閑話 東の国から届く香り
ーー王都・市場
ノエルの串焼きを受け取り歩みを進めたころ、一軒のお店の看板が目に入った。
「東果堂……?」
木製の看板には、達筆な文字でそう記されている。
その下には小さく――
【東の国産・輸入食品専門店】
と書かれていた。
私の胸の中に、じわりと期待が広がる。
……異世界物だと必ずと言っていいほど、東の国の食品は和食系の材料が多いのよね……
味噌、醤油、乾麺、海藻、謎の甘い菓子。
場合によっては米まである。
「ねぇ、ここ寄ってもいい?」
「いいわよ」
「東の国産・輸入食品店!? いいねー」
二人の了承を得て、店の前へと向かう。
店頭では、お茶の試飲サービスが行われていた。
小さな机の上に湯気の立つ急須。
店員が手際よく小さな使い捨てカップへと注いでいる。
並んでいる人々は、それを受け取ると口々に感想をこぼした。
「珍しいお茶だな」
「すっきりとした苦みがあっておいしい」
「なんだか癖になる」
……ああ。
この感じ。
なんか前世でも、こんな雰囲気のお店があったわね。
確か――イ〇ンモールとかに入っていたような。
通路は少し狭くて、棚はぎっしり。
入口付近で試飲をやっていて、気づけば店の奥まで吸い込まれているあの感じ。
「どうぞー、東の国の茶葉を使った新作のお茶です」
……やっぱこれ、カル〇ィアコーヒーだよね……
心の中でそっと突っ込みを入れながら、店内へ足を踏み入れる。
扉をくぐった瞬間、ふわりと混ざり合う香り。
茶葉の青さ、乾物の匂い、どこか甘い菓子の気配。
そこには――
前世で散々見てきた食品が、ずらりと並んでいた。
木箱に積まれた米袋。
陶器の壺に入った味噌。
瓶詰めの醤油。
昆布や鰹節といった出汁用の乾物まである。
全てが、前世のスーパーで売っていたものとほとんど変わらない。
……ここ、本当に異世界よね?
「なにこれ?」
隣で目を丸くしているアメリアお姉さま。
視線の先を見ると、色とりどりの包み紙に包まれた丸い菓子が並んでいる。
「ああ、それは練り菓子っていうの」
手に取って説明する。
「お餅の中に、あんことか甘い餡が包まれているお菓子よ。私の前世にもあったわ」
「お餅……?」
「もちもちしてるの。弾力があって、甘くて……」
「へー、てことはここにある食品全部エレノアの前世であったりする……?」
興味津々、といった顔で覗き込んでくる。
「あったっていうか――まんまそのままね」
私は棚に並ぶ瓶をひとつ指で弾いた。
「何なら、私が住んでいた国と同じ。馴染み深いどころじゃないわ。ほぼ地元の味」
「地元……」
アメリアお姉さまが、ゆっくりと店内を見渡す。
味噌樽、醤油瓶、乾麺の束、干し海藻。
端には竹製の蒸籠まで置いてある。
……蒸籠まであるのはやりすぎでは?
「じゃあエレノア、このお店にあるもので料理できるの?」
「できるわよ?」
即答だった。
むしろ、やらせてほしい。
だってここまで揃っているのよ?
味噌汁も、煮物も、焼き魚もいける。
米があるなら最強。白ごはんは正義。
私はゆっくりと米袋を持ち上げる。
ずしり。
……本物だ。
しかも、きちんと精米されている。
粒はふっくらと丸みがあり、欠けも少ない。艶もある。
指先で袋越しに触れるだけで分かる。
これは、間違いなく良い米。
「なんかエレノアが袋を持って固まっているんだけど……」
アメリアお姉さまが冷静に突っ込む。
しかし私は動けない。
だって。
異世界で。
白米が。
炊ける。
――革命である。
その横で、ミストルティン様はというと。
何食わぬ顔で、山のような商品を会計台へと置いていた。
味噌、醤油、乾麺、茶葉、菓子、海藻、謎の調味料。
……あれ、蒸籠まで入ってない?
店員が慣れた手つきで包んでいく。
どうやら本気で買う気らしい。
「これ買う……」
私は米袋をぎゅっと抱えたまま宣言する。
「即決!?」
「うん……」
真顔で頷く。
「だってお米なんて、私の魂に刻まれた物だから!」
一瞬の沈黙。
「魂……」
アメリアお姉さまが遠い目をする。
そのとき。
「なら、これも必要ですな……」
すぐ近くにいた初老の店員が、どこからともなく大事そうに何かを抱えて現れた。
ことり、と会計台に置かれる。
丸みを帯びた白い容器。
上部に蓋。
側面には見慣れた形の取っ手。
「これはお米を炊く専用の魔道具でしてな。魔力を少し流すだけで、誰でも簡単にふっくらとしたお米を味わえる代物ですぞ」
……
……炊飯器??
私はゆっくりと、それを見つめる。
形状。完璧。
蓋の開閉構造。完璧。
底部の厚み。どう見ても加熱構造あり。
横に並んだ小さな刻印。
【早炊】【通常】【保温】
……待って???
保温???
「え、ちょっと待ってください」
思わず素が出る。
「これ、保温って書いてません?」
「ええ。炊き上がった後も温かさを維持できますぞ。忙しい貴族の方々にも好評でして」
完全に炊飯器である。
「それもください……あとお味噌もください」
即断。
店員はにこりと笑った。
「種類はどうしますかな?」
「辛口の赤味噌ってありますか?」
「勿論ですとも」
誇らしげに頷く。
「味噌は地域によって好まれる味が違いますゆえ。まずは試食でもいかがですかな?」
そう言って、小さな匙に少量の味噌をのせて差し出してきた。
艶のある濃い赤褐色。
香りが、ふわりと立ちのぼる。
「こちらは辛口ではありますが、塩辛さは控えめ。すっきりとしたコクと旨味が特徴の味噌でしてな」
私はそっと舐める。
……っ。
舌に広がる発酵の香り。
塩味の角が立たず、丸い。
深い。
「……美味しい」
思わず本音が漏れた。
懐かしい。
胸の奥が、きゅっと締まる。
まさにこの味は、前世でお母さんが使っていた赤味噌にそっくりだった。
「これ……仙台味噌だ……」
ぽろり、と零れた言葉。
「せんだいみそ?」
アメリアお姉さまが首を傾げる。
私ははっとして口を押さえた。
違う。
ここは異世界。
そんな地名は存在しない。
店員は穏やかに説明する。
「こちらは東の国北方で作られる、長期熟成の赤味噌でございます。大豆の風味が強く、色が濃く、コクが深いのが特徴ですな」
北方。
長期熟成。
赤味噌。
……やっぱり似ている。
私は静かに頷いた。
「これにします」
「良いお目利きですな」
包まれていく味噌。
その横で、私は棚の下段に目をやる。
小袋が並んでいる。
【合わせ出汁粉】
昆布と鰹節を粉末状にした出汁。
私は迷わず手に取った。
「あと、これもください」
「ほう、便利な品でございますぞ。お湯に溶かすだけで本格的な旨味が出ます」
「三袋」
「三袋!?」
アメリアお姉さまが驚く。
私は淡々と答えた。
「消耗品よ」
そして小さく付け足す。
「実験室で休憩するとき用」
「実験室?」
「ええ。赤味噌とこれを少し、お湯を注ぐだけで味噌汁になるでしょう?」
炊きたての米は家で。
でも味噌汁は――
研究の合間に。
魔力消費のあとに。
温かい塩気と旨味は、意外と効くのだ。
ミストルティン様が炊飯魔道具を軽く叩く。
「随分と本格的だねー」
「効率重視です」
私は真顔で答える。
「研究に空腹は敵ですし、魔力回復にも塩分は大事です」
完全に理屈で固めているが、本音は別だ。
ほっとしたい。
それだけ。
味噌も、出汁粉も、炊飯魔道具も会計台へ並んでいく。
アメリアお姉さまがくすりと笑う。
「エレノア、本当に好きなのね」
私は少しだけ視線を逸らした。
「……燃料みたいなものよ」
魔力の。
思考の。
そして、心の。
東果堂での買い物は、思った以上に収穫が大きかった。
これで実験室の環境は、さらに快適になる。
そして私は密かに決意する。
――次の長時間実験には、具材も持ち込もう。




