2人だけの休日
五月二十三日。土曜日。
朝十時。駅前は休日の人波で、歩くたびに肩がぶつかりそうだった。
そのざわめきの中で俺は、改札の見える位置に立ち、何度目かの時計を確認する。
――今日は蓮とのデート。
修学旅行のあと、忙しさに押されて“ちゃんとした休日”は久しぶりだ。
「海斗!」
声に振り返ると、蓮が小走りで近づいてきた。
薄いピンクのワンピースに白いカーディガン。髪は軽く巻かれていて、風に揺れるたび春の匂いがする気がした。
「お待たせ」
「いや、ちょうど来たところ」
俺はジーンズに白T、ネイビーのジャケット。気取ったつもりはないのに、蓮に見られるだけで背筋が伸びる。
「海斗、今日……いつもより大人っぽい」
蓮の頬がほんのり赤くなる。
「蓮こそ。似合ってる」
言った瞬間、蓮は照れ隠しみたいに笑って、俺の腕にそっと腕を絡めた。
体温が伝わってくるだけで、胸の奥が落ち着く。
「じゃ、行こ」
「ああ」
二人でショッピングモールへ向かった。
※ ※ ※
モールは休日の賑わいで、どの店も人が多い。
それでも蓮は迷子にならないように、指先で俺の袖をつまんで歩く。その仕草がいちいち反則だ。
「どこから回る?」
「まずは服、見たい」
目がきらきらしている。
俺は頷いて、蓮が好きそうな雰囲気の店に入った。
店内は柔らかい照明で、淡い色の服が並んでいる。蓮はハンガーをめくりながら、真剣に“似合う”を探していく。――こういう時の蓮は、生徒会の資料を読んでる時と同じ顔になる。
「これ、かわいい」
蓮が手に取ったのは淡いブルーのワンピース。爽やかで、でも派手すぎない。
「蓮に合う。試してみたら?」
「うん」
試着室へ入る背中を見送りながら、俺は周囲の視線を少しだけ意識した。
“彼氏面”をしてる自分が、ちょっとくすぐったい。
カーテンが開いて、蓮が出てくる。
淡いブルーが肌の白さを引き立てて、髪の巻きも相まって……反射で言葉が遅れた。
「ど、どう?」
蓮がくるりと回る。裾がふわりと広がった。
「……似合いすぎ。綺麗」
言い切ると、蓮は一瞬固まって、すぐに視線を落とした。
「……ありがとう」
「買う?」
「うん。これ、今日の“戦利品”にする」
レジに向かう蓮の足取りが軽い。
「海斗も何か選んで」
「じゃあ、これかな」
俺がシンプルな白シャツを手に取ると、蓮は真面目に首を傾げて見てくる。
「うん。清潔感、強い。絶対似合う」
褒め方が職務評価みたいで笑いそうになる。
「じゃ、買う」
「やった」
蓮が小さくガッツポーズをした。
※ ※ ※
次に寄ったのはアクセサリー店。ガラスケースがきらきらしている。
蓮は最初、見ているだけの顔だった。けれど、ある一点で目が止まる。
「……これ」
小さな花のモチーフのネックレス。派手じゃない。上品で、蓮の雰囲気に合う。
「つけてみる?」
「いいの?」
「うん。見たい」
店員が手際よく留め具を留める。鏡の中で、蓮が自分の首元に指を添えて――息を呑んだみたいに目を丸くした。
「……綺麗」
その言葉は、自分に向けたのか、ネックレスに向けたのか分からない。
「蓮に合ってる」
俺が言うと、蓮は値札を見て、ほんの少しだけ眉を寄せた。
「……高い、かも」
正直、俺も一瞬だけ躊躇した。
でも、ここは“勢い”じゃなくて“意思”で選びたい。
「大丈夫。前から少しずつ貯めてた。――蓮に似合うの、見つけたかった」
言った途端、蓮の目が潤む。
「……海斗、ずるい」
「何が」
「嬉しすぎる」
俺は照れ隠しに、蓮の頭を軽く撫でる。
「じゃ、これでお願いします」
店を出た後も、蓮は何度も首元に触れていた。
“確かめてる”みたいに。
※ ※ ※
昼はモール内のイタリアン。窓際の席が空いていて、運が良かった。
「私、カルボナーラ」
「俺はペスカトーレで」
注文を終えると、蓮が指先でネックレスをそっと押さえた。
「……ほんとに、ありがとう」
「気に入ったなら、それで十分」
「うん。大事にする。……ずっと」
“ずっと”の言い方が柔らかくて、胸の奥が熱くなる。
料理が届く。湯気と香りで、一気に腹が鳴りそうだ。
「いただきます」
二人で食べ始める。
蓮が一口目で目を輝かせたのを見て、俺は安心する。
「美味しい?」
「うん、すごい。濃いのに重くない」
蓮らしい分析だ。
「海斗のも一口ちょうだい」
「いいよ」
フォークを差し出すと、蓮が素直に口を開ける。
「……うん。好き」
その「好き」がどっちにかかったのか、わざと聞かないことにした。
「午後、映画。恋愛のやつ、いい?」
「もちろん」
蓮は嬉しそうに頷いた。
※ ※ ※
映画館。ロビーのポスターが並ぶ中で、蓮が迷わず一枚を指差す。
「これ。評判いいって」
「じゃあ、それにしよう」
暗くなったシアターで、蓮は序盤から真剣だった。
中盤の切ない場面で、蓮の鼻をすする音が小さく聞こえる。
俺は言葉を挟まず、ただ手を差し出す。
蓮がそれを握り返してきた。指先が少し震えている。
――こういう時、俺ができるのはそれだけでいい。
上映が終わり、照明が戻る。蓮は目元を拭って、恥ずかしそうに笑った。
「……泣いちゃった」
「似合う」
「それ褒め言葉じゃないでしょ」
でも蓮は、少し嬉しそうだった。
※ ※ ※
夕方。小さなカフェ。窓の外は橙色に変わり始めていた。
「今日、ほんとに楽しかった」
蓮がラテを飲みながら言う。
顔は笑っているのに、声の奥が少しだけ名残惜しさを含んでいる。
「俺も。――蓮、終始楽しそうだった」
「だって……海斗と一緒だもん」
ストレートに言われると、こっちの心拍が乱れる。
「こういう普通のデート、好き」
蓮は言って、ネックレスに触れた。
「特別なイベントじゃなくても、ちゃんと“特別”なんだよね」
その言葉が、修学旅行より刺さった。
「……今夜、部屋来てくれる?」
蓮の声が少しだけ甘くなる。
「行く」
即答したら、蓮は安心したみたいに笑った。
※ ※ ※
駅までの帰り道。人混みの中でも手は離さない。
離したら、今日がほどけてしまいそうだから。
「海斗、今日……ありがとう。全部」
「こちらこそ。いい一日だった」
そう言いながら、俺のスマホが一度だけ震えた。
通知は生徒会のグループチャット。
『【文化祭】各クラス予算の再提出、期限前倒し。担任から追加条件あり(安全基準)』
画面を見た瞬間、現実が肩に乗る。
でも、隣の蓮は気づかないふりで、そっと俺の手を握り直した。
「……また明日から、頑張ろうね」
蓮の声が、優しくて強い。
「ああ。――一緒にやろう」
※ ※ ※
夜。蓮の部屋。
ソファに並んで座り、窓の外の夜景を眺める。
蓮が今日買った服の袋を抱えて、子どもみたいに笑った。
「明日、これ着たい」
「見たい」
「海斗も、買ったシャツね。約束」
「了解」
蓮は俺の胸に頭を預ける。
言葉は少なくても、温度だけで満ちていく。
「……幸せ」
その一言を聞いて、俺は抱き締める力を少しだけ強めた。
「明日も、そう言わせる」
蓮が小さく笑う。
「うん……お願い」
休日のデートは終わっていく。
でも、二人の“日常”は、ここからまた続く。
文化祭という現実ごと、二人で。
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