30話 錬金術師、罪を暴く薬
あの日から三日ほど経過した、とある昼下がり――。
大地の精霊王様やミストルティン様による継続的な治療のおかげで、心身ともに完全に回復していた。
屋敷には現在、神族や王城からの護衛が多数配置され、厳重な警戒網が敷かれている。
過剰ではないかと思えるほどの人員配置は、いかにあの事件が大きなものだったかを物語っていた。
久しぶりの薬草畑を手入れしていると、声がかけられた。
「よぉ!エレノア嬢、相変わらずマメだな」
振り返ると、神族側から護衛として臨時に派遣された男の人だった。
戦闘を司る神様の眷属だという。
「こんにちはー」
そう挨拶すると、大地の精霊王様もやってきた。
「お前なぁ……護衛対象に馴れ馴れしいんだよ……」
「いいじゃねぇかよ、大地の精霊王!
俺は堅苦しいのが嫌いなんだよ!」
「だからお前、脳みそ金属か……」
「なんだと!?」
二人が言い争う光景に、思わず私は微かに笑ってしまう。
護衛として派遣されたはずの男が、まるで少年のように無邪気に振る舞う姿――
でも、心のどこかで彼の正体を見抜いている自分もいた。
「……本当は神本人なのに、随分と楽しそうね」と、心の中で呟く。
二人が言い争っていると――突然、頭上に金属製の桶が落ちてきた。
「「痛っ!」」
その瞬間、声が響く。
「お前ら、護衛対象の目の前で喧嘩なんかしているんじゃないわよ!」
声のする方向に目を向けると、治療や精神的なケアでお世話になったミストルティン様が、腕を組み、少し呆れた表情で立っていた。
「「すまん……」」
二人は同時に頭を下げる。
頭上に落ちた金属製の桶が、まだ小さく響きを残して床に転がっている。
ミストルティン様の眼差しは冷静だが、どこか微笑を含んでいる。
「……本当に神としての威厳を、少しは考えなさい」
クスっと笑うとミストルティン様はため息をついた
「お前ら、護衛対象が笑っているぞ......
まったく......」
そう言うとミストルティン様は真面目な顔になった。
「エレノアさん、体調とか精神的負担とかない?」
「お陰様で大丈夫そうです!」
「よかった! 今日も変な魔法とか古代魔法の残滓が残ってないか確認させてね」
「今日もですか!? ミストルティン様、さすがに過保護すぎませんか?」
エレノアの言葉に、ミストルティン様も思わず口元を緩める。
「ふふ、まあ、これもエレノアさんのためだからね。油断できないからこそ、私が見張っておかないと!」
親しみと信頼が漂う空気の中で、薬草畑に柔らかな風が吹き抜ける。
少しして解析が終了した。
「うん! 問題なさそうね!」
その言葉に、私はほっと胸を撫で下ろした。
「ところで、大地の精霊王よ。エレノアさんに用があって来たんじゃないの?」
「そういえば、そうだったな……」
大地の精霊王様は真面目な表情をし、用件を伝えた。
「実はだな……エレノアに、とあるものを調合してほしい……」
「とあるもの……ですか?」
「自白剤を調合してほしい」
その言葉に、私は一瞬、手元の作業を止めて精霊王を見上げた。
「え……自白剤ですか……?」
大地の精霊王様は頷き、深刻さを含んだ表情で続ける。
「実はだな、ルドルフとやらが中々口を割らなくて王族も困っているらしいのだ......
私としても、早く魂を冥界に幽閉したいしエレノアを普通の日常に戻したいんだ」
「......ごめんなさい」
その言葉に三人は驚いた
「ごめんなさいって......」ミストルティン様がそう呟き
「エレノア嬢を襲った犯人が捕まるんだぞ!
なのになんでなんだい?」と言う戦闘の神の眷属を名乗る男性
「エレノア......どうしてだい?」
「私、錬金術は誰かを助けるためにしか使わないって決めているんです。
錬金術はその特性上悪用することだって出来ます。
例えそれが事件解決の糸口になるとしても作りたくありません」
「エレノア嬢はあの男のことを許せないんだろ?
だったら......」
「許せませんよ......
でもだからと言って作ってしまったら歯止めが利かなくなってしまいそうで怖いんです!!」
その言葉に、空気が一瞬、張り詰める。
「それに、私の錬金術が誰かを傷つける可能性があるんです......」
私は手元の薬草を握りしめ、微かに震える声で続ける。
「だから、どうしても……やりたくない」
ミストルティン様は私の肩に手を置き、柔らかく微笑む。
「あなたの錬金術は、救うためのものだものね」
戦闘の神の眷属も、少し目を細めて言った。
「……確かに。お前の意思を無理に変えるつもりはない。けれど、状況は……」
精霊王は静かに微笑み、柔らかい声で私に話しかける。
「エレノア、分かっている。エレノアの錬金術は、誰かを傷つけたくないという思いで満ちていることを」
「だが、今回だけは……どうか力を貸してほしい。ルドルフが口を割らなければ、エレノアを守る手段も限られてしまう」
私は手元の薬草を握りしめ、迷いの気持ちで胸がいっぱいになる。
「エレノアの力は正しく使う――悪用はさせないし、今回限りにする。だから、どうかお願いできないだろうか」
その優しい言葉に、私は少しずつ心を解かされる。
ミストルティン様も戦闘の神の眷属も、静かに私の様子を見守っている。
私は深く息をつき、手元の薬草を握りしめたまま、目を伏せる。
心の中で何度も問いかける――本当にこれでいいのだろうか、と。
だが、精霊王の柔らかくも確かな言葉、そして護衛の神やミストルティン様の信頼に、少しずつ迷いが溶けていくのを感じる。
「……分かりました」
声は震えていたが、私の決意は揺るがなかった。
「今回だけ、精霊王様のために……そして、私を守るために、作ります」
精霊王は微笑み、優しく頷く。
「ありがとう、エレノア。」
その瞬間、薬草畑に吹き抜ける風が、少しだけ心を軽くしてくれるように感じられた。
ーー屋敷・実験室
私は深呼吸をして、作業台の前に立つ。
大地の精霊王が用意してくれた材料を前に、私は思わず息を呑んだ。
見覚えのあるものがある――以前、薬草店で見たマンドラゴラに似た毒草の根だ。手に取ると、ほんのりと土の香りと、微かな毒性が指先に伝わってくる。
「……これって……」
思わず呟くと、精霊王様が穏やかに答える。
「それは『沈黙の双子』という毒草だ。扱いを誤れば危険だが、正しく使えば目的を果たすことができる」
「大丈夫。あなたならきっと正しく扱えるわ」
ミストルティン様も、優しい笑みを浮かべながら声をかけてくれる。
私は深呼吸して、調合を始めた。
まず、蒸留水の入ったビーカーにマンドラゴラの葉と沈黙の双子の根を慎重に刻み、ゆっくりと加熱しながら撹拌する。
葉と根が溶け合う感触と、土と草の香りが混ざる独特の匂いに、心の奥で少し緊張する。
「……これで、絶対に悪用はさせない。信じて作れ」
自分に言い聞かせながら、手の感覚を研ぎ澄ませる。魔力を注ぐタイミングを逃さないように、火加減と撹拌の速度に意識を集中する。
やがて液体の色が濁り、まるで柔らかな光を帯びるようになる。粗熱が取れたのを確認して、蜂蜜と魔石を加える。
魔力を注ぎ込むと、液体は透き通った黄金色に変わり、甘くも薬草らしい香りがふわりと広がった。
【鑑定結果】
名前:自白剤
品質:高品質+
備考:これを飲むと秘密をペラペラしゃべる不思議な薬
蜂蜜の甘みが特徴で飲みやすい
ただし悪用は厳禁!!
完成した自白剤を前に、私は思わず息をついた。
精霊王様は穏やかに微笑み、静かに頷く。
「よくやった、エレノア。お前の手腕は確かだ」
ミストルティン様も、ほっとした笑みを浮かべている。
戦闘の神の眷属も、静かに頷き、出来栄えを認めるように見守っていた。
その瞬間、畑に柔らかな風が吹き抜け、薬草の香りと黄金の液体の香りが混ざり合う。
手にした自白剤を見つめながら、私は小さく息を吐いた――
「これで、誰も傷つけずに済む……」
精霊王様は私の肩に軽く手を置き、優しい声で言った。
「焦らなくていい、エレノアさん。あなたのペースで大丈夫だから。これも、お前の錬金術だからこそ、正しく使わせる」
私は深く頷き、胸の奥にあった迷いが少しずつほどけていくのを感じた。
守られる側の私にできる、最善の選択――それを、今ここで形にできたのだ。
ーーそれから二週間が経過した。
私が作った自白剤は、王城の地下牢で使用された。
隠されていた共犯者の名も、潜伏先も、資金の流れも――すべてが白日の下に晒されることとなった。
犯人は、《漆黒の鎖》。
王国最大とも言われた闇組織。
騎士団による一斉摘発で拠点は壊滅。
首謀者と重罪の共犯者は処刑、関与の浅い者は犯罪奴隷として各地へ送られた。
そして――王都は騒然とした。
市場の一角。
「聞いたか? あの《漆黒の鎖》が潰れたらしいぞ」
「嘘だろ? 貴族まで抱き込んでたって話の?」
「ああ。でもな……王家御用達の錬金術士を誘拐したのが運の尽きだったらしい」
ざわり、と空気が揺れる。
「は? 王家御用達?」
「精霊王に気に入られてる天才らしいぞ」
「子どもだって噂もあるが……」
「子どもぉ!?」
酒場ではさらに尾ひれがつく。
「誘拐した瞬間、王城が本気出したらしい」
「いや、精霊が怒ったとか聞いたぞ」
「どっちにしろ、触っちゃいけない相手だったってことだな」
笑い混じりの声と、どこか畏れを含んだ囁き。
だが通りには焼き立てのパンの匂いが漂い、
子どもたちは無邪気に駆け回っている。
王都は、確かに平穏を取り戻していた。
――その噂の中心人物が、いま目の前の屋台で林檎飴を見つめているとは、誰も思いもしない。
「……二本ください」
店主がぎょっとした顔をする。
「えっ、あ、はい!」
私は何事もない顔で代金を渡した。
噂は噂。
私の日常は、今日も普通に続いていく。




