表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
親友に彼女をNTRられた俺は、俺にだけ優しいクール系ギャルヒロインとお試しで付き合うことになりました。  作者: 沢田美


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

95/111

2人だけの世界

 五月十二日。修学旅行三日目。


 目を開けた瞬間、思い出す。今日は自由行動の日だ。

 班単位の予定に追われない、地図の線をなぞるだけの一日じゃない。自分たちで選んで、自分たちで歩ける日。


 胸の奥が、自然に高鳴った。


 朝食を済ませ、全員で集合場所へ向かった。廊下もロビーも、昨日までとは空気が違う。みんな私服の話、行き先の話で落ち着かない。

 “観光客になる準備”が、学校行事の顔を上書きしていく。


「それでは、自由行動の説明をします」


 先生が声を張ると、生徒たちのざわめきが少しだけ収まった。


「午前九時から午後五時まで、自由行動です。ただし、必ず二人以上で行動すること。緊急時の連絡先を確認しておくこと」


 先生の言葉に、今度は別の種類の緊張が混ざる。

 自由の裏には責任がある。修学旅行は、そこがリアルだ。


「午後五時には必ず旅館に戻ってください。遅刻は論外です」


「はい」


 全員が声を揃える。

 “はい”の中に、楽しみと焦りが同居していた。


「では、楽しんできてください」


 先生のひと言で、空気が弾けた。

 生徒たちは一斉に散っていく。行き先の名前が飛び交い、笑い声が広がる。


 俺は玄関前で蓮を待った。

 昨日の夜に立てた計画は頭に入っている。でも、今日の主役は計画じゃない。――蓮と、二人で歩くことだ。


 やがて、蓮が現れた。


 私服の蓮は、制服のときよりも少しだけ“距離”が近く見えた。

 白いワンピースの裾が風に揺れて、髪は下ろされている。光が当たるたび、柔らかい輪郭が浮かぶ。


「海斗、お待たせ」


「いや、今来たところだ」


 自分の声が妙に落ち着いて聞こえたのは、たぶん緊張を隠したかったからだ。


 蓮が俺を見上げる。目が少しだけ泳いで、それから微笑んだ。


「海斗、かっこいい」


 頬がうっすら赤い。

 俺も私服で、ジーンズに白いシャツ、薄手のジャケット。気合いの入れ方がばれてしまうようで、少しだけ照れる。


「蓮も、綺麗だ」


 言った瞬間、蓮の頬がさらに赤くなる。


「……ありがとう」


 蓮は恥ずかしそうに、でも自然に俺の腕に自分の腕を絡めた。

 その柔らかな重みが、“今日は特別だ”と改めて知らせてくる。


「じゃあ、行こうか」


「うん」


 俺たちは嵐山へ向かった。


 ※ ※ ※


 電車に揺られ、嵐山駅に着く。

 駅を出た瞬間、空気が観光地の匂いに変わった。人の流れ、案内板、土産物の看板。日常の速度が、少しだけ早い。


「わあ、素敵」


 蓮が目を輝かせる。


 俺たちは手を繋いで歩き出した。

 周りに人がいても、繋いだ手だけは“二人の世界”の入り口みたいに温かい。


 渡月橋へ向かう。橋が近づくほど、川の音がはっきりしてくる。

 橋の上に立つと、流れが視界の下をすべっていく。風が水面を撫で、光が散る。


「綺麗だね」


 蓮が川を見つめて言った。


「ああ」


 俺はカメラを出し、蓮の横顔を撮る。

 蓮が気づいて、少しだけ笑った。


「海斗、一緒に撮ろう」


 通りかかった観光客に頼んで、二人の写真を撮ってもらった。

 渡月橋を背に並ぶと、蓮は指先でこっそり俺の手を握り直す。――その小さな仕草が、写真よりずっと嬉しい。


「ありがとうございます」


 蓮が丁寧に頭を下げる。


 橋を渡って、竹林の道へ。


 竹林に入った瞬間、空気が変わった。

 音が柔らかくなり、光が細く落ちる。竹がまっすぐ伸び、風が葉を擦る音だけが目立つ。


「すごい……」


 蓮が見上げる。


 その顔が、ただの“観光”じゃなくて、ちゃんと景色に呑まれている。

 俺は言葉を足さずに、蓮の手を握り直した。


「海斗」


「ん?」


「なんか……映画のワンシーンみたい」


 蓮の声が少しだけ夢を見る。


「そうだな」


 俺たちは竹の間をゆっくり歩いた。

 観光客はいるのに、視線の端に溶けていく。足音だけが並び、心拍が同じ速度になる。


 竹林を抜け、天龍寺へ。庭園は、静かで、整っていた。池に映る景色が揺れて、まるで絵の具が溶けるみたいに色が混ざる。


「美しいね……」


 蓮が小さく言う。


 ベンチに座り、しばらく黙って眺める。

 黙っていられる時間が、二人の距離をもう一段だけ近づけてくれる気がした。


「海斗」


「ん?」


「……幸せ」


 蓮の声は小さく、でも確かだった。


「こうして二人きりで」


 蓮の目が少し潤む。

 俺は蓮の肩を抱き寄せる。抱き締めるというより、“逃げない場所を作る”みたいに。


「俺も」


 言葉はそれだけで十分だった。


 ※ ※ ※


 昼食は川沿いの小さなレストランにした。テラス席は風が心地よく、川の音が会話の隙間を埋めてくれる。


「美味しい」


 蓮が嬉しそうに言う。


「ああ。こういうの、旅って感じするな」


 蓮は頷き、指先でグラスを回す。

 制服のときより少し大人びて見えるのは、景色のせいか、私服のせいか。


「今日、すごく楽しい」


「俺も」


「ずっと、海斗と二人きりで……夢みたい」


 蓮が目を伏せて笑う。

 俺は蓮の手を握った。人目のある場所で、それ以上はしない。けど、それで十分だった。


 食後は土産屋を覗き、小さな寺をいくつか回った。


「海斗、これ可愛い」


 蓮が小さな置物を手に取る。


「似合う。蓮っぽい」


 そう言うと、蓮は照れたように笑って、それを買った。

 “手に取ったものを持ち帰る”って、たぶん未来の自分へ投資することなんだろう。


 時計を見ると、もう午後三時。

 五時には旅館へ戻らないといけない。自由行動のルールは、自由を守るためにある。


「ねえ、海斗」


「ん?」


「もう少しだけ……二人きりでいたい」


 蓮が甘えるように言う。

 その声に負けそうになる自分が、正直いた。


「静かな場所、ないかな」


 俺は周りを見渡し、少し外れた場所に小さな神社を見つけた。人が流れない導線のところに、控えめな鳥居。


「あそこ、行ってみるか」


「うん」


 ※ ※ ※


 神社は小さく、静かだった。

 境内に入ると、観光地の音が一枚だけ遠ざかる。木々の匂いと、影の涼しさが落ち着く。


「静かだね」


 蓮が小声で言った。


「ああ」


 本殿で手を合わせる。願い事は口にしない。

 言葉にすると崩れそうで、胸の中にしまっておきたかった。


 参拝を終え、境内の奥へ歩く。小さな社があって、そこはさらに人の気配が薄い。


 蓮が立ち止まり、俺を見る。

 視線が熱を帯びる。言葉が追いつかないときの、蓮の目だ。


「海斗……」


「蓮……」


 俺は蓮を抱き締めた。

 軽い抱擁じゃない。けど、乱暴でもない。――互いを確かめ合うみたいな抱き締め方。


 蓮の顔が近づく。

 唇が触れた。短く、熱いキス。二回、三回。息が浅くなる。


 そのまま、もう少し深く行きたくなる。

 でも、俺はふっと額を寄せて、呼吸を整えた。


「……蓮。戻ろう」


 蓮が一瞬だけ名残惜しそうに目を伏せて、それから小さく頷く。


「うん……」


 俺は蓮の手を握り直す。


「約束。今日は“帰る”までが自由行動だ」


 俺がそう言うと、蓮は少し笑って、


「海斗、ずるい。かっこいい」


 なんて言う。

 それだけで、胸の奥が満たされていく。


 ※ ※ ※


 午後五時。旅館に戻った。


 部屋に入ると、岡波と雪原がすでに戻っていた。


「おかえり」


 岡波が手を振る。


「ただいま」


「どうだった?」


「よかった。嵐山、やっぱ綺麗だった」


 岡波は頷き、雪原が「写真見せて」と笑う。

 部屋の空気が“修学旅行のいつものテンション”に戻っていく。


「俺たちは伏見稲荷行ってきた」


 岡波が言う。


「千本鳥居、圧巻だったぜ」


「いいな。写真ある?」


「あるある」


 ――こういう会話が、ちゃんと“班”の思い出も作っていく。


 夕食の時間。大広間に集まる。今日も豪華な料理が並ぶ。


 蓮と目が合った。

 蓮は少しだけ頬を赤くして、すぐに視線を逸らす。俺も同じだ。

 さっきの神社の空気が、まだ手の中に残っている――きっとこれは絶対に残る。そんな確信が微かにあった。

最後まで読んでいただき、ありがとうございます!

このお話が少しでも面白いと感じていただけたら、ぜひ「♡いいね」や「ブックマーク」をしていただけると嬉しいです。

応援が次回更新の励みになります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ