閑話 静観
ーー王城・執務室
「ふぅ……やっと、この大きな事件が片付いた……」
机の上に積み重ねられた書類と報告書が、ここ最近の激務を物語っている。
今回の主犯格、ならびに共犯者たちは、取り調べを終えたのち即時執行を命じた。
苦渋の決断ではあったが、王国の安寧を守るためには必要な処置だった。
私は椅子に深く腰掛け、静かに目を閉じる。
王である以上、迷いを顔に出すわけにはいかぬ。
だが――
ほんのわずかな疲労が、胸の奥に残っていた。
「少し休息が必要だな......」
椅子へもたれかかるように座りなおすと一枚の書類が目に入った。
――エレノア護衛計画書。
今回の事件は、王国史上最大規模とも言える犯罪であった。
その余波は大きく、王国騎士団のみならず近衛騎士団、さらには影の諜報機関までも動員する事態となった。
通常であれば、それで十分すぎる警備体制だ。
……だが、今回は違った。
護衛に加わったのは、王国の人間だけではない。
我ら人間族が「神族」と呼ぶ存在――
世界の均衡を保つ調停者たちが、自ら警備に加わったのだ。
私はゆっくりと指で紙面をなぞる。
神族は本来、人の営みに深く干渉しない。
ましてや一個人の護衛に加わるなど、前例を聞いたことがない。
「……なぜだ」
問いは自然と、あの少女へと向かう。
過去の文献や資料をいくら遡っても、神族が一個人の護衛に加わったという記述は存在しない。
今回の出来事は、まさに異例中の異例と言える。
「……大地の精霊王の愛し子だからか……?」
真っ先に思い至ったのは、それだった。
大地の精霊王が加護を授けた例は、王立図書館の記録によれば七件。
いずれも王侯や大英雄といった、時代を動かした人物たちだ。
だが――
“愛し子”が現れたという記録は、どこにもない。
加護とは違う。
それは、より親密で、より特別な響きを持つ言葉。
「しかし……愛し子だからといって、他の神族までがエレノア嬢に関与するのは出来過ぎだな……」
私は静かに眉を寄せる。
大地の精霊王が特別視するのは理解できる。
だが、他系統の神族までもが同時に動く理由にはならぬ。
神族は互いに干渉を好まない。
それぞれが独立した存在であり、共闘することは極めて稀だ。
にもかかわらず――
今回は複数の神族が、まるで当然のように彼女の周囲に現れた。
「……偶然にしては、重なりすぎている」
現状、エレノア嬢の周囲に確認されている神族。
理を綴る者――魔法の神ミストルティン。
大地を司る存在――大地の精霊王。
そして直接の関与はないが、眷属を差し向けた戦闘の神。
私は静かに目を細める。
「……統一性がない」
魔法。
大地。
戦。
いずれも系統が異なる。
神族は本来、互いの領域に深く干渉しない。
にもかかわらず、三柱が一人の少女を中心に動いている。
偶然では説明がつかぬ。
「ええい! 考え込んでいたら休息にならん!」
私は小さく自嘲し、思考を打ち切る。
書類を机に置き、目を閉じた――その時だ。
ふと、脳裏に蘇る声。
――錬金術再興の最後の砦ともなるエレノアを、死なせるわけにはいかない。
あの時の、理を綴る者の言葉。
そして、もう一つ。
かつて確認した鑑定結果。
――未来を託されし者。
まぶたの裏で、二つの言葉が重なる。
胸の奥が、わずかにざわめいた。
「……」
私はゆっくりと目を開ける。
「……まさか、神族はエレノアの未来を知っているのか……?」
その可能性が、ふと脳裏をよぎる。
ミストルティンの言葉。
鑑定結果。
そして神族の異例の関与。
一瞬だけ、それらが一本の線を成しかけた。
それは、まるでエレノアに大きな使命が託されているかのような構図だった。
だが――
「……いや」
私は小さく首を振る。
「あの時は想定外すぎて深く考えなかった。だが、今になって重要な要素のように見えるのは……私が後付けで意味を与えているだけかもしれぬ」
人は、後からいくらでも線を引ける。
出来事を並べれば、物語は作れてしまう。
だが王は、物語で動いてはならない。
「……憶測だ」
私はそう結論づけ、書類を閉じた。
これ以上考えても、答えは出ぬ。
今は休息を――
コン、コン。
控えめなノックの音が響く。
嫌な予感がした。
「……入れ」
扉が開き、姿を現したのは宰相だった。
その腕には、見覚えのある“厚み”。
「陛下。急ぎの案件がございます」
「……今、か?」
「はい、今でございます」
積み重ねられた書類が、机の上にさらに追加される。
私は天井を仰いだ。
「……休息とは何だったのだ」
宰相は涼しい顔で一礼する。
「王国は陛下のご健勝の上に成り立っております」
「つまり、休むなということか」
「滅相もございません」
休息は、また遠のいた。
私は深く息を吐き、新たな書類へと手を伸ばした。
――王とは、斯くも忙しきものだ。




