表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
親友に彼女をNTRられた俺は、俺にだけ優しいクール系ギャルヒロインとお試しで付き合うことになりました。  作者: 沢田美


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

97/111

平穏な日々

 五月二十日。修学旅行から一週間が経った。


 学校は、いつもの日常に戻っていた。授業の進み方も、廊下の雑談も、昼休みの喧騒も。――あの四日間が夢だったみたいに、みんな平然としている。


 けれど俺だけは、まだ時々、京都の風の匂いを思い出す。

 そして、その度に「隣にいた蓮」の輪郭だけが、妙にはっきりと胸に残る。


 数学の授業。黒板に並ぶ数式をノートへ写す。

 隣では蓮が、いつも通り丁寧な字で要点をまとめている。真剣な横顔。シャーペンを持つ指先の癖まで、見慣れてしまった。


 チャイムが鳴り、昼休み。


「海斗、お弁当。屋上、行こ」


 蓮が小さく言った。声は控えめなのに、表情は軽い。

 俺は頷いて、二人で階段を上る。


 屋上の扉を開けた瞬間、五月の風が頬を撫でた。湿り気のない、あたたかい風だ。フェンスの向こうに青空が広がり、白い雲がゆっくり流れていく。


「……気持ちいいね」


 蓮は空を見上げて、少し目を細めた。

 俺はその横顔を見て、胸の奥がほどける感覚を覚える。


 いつもの場所に腰を下ろす。周囲には何組かいるが、みんな距離を取ってそれぞれの時間を過ごしている。だから、ここだけ静かだった。


 蓮が弁当箱を開ける。卵焼き、唐揚げ、野菜の炒め物。彩りが綺麗で、詰め方まで几帳面だ。


「いただきます」


 二人で言って、箸を動かす。


 今日の授業がどうだったとか、明日の小テストが嫌だとか。

 そんな、どうでもいい話が案外いちばん心地いい。特別な言葉がなくても、息が合っていく。


「ねえ、海斗。今日の放課後、生徒会の仕事、早く終わりそう」


「そうなのか」


「だから……終わったら、寄り道したい」


 蓮は言い終える直前に、ほんの少しだけ視線を逸らした。照れた時の癖だ。


「カフェ、行く?」


「うん。行きたい」


 その一言で、蓮の口元がほころぶ。


「……やった」


 蓮は嬉しさをごまかすみたいに、弁当へ視線を落とした。


「海斗の弁当、美味しそう。……それ、何?」


「豚の生姜焼き」


「一口、もらっていい?」


「いいよ」


 俺が箸で取って差し出すと、蓮が小さく口を開ける。


「……ん。美味しい」


 ふっと笑う顔が、無防備で――危ない。屋上なのに、心臓が変な跳ね方をする。


「海斗のお母さん、料理上手だね」


「まあ、慣れてるんだろうな」


「私も、もっと上手になりたい」


 言い方が少しだけ真剣で、蓮らしい。

 “将来”を、言葉にしないまま思っている顔だ。


「十分うまいよ。蓮の弁当、ちゃんと美味しい」


 蓮の頬が薄く赤くなる。


「……ありがとう」


 食べ終えると、蓮が俺の肩に頭を預けてきた。

 風が髪を揺らし、陽がまぶしいのに、ここだけ時間が緩む。


「こうしてるとさ……時間、止まればいいのにって思う」


 蓮の声は冗談みたいに軽いのに、どこか切ない。


「分かる」


 俺がそう返すと、蓮の肩の力が少し抜けた。


「……あ。そうだ」


 蓮がスマホを取り出す。


「修学旅行の写真、プリントしたの。昨日」


「早いな」


「だって、綺麗だったから」


 画面には、清水寺、金閣寺、嵐山。

 あの時間が、紙に閉じ込められている。見返すだけで、胸が温かくなる。


「部屋に飾った。……海斗との思い出、ちゃんと残したくて」


「俺もプリントする。今度、一緒に選ぼう」


 蓮が嬉しそうに頷いた、ちょうどその時。


 チャイムが鳴り、昼休みが終わる合図が風に混ざった。


「戻ろっか」


「うん」


 名残惜しさを誤魔化すみたいに、二人で立ち上がった。


 ※ ※ ※


 放課後。生徒会室。


 文化祭準備の実務が始まり、空気が一段変わっていた。

 企画書、予算見積もり、提出期限。どれも曖昧が許されない。


 蓮は机に資料を並べ、手順を整理している。会長としての立ち回りが、もう自然だ。


「春川くん、この予算案、一次チェックお願い」


 野村が紙束を差し出してくる。


「了解」


 クラス出展の概算、備品費、印刷費。数字の積み上げに、現実の重みがある。

 俺は数分でざっと見て、気になる箇所に印をつけた。


「……ここ、想定単価が甘い。去年実績より低い」


「確かに。訂正しておきます」


 野村は即答した。仕事が早い。


「鈴波会長、企画書の下書き、できました」


 神崎が資料を差し出す。


「ありがとう。――うん、読みやすい。これで進めよう」


 蓮がそう言った瞬間、神崎の表情が少し緩んだ。

 “役に立てた”という実感が、彼をちゃんと変えている。


 作業は順調に進んだが、最後に蓮がホワイトボードの数字を見て、眉を寄せる。


「……予算、ちょっと厳しいね」


 その言い方は落ち着いているのに、声の端に焦りが混ざった。


「削る? それとも、運用で抑える?」


 俺が訊くと、蓮は少し考え込んでから、顔を上げた。


「まずは、各クラスに“必須と任意”を分けて再提出してもらう。そこで余白を作る」


 判断が早い。

 蓮は、背負うべきところで背負えるようになっている。


 それでも、終わった瞬間には肩が落ちた。


「みんな、お疲れさま。今日はここまで」


 メンバーが帰っていき、室内に静けさが戻る。

 残ったのは、俺と蓮だけ。


「……お疲れ」


「ありがとう」


 蓮は椅子に座ったまま、両腕を上に伸ばした。

 あの“会長の顔”から、一瞬だけ“普通の蓮”に戻る。


「昼に言ってたカフェ、行く?」


「……行きたい」


 その返事が、少しだけ甘える音になる。


 ※ ※ ※


 駅前の小さなカフェ。窓際の席。


 夕方の街は、まだ明るい。

 注文したカフェラテとアイスコーヒーが運ばれてきて、香りがふわりと立った。


「こうして二人で寄り道するの、久しぶりだね」


 蓮がカップを両手で包む。


「修学旅行前は、毎日慌ただしかったし」


「だな。戻ってきた感じがする」


 蓮はラテを一口飲んで、嬉しそうに息をついた。


「……美味しい」


 その顔を見て、俺もようやく肩の奥が緩む。


「文化祭、楽しみ?」


 俺が聞くと、蓮は頷きながらも、少しだけ目を伏せた。


「楽しみ。でも……会長として初めてだから、怖いのもある」


 “ちゃんとできるかな”を、飲み込んだ言い方だった。


 俺はテーブルの下ではなく、ちゃんと見える位置で蓮の手に触れた。

 握り込まず、安心だけを渡す触れ方。


「大丈夫。今日の判断、もう会長だった」


 蓮は驚いたみたいに目を瞬かせ、それから照れくさそうに笑う。


「……ありがとう。海斗がいると、前向ける」


 言い過ぎると甘くなりすぎるから、俺は短く返す。


「俺も同じ」


 少し間が落ちた。

 店内には他の客もいるのに、その間だけは二人の呼吸が合う。


「ねえ、海斗。今週末、空いてる?」


「空いてる」


「じゃあ……デートしよう。ショッピングして、映画も観たい」


「いいな。土曜で」


 蓮の顔がぱっと明るくなる。

 その瞬間、俺は思う。――特別なイベントじゃなくて、こういう小さな約束が、日常を支えてる。


 ※ ※ ※


 カフェを出て、駅まで歩く。手を繋ぐ。

 それだけで十分だった。


「今日、楽しかった」


「俺も」


「修学旅行みたいな特別も好きだけど……こういう普通が、好き」


 蓮は言いながら、泣きそうな顔になって、それを笑顔で押し戻した。


「普通って、贅沢なんだね」


 俺は返す。


「贅沢だな。だから、守ろう」


 駅に着き、改札の前で足を止める。


「じゃあ、また明日」


「うん。……おやすみ」


 俺は周りを気にしつつ、ほんの一瞬だけ蓮の額に触れるようにキスをした。

 “見せつける”んじゃなく、“確認”みたいなやつだ。


 蓮は目を丸くして、それから小さく笑った。


「……明日も、頑張れそう」


 電車に乗り込む蓮の背中を見送りながら、俺は胸の中で明日の段取りを組む。

 文化祭は、きっと簡単じゃない。予算も、人も、思惑も動く。


 でも――蓮は前を向いている。

 だから俺も、前へ行く。


 明日も、蓮の隣で。

最後まで読んでいただき、ありがとうございます!

このお話が少しでも面白いと感じていただけたら、ぜひ「♡いいね」や「ブックマーク」をしていただけると嬉しいです。

応援が次回更新の励みになります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ