雪降る聖夜に
ホワイトクリスマス、二人の待ち人は。
『今夜の関東地方は、ホワイトクリスマスになるでしょう!』
サンタの帽子を被ったお天気お姉さんがテレビの中でニコニコと笑う。
今年のクリスマスは東京でも何十年振りかの雪が降るらしい。
そんな特別な聖夜の街は、例年のクリスマスよりも行き交う人々が心なしか浮かれているように見える。
雪は好きだ。
どうして好きになったのかは忘れたけど。
しかし私にはホワイトクリスマスを一緒に過ごすような特別な存在もいないので、イルミネーションで華やかに彩られた街の喧騒を離れて人気のない裏路地を気儘に一人歩いていた。
人混みは苦手だ。大きな笑い声も、車の音も。
なるべく静かな所へ行こうと気まぐれにいつもは通らない道を選び進んで行くと、曲がり角の先に薄暗い小さな公園を見つけた。
街灯が一つしかなく、遊具もない。
ただ寂れたベンチが一つ置かれているだけだ。
その寂しげなベンチに誰かが座っていた。
──幽霊?
興味本位で少し近付いてみると、其処にいたのは和服を着た老女だった。
寂れた公園に似合わず、着物にも顔立ちにも佇まいにも品の良さが表れていた。
「あら。」
老女、と言うより老婦人と言った方がしっくり来るようなその女性は私に気付いた。
「こんばんは。今日は冷えるわね。」
ニコリと笑う老婦人に私も思わず応えてしまう。
「もうすぐ雪が降るみたいですからね。」
あら、そうなの?と老婦人は空を仰いだ。
「暫く入院していたから知らなかったわ。
クリスマスに雪が降るなんて、私が若い頃以来じゃないかしら。」
若いと言っても40代だったと思うけど…と恥ずかしそうに笑う。可愛らしい人だ。
「どなたかと待ち合わせですか?」
私が聞くと、老婦人は少し頬を赤らめて言った。
「主人を、待っているの。」
今日は特に用事もないし、こんな寒空の下で老婦人一人でいるのも心配だ。
「ご主人が来るまで一緒に何か楽しい話でもして待ちましょうか。」
私は老婦人の隣に座る。
「楽しい話?」
老婦人が興味深そうに私を見る。
やべ。自分でハードル上げちゃった。
「あー、そうですねー。えー例えば、そう。
私、実は幽霊が見えるんですよ〜何つって。」
私がおどけると、あらまぁ。と老婦人は笑う。
良かった、ウケた。
「貴女はどなたかと待ち合わせしていないの?」
と、老婦人に問いかけられて私は少し苦い顔をした。
「いやぁ私はそういうのなくて…。
ずっと一人で生きて来たもんですから。」
やばい、悲しすぎるだろ。
自分で言っておいてちょっと泣きそう。
そんな私に気付いたのか、老婦人は私の頭を優しく撫でてくれた。
一人で大丈夫だと思っていたが、何だかんだ人の温もりに飢えていたのかもしれない。
あぁ、懐かしいな。
私がまだ小さかった頃、おばあちゃんにこうやってよく頭を撫でられたことを朧げに思い出した。
心地良くて、安心する手。
「あら、雪。」
頭を撫でられる気持ち良さに目を瞑っていた私はその言葉に思わず目を開いた。
上を向くと真っ白い綿のような雪が、真っ黒な空から音もなく舞い踊り落ちていた。
深深と降る雪は、とても静かだ。
「綺麗ね。」
「綺麗ですね。」
音のない公園に響くのは私たちの声だけだった。
暫く雪に見惚れていた、その時。
コツコツと遠くから規則的な靴音が近付いて来た。
私たちが靴音の方向に顔を向けると、
──男が一人立っていた。
不思議な見た目をしている。
軍服姿で、軍帽を目深に被る青年だ。
「お迎えに上がりました。」
その青年は姿勢正しく真っ直ぐ老婦人を見ている。
老婦人は青年を見た瞬間、目を輝かせた。
「………あぁ……本当に、お久しぶりです。」
老婦人はゆっくりと立ち上がり、青年の前へと歩みを進めた。
「お変わりないですね。
私は……随分と長生きをしてしまいました。
顔も、身体も、何もかも昔とは……。」
老婦人は寂しげに呟いた。
そんな様子を見た青年は軍帽を脱ぎ、老婦人の手を優しく握った。
「貴女は、どんな姿でも美しい。」
老婦人はその瞬間目を丸くし、ゆっくりと、まるで少女のように微笑んだ。
「では、私たちは行くわね。」
青年と少し話をした後、老婦人は私に向き直り、ありがとう、と手を振った。青年も私に向かって丁寧に頭を下げる。
いや、良い男すぎるだろ。
「此方こそ、お二人の惚気も見られて楽しかったです。」
私が言うと、二人は少し顔を赤くしてお互いを見つめた。
そういうところな。可愛いかよ、ピュアかよ。
老婦人は最後に私の頭をひと撫でした。
「また逢いましょうね。メリークリスマス。
──可愛い白猫ちゃん。」
二人は星のような光となり、夜空へと消えていった。
さて、私もそろそろかな。
薄くなっていく自分の身体を見つめ、私はベンチの上で丸くなった。
私の身体は車道脇でもう冷たくなっているだろうけど、最期に頭を撫でてもらえて良かった。
ホワイトクリスマスの奇跡だ。
「──ユキ。」
頭を撫でてもらえたことを思い出していると、不意に私がまだ子猫だった頃に私を飼っていたおばあちゃんの優しい声がした気がした。
懐かしい匂いがする。
まさか。──迎えに来てくれたんだ。
そうだ、私の名前はユキ。
大好きだったおばあちゃんが付けてくれた。
雪のように真っ白い猫だったから。
そうか、だから私は雪が好きなんだ。
目の前に降る雪を眺めながら私は微笑んだ。
メリークリスマス。
素敵な夜だね。
そして私はゆっくりと、目を閉じた。
〈終〉




