表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
転生したら錬金術が得意な貴族家の女の子でした  作者: 双葉アリア
第一章 幼少期編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

57/95

閑話 影の護衛

ーー二日前


「エレノア・フォン・レーヴェン、並びにその家族。そしてミストルティン様の護衛任務を命ずる」


低く響く声が、石造りの広間に静かに反響した。


「御意」


一斉に膝をついた影たちが、短く応じる。


彼らは王族直属の諜報機関。

表の歴史には決して記されることのない、王都の“影”である。


齢六歳。


それが、エレノア・フォン・レーヴェンという少女の年齢だ。


しかしその実力は、常識の枠を遥かに逸脱している。

卓越した錬金技術により、王城で使用されるポーションの大半は、すでに彼女の製作したものへと置き換わっていた。


国家戦略物資の供給源。

それが、たった一人の少女。


当然、目を付ける愚か者も現れた。


どこぞの愚かな貴族と、その取り巻きども。


もっとも——

その一味は、すでにこの世にいない。


王命のもと、速やかに処断された。


影は感情で動かない。

ただ、国家の脅威を排除しただけだ。


数ヶ月前に発生した誘拐未遂事件——

その一件以降、王都最高水準の極秘護衛が密かに配置されている。


対象はエレノア本人のみならず、その家族。


任務は単純。


命に代えてでも、護衛対象を守り抜くこと。

それ以上でも、それ以下でもない。


——だが。


今回の任務には、異例があった。


護衛対象に「神族」と称される存在が含まれている。


陛下より直々に手渡された極秘文書。

そこには、エレノア嬢およびレーヴェン子爵家の子供たち、そして魔法を司る存在——ミストルティン様と共に、郊外での“キャンプ”を行うと記されていた。


「……場所次第では、護衛難易度が跳ね上がるな」


誰ともなく、低く呟く。


神族を守る。


それは単なる護衛任務ではない。

万一にも失敗すれば——国家の存亡に関わる。


責任を取る、などという生易しい話では済まない。


首が飛ぶ。

それで終われば、まだ温情だ。


影は失敗を許されない。


だからこそ、存在している。


「第一隊《常闇》は現地に展開。護衛対象に随伴せよ。

 第三隊《宵闇》は屋敷を固守。警戒を最大まで引き上げろ」


「「はッ!」」


命令と同時に、影は散った。


音もなく。

気配すら残さず。


王都最高峰の諜報部隊が、動き出す。


ーー二日後。


当日の護衛任務は、概ね順調に進行していた。


唯一の想定外は、魔法を司る存在——ミストルティン様が一時的にエレノア嬢の傍を離れたこと。


だが、それも即座に補正される。


第一隊《常闇》は対象に随伴し、周囲百メートル圏内を完全封鎖。

第三隊《宵闇》は屋敷を厳重警戒下に置く。


進行ルート上の魔物は事前に殲滅済み。

残存反応も逐次排除。


不審人物の洗い出しは前日までに完了。

監視対象は全員所在確認済み。


罠、呪術痕、魔力残滓——異常なし。


そして。


第二隊《月影》は広域にて待機。

第四隊《黒陰》は即応態勢を維持し、事態急変時の介入に備えている。


二重三重の包囲網。


完璧だった。


少なくとも——影の計算上は。


だが——ここで重大な異常が発生する。


それは、護衛対象が夕食を終えた直後のこと。


交代要員との接触のため、第一隊が視線を切った時間は僅か数秒。


訓練された動作。

死角はない。

感知網も維持されている。


そのはずだった。


次の瞬間。


対象の気配が、消えた。


焚き火は燃えている。

食器は温かいまま。

椅子も、荷物も、そのまま。


だが——


エレノア・フォン・レーヴェン。

その家族。

ミストルティン様。


護衛対象全員が、現地キャンプ場から完全に消失していた。


転移反応なし。

魔力波動なし。

物理的痕跡なし。


影の包囲網を嘲笑うかのように。


“そこにいた”という事実だけを残して。


「……状況を報告しろ」


声は静かだった。


だが、報告を受けた瞬間——

その場の全員が、息を呑んだ。


「第一隊《常闇》は即座に周辺を完全封鎖。

現場の保全と証拠確保を最優先とする。」


「第三隊《宵闇》は屋敷へ緊急伝令を飛ばし、警戒レベルを最大へ引き上げ。

同時に一部精鋭を現地へ急行させ、捜索網を展開。」


「第二隊《月影》、第四隊《黒陰》へ緊急招集命令。」


数十秒後。


王城へ、最優先符号の報告が上がる。


——護衛対象、全員消失。


玉座の間に、重い沈黙が落ちた。


誰も、言葉を発せない。


陛下は、ゆっくりと立ち上がる。


その眼に浮かんでいたのは、怒りでも動揺でもない。


——理解不能という事実。


「王国全域、第一級厳戒態勢へ移行せよ」


命令は、静かに発せられた。


それが、余計に恐ろしかった。


城門は封鎖。

転移門は凍結。

主要街道は即時検問。


各地の駐屯騎士団へ緊急通達。

辺境砦にも封鎖命令が走る。


第三隊の増援が現地へ到達。

索敵結界を再展開し、地上・地下・上空の三層捜索を開始。


それでも——


何も見つからない。


魔力反応、なし。

空間歪曲、なし。

術式残滓、なし。


痕跡すら、ない。


影が見失った。


それはすなわち——


国家が、“理解できない何か”に触れたということだった。


張り巡らされた警戒網の中、陛下は即座に次の指示を下す。


「第一隊は、引き続き付近を徹底捜索せよ。わずかな違和感も見逃すな」


「第二隊は王国北部および西部を担当。街道・砦・転移拠点を重点的に洗え」


「第三隊は王都内を完全封鎖。地下水路、旧区画、貴族街まで全域を確認せよ」


「第四隊は南部と東部を担当。辺境騎士団と連携し、封鎖線を敷け」


間を置かず、命令は続く。


「報告は最短間隔で上げろ。独断専行は許可する。ただし——必ず生きて戻れ」


静かな声だった。


だが、その一言が、場にいた全員の背筋を凍らせる。


国家総力による捜索が、今、始まった。


それから一時間が経過した。


——未だ、発見報告なし。


各地から上がるのは「異常なし」の定型報告のみ。

魔導索敵も、結界網も、成果はゼロ。


次第に、場の空気が変わり始める。


焦燥。


それは誰も口にしないが、確実に広がっていた。


影ですら掴めない。


国家総力をもってしても、痕跡すら得られない。


その事実が、静かに恐怖へと変わりつつあった——そのとき。


「——報告!!」


伝令が玉座の間へ駆け込む。


「キャンプ地にて——護衛対象を確認!!」


空気が、止まった。


「……確認は確実か」


「はっ! 複数名による目視確認済み! 魔力照合も一致! 負傷なし!」


一瞬。


そして——


玉座の間に、張り詰めていた緊張が、音を立てて崩れた。


その場の者たちが、はっきりと分かるほど安堵の表情を浮かべる。


陛下は目を閉じる。


ゆっくりと、息を吐いた。


それは、今日初めての安堵の呼吸だった。


「……全隊に通達。第一級厳戒態勢は維持。ただし捜索規模を縮小。詳細確認を最優先とする」


声は、変わらず静か。


だが、その奥に滲むものは明らかだった。


——戻ってきた。


国家を揺るがす“空白”は、ひとまず終わったのだ。


玉座の間に、ようやく人の温度が戻る。


それでも。


誰もが理解していた。


なぜ消え、なぜ戻ったのか。


その答えは、まだ何一つ分かっていないのだと。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ