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[毎日更新中]転生したら錬金術が得意な貴族家の女の子でした  作者: 双葉アリア
第二章 アトリエ開業編

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102話 開業準備、最終局面

ごめん

今回めっちゃ長いわ

次回閑話挟みます。

気温が落ち着き、比較的過ごしやすい季節になったある日のこと――


アトリエ開業の準備は、最終局面を迎えていた。


 アトリエの設備。

 そして、メルの店の設備もすでに整っている。


 残るは、人員の手配と商業ギルドへの届け出、そして商品の打ち合わせ。


 それさえ終えれば――開業。


 そこまで、ようやく辿り着いた。


 けれど。


「……まだ、終わりじゃない」


 小さく呟く。


 むしろ、ここからが本番だ。


 これから進めなければならない内容は、どれも簡単に済む話ではない。


 中でも重要なのが――

 ポーション類の価格設定と、人員の確保。


 人員については、すでに手配の目処が立っている。


 陛下のご厚意で、ご親友の方を紹介していただけることになっているからだ。


 大きな不安はない。


 問題は――


「……価格」


 小さく、呟く。


 私個人としては、市場価格と同等――あるいはそれ以下でも構わないと思っている。


 けれど。


 それを良しとしない者が、必ず出てくる。


 既存の商人。

 同業の錬金術師。


 市場を乱す存在として、警戒される可能性は高い。


 そして――それは、無視できる問題じゃない。


 このアトリエは、一時的なものではない。


 これから何十年と続けていく拠点になる。


 だからこそ。


 ここでの判断一つが、その後の“やりやすさ”を大きく左右する。


「……下げすぎても、ダメ」


 独占も、敵対も望んでいない。


 必要なのは――


 継続できる形。


 そして、周囲との均衡。


 その落としどころを、見つけなければならない。


「エレノア様」


 控えめなノックの後、リリアの声がかかる。


「そろそろお時間です」


「……うん」


 短く返事をして、思考を切り替える。


 ここから先は、考えるだけじゃ意味がない。


 決める時間だ。


 軽く身なりを整え、外套を羽織る。


「準備できた」


「では参りましょう」


 リリアが静かに頷き、扉を開いた。


 ――王都・商業ギルド本部。


 王都の中心部。


 石造りの建物が並ぶ中でも、ひときわ存在感を放つ建造物。


 無駄な装飾は少ない。

 だが、それが逆に“機能と権威”を象徴している。


 人の出入りは多い。


 商人、職人、運び手。

 それぞれが忙しなく行き交い、絶えず情報と物資が流れている。


 ――ここが、王都の流通を握る場所。


「……」


 視線を一巡させる。


 活気はある。


 だが、雑ではない。


 すべてが、ある程度“管理された”動き。


 統制が取れている証拠だ。


「さすが、ですね」


 小さく呟く。


 この規模、この密度。


 個人でどうこうできる領域じゃない。


 だからこそ――


 ここでの合意が、重要になる。


「エレノア様、こちらへ」


 リリアに案内され、奥へと進む。


 一般の受付を抜け、関係者用の通路へ。


 空気が変わる。


 喧騒は遠ざかり、代わりに静けさが増していく。


 足音だけが、規則正しく響く。


 やがて辿り着いたのは、重厚な扉の前。


「中に、すでにお揃いです」


「……そう」


 一度だけ、息を整える。


 ここから先は、“交渉”だ。


 ただの打ち合わせではない。


 利害と利害がぶつかる場。


 条件を通し、条件を飲む場所。


 ――失敗は、できない。


 扉に手をかける。


 ゆっくりと、押し開いた。


 その先には――


 長机。


 そして、すでに席に着いている数名の人物。


 商業ギルドの幹部と思しき面々。


 さらに――


「……あれ?」


 視界の端に、見覚えのある“違和感”。


 場の空気に対して、妙に馴染みすぎている人物。


 質素な装い。


 だが、隙がない。


 その隣では、ギルド長らしき男が何かを説明している。


「――おや」


 先に気づいたのは、そのギルド長だった。


 こちらを見るなり、目を見開く。


「……あの時の!」


「?」


 思わず首を傾げる。


 あの時?


 どこかで会っただろうか。


 記憶を辿るが――引っかからない。


「……誰?」


 ぽつりと、正直な感想が口から漏れた。


 昔から人の顔を覚えるのが苦手ではあるが、今回ばかりは本当に会った記憶がない。


「……やはり、お気づきではありませんか」


 ギルド長は苦笑しながらも、どこか納得したように小さく頷いた。


「いえ、無理もありません。

 直接お目にかかったのは、昔ですしそれもほんの一度きりでしたので」


「……そう」


 納得しかけて――ふと、視線が横に流れる。


 ギルド長の隣。


 特に気に留める必要もないはずの位置にいる、一人の男。


 質素な服装。


 どこにでもいそうな、ありふれた格好。


 ――なのに。


「……あれ?」


 違和感が、引っかかる。


 視線を戻す。


 もう一度、見る。


 外見は普通。


 だが、立ち方、視線、空気の纏い方。


 どう見ても“普通じゃない”。


「……陛下?」


 一歩踏み込むようにして問いかけると――


 男は一瞬だけ目を細め。


 次の瞬間には、何事もなかったかのように笑った。


「さて、何のことやら」


 あくまで“しらを切る”つもりらしい。


 だが――


「いや、どう見ても陛下ですよね?」


 間を置かずに指摘する。


 一瞬、沈黙。


 そして――


「……くくっ」


 堪えきれなかったように、肩が揺れた。


「――ばれてしまったか」


 ようやく認めるその声音は、どこか楽しげだった。


「最初から隠す気なかったですよね!?」


「そこは、どう受け取るかに任せよう」


 完全に遊んでいる。


 そのやり取りを横で見ていたギルド長は――


「……はぁ」


 小さく、ため息をついた。


「本日は“そのお立場”ということで、よろしいのですね」


「うむ、その認識で問題ない」


 今度はあっさりと肯定する。


 切り替えが早い。


 ギルド長は一度だけ頷き、すぐに表情を引き締めた。


「では、改めまして」


 場の全員を見渡す。


「本日の議題について、進めさせていただきます」


 その一言で、場の空気が完全に切り替わる。


 ――こうして、交渉の幕が上がった。


 わずかな静寂。


 そして――


「まずは、顔合わせも兼ねて簡単に自己紹介を」


 ギルド長がそう切り出す。


「セレディア王国商業ギルド長兼、中央商会商会長のモーリスといいます」


 落ち着いた声音で名乗り、軽く一礼する。


「以前、魔軍激突の折――

 家族全員が瀕死のところを助けていただいた者です」


 その一言に、場の空気がわずかに揺れた。


 視線が、自然とこちらに集まる。


「……」


 記憶を辿る。


 血の匂い。崩れた家屋。

 倒れていた複数の人影。


 ――あの時の。


「……ああ」


 小さく、声が漏れた。


「もしかして、あの時の……」


「はい」


 モーリスは静かに頷く。


「命を繋いでいただきました」


 深く、頭を下げる。


 その所作は、商人としてではなく――

 一人の人間としてのものだった。


 ざわり、と。


 今度ははっきりと、場の空気が変わる。


 単なる取引相手ではない。


 “恩人”と“恩を受けた者”。


 その関係が、この場に持ち込まれた。


「……そう」


 短く返す。


 特別なことをしたつもりはない。


 ただ、目の前にあった命を助けただけだ。


 けれど――


 その行為が、今ここに繋がっている。


「改めて、よろしくお願いいたします」


 モーリスは顔を上げ、商人の顔へと戻る。


 その切り替えは見事だった。


 そして――


 次の者へと視線を送る。


「では、順に」


 その視線を受け、わずかに息を整える。


 ――次は、私だ。


「エレノア・フォン・セレスティアです」


 静かに、はっきりと名乗る。


 一瞬――


 空気が止まった。


「……セレスティア、だと……?」


 誰かが思わず呟く。


「まさか、あの噂の……」


 抑えきれない動揺が、わずかに広がる。


 知らなかった者も、

 半信半意だった者も。


 その名で、すべてが繋がる。


「錬金術師として、アトリエの開業を予定しています」


 周囲の反応など意に介さず、淡々と続ける。


「本日は、よろしくお願いします」


 軽く一礼。


 それだけで十分だった。


 ざわめきは完全には消えない。


 だが――


 誰も、軽く扱おうとはしなかった。


 その必要も、余地もない。


「……」


 モーリスは静かに頷く。


 そして再び視線を巡らせる。


「では、次の方」


 モーリスの進行により、数名が簡潔に名を名乗っていく。


 それぞれが所属と立場だけを述べ、無駄はない。


 商人らしい、実務的な自己紹介。


 やがて一巡し――


「以上ですね」


 モーリスは一度だけ頷いた。


「では、改めまして」


 机上の資料に手を添える。


「本日の議題について、進めさせていただきます」


 その声音が、わずかに低くなる。


 先ほどまでの“顔合わせ”の空気が、完全に消えた。


「今回の主題は、エレノア様のアトリエ開業に伴う各種登録、

 および流通体制の構築について」


 視線が、自然とこちらへ向けられる。


「特に――」


 一拍。


「ポーション類の取り扱いに関しては、市場全体への影響も大きい」


 周囲の数名が、わずかに表情を引き締めた。


 やはり、そこか。


「そこでまず、確認させていただきたい」


 モーリスの視線が、真っ直ぐに向けられる。


「エレノア様が想定されている流通量、並びに販売方針について」


 逃げ場のない、まっすぐな問い。


 場の空気が、静かに張り詰める。


 ――来た。


 核心だ。


「……そうだね」


 小さく息を吐く。


 視線を受け止めたまま、口を開いた。


「まず前提として」


 一度、区切る。


「品質に関しては、既存品とは比較にならないと思ってもらっていい」


 ざわり、と空気が揺れる。


 だが、構わず続ける。


「だからこそ――」


 ほんのわずかに、言葉を選ぶ間。


「従来の価格帯に合わせるつもりはないかな」


 静かに、言い切った。

 その瞬間。


 空気が、明確に変わった。


 交渉の温度が、一段階上がる。


 誰も口を挟まない。


 だが全員が理解している。


 ――ここからが、本番だと。


「……なるほど」


 最初に口を開いたのは、モーリスだった。


 その声音は落ち着いている。


 だが、わずかに思考を巡らせているのが分かる。


「流通に関しては、問題ありません」


 きっぱりと言い切る。


「人員、販路、管理体制――いずれも当方で手配いたします」


 周囲の商人たちも、小さく頷いた。


 そこに異論はない。


 むしろ、その程度であれば容易い。


 商会としての力を示すような、確信に満ちた反応。


 だが――


「……」


 誰も、次の言葉を続けない。


 沈黙が落ちる。


 重い、沈黙。


 話は終わっていない。


 むしろ――


 一番重要な部分が、まだ残っている。


「価格、ですな」


 ぽつりと、誰かが呟いた。


 それが引き金だった。


 視線が交錯する。


 計算。警戒。逡巡。


 それぞれが頭の中で弾いている。


「……そのままの価格で流せば、市場が混乱します」


 一人の商人が、低く言う。


「既存のポーションが売れなくなる。

 不満も必ず出るでしょうな」


 別の男が、すぐに続けた。


「かといって、品質に見合う価格まで引き上げれば――」


 一瞬、言葉を切る。


「今度は市民が手を出せなくなる」


 誰も否定しない。


 できるはずがない。


 どちらを取っても、歪みは生じる。


 安くすれば、市場が壊れる。


 高くすれば、救えるはずの命に届かない。


「……前例が、ありませんな」


 苦い声が漏れる。


 比較対象がない。


 だからこそ、判断基準も存在しない。


「……これは、難しい」


 別の商人が、低く唸った。


 もはや誤魔化しは利かない。


 あるのは――


 選択だけだ。


「……」


 モーリスもまた、沈黙していた。


 先ほどまでの即断とは違う。


 明確に、踏み込めない領域。


 商人としての経験が、逆に足を止めている。


 その中で――


 ただ一人。


 変わらず、静かに座っている。


 ――エレノアだけが。


 視線が、再び集まる。


「……で?」


 静かに、口を開いた。


「どうする?」


 投げられた問いは軽い。


 だがその実――


 この場の全員に突きつけられた、重すぎる問題だった。


「……」


 誰も、すぐには答えられない。


 沈黙が続く。


 だから――


「なら、一つ提案があります。」


 その沈黙を、静かに切り裂く。


 全員の視線が、こちらに向いた。


「価格は、そのまま維持するべきだと思います。」


 一瞬、言葉の意味を測りかねたように空気が止まる。


 だが、すぐに――


 ざわり、と揺れた。


「……そのまま、ですと?」


 確認するように、モーリスが問い返す。


「はい」


 小さく頷く。


「市場は崩さない。既存の価格帯も維持します。」


 言葉を一つずつ置くように、続ける。


 それはつまり――


 問題を、何一つ解決していない提案に聞こえる。


 当然、困惑が広がる。


「しかし、それでは――」


「その代わり」


 言葉を遮る。


 一拍。


 ほんのわずかに、間を置いてから。


「王城で補助金を出し、正当な理由で購入する場合に限り、補助金を適用した価格で販売します」


 ――沈黙。


 完全な、停止。


 誰も言葉を発さない。


 理解が、追いついていない。


「……補助、ですか」


 ようやく、モーリスが絞り出すように呟く。


「販売価格は維持したまま、差額を王城側で補填する」


 簡潔に、本質だけを示す。


 だが――


 その意味は、あまりにも大きい。


「それなら、市場は崩れない」


 一つ。


「既存の商人たちにも不満は出にくい」


 二つ。


「それでいて、市民は安価で手に入る」


 三つ。


 すべてを両立する案。


 ――理屈の上では。


「……」


 誰も、すぐには肯定できない。


 できるはずがない。


 それはもう、商会の領分ではない。


 完全に――


 “国家”の領域だ。


「……なるほど」


 モーリスが、ゆっくりと息を吐いた。


 視線が、わずかに横へ流れる。


 この場にいる、もう一人の“決定権者”へ。


 ――陛下へ。


 場の空気が、再び変わる。


 今度は、先ほどとは違う意味で。


 答えを出せるのは、ただ一人。


 その沈黙が、何よりも雄弁だった。


「……ふむ」


 陛下は、ゆっくりと顎に手を当てる。


 その表情は、困惑でも否定でもない。

 むしろ――どこか楽しんでいるようですらあった。


「面白いな」


 ぽつり、と落とされたその一言に、場の空気がわずかに揺れる。


「発想としては実に合理的だ。市場を壊さず、民にも行き渡らせる……理屈としては文句のつけようがない」


 そこで一度、言葉を切る。


 そして、ゆっくりと視線を巡らせた。


 商人たちへ。


 そして――再びエレノアへ。


「――余としては、構わん」


 一瞬。


 場の空気が、凍りついた。


 だが――


「ただし」


 すぐに続けられたその一言が、全てを現実へと引き戻す。


「これは“王の一存で決めてよい話”ではない」


 静かだが、重い声音。


「補助金とは、すなわち国家の財を動かすということだ。余が個人的に面白いと思ったからといって、即座に決裁するわけにはいかぬ」


 その言葉に、文官たちの表情がわずかに引き締まる。


 当然の理屈。


 だが同時に――逃げではない。


「財務、制度、既存商会との均衡……調整すべき点はいくらでもある」


 視線が、再び場をなぞる。


「さて――」


 わずかに、口元が緩む。


「そちらはどう見る?」


 投げられた問い。


 それは、商人たちに向けられていた。


 突然の矢面に、数人が息を呑む。


 だが――


「……恐れながら」


 最初に口を開いたのは、モーリスだった。


 ゆっくりと立ち上がり、深く一礼する。


「発想としては、理想的にございます」


 その声は、落ち着いている。


 だが、その奥には明確な緊張があった。


「市場を守りつつ、民へ広く流通させる――商いとして見ても、これ以上はございません」


 そこで、ほんのわずかに言葉を選ぶ。


「……しかし」


 視線が、周囲の商人たちへと流れる。


「補助の規模、対象、期間。いずれも明確でなければ……市場は混乱いたします」


 重く、正しい言葉。


 誰も反論できない。


「また、一部の商品だけが対象となれば、不公平感も生まれましょう」


 空気が、さらに引き締まる。


「ゆえに――」


 一瞬だけ、エレノアを見る。


 そこには恩義と、そして純粋な評価があった。


「制度として整える必要がございます」


 言い切った。


 逃げでも否定でもない。


 ただ、現実を突きつける言葉。


「ほう」


 陛下が、楽しげに目を細める。


「では、どうすればよい?」


 その問いは――


 再び、エレノアへと向けられた。


再び――視線が集まる。


 今度は、最初から。


 逃げ場などないとわかっているように、まっすぐに。


「……そうですね」


 エレノアは、小さく息を吐いた。


 ほんの一拍だけ、考える間。


 だがそれは迷いではない。

 ただ、言葉を整えるための時間だった。


「制度として整える必要がある、という点には同意します」


 はっきりと、言い切る。


 その声音に、迷いはない。


「ですので――段階的に行うのが良いかと」


「段階的に?」


 モーリスが問い返す。


 エレノアは、こくりと頷いた。


「はい。最初から全体に適用するのではなく、対象を限定します」


 指を一本、静かに立てる。


「まずは――ポーションに限ること」


 ざわり、と空気が揺れる。


「効果の標準化がしやすく、かつ需要が明確です。命に関わるため、優先順位も高い」


 理屈は、通っている。


「さらに、販売経路も限定します」


「……限定?」


「はい。王都内、もしくは指定された商会経由のみ」


 ちらり、とモーリスを見る。


「管理できる範囲に絞ることで、流通の混乱を防ぎます」


「……なるほど」


 低く、唸るような声が漏れる。


 すでに“検討”ではなく“理解”に近い反応だった。


「補助の範囲も同様です」


 エレノアは続ける。


「全額ではなく、一部補填に留めるべきです」


「理由は?」


 今度は、陛下が問う。


「市場価格との乖離を抑えるためです」


 即答。


「完全に安価にしてしまえば、それが“基準”として固定されてしまいます」


 静かに、だが確実に核心を突く。


「結果として、補助がなければ成立しない市場になります」


 数人の文官が、はっとしたように顔を上げる。


「……依存、か」


 誰かが、ぽつりと呟いた。


 エレノアは頷く。


「はい。ですので――あくまで“補助”であり、“置き換え”ではありません」


 その言葉に、場の空気が変わる。


 理想ではなく、現実を見据えた設計。


「期間も設定します」


「ほう」


 陛下の目が、わずかに細められる。


「半年、もしくは一年」


 淡々とした声。


「その間に効果を検証し、継続の可否を判断する」


「……試験運用、というわけか」


「はい」


 短く、肯定。


 それだけで十分だった。


 沈黙が落ちる。


 だが先ほどまでのものとは違う。


 それは――思考の沈黙。


 理解し、咀嚼し、評価するための静けさ。


「――くくっ」


 不意に、陛下が笑った。


 堪えきれない、といったように。


「なるほどな」


 ゆっくりと背もたれに身を預ける。


「最初から“全部”を動かす気はなかった、か」


 その視線が、エレノアを射抜く。


「随分と……堅実だな」


「……できる範囲から、です」


 エレノアは、変わらず静かに答える。


「失敗した場合の影響も、限定できますので」


「違いない」


 即座に肯定。


 そして――


 ふっと、笑みを深めた。


「面白い」


 その一言は、先ほどよりもずっと重い。


「良いだろう」


 場の空気が、張り詰める。


「条件付きで承認する」


 一瞬。


 誰もが息を止めた。


「期間は一年。対象はポーション。流通は管理下に置く」


 淡々と、だが確定的に告げられる。


「補助率は――財務と詰めろ」


 文官たちへと視線が飛ぶ。


「制度設計は急げ。だが拙速は許さん」


 重い命令。


 だが、それ以上に――


「そして」


 最後に。


 再び、エレノアへと向けられる。


「これは“お前の提案”だ」


 わずかに、声の色が変わる。


「最後まで見届ける覚悟はあるな?」


 問い。


 だが、それは確認ではない。


 ほぼ確信に近いものだった。


「……はい」


 短く、しかしはっきりと答える。


 視線は逸らさない。


 逃げるつもりも、揺らぐつもりもない。


「最後まで、やり遂げます」


 静かに告げるその声に、迷いはなかった。


「……そうか」


 陛下はわずかに目を細める。


 一瞬の沈黙。


 そして――


「ならば、私が引き受けよう」


 落ち着いた声音で、言い切った。


「制度も、調整も、すべてこちらで整える」


 揺るがない断言。


「エレノア嬢は、前だけ見ていればいい」


「……はい」


 今度の頷きは、先ほどよりも深い。


 覚悟と、信頼を込めて。

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