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転生したら錬金術が得意な貴族家の女の子でした  作者: 双葉アリア
第一章 幼少期編

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15話 王城での評価、そして露見した力①

魔軍激突(スタンピート)から三日ほどが経過した。

あの日の出来事は未だ鮮明に覚えていて、まるで昨日のことのようだ。

横たわる多くの負傷者が助けを求める声――騎士団や魔導士団が繰り広げる戦闘劇――耳に残る怒号と魔法の炸裂音、そして屋敷に帰った後、アンナと二人でお母様に叱られたこと――そのすべてが、今でもふとした瞬間に蘇ってくる。


それでも時間は確かに流れ、屋敷には穏やかな日常が戻っていた。

朝になれば窓からやわらかな陽光が差し込み、廊下には使用人たちの落ち着いた足音が響く。キッチンから漂う焼きたての香りや、庭師が整える花々の彩り――いつもと変わらない、静かで優しい日々。


そんな穏やかな空気の中、私は屋敷の実験室にこもり、いつものようにポーション作りに向き合っていた。

ガラス瓶が並ぶ机の上には淡い色の液体が揺れ、薬草のやさしい香りが部屋いっぱいに広がっている。火加減を確かめながらゆっくりと薬液を混ぜ、沈殿の具合を確かめて小さく頷いた。


コンコン――と、控えめなノックが響く。


「どうぞ」と声をかけると、扉が静かに開き、使用人が一礼した。


「エレノア様――王城より、遣いの方がお見えです」


その言葉を聞いた瞬間、胸の奥に小さな疑問が浮かんだ。

――王城から? どうして……?


胸の奥に浮かんだ疑問を振り払うように、私は手元の作業を止めた。

錬金術の際に身につけていたエプロンを机に置き、火を落としてから急いで実験室を飛び出す。廊下を小走りに進むと、窓から差し込む光が揺れ、屋敷の穏やかな空気がどこか少しだけ張り詰めているように感じられた。


居間の扉が見える頃には、胸の鼓動がわずかに速くなっているのが分かる。

――いったい、何の用事なんだろう。


ノックもそこそこに扉を開けると、そこにはお母様とアンナの姿があり――その向かいには、王城の紋章を胸に刻んだ使者が静かに立っていた。


深い紺色の外套をまとい、背筋を伸ばしたまま微動だにしないその姿は、部屋の空気そのものを引き締めている。私が入ってきたのに気づくと、使者は一歩前に進み、丁寧に一礼した。


「――エレノア様でお間違いありませんね」


落ち着いた声が居間に響く。

私は思わず小さく頷きながら、お母様の方をちらりと見る。お母様は静かに背筋を伸ばし、少しだけ心配そうな表情でこちらを見守っていた。アンナは不安と興味が入り混じった顔で、私の隣にそっと寄ってくる。


使者は柔らかな声音で続けた。


「陛下が、魔軍激突(スタンピート)の折にご尽力いただいた件について、ぜひ直接お礼を申し上げたいと仰っておられます。ご都合がよろしければ、本日王城までお越しいただけないでしょうか」


その言葉に、部屋の空気が一瞬だけ静まり返った。

――陛下が、私に……?


胸の奥の小さな疑問は、今度は大きな戸惑いへと姿を変え、静かに揺れ始めていた。

私は一瞬言葉を失い、使者の顔を見つめた。陛下の名を聞いても、まったくの初対面というわけではない――以前、王城でお会いした時の穏やかな眼差しがふと脳裏をよぎる。


「……陛下が、私を……?」


小さく問い返すと、使者は静かに頷いた。


「はい。魔軍激突(スタンピート)の折のご尽力について、直接お礼を申し上げたいとのことです。エレノア様とは面識もおありですので、ぜひ改めてお会いしたいと」


胸の奥にあった戸惑いが、少しだけ和らいだ。

まったく知らない方に呼ばれるわけではない――そう思うと、不思議と肩の力が抜ける。


「エレノア……」


お母様が優しく声をかける。その表情は落ち着いていて、どこか安心したようでもあった。


「陛下がお呼びなら、きちんとお応えなさい。あなたの頑張りを、きっと直接伝えたいのでしょう」


隣ではアンナが小さく息を呑みながらも、嬉しそうに頷いている。


「前にもお会いしているようですし……きっと大丈夫です、エレノア様」


私は深く息を吸い、静かに背筋を伸ばした。


「……はい。私でよければ、伺います」


そう答えると、使者は安堵したように一礼する。


「ありがとうございます。馬車はすでに門前に用意しております。ご準備が整い次第、王城までご案内いたします」


――


急いで侍女に着替えを手伝ってもらい、王城が用意した馬車へ乗り込む。

ポーションの買取交渉で王城を訪れた時はお父様と一緒だったが、今回は違う――王城の遣いの者と二人きりで、当然初対面だ。馬車の中は車輪の音だけが響き、会話もなくどこか気まずい空気が流れている。


前回と変わらない貴族街の景色を眺めているうちに、気づけば王城の門が見えてきた。

遣いの者にエスコートされて馬車を降り、そのまま城の中へと進んでいく。


長い廊下を歩き、ある一室へと通された。

中へ入ると、そこにはお父様の姿があった。


「お父様……」


その姿を見た瞬間、胸にあった小さな不安が少しだけ和らぐ。だが部屋の内装は貴賓室と呼んでも差し支えないほど豪華で、重厚な椅子や磨き上げられたテーブルが並んでいた。


お父様は静かに立ち上がり、私を見て穏やかに微笑む。


「エレノア……急なことで不安もあるだろう。だが陛下はお前に大変感謝しておられる。だから気負わず、いつも通りのお前で会えばいい」


「はい……」


そう答えたところで、扉が控えめにノックされた。


「失礼いたします」


案内役の遣いの者が入室し、丁寧に一礼する。


「エレノア様、準備が整いましたのでこちらへお越しください」


「はい……わかりました」


お父様と並んで部屋を後にし、さらに奥へと進んでいく。

歩みを進めるほどに廊下は広く、天井は高くなり、王城の威厳が肌で伝わってくるようだった。


やがて巨大な扉の前で足が止まる。

両脇には衛兵が直立し、静かな緊張感が空気を満たしていた。


遣いの者が一歩前に出て、重厚な扉の前で声を張り上げる。


「――エレノア・フォン・レーヴェン子爵家令嬢が到着されました!」


重厚な扉が大きな音を立てながら、ゆっくりと左右に開いていく。

その先に広がっていたのは、陛下が待つ“謁見の間”だった。


高くそびえる天井には精緻な装飾が施され、色鮮やかな大理石の床が玉座へ向かってまっすぐに伸びている。壁際には騎士や文官たちが整然と並び、張り詰めた静寂が空間全体を包み込んでいた。


私はお父様と並び、一歩、また一歩と前へ進む。

広い空間に足音が静かに反響し、そのたびに胸の鼓動がわずかに速くなっていくのが分かった。


やがて視線の先に、ひときわ高く設けられた玉座が見えてくる。


以前お会いしたのは会議室だったが――今、陛下は一段高い玉座へ深く腰掛けておられた。

威厳に満ちたその姿の左右には、宰相と、王妃様と思われる気品あふれる女性が静かに控えている。


――正式な謁見。


そう実感した瞬間、自然と背筋が伸びた。


定められた位置で立ち止まり、私は静かに一歩前へ出る。

ドレスの裾を指先でそっと持ち上げ、ゆっくりと膝を折る――王城で何度も教わった通りの、美しいカーテシー。


「エレノア・フォン・レーヴェン子爵家令嬢にございます。

このたびは謁見の機会を賜り、誠に光栄に存じます、陛下」


頭を下げたまま、静かに言葉を紡ぐ。

広い謁見の間は水を打ったように静まり返り、私の声だけが凛と響いた。


私の挨拶が終わると、謁見の間に静かな空気が満ちた。


「顔を上げてよい、エレノア」


やわらかな声に促され、私はゆっくりと顔を上げる。

陛下は穏やかな眼差しでこちらを見つめ、静かに微笑まれた。


「そう緊張せずともよい。今日は堅苦しい場に見えるかもしれぬが……余は難しい礼儀を求めておるわけではないのだ」


その声音は驚くほど落ち着いていて、胸の奥のこわばりが少しずつほどけていく。


「以前会った時と同じように、肩の力を抜いて話してくれればそれでよい。そなたに直接礼を伝えたくて、こうして来てもらったのだからな」


「……はい、陛下」


小さく頷くと、陛下は安心したように目を細められた。

その瞳は、威厳の奥にどこか柔らかな優しさを宿していた。


「此度は、自身の危険を顧みず多くの人命を救ってくれたな。心より感謝しておる」


隣に立つ王妃様も、私へ向けて優しく微笑まれた。


「お話は伺っておりますわ、エレノア嬢。魔軍激突の折、多くの者を救ったと……まだお若いのに、本当に立派ですこと」


思いがけない言葉に、胸の奥が小さく揺れる。

けれど、正式な場であることを思い出し、私は背筋を伸ばしたまま静かに頭を下げた。


「……もったいないお言葉でございます。」


すると陛下は穏やかな表情から真面目な顔へと変わる。


謁見の間には先ほど以上に緊張が走る。

控えていた騎士や文官たちの空気がわずかに引き締まり、広い空間が一層静まり返ったように感じられた。


その光景に私は、思わず喉を小さく鳴らした。

ただの会話ではない――ここで交わされる言葉一つひとつが、きっと何か大切な意味を持つのだと直感したからだ。


胸の奥が少しだけざわつく。

けれど逃げ出したいとは思わなかった。


ゆっくりと息を吸い込み、背筋を伸ばす。

視線をまっすぐ陛下へ向け、次に紡がれる言葉を静かに待った。


謁見の間には、再び深い静寂が落ちる――。


「複数の騎士団・魔導士団に、冒険者からエレノア嬢に関する報告があった。

ベヒーモスを倒した――あの魔法についてだ」


「っ!!!!」


そう言われた瞬間、胸が強く脈打った。

……心当たりは、ある。


けれど――あれは、私が“発動した魔法”じゃない。


謁見の間の視線が一斉に集まる中、私は小さく息を整え、ゆっくりと言葉を選ぶ。


「……恐れながら申し上げます。

あの現象については、私自身も……完全には把握しておりません」


ざわり、と空気が揺れた気がした。


宰相が眉をわずかに動かす。

けれど陛下は、静かに先を促すように頷かれた。


「続けよ」


「はい。確かに、その場にいたのは私です。

ですが……あの力は、私が意図して行使した魔法ではありませんでした」


嘘ではない。

ただ――すべてを語っているわけでもない。


脳裏に浮かぶのは、あの時に感じた大地の気配。

重く、深く、そして――確かな意思のようなもの。


私は視線をわずかに伏せ、慎重に言葉を重ねる。


「精霊の……いえ、“大地”の力が応えた、と言うべきかもしれません。

私が命じたというよりは……状況に反応した、とでも申しましょうか」


謁見の間に、静かな緊張が満ちていく。


「ほう……」


低く漏れた宰相の声に、数人の文官が小さく顔を見合わせた。


私は背筋を伸ばしたまま、はっきりと続ける。


「ゆえに、同じことを再現できる保証もございません。

……ですので、軽々しく“私の魔法”と申し上げるのは、少々違うのではないかと……」


言い終えたあと、場はしんと静まり返った。


玉座の上で、陛下がゆっくりと腕を組み――深く思案するように目を細められる。


その視線を、私はまっすぐに受け止めた。


陛下はしばし私を見つめたまま、ゆっくりと言葉を選ぶように沈黙された。

やがて視線をわずかに宰相へ向け、再び穏やかな声で続けられる。


「……もっとも、そなたを疑っておるわけではない。そこは誤解せぬでほしい」


陛下はそう前置きしてから、少しだけ柔らかく声を落とされた。


「ただ――あの日に現れた力は、王国の記録にもほとんど例のないものでな。

脅威だとか、そういう話ではない。むしろ……純粋に、前例としてきちんと記録を残しておきたいのだ」


玉座の上から、どこか気遣うような眼差しが向けられる。


「ゆえに、もし差し支えなければ……念のため、簡単な鑑定を受けてもらえぬだろうか。

あくまで確認のためだ。そなたが望まぬのであれば、無理にとは言わぬ」


陛下の言葉に、私はほんの少しだけ視線を落とした。

疑われているわけではない――そう分かっていても、胸の奥に小さな緊張が残っている。


けれど、ここで黙ったままではいけない。


私はゆっくりと息を整え、顔を上げた。


「……陛下のお考え、理解いたしました。

 私自身、あの日のことは隠しているつもりはございません」


一度言葉を区切り、ほんの少しだけ迷う。


「ですが……その力については、まだ私自身も分からないことが多く……

 できれば――あまり多くの方に、軽々しく言い広められるのは……少し、不安でございます」


謁見の間の空気が、わずかに静まった。


私は慌てて続ける。


「もちろん、王国の記録や必要な確認であることは理解しております。

 鑑定につきましても……陛下が必要とお考えでしたら、私も協力いたします。

 ただ……どうか、その結果の扱いだけは――慎重にお願いできますでしょうか」


そう言って、私は再び静かに頭を下げた。


私の言葉を聞き終えると、陛下は小さく頷いた。

その表情は厳格というよりも、どこか安心させるような落ち着きを帯びている。


「……当然だ」


低く、しかしはっきりとした声が謁見の間に響く。


「そなたが不安に思うのも無理はない。

 ゆえに――本日の鑑定結果は王命として他言無用とする」


周囲に控える騎士や文官たちが、わずかに背筋を正した。


陛下は視線をゆっくりと場の全員へ向ける。


「この場で知り得た内容を、許可なく外部へ漏らした者は――

 立場や身分に関わらず、厳罰に処す。よいな」


静寂が落ちた。


「「「――はっ」」」


重なる返答が、広い謁見の間に反響する。


それを確認してから、陛下は再び私へと視線を戻した。

先ほどまでの威厳ある表情が、ほんの少しだけ和らぐ。


「……これで、少しは安心できるか? エレノア嬢」


陛下の言葉が謁見の間に響き終わると、場に張り詰めていた空気がわずかに緩んだ。


私は胸の奥にあった不安が、少しだけ軽くなっていくのを感じながら、静かにドレスの裾を整えた。


「……ご配慮、ありがとうございます。陛下」


小さく頭を下げると、陛下は穏やかに頷く。


「うむ。では――始めるとしよう」


そう言って、陛下は玉座の横に控えていた文官へ視線を向けた。


「鑑定官を」


「はっ」


短い返答とともに文官が一礼し、謁見の間の扉へと合図を送る。


重厚な扉の向こうから、ゆっくりと足音が近づいてきた。


やがて扉が静かに開かれ、深い紺の法衣を纏った一人の人物が姿を現す。

落ち着いた足取りで進み出たその人物は、玉座の前で丁寧に膝を折り、深く頭を垂れた。


「王宮鑑定官、参上いたしました」


謁見の間の空気が、再びわずかに引き締まる。


私は小さく息を整えながら、静かにその様子を見守っていた。


陛下は静かに頷くと、玉座の前に控える鑑定官へ視線を向けた。


「王宮鑑定官」


低く落ち着いた声が、広い謁見の間にゆっくりと響く。


「これより――エレノア・フォン・レーヴェン子爵家令嬢の鑑定を行え。

ただし、本件は本日この場に限る極秘事項とする。結果の一切は他言無用――違えれば厳罰と心得よ」


「はっ。謹んで承ります」


鑑定官は深く頭を下げ、静かに立ち上がった。

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