもない物が出来ることもある」


そう言いながら、もう一度インゴットを眺める。


「これだけの素材が作れるなら、あいつもきっと喜ぶだろうね」


私は手の中のインゴットを見つめた。


銀色の表面には、魔法石の力が静かに溶け込んでいる。


「まあ」


ヘルガーさんは軽く笑う。


「機会があったら紹介してやるよ」


「ぜひ会ってみたいです」


私がそう答えると、ヘルガーさんは満足そうに頷いた。


「そのうち手紙を送るよ。あいつも腕のいい錬金術師がいると聞いたら大喜びしそうだ」


私は手の中のインゴットをもう一度見つめた。


錬成して生まれたばかりの銀は、まだほんのりと温かく、淡い光を帯びている。


「今日は色々教えてくださってありがとうございました」


私がそう言うと、ヘルガーさんは肩をすくめた。


「気にすることはないさ。面白いもんを見せてもらったしね」


そう言ってから、ふと思い出したように続けた。


「そうだ、明日はもう王都に戻るんだったね」


「はい」


「短い間だったけど、ずいぶん賑やかな日々だったよ」


ヘルガーさんはそう言いながら、アトリエの中を見回した。


ここでポーションを作ったり、鉄砲魚の解毒薬を調合したり、そして今は錬成まで教えてもらった。


思い返すと、あっという間の時間だった気がする。


「王都に戻っても錬成は続けなさい」


「はい、頑張ります」


「まあ、あんたならすぐ慣れるさ」


ヘルガーさんはそう言って笑った。


午後の光がアトリエの床に長く伸びている。


こうして、バレンシアで過ごす最後の一日は静かに終わっていった。


そして翌日――。


王都へ戻る日。


港へ向かうと、そこには予想していたよりも多くの人が集まっていた。


「エレノア様ー!」


「世話になったな!」


「調査、助かったぞ!」


漁師たちや市場の人たちが口々に声をかけてくる。


私は驚きながらも、何度も頭を下げた。


「こちらこそ、たくさん協力していただいてありがとうございました!」


鉄砲魚の騒動で張り詰めていた街の空気は、もうどこにもない。


港には、いつもの活気と穏やかな空気が戻っていた。


「体には気をつけるんだよ」


後ろから聞き慣れた声がした。


振り返ると、ヘルガーさんが腕を組んで立っていた。


「はい。ヘルガーさんもお元気で」


「今度王都に戻ったら、例の話も進めておくよ」


「ありがとうございます」


ヘルガーさんは軽く手を振る。


「またいつでもバレンシアに来な」


船の出発を知らせる声が港に響いた。


「エレノア様、そろそろです」


騎士さんに声をかけられ、私は最後にもう一度港の方を見た。


漁師たちや街の人たち、そしてヘルガーさんが手を振っている。


私も大きく手を振り返した。


こうして私たちは、港湾都市バレンシアを後にした。

港湾都市バレンシア編これにて完結です!

次回は閑話を投稿します。

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