閑話 大地の精霊王、覗き見日和
ーーここは、神の領域のどこかにある、大地の精霊王が住む森。
木々は穏やかな風に揺れ、優しい木漏れ日が降り注ぐ。植物や精霊たちにとって、居心地のいい空間だった。
「はぁ……我が愛し子、エレノアは今日もかわいいな……」
精霊王は、バードバスを通してエレノアの様子を観察していた。
「あ……調合、失敗してる」
どうやらハイポーションの調合で素材を一気に入れた結果、ただ味のついた回復効果のないポーションが完成していた。
その光景を見て微笑んでいると、一人の男がやってきた。
「よぉ、大地の精霊王。相変わらずその娘にご執心だな」
「娘っていうな! 戦闘の神。彼女には、エレノアというかわいい名前がついているんだ」
「はいはい」
戦闘の神は切株で作られた椅子に腰を下ろした。
「それにしても、お前はほんとに甘いな。危なっかしいことをしているのに、手も貸さずにただ見ているだけだなんて」
「甘い……いや、愛情だ。彼女には自分の力で学び、成長してほしいのだ」
精霊王はそう言いながら、ふっと笑みを浮かべる。森の静かな空気が、その微笑みでさらに穏やかに揺れた。
「……お前、本当にそこまで思っているのか?」
戦闘の神の問いに、精霊王は真剣な眼差しで答える。
「ああ。我が愛し子エレノアの未来は、私の全てを懸けるに値する」
その言葉に、戦闘の神はため息をつきつつも、少しだけ笑みを見せた。
「……まあ、わからんでもない。あの小さな体に秘められた力と、心の優しさ。確かに放っておけんわな」
精霊王は頷き、再びバードバス越しにエレノアの姿を見つめた。
小さな手が瓶を揺らし、微かな魔力の光が森の中にも反射してきらめく。
「うむ……今日も無事に一日を過ごしておるようだな。よし、少し褒めてやるか」
そうつぶやきながら、大地の精霊王は静かに魔力を送り、エレノアの調合の失敗をそっと手助けする。
「ほら、見ろよ……あの小さな手で、あれだけ魔力を扱えるんだぞ」
精霊王が自慢気に言い放つ。枝葉を揺らし、柔らかな木漏れ日の中でその笑みは一層輝いた。
「ふん、また手助けしてるんだろう?」
戦闘の神が鋭く指摘する。
「していない! 私は見守っているだけだ!」
精霊王は慌てて否定するが、声の端に微かな誇らしさが混じっている。
「見守るだけ……ふふ、どう見てもメロメロだな」
戦闘の神は含み笑いを浮かべ、精霊王の表情を楽しそうに観察する。
「……うるさい! だが確かに、愛し子の成長は誇るに値する。誰が何と言おうと、我がエレノアは特別だ!」
精霊王は胸を張り、バードバスに映るエレノアの姿を自慢げに見つめた。
エレノアの小さな手元で揺れる試験管の中、微かに蒸気が立ち上る。失敗も成功も、すべてが精霊王にとっては誇りそのものだった。
「……そういうお前こそ、誰かに加護をあげないのか?
もう何百年も加護を与えてないようだが……」
私は戦闘の神へ問い、世界樹の麓で育てたハーブを使用したハーブティーに口をつける。
「俺はそういう面倒くさいことが嫌いな性分でな。
人類の危機が迫っているとかじゃなきゃ加護は授けねーよ」
「魔軍激突の発生が確実となった今こそ、人類の危機だと思うがな……」
戦闘の神は、ハーブティーを口につけながら言った。
「そりゃあそうだが、どうせお前のことだ。
あの娘に力を貸すんだろ?」
「だから娘って言うな!
……まぁ当然だ。エレノアが悲しむ姿を見たくないからね」
「なら余計、俺様の出番じゃねーな」
精霊王は枝葉をそっと揺らしながら、遠くで頑張るエレノアの小さな背中を見つめ、柔らかく微笑んだ。
私は戦闘の神とバードバスに映し出された光景を見ながら、エレノアの自慢話をしていた。
時間がゆっくりと流れ、木漏れ日の角度が少し変わり、森の空気も柔らかく揺れる中――。
「……くっ、悔しいな。俺も手を出したくなるくらいだ」
戦闘の神は腕を組み、少し不満げにふてくされた様子で呟いた。
「ふん、やれやれ。まるで子供みたいだな、お前も」
精霊王は枝葉を揺らしながら微笑む。
「いや、だって……あの子、まだ小さいんだぞ。危なっかしいことをしてるのに、俺は見ていられん……」
戦闘の神の声には、少し焦りと苛立ちが混じっている。
「お前が焦るのも無理はない。だがな、彼女は既に自分の力でここまでやっている。失敗しても、それを学びに変える力がある」
精霊王の眼差しは真剣で、どこか誇らしげでもあった。
戦闘の神は少し黙り込み、バードバス越しのエレノアを見つめる。
小さな手で試験管を扱い、微かな魔力の光が揺れるその姿に、ふと目を細めた。
「……確かに、あの小さな体にあれだけの魔力を扱えるとはな……」
口元が少し緩み、戦闘の神は小さく息をつく。
「うむ。だからこそ、私は見守るだけでよいのだ。力を貸すこともあるが、それは補助にすぎぬ。真の成長は、彼女自身の力で得るもの」
精霊王の声には、揺るぎない信頼が込められている。
「……わかったよ、大地の精霊王。あの子なら、俺の加護なしでもやっていけるかもしれん」
戦闘の神は少し照れくさそうに言い、ふてくされたような態度はどこか柔らかくなった。
「そうだ、エレノアは特別だ。誰にも真似のできぬ力と優しさを併せ持つ。我が愛し子を信じるのは当然のこと。
というか我が愛し子を奪うようなことをしたらお前を半殺しにするつもりだから、そのつもりで」
精霊王は微笑み、枝葉の間に射す光のように柔らかく空間を満たした。
戦闘の神は、ため息交じりに頷きつつも、心の奥では少しだけ誇らしさを感じている自分に気づく。
そして二人は、静かな森の中で、愛し子の成長を見守る神としての時間を共有した。




