表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
転生したら錬金術が得意な貴族家の女の子でした  作者: 双葉アリア
第一章 幼少期編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

43/95

38話 負けられない台所戦争①

ーー屋敷・実験室


昼下がりの柔らかな陽光が、窓から差し込んで実験台を照らしていた。


本来なら薬品や魔法素材が並ぶはずの机の上には、分厚い料理本が何冊も積み上げられている。


「……さて、どう攻めようかな」


料理自体は問題ない。

屋敷の厨房で手伝うこともあるし、基本的なものなら一通り作れる。


けれど今回は、屋敷内・新作メニュー開発コンテスト。


ただ“美味しい”だけでは勝てない。

見た目、話題性、そして何より――印象に残る一皿。


ページをめくりながら、私は静かに考える。


甘味で攻めるか。

それとも、意外性のある一品か。


「……独創性、ね」


錬金術と同じだ。

素材の組み合わせ次第で、結果は大きく変わる。


実験開始、といこうか。


まず初めに料理の方向性を決めることにした。

お題は「夕食に出てきたら嬉しいもの」ということで決まっていた。


お題さえ決まっていればあとは簡単――と思っていたが、この世界では制約が多く意外にもメニューを決めるのに時間がかかっていた。


私たちのチームは、ルーカスお兄様とアメリアお姉さまとメルとカイル。


「夕食で嬉しい、となると……やはり肉料理ではないか?」


腕を組みながら真面目に考えるルーカスお兄様。

如何にも男の子という意見だ。


「お肉ねー、私は野菜を使った料理がいいわね」


「俺は、大人も子供も喜ばれそうなメニューの方がいいと思います。」


「私もカイル君に賛成です!!」


……見事に意見が割れた。


「大人も子供も喜ばれるメニューって例えばどういうのを考えているのかい?」


ルーカスお兄様が顎に手を当てながら問いかける。


「やっぱりローストとか、パイとか、包み焼きとかがいいかと……」


少し遠慮がちにカイルが答える。

確かに、どれも王道だ。


「確かに大人も子供も好きだけど、ありきたりじゃないかしら?」


アメリアお姉さまが涼やかに言う。

その言葉に、空気が少しだけ引き締まった。


「確かにありきたりではあるけど、工夫次第ではいけると思うのですが……」


カイルは真面目な顔のまま言い返す。

その姿勢は嫌いじゃない。


「でも、工夫したところでやっぱりありきたりじゃないかなー」


ルーカスお兄様は肩をすくめる。

肉料理に絶対的な自信がある分、“普通”という評価が気に入らないらしい。


「工夫は大事ですよ?」


メルがじとっとした目でルーカスお兄様を見上げる。


「同じ材料でも、作り方でぜんぜん違う味になるんですから!」


「む……」


小さな反論に、ルーカスお兄様が言葉を詰まらせる。


私はくすりと笑った。


「メルの言う通りよ。料理は理論と発想次第で別物になる」


「例えば?」


挑むような視線が向けられる。


「ローストでも、外は香ばしく、中は驚くほど柔らかく仕上げる方法があるわ」


「どうやって?」


カイルが身を乗り出す。


「低温でじっくり火を通してから、最後に高温で表面だけ焼き上げるの」


「二段階加熱か」


ルーカスお兄様がすぐに理解する。


「それだけで、食感は劇的に変わるわ」


さらに私は続ける。


「パイなら、中の具材を二層にして味の変化をつける。包み焼きなら、開けた瞬間に香りが広がる仕掛けを作る」


アメリアお姉さまが優雅に頷く。


「確かに、それは“ありきたり”とは言い難いわね」


ルーカスお兄様は腕を組み直した。


「じゃあそういうエレノアは何を考えているのさ!」


「私? 私も大体はメルとカイルの意見と同じですよ? 視点が違うだけで」


「視点?」


アメリアお姉さまが静かに問い返す。


私は机の上に並ぶ材料を指で軽くなぞった。


「ローストも、パイも、包み焼きも悪くありません。ただ――」


一拍置く。


「“主役を何にするか”の視点が少し違うだけです」


「肉じゃないのか?」


ルーカスお兄様が即座に言う。


「肉は大事です。でも主役は“体験”です」


「体験?」


メルが首を傾げる。


「夕食って、一日の終わりですよね。疲れて帰ってきて、席に着いて、蓋を開けた瞬間――香りが広がる。切った瞬間、湯気が立つ。口に入れたら驚く」


私は指をぱちんと鳴らした。


「その“わあ”っていう瞬間が主役なんです」


カイルの目が少し大きくなる。


「つまり、味だけじゃない……」


「そう。演出込みの料理」


アメリアお姉さまがくすりと笑った。


「確かに、それならありきたりとは言えないわね」


ルーカスお兄様はまだ腕を組んだままだが、興味は隠せていない。


「で? 具体的には?」


私はにやりと笑った。


「私はね、みんなの意見に合うメニューを作るのはどうかなって思ってるわよ」


「……全員の?」


ルーカスお兄様が眉を上げる。


「ええ。肉も使うし、野菜も主役級にする。そして大人も子供も喜ぶ味付けにするの」


「そんな都合のいい料理があるのかしら?」


アメリアお姉さまが興味深そうに問い返す。


私は机の上の紙にさらさらと図を描き始めた。


「まず、満足感のある肉料理。これはルーカスお兄様の意見」


大きく肉の絵。


「でも、ただの塊ではなく、野菜をたっぷり添える……いいえ、添えるだけじゃない」


「主役級に、ですか?」


カイルが身を乗り出す。


「ええ。甘みのある野菜を一緒に調理して、肉の旨味を吸わせるの」


メルがこくこくと頷く。


「それならお野菜もおいしくなりますね!」


「そして味付けは、濃すぎず、でも印象に残る甘辛系」


「子供も好きそうだな」


ルーカスお兄様がぽつりと呟く。


私はさらに続ける。


「仕上げに、ちょっとした“ときめき”を足すの」


「ときめき?」


アメリアお姉さまが微笑む。


「例えば、切った瞬間にとろりと流れる卵。あるいは、蓋を開けた瞬間に広がる香り」


一瞬、実験室が静かになる。


「……つまり」


カイルが整理するように言う。


「肉で満足感。野菜で彩りと甘み。味付けは万人向け。そして演出で特別感」


「その通り」


私は胸を張った。


「“全部盛り”よ」


メルがぱっと両手を上げる。


「それ、絶対楽しいです!」


ルーカスお兄様は少し考え、やがて小さく笑った。


「欲張りだな、エレノア」


「研究者ですから」


アメリアお姉さまはゆっくりと頷いた。


「いいわね。でも問題は――形にする方法ね」


「それも心配無用よ」


私は胸を張って言った。


「全部まとめてしまえばいいの」


「……まとめる?」


ルーカスお兄様が怪訝そうな顔をする。


私は机の上の紙をくるりと回し、中央に大きな器の絵を描いた。


「一つの器に、です」


「一皿に盛るということか?」


カイルが首を傾げる。


「いいえ、もっと大胆に」


私はにやりと笑った。


「お米の上に全部乗せるの」


一瞬、沈黙。


「……は?」


ルーカスお兄様が固まる。


「お米の、上?」


アメリアお姉さまが目を瞬かせる。


「肉も、野菜も、ですか?」


「ええ。下に温かいお米。その上に甘辛く味付けした肉。さらに炒めた野菜を重ねて――仕上げに、とろりとした卵を落とす」


「……全部、重ねるの?」


メルの目がきらきらしている。


「混ざり合うことで完成する料理よ」


私は続ける。


「一口ごとに、肉の旨味と野菜の甘み、そして卵のまろやかさが一体になる。しかも器は一つ。食べやすくて、満足感もある」


カイルが静かに呟く。


「合理的ですね……」


「だが、見た目はどうなんだ? 雑多にならないか?」


さすがルーカスお兄様、そこを突く。


「だからこそ配置が重要なの」


私は指で層を描く。


「肉は中央に。野菜は彩りを意識して周囲に。卵は頂点」


「頂点……」


アメリアお姉さまがふっと笑う。


「なるほど。視線誘導ね」


「名前は?」


カイルが尋ねる。


私は少しだけ間を置き、宣言した。


「――丼よ」


「どん?」


「一つの器で完成する、幸福のかたまり」


ルーカスお兄様はしばらく黙っていたが、やがて低く笑った。


「面白い。前例は?」


「ないわ」


即答。


実験室の空気が、ぴんと張りつめる。


「ならば、私たちが最初だ」


アメリアお姉さまの瞳が静かに輝いた。


メルは両手を握りしめる。


「どん、作りましょう!」


「じゃあ次は材料をどうするかだね!」


メルが尻尾をぶんぶん揺らしながら身を乗り出す。


――が。


机の上にあるのは、分厚い料理本が数冊だけ。


「……あれ?」


尻尾がぴたりと止まる。


「材料、ないね」


「当然だろう。ここは実験室だ」


ルーカスお兄様が肩をすくめる。


カイルが軽く咳払いをした。


「まずは“何を使うか”を決めるところからですね」


私は頷き、白紙のページを引き寄せる。


「ええ。実物がなくても設計はできるわ」


アメリアお姉さまが料理本を開いた。


「では仮定で話を進めましょう」


「想像で選ぶんだね!」


メルがすぐに立ち直る。


「まずは主役の肉」


ルーカスお兄様が腕を組む。


「牛か、豚か、鶏か」


「牛は豪華だけど重いわね」


アメリアお姉さまが冷静に言う。


「夕食向けなら、胃に優しい方がいいわ」


「じゃあ豚?」


「悪くないけど、脂が多い部位だと少し重くなるかも」


カイルが真面目に頷く。


私は少し考えてから口を開いた。


「鶏肉がいいと思うわ」


「鶏?」


「ええ。火を通しても柔らかいし、味付け次第で子供にも大人にも受ける。何より、卵との相性が抜群よ」


「……確かに」


ルーカスお兄様が納得したように頷く。


「では鶏で決まりですね!」


メルがぱっと笑う。


私は白紙に“鶏”と書き込む。


「次は野菜ね」


「私は、彩りを考えるならニンジンは必要だと思うわね……」


アメリアお姉さまが穏やかに言う。


「げ! ニンジンいれるのかよ」


ルーカスお兄様の顔が露骨にしかめられた。


「何よその反応」


「いらないだろう、あれは! 甘いし匂いも強いし!」


「子供みたいなこと言わないでください」


カイルが即座に突っ込む。


「子供じゃない!」


「でも好き嫌いはよくないわよ?」


私がさらりと言うと、ルーカスお兄様は腕を組み直した。


「これは好き嫌いの問題ではない。全体の調和の問題だ」


「ただの偏食では?」


「違う!」


実験室に小さな火花が散る。


メルがそっと私の袖を引いた。


「……今回はやめとく?」


私は少し考える。


夕食で“みんなが喜ぶ”がテーマ。

ここで強行突破する意味はない。


「……分かったわ。ニンジンは却下」


「よし」


ルーカスお兄様が即答した。


私は白紙に書きかけた“ニンジン”を二重線で消す。


「では別の方向で考えましょう」


「甘みと香り、両方を補える野菜がいいですね」


カイルが冷静に言う。


私はすぐに答えた。


「ネギよ」


「ネギ?」


「白い部分は甘み、青い部分は香り。鶏とも卵とも相性がいい」


アメリアお姉さまがゆっくり頷く。


「それなら彩りも出せるわね」


ルーカスお兄様も今度は反論しない。


「……それなら異論はない」


メルが嬉しそうに尻尾を揺らす。


「じゃあ野菜はネギで決まりだね!」


私は白紙に大きく“ネギ”と書き込んだ。


これで材料は――


鶏肉、卵、ネギ。


ずいぶん絞られてきた。


「材料は決まったわね」


私は白紙を軽く叩く。


“鶏・卵・ネギ”。


視線が自然と私に集まった。


ルーカスお兄様が顎に手を当てる。


「次は味付けだな」


メルが身を乗り出す。


「甘いの? しょっぱいの? 辛いの?」


カイルが真面目に言う。


「方向性で完成形が大きく変わりますね」


私は、ふっと笑った。


「味付けは――私に任せて」


空気が止まる。


「……は?」


「そこが一番重要だろ」


「配合比率の共有を」


三方向から圧がかかる。


私はさらさらと白紙に何かを書き込み――すっと手で隠した。


「ここから先は秘密」


「えぇぇぇ!?」


メルが机をばん、と叩く。


「隠す理由は?」


ルーカスお兄様がじっと睨む。


「再現性が――」


「完成してからのお楽しみ」


私はにこりと微笑んだ。


「鶏の旨味を最大限に引き出して、卵が絡んだ瞬間に完成する味」


「抽象的すぎる!」


「企業秘密よ」


「だから企業って何だ!」


アメリアお姉さまがくすりと笑う。


「自信があるのね?」


「もちろん」


私は胸を張る。


「食べた瞬間、全員黙るわ」


ルーカスお兄様が鼻で笑う。


「そこまで言うなら期待してやる」


実験室の空気が、ぴんと張りつめる。


設計は整った。


味だけが――まだ誰にも明かされていない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ