彼女は彼のものだった。
小さなことから、私は人と違った。
「花ちゃん、どうして笑わないの?」
お母さんは悲しそうに顔を曇らせて聞いてくる。
「何で笑うの?」
「だって、それ花ちゃんが好きなオムライスだよ?」
「……??」
私は昔から、感情の出し方がわからなかった。
「お前がそんな不気味な子供産んだのが悪いんだろ!」
「不気味なんかじゃありません!花ちゃんは表情に出ないだけです!」
「もう我慢の限界なんだよ!」
両親は、私のことでよくもめていた。
その結果、離婚することになり、父さんは家を出た。
「花ちゃん、今日からはママと二人よ?」
「ママ、ごめんなさい」
「いいの。花ちゃんは悪くないんだから」
お母さんは泣いていた。
私は悲しいはずなのに、泣けなかった。
おかしい。
私は感情がないんだ。
その時、確信した。
⸻
「花ちゃん、行ってらっしゃい!」
「うん。行ってきます」
いつもの通学路。
景色は変わらない。
でも、周りの人の顔は昨日とは違って見えた。
私には理解できないことだった。
教室に着くと、皆がこちらを見ている。
「おはよー、黒崎!」
「おはよう」
礼儀として、挨拶を返す。
「なあ、今日こそ遊びに行かないか?」
「興味がない」
そう言って席に着く。
「はあ……今回もダメだった」
「ドンマイ!お前じゃ黒崎さんは無理だろ」
「そ、そんなことあるかよ!」
男子たちは自分のグループに戻り、笑い声を上げる。
何が面白いのか、私には理解できなかった。
⸻
「おはよう、黒崎さん」
隣の席から声が聞こえる。
「おはよう、結城君」
結城君は大人しい男子で、隣だから苗字しか知らなかった。
他の人と違い、挨拶以外はほとんど話さない。
⸻
私はカバンから本を出し、読み始める。
本は、私が唯一、感情を理解できるもの。
整理され、明確で、文字でそう書かれている。
現実のように曖昧で不確定なものではない。
本の中で、私は安心する。
⸻
放課後。
みんなが帰っていく中、私は一人、図書室に向かう。
扉を開ければ、本の匂いで満たされていて安心する。
この高校を選んだ理由も、この図書室があるからだ。
いつもの窓際の席に座り、読書を始める。
⸻
しばらくして、窓の外が騒がしいことに気づいた。
知らない女と男がいて、その奥に結城君がいる。
「京子はその人がいいの?」
「ええ、あなたみたいなヘタレ幼馴染よりね」
「そういうことだから、ばいばい。元彼氏君」
女と男は笑って去った。
結城君だけが残っていた。
彼は手をぎゅっと握り、赤くなっている。
結城君がこちらを向いた。
私は目線を逸らすが、遅かった。
彼は図書室に入ってきて、私の前に座る。
⸻
「……見てた?」
「……」
私は何も答えない。
答える必要もない気がしたから。
「ごめんね。嫌なものを見せて」
「別に」
声が静かに響く。
「……ありがとう」
彼の顔は泣きながら笑っていた。
私は無意識に、彼を思いっきりビンタしていた。
「笑うな」
「へ?」
彼は呆気にとられていた。
「あなた、今悲しいんでしょ。なら泣きなさい。
作り笑顔は気持ち悪いから」
彼は言葉を聞き、大声で泣いた。
私はその間、ただ本の世界に入り込む。
しばらくして、彼は泣き止む。
「…ごめんね」
「いいから、もう話しかけないで」
「……はい」
彼はしゅんとして、まるで怒られた犬のようだった。
それでも、何か聞いてほしそうに私を見ている。
⸻
「はあ、何か用なの?」
目線がうるさくて、そう聞いてしまう。
「えっとね、話を聞いてほしいんだ……」
「それは私にとって、時間の無駄」
「……お願いします」
彼は頭を深く下げる。
「10分だけよ」
「ありがとう!」
彼は話し出す。
幼馴染の女の子のことを。
⸻
「僕と京子は幼稚園からの幼馴染でね」
「手短に」
「は、はい!」
彼は背筋を伸ばして続ける。
「付き合いだしてから様子がおかしくて……」
「……」
私は黙って聞き続ける。
「毎週水曜日は一人で下校するようになったり、僕の家に遊びに来なくなったり」
「浮気でしょ」
「でも、おかしいんだ!付き合ったばかりなのに、そんな暇あるはずないんだ!」
「……」
私は本の縁をなぞり、考える。
付き合ってからおかしい。
本当にそうだろうか?
「あなた、京子さんとは家族ぐるみの付き合いなの?」
「う、うん。仲がいいよ。よくキャンプとかにも行くね」
家族がそこまで親密なら、二人の結婚は自然だったかもしれない。
私は仮説を立てる。
「あなたは遅かったのね」
「え?遅かった?」
「ええ、手遅れだったともいうわ」
「???」
ここで、彼に平坦に告げる。
「あなたが浮気相手だったのよ」




