38話 負けられない台所戦争①
ーー屋敷・実験室
昼下がりの柔らかな陽光が、窓から差し込んで実験台を照らしていた。
本来なら薬品や魔法素材が並ぶはずの机の上には、分厚い料理本が何冊も積み上げられている。
「……さて、どう攻めようかな」
料理自体は問題ない。
屋敷の厨房で手伝うこともあるし、基本的なものなら一通り作れる。
けれど今回は、屋敷内・新作メニュー開発コンテスト。
ただ“美味しい”だけでは勝てない。
見た目、話題性、そして何より――印象に残る一皿。
ページをめくりながら、私は静かに考える。
甘味で攻めるか。
それとも、意外性のある一品か。
「……独創性、ね」
錬金術と同じだ。
素材の組み合わせ次第で、結果は大きく変わる。
実験開始、といこうか。
まず初めに料理の方向性を決めることにした。
お題は「夕食に出てきたら嬉しいもの」ということで決まっていた。
お題さえ決まっていればあとは簡単――と思っていたが、この世界では制約が多く意外にもメニューを決めるのに時間がかかっていた。
私たちのチームは、ルーカスお兄様とアメリアお姉さまとメルとカイル。
「夕食で嬉しい、となると……やはり肉料理ではないか?」
腕を組みながら真面目に考えるルーカスお兄様。
如何にも男の子という意見だ。
「お肉ねー、私は野菜を使った料理がいいわね」
「俺は、大人も子供も喜ばれそうなメニューの方がいいと思います。」
「私もカイル君に賛成です!!」
……見事に意見が割れた。
「大人も子供も喜ばれるメニューって例えばどういうのを考えているのかい?」
ルーカスお兄様が顎に手を当てながら問いかける。
「やっぱりローストとか、パイとか、包み焼きとかがいいかと……」
少し遠慮がちにカイルが答える。
確かに、どれも王道だ。
「確かに大人も子供も好きだけど、ありきたりじゃないかしら?」
アメリアお姉さまが涼やかに言う。
その言葉に、空気が少しだけ引き締まった。
「確かにありきたりではあるけど、工夫次第ではいけると思うのですが……」
カイルは真面目な顔のまま言い返す。
その姿勢は嫌いじゃない。
「でも、工夫したところでやっぱりありきたりじゃないかなー」
ルーカスお兄様は肩をすくめる。
肉料理に絶対的な自信がある分、“普通”という評価が気に入らないらしい。
「工夫は大事ですよ?」
メルがじとっとした目でルーカスお兄様を見上げる。
「同じ材料でも、作り方でぜんぜん違う味になるんですから!」
「む……」
小さな反論に、ルーカスお兄様が言葉を詰まらせる。
私はくすりと笑った。
「メルの言う通りよ。料理は理論と発想次第で別物になる」
「例えば?」
挑むような視線が向けられる。
「ローストでも、外は香ばしく、中は驚くほど柔らかく仕上げる方法があるわ」
「どうやって?」
カイルが身を乗り出す。
「低温でじっくり火を通してから、最後に高温で表面だけ焼き上げるの」
「二段階加熱か」
ルーカスお兄様がすぐに理解する。
「それだけで、食感は劇的に変わるわ」
さらに私は続ける。
「パイなら、中の具材を二層にして味の変化をつける。包み焼きなら、開けた瞬間に香りが広がる仕掛けを作る」
アメリアお姉さまが優雅に頷く。
「確かに、それは“ありきたり”とは言い難いわね」
ルーカスお兄様は腕を組み直した。
「じゃあそういうエレノアは何を考えているのさ!」
「私? 私も大体はメルとカイルの意見と同じですよ? 視点が違うだけで」
「視点?」
アメリアお姉さまが静かに問い返す。
私は机の上に並ぶ材料を指で軽くなぞった。
「ローストも、パイも、包み焼きも悪くありません。ただ――」
一拍置く。
「“主役を何にするか”の視点が少し違うだけです」
「肉じゃないのか?」
ルーカスお兄様が即座に言う。
「肉は大事です。でも主役は“体験”です」
「体験?」
メルが首を傾げる。
「夕食って、一日の終わりですよね。疲れて帰ってきて、席に着いて、蓋を開けた瞬間――香りが広がる。切った瞬間、湯気が立つ。口に入れたら驚く」
私は指をぱちんと鳴らした。
「その“わあ”っていう瞬間が主役なんです」
カイルの目が少し大きくなる。
「つまり、味だけじゃない……」
「そう。演出込みの料理」
アメリアお姉さまがくすりと笑った。
「確かに、それならありきたりとは言えないわね」
ルーカスお兄様はまだ腕を組んだままだが、興味は隠せていない。
「で? 具体的には?」
私はにやりと笑った。
「私はね、みんなの意見に合うメニューを作るのはどうかなって思ってるわよ」
「……全員の?」
ルーカスお兄様が眉を上げる。
「ええ。肉も使うし、野菜も主役級にする。そして大人も子供も喜ぶ味付けにするの」
「そんな都合のいい料理があるのかしら?」
アメリアお姉さまが興味深そうに問い返す。
私は机の上の紙にさらさらと図を描き始めた。
「まず、満足感のある肉料理。これはルーカスお兄様の意見」
大きく肉の絵。
「でも、ただの塊ではなく、野菜をたっぷり添える……いいえ、添えるだけじゃない」
「主役級に、ですか?」
カイルが身を乗り出す。
「ええ。甘みのある野菜を一緒に調理して、肉の旨味を吸わせるの」
メルがこくこくと頷く。
「それならお野菜もおいしくなりますね!」
「そして味付けは、濃すぎず、でも印象に残る甘辛系」
「子供も好きそうだな」
ルーカスお兄様がぽつりと呟く。
私はさらに続ける。
「仕上げに、ちょっとした“ときめき”を足すの」
「ときめき?」
アメリアお姉さまが微笑む。
「例えば、切った瞬間にとろりと流れる卵。あるいは、蓋を開けた瞬間に広がる香り」
一瞬、実験室が静かになる。
「……つまり」
カイルが整理するように言う。
「肉で満足感。野菜で彩りと甘み。味付けは万人向け。そして演出で特別感」
「その通り」
私は胸を張った。
「“全部盛り”よ」
メルがぱっと両手を上げる。
「それ、絶対楽しいです!」
ルーカスお兄様は少し考え、やがて小さく笑った。
「欲張りだな、エレノア」
「研究者ですから」
アメリアお姉さまはゆっくりと頷いた。
「いいわね。でも問題は――形にする方法ね」
「それも心配無用よ」
私は胸を張って言った。
「全部まとめてしまえばいいの」
「……まとめる?」
ルーカスお兄様が怪訝そうな顔をする。
私は机の上の紙をくるりと回し、中央に大きな器の絵を描いた。
「一つの器に、です」
「一皿に盛るということか?」
カイルが首を傾げる。
「いいえ、もっと大胆に」
私はにやりと笑った。
「お米の上に全部乗せるの」
一瞬、沈黙。
「……は?」
ルーカスお兄様が固まる。
「お米の、上?」
アメリアお姉さまが目を瞬かせる。
「肉も、野菜も、ですか?」
「ええ。下に温かいお米。その上に甘辛く味付けした肉。さらに炒めた野菜を重ねて――仕上げに、とろりとした卵を落とす」
「……全部、重ねるの?」
メルの目がきらきらしている。
「混ざり合うことで完成する料理よ」
私は続ける。
「一口ごとに、肉の旨味と野菜の甘み、そして卵のまろやかさが一体になる。しかも器は一つ。食べやすくて、満足感もある」
カイルが静かに呟く。
「合理的ですね……」
「だが、見た目はどうなんだ? 雑多にならないか?」
さすがルーカスお兄様、そこを突く。
「だからこそ配置が重要なの」
私は指で層を描く。
「肉は中央に。野菜は彩りを意識して周囲に。卵は頂点」
「頂点……」
アメリアお姉さまがふっと笑う。
「なるほど。視線誘導ね」
「名前は?」
カイルが尋ねる。
私は少しだけ間を置き、宣言した。
「――丼よ」
「どん?」
「一つの器で完成する、幸福のかたまり」
ルーカスお兄様はしばらく黙っていたが、やがて低く笑った。
「面白い。前例は?」
「ないわ」
即答。
実験室の空気が、ぴんと張りつめる。
「ならば、私たちが最初だ」
アメリアお姉さまの瞳が静かに輝いた。
メルは両手を握りしめる。
「どん、作りましょう!」
「じゃあ次は材料をどうするかだね!」
メルが尻尾をぶんぶん揺らしながら身を乗り出す。
――が。
机の上にあるのは、分厚い料理本が数冊だけ。
「……あれ?」
尻尾がぴたりと止まる。
「材料、ないね」
「当然だろう。ここは実験室だ」
ルーカスお兄様が肩をすくめる。
カイルが軽く咳払いをした。
「まずは“何を使うか”を決めるところからですね」
私は頷き、白紙のページを引き寄せる。
「ええ。実物がなくても設計はできるわ」
アメリアお姉さまが料理本を開いた。
「では仮定で話を進めましょう」
「想像で選ぶんだね!」
メルがすぐに立ち直る。
「まずは主役の肉」
ルーカスお兄様が腕を組む。
「牛か、豚か、鶏か」
「牛は豪華だけど重いわね」
アメリアお姉さまが冷静に言う。
「夕食向けなら、胃に優しい方がいいわ」
「じゃあ豚?」
「悪くないけど、脂が多い部位だと少し重くなるかも」
カイルが真面目に頷く。
私は少し考えてから口を開いた。
「鶏肉がいいと思うわ」
「鶏?」
「ええ。火を通しても柔らかいし、味付け次第で子供にも大人にも受ける。何より、卵との相性が抜群よ」
「……確かに」
ルーカスお兄様が納得したように頷く。
「では鶏で決まりですね!」
メルがぱっと笑う。
私は白紙に“鶏”と書き込む。
「次は野菜ね」
「私は、彩りを考えるならニンジンは必要だと思うわね……」
アメリアお姉さまが穏やかに言う。
「げ! ニンジンいれるのかよ」
ルーカスお兄様の顔が露骨にしかめられた。
「何よその反応」
「いらないだろう、あれは! 甘いし匂いも強いし!」
「子供みたいなこと言わないでください」
カイルが即座に突っ込む。
「子供じゃない!」
「でも好き嫌いはよくないわよ?」
私がさらりと言うと、ルーカスお兄様は腕を組み直した。
「これは好き嫌いの問題ではない。全体の調和の問題だ」
「ただの偏食では?」
「違う!」
実験室に小さな火花が散る。
メルがそっと私の袖を引いた。
「……今回はやめとく?」
私は少し考える。
夕食で“みんなが喜ぶ”がテーマ。
ここで強行突破する意味はない。
「……分かったわ。ニンジンは却下」
「よし」
ルーカスお兄様が即答した。
私は白紙に書きかけた“ニンジン”を二重線で消す。
「では別の方向で考えましょう」
「甘みと香り、両方を補える野菜がいいですね」
カイルが冷静に言う。
私はすぐに答えた。
「ネギよ」
「ネギ?」
「白い部分は甘み、青い部分は香り。鶏とも卵とも相性がいい」
アメリアお姉さまがゆっくり頷く。
「それなら彩りも出せるわね」
ルーカスお兄様も今度は反論しない。
「……それなら異論はない」
メルが嬉しそうに尻尾を揺らす。
「じゃあ野菜はネギで決まりだね!」
私は白紙に大きく“ネギ”と書き込んだ。
これで材料は――
鶏肉、卵、ネギ。
ずいぶん絞られてきた。
「材料は決まったわね」
私は白紙を軽く叩く。
“鶏・卵・ネギ”。
視線が自然と私に集まった。
ルーカスお兄様が顎に手を当てる。
「次は味付けだな」
メルが身を乗り出す。
「甘いの? しょっぱいの? 辛いの?」
カイルが真面目に言う。
「方向性で完成形が大きく変わりますね」
私は、ふっと笑った。
「味付けは――私に任せて」
空気が止まる。
「……は?」
「そこが一番重要だろ」
「配合比率の共有を」
三方向から圧がかかる。
私はさらさらと白紙に何かを書き込み――すっと手で隠した。
「ここから先は秘密」
「えぇぇぇ!?」
メルが机をばん、と叩く。
「隠す理由は?」
ルーカスお兄様がじっと睨む。
「再現性が――」
「完成してからのお楽しみ」
私はにこりと微笑んだ。
「鶏の旨味を最大限に引き出して、卵が絡んだ瞬間に完成する味」
「抽象的すぎる!」
「企業秘密よ」
「だから企業って何だ!」
アメリアお姉さまがくすりと笑う。
「自信があるのね?」
「もちろん」
私は胸を張る。
「食べた瞬間、全員黙るわ」
ルーカスお兄様が鼻で笑う。
「そこまで言うなら期待してやる」
実験室の空気が、ぴんと張りつめる。
設計は整った。
味だけが――まだ誰にも明かされていない。




