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転生したら錬金術が得意な貴族家の女の子でした  作者: 双葉アリア
第一章 幼少期編

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23話 幽閉の行方、暗転

本来であれば今日はポーションが納品される日。

この男――ルドルフ・フォン・グリムヴァルトは、いつも通り柱の陰からエレノアの様子を伺うはずだった。しかし、待てど暮らせどエレノアと、その隣にいる犬は現れない。


いつもなら、昼下がりになると城下の路地や屋敷前の通りに、エレノアの軽やかな足音と犬の小さな鳴き声が聞こえた。届けられるポーションは、彼女の手による完璧な調合で、粗悪品など混ざる余地もない。その信頼されきった動きが、ルドルフにとっては都合の悪いものであった。今日も、同じ光景を目にするはずだったのだ。


だが、今は違う。目の前には静まり返った通りと、城の庭先を覆う淡い春の陽光だけが広がる。枝に芽吹く若葉がそよ風に揺れる音が、かえって不穏さを際立たせる。鳥の鳴き声もまばらで、昼間の喧騒はどこか遠い世界の出来事のように思えた。


「……予定が狂ったか」


ルドルフは口元に冷たい笑みを浮かべる。いつもなら、影から観察するだけで充分だった。狙いは一つ、エレノアを孤立させ、隙をついて幽閉すること。それだけで十分に計画は成立するはずだった。


しかし、今日に限ってはその単純な手順すら乱されている。待ち続けても、目当ての少女は現れず、犬も姿を見せない。ルドルフの視線は柱の影から路地の隅、庭の角にまで伸び、すべての可能性を探るようにきょろきょろと動いた。


「くっ……どうして……?」


苛立ちの色が指先まで伝わる。手に持つ杖を握る指に力が入り、白く血管が浮き出る。普段は冷静沈着な彼であったが、今は計画が狂ったことによる焦燥が心を支配していた。


その時、背後から低く鋭い声が響いた。


「そこで、なにをしている?」


ルドルフは咄嗟に体を硬直させ、柱の影から音のした方向へ目を向ける。

そこに立っていたのは、騎士団長――鋼の鎧に身を包み、威厳を放つ男だった。顔には微かに険しさが漂い、目つきは冷たく、隙を見せぬ視線でルドルフを射抜いている。


「……騎士団長……」


ルドルフの声はわずかに震えた。普段の冷徹さが影を潜め、一瞬にして慎重さが全身に回る。騎士団長の存在は、計画を乱すだけでなく、これ以上の不用意な行動を封じるものでもあった。


「俺は、街を巡回していた……」と、とっさに言い訳を口にするルドルフ。声は低く、かろうじて冷静を装っている。


騎士団長は腕を組み、眉をひそめたまま静かに歩み寄る。

「巡回? こんな場所で影に潜む者が巡回などするか。説明しろ、ルドルフ・フォン・グリムヴァルト」


ルドルフは短く唇を噛み、目を泳がせながらも冷静さを装う。

「ええと……その……ちょっと城下の様子を確認しておりまして……見張りの騎士が少ない区域があるかと思って、つい……」


騎士団長は不審そうに眉を上げるが、ルドルフはさらに小声でつけ加えた。

「もちろん、異常はございませんでした。すぐ戻ろうと思っていたところで……」


その言葉に、騎士団長は一瞬だけ目を細め、視線をルドルフに固定したまま黙る。沈黙が長く続き、ルドルフの心臓は緊張で早鐘を打つ。


やがて騎士団長は軽く肩をすくめ、口元にわずかに笑みを浮かべた。

「……無駄に怪しまれるな。早く元の場所に戻れ」


ルドルフは内心で舌打ちしつつも、表情を変えず、柱の影からそっと離れる。

「……承知しました、団長」


影に身を潜めていた緊張が、わずかに解ける。だが、計画の遅れは現実として残っている。ルドルフは背後で騎士団長の視線を感じながらも、すぐに気を取り直し、頭の中でプランBを練り始めた。


「……プランAは使えない。ならば、次の手を……」


冷たい春風が通りを吹き抜け、若葉を揺らす。ルドルフの目は、まだ見ぬエレノアの姿を探して光っていた。


ーー王都・高級レストラン 個室


夜の王都は街灯が淡く輝き、石畳に長い影を落としている。

その中心にある王都一の高級レストランの奥、静かな個室では、温かな灯りが天井から降り注ぎ、木目の壁や重厚な家具を柔らかく照らしていた。


ルドルフ・フォン・グリムヴァルトは、深紅のベルベット椅子に腰を下ろし、白いテーブルクロスの上に置かれた銀製の食器に視線を落としている。目の奥には、淡い光を宿した冷たい計算の色が浮かぶ。


「……さて、どう進めるか」


ルドルフの低い声に応えるように、向かいの席には二人の男が座っていた。いずれも顔を完全に明かしてはいないが、鋭い目つきと落ち着いた所作から、裏稼業の匂いが漂う。片方は痩せた体格だが目に冷たさがあり、もう片方は筋骨隆々で、戦闘の経験を感じさせる体つきをしていた。


「計画Aは完全に狂ったな……」ルドルフは手元のワイングラスをゆっくりと回す。中の赤が光を反射して、部屋に小さく揺らめく。


「そのようだな」と痩せた男が応じる。「だが、プランBを考えれば、十分に取り返せる。問題はタイミングだ」


筋骨隆々の男が低く喉を鳴らしながら笑う。重たい笑い声が、個室の空気をじわりと揺らした。

痩せた男はワイングラスを軽く傾け、赤い液体を揺らしながら静かに視線を細める。


「対象は、毎朝ほぼ同じ時刻に庭へ出て花や薬草の世話をしている……確認は取れている」


痩せた男の淡々とした報告に、ルドルフはゆっくりとナイフを動かし、ステーキを一口大に切り分けた。

肉汁が皿に広がるのを眺めながら、鼻で小さく笑う。


「護衛は?」


「いない。少なくとも表にはな」


その言葉に、ルドルフの口角がわずかに吊り上がった。

フォークで肉を刺し、ゆっくりと口へ運ぶ。咀嚼する間さえ余裕に満ちていた。


「……なら問題はないな」


ナプキンで口元を拭きながら、椅子に深く背を預ける。

その目には焦りも不安もなく、ただ獲物を前にした狩人の冷たい光だけが宿っていた。


「攫う方法など、いくらでもある」


低く落とした声が、静かな個室の壁にじんわりと染み込む。


「眠り薬を使うもよし、転移魔法で消すもよし……事故に見せかける手だってある。朝の庭など、人の目も薄い時間帯だろう?」


筋骨隆々の男が楽しげに肩を揺らし、グラスを掲げる。

「さすがはルドルフ様。手慣れていらっしゃる」


ルドルフは軽く鼻で笑っただけだった。

その仕草には、計画が失敗する可能性など最初から考えていないかのような、歪んだ自信が滲んでいる。


「問題は方法ではない。いつ、どの形で“消す”かだ」


指先でテーブルを軽く叩きながら、視線を落とす。

その動きはまるで、盤上の駒をどう動かすか考える棋士のようだった。


「幽閉が無理なら、別の形で確保するまでだ。計画というのはな……一つ潰れても、次があるものだ」


その言葉に、痩せた男は静かに頷く。

個室の中には、食器の触れ合う小さな音と、三人の低い笑い声だけが静かに響いていた。


食事が終わり、皿が下げられたあとも、三人の会話は途切れることなく続いていた。

テーブルの上にはワインだけが残り、揺れる蝋燭の火が個室の壁にゆらゆらと影を映している。


ルドルフは椅子に深く腰掛け、指先でグラスの縁をなぞった。


「……プランAはもう使えん。こちらの動きを察した可能性がある以上、このまま進めるのは危険だ」


筋骨隆々の男が腕を組み、低く頷く。

「確かに。納品の動きが変わったのは偶然とは思えませんな」


痩せた男も静かに続けた。

「だが、屋敷の中までは警戒していないはず。まさか自宅で攫われるとは思っていないでしょう」


その言葉に、ルドルフの口元がゆっくり歪む。


「だからこそ、プランBだ。外ではなく“内側”で消す」


テーブルの上に広げられた簡易的な見取り図を指先でなぞりながら、三人は声を潜めて話し合いを進める。


「騒ぎは起こすな。魔法の痕跡も最小限だ。眠らせるか、動きを封じるか……どちらにせよ短時間で終わらせる」


痩せた男がゆっくりと小箱を取り出す。中には黒く光る古代の拘束具が収められていた。

「これも使う。魔法を封じ、あらゆる術式を無効化する古の拘束具……一度使えば、対象の魔力は一切封じられる」


ルドルフはその黒い拘束具を手に取り、冷たい光を宿す瞳で見つめた。

「これをかければ、逃げられる心配も、反撃される可能性もない。安全確実だ」


「運搬は裏門側から。人目の少ない時間帯を選べば問題ありませんな」


「目撃者が出ないよう、退路も二重に確保しておけ」


会話は淡々としていたが、その内容は冷酷そのものだった。


「そして……連れ帰ったあとは、私の屋敷の地下だ」


ルドルフの声が、わずかに低くなる。


「地下牢は防音も遮断結界も済んでいる。外部からの探知も通らん。あそこなら、誰にも見つからず……長く保管できる」


筋骨隆々の男が満足そうに笑い、痩せた男は無言で頷いた。


「では、あとは実行のみ……ということですな」


ルドルフは最後にワインを飲み干し、ゆっくりと立ち上がる。

その瞳には、すでに成功を確信した者の冷たい光が宿っていた。


「そうだ。計画はもう十分に詰めた……あとは、静かに攫うだけだ」


蝋燭の火が揺れ、三人の影が壁に長く伸びる。

個室の扉の向こうでは、王都の夜が何事もないように静かに更けていった。


夜明け前、屋敷の中はまだ深い静寂に包まれていた。薄明かりが窓から差し込み、庭の木々の輪郭をかすかに浮かび上がらせる。ルドルフ・フォン・グリムヴァルトは地下室の扉の前で立ち止まり、鋭い目で暗がりを見据えた。背後には筋骨隆々の男と痩せた男が控え、息を潜めて指示を待っている。


「拘束具は確認済みか?」ルドルフの低く落ち着いた声が、石造りの廊下に微かに反響する。

「はい、あの古代の魔法拘束具です。魔力を封じることができます。対象が魔導士でも、これを使えば手も足も自由に動かせません」筋骨隆々の男が静かに答える。


痩せた男が小さな木箱を開き、中身を確認する。光を受けた金属の鎖と、古代文字が刻まれた腕輪が並ぶ。

「封印文字も有効です。対象の手首と足首に着ければ、魔法の使用は完全に封じられます」


ルドルフはゆっくりと息を吐き、頷く。

「よし。あとは運搬だ。誰にも見られぬよう、静かに地下牢まで運ぶ」


三人は拘束具を布で丁寧に包み、小型の革袋に納めた。

「目立たないように運べ。誰も通らない夜明け前の廊下を選ぶのだ」筋骨隆々の男が低く指示する。痩せた男も頷き、手順を頭の中で確認する。


外はまだ薄暗く、屋敷の窓から差し込む光と月の残照が廊下に細い影を落とす。ルドルフは庭の小径に思いを巡らせる。

「攫う場所はここ。誰も見ていない。護衛は確認済み。あとは……計画通りに進めるだけだ」


階段を慎重に降りると、地下室の扉が目前に迫った。痩せた男が小さく息をつき、ルドルフに視線を向ける。

「すべて準備完了です。あとは対象を……」


「焦るな」ルドルフの声は低く冷徹だ。「計画は完璧だ。目立たずに運び、拘束し、地下牢に幽閉する……その後は誰も気付かぬ」


筋骨隆々の男が革袋を肩から下ろし、階段の端に静かに置く。

「古代の拘束具も準備済みです。これで魔法による抵抗も封じられる」


ルドルフは地下牢を思い浮かべた。薄暗く冷たい石壁、鉄格子に囲まれた空間。その中で対象は、魔力を使えずに静かに息を潜めるしかない。


「よし……すべて整った。あとは明日の朝、確実に実行する」

その声には微かな高揚が混じるが、表情は冷徹そのものだ。計画の成功に絶対の自信を持っている。


三人は地下室で最後の準備を確認し、息をひそめる。

ルドルフの目は屋敷の窓の方を捉え、庭の小径や塀沿いの影を思い描く。

「対象はまだ何も知らぬ……静寂の中で、すべてが始まるのだ」


空気が張り詰め、時間がゆっくりと流れる。屋敷の中の誰もが眠りにつく夜明け前の静寂、冷たい石壁に反響する三人の呼吸だけが闇に溶けていく。


ルドルフは拳を軽く握り、計画を頭の中で反芻する。

「目立たず、静かに、確実に……」


そして最後に低く呟く。

「明日の朝、この屋敷は『漆黒の鎖』の意志に従うことになる……」


夜明け前の屋敷には、冷徹な緊張と計画の確実さだけが静かに漂っていた。

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