表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
親友に彼女をNTRられた俺は、俺にだけ優しいクール系ギャルヒロインとお試しで付き合うことになりました。  作者: 沢田美


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

91/111

準備と期待

 四月二十日。修学旅行まで、あと三週間。


 放課後の生徒会室は、春の光が残る時間帯だというのに、空気だけはやけに“仕事”の匂いが濃かった。資料の束、付箋、蛍光ペン、タブレット。机の上が小さな戦場になっている。

 蓮、俺、藤崎、野村、神崎、そして新メンバーたち――全員が、目の前の紙と数字と予定表に食い下がっていた。


 蓮はホワイトボードの前に立ち、日程を書き出していく。字は相変わらず丁寧で、迷いがない。

 書きながら整理するというより、“整理されたもの”をそのまま転記しているみたいな安定感があった。


「一日目は、京都駅に午前十時到着。そこから清水寺に向かいます」


 蓮の声に合わせて、ペンが紙を走る音が一斉に重なった。

 こういう場面で、蓮の強みがはっきり出る。派手な言い回しはしない。でも、情報が抜け落ちない。要点が揃っている。聞く側が迷子にならない。


「二日目は、金閣寺、銀閣寺、そして嵐山」


 同じ“京都”でも、一日目と二日目は性質が違う。移動距離、混雑度、想定トラブルの種類。

 蓮はそれを分かった上で、説明の順番を組み立てている。聞く側の頭の中を先回りして、地図を作っていくみたいに。


「三日目は、奈良に移動。東大寺、奈良公園」


 “奈良”と書かれた瞬間、何人かの一年が小さく「鹿だ……」と呟いて、藤崎に肘で軽く突かれて黙った。

 そのやり取りすら、悪くない。緊張しすぎる会議は疲れる。適度に息ができる方が、仕事は前に進む。


「最終日は、伏見稲荷を回ってから、京都駅から帰路につきます」


 蓮が最後の行程を言い切ると、部屋の空気が一段落ち着いた。全体像が見えるだけで、不安は半分になる。


 そこで神崎が手を挙げた。姿勢がいい。タイミングもいい。話を遮らないのに、必要な確認だけを拾い上げる。


「質問があります」


「はい、どうぞ」


「自由行動の時間は、どれくらいですか?」


 蓮はすぐに資料を確認した。ページをめくる動きが迷わない。


「三日目の午後、三時間ほど自由行動の時間があります」


「分かりました」


 神崎がメモを取る。真剣さが形になっている。

 選挙の時に見えた“自信”とは別の、地味で強い種類の努力だ。俺はそれを少し好ましく思った。こういう努力は、誰かを踏み台にしない。


「他に、質問は?」


 蓮が全員を見渡す。

 新メンバーが一瞬だけ目を泳がせたが、誰も手を挙げない。分からないことがない、というより、蓮が先に潰しているからだ。


「では、次に、生徒会としての役割分担について」


 蓮が新しい資料を配った。


「当日の運営サポート。具体的には、点呼の補助、班行動の見守り、そして緊急時の対応」


 ここからは“観光”じゃない。責任の話だ。

 蓮の声色も少しだけ硬くなる。生徒会長としての“切り替え”が、言葉に乗る。


「春川くんは、全体の調整役」


 蓮が俺を見た。


「はい」


 返事はしたが、内心では苦笑いが出た。調整役って、要するに“穴埋め係”だ。予想外が起きた時に走り回る役。

 でも、こういう役は嫌いじゃない。蓮が安心できる余白を作れるなら、なおさら。


「神崎くんは、点呼の補助」


「分かりました」


 神崎が頷く。迷いがない。


「藤崎さん、野村さんは、それぞれ別のバスに乗って、生徒たちをサポート」


「はい」


 二人が声を揃える。

 藤崎と野村は、派手さはないが安定している。修学旅行みたいな行事は、こういう“地味に強い人材”が一番頼りになる。


 役割分担が決まると、蓮は満足そうに頷いた。


「みんな、準備、よろしくね」


「はい」


 全員が声を揃える。


 この揃った返事に、俺は少しだけ胸が温かくなる。

 選挙を経て、蓮の周りに“任せられる空気”が育っている。蓮ひとりが背負う必要はない――そういう構図が、少しずつ形になってきている。


 ※ ※ ※


 ミーティングが終わり、他のメンバーが帰った後。

 生徒会室には、蓮、俺、神崎だけが残された。


 蓮は椅子に座ったまま、深くため息をついた。肩が少しだけ落ちている。

 会議中の“生徒会長の顔”がほどけて、同級生の表情が戻ってくる瞬間だ。


「お疲れ様」


 俺が声をかけると、蓮は微笑んだ。


「ありがとう」


「修学旅行の準備、大変だな」


「うん……でも、楽しみ」


 蓮の目が輝く。

 こういう“楽しみ”を、ちゃんと口にできる蓮はいい。責任感の人間は、楽しみを後回しにしがちだ。言葉にできるのは、心が健全に動いている証拠だと思う。


「みんなが、楽しい修学旅行を過ごせるように、頑張らなきゃ」


 蓮の声が決意に満ちる。

 “頑張らなきゃ”は、蓮の癖だ。けれど今日のそれは、追い込みの匂いじゃない。前向きな責任感だ。


「鈴波会長」


 神崎が口を開いた。


「はい」


「何か、手伝えることがあれば、言ってください」


 その言葉は、余計な色がついていなかった。媚びも、打算もない。

 神崎はたぶん、あの春を越えて“勝ち負けじゃない場所”を学んだんだろう。だから今は、役割を果たそうとしている。


「ありがとう、神崎くん」


 蓮が微笑む。


「じゃあ、明日の資料作成、手伝ってもらえる?」


「もちろんです」


 神崎が頷いた。


「春川さんも、よろしくお願いします」


「ああ」


 俺も頷く。


 神崎は軽く会釈して、生徒会室を出ていった。

 扉が閉まると、室内の音が一段静かになる。紙の擦れる音と、時計の秒針の小さな刻みだけが残った。


 部屋には俺と蓮だけ。


「海斗」


「ん?」


「神崎くん、本当に頼りになるね」


 蓮の声が嬉しそうだ。


「ああ」


「最初は、どうなるかと思ったけど……」


 蓮の目が遠くを見つめる。

 たぶん“ライバルだった頃の神崎”を思い出してる。でも、それを引きずってるわけじゃない。過去を片付けて、今を肯定してる目だ。


「今は、いい仲間」


「ああ」


 俺は蓮の隣に座った。


「でも、無理するなよ」


「うん、分かってる」


 蓮が俺の肩に頭を預ける。


「海斗がいるから、大丈夫」


「ああ」


 俺は蓮の髪を撫でた。

 “俺がいるから大丈夫”は、嬉しい反面、少しだけ責任が増える言葉でもある。俺が見落としたら、蓮は頑張りすぎるかもしれない。

 だから、見ておく。ちゃんと。


「修学旅行、楽しみだな」


「うん」


 蓮の声が柔らかい。


「海斗と一緒に、京都と奈良を回れるなんて」


 蓮の目が夢見るように遠くを見る。

 それは、仕事じゃない目だ。彼女自身の目だ。


「三泊四日……ずっと、海斗と一緒」


「ああ」


「幸せだな」


 蓮が俺の胸に顔を埋めた。


「俺も」


 二人でしばらく抱き合った。静かな生徒会室。二人だけの空間。

 窓の外は春で、部屋の中は少しだけ甘い。


 ※ ※ ※


 四月二十五日。


 教室で、班ごとの事前学習が始まった。修学旅行で訪れる場所について調べてまとめる――“遊びの前の宿題”みたいな時間だ。


 俺と蓮、岡波、雪原の四人で一つの机を囲んだ。机の上にはタブレット、ノート、筆箱。

 四人の距離が近いと、言葉が自然に転がる。こういう空気は、班行動に向いてる。


「じゃあ、俺たちは清水寺について調べるか」


 岡波が提案する。


「いいね」


 雪原が頷く。


 タブレットの画面に清水寺の写真が映る。舞台、三重塔、参道。

 旅先で見たら、きっともっと大きく見えるんだろう。


「清水寺って、平安時代に建てられたんだな」


 岡波が画面を見ながら言う。


「そうだね。約千二百年の歴史があるって」


 蓮がメモを取りながら答える。字がきれいだ。要点の切り方も上手い。

 この“まとめる力”は、蓮の才能だと思う。地味に見えて、一番強い。


「清水の舞台から飛び降りる、って言葉があるよね」


 雪原が興味深そうに言った。


「ああ。あの舞台、高さ十三メートルもあるらしい」


 俺も調べながら答える。


 四人で調べた内容をまとめていく。作業は地味なのに、なぜか楽しい。

 たぶん、旅の匂いがもう始まっているからだ。


「修学旅行、楽しみだな」


 岡波が伸びをしながら言った。


「うん。京都も奈良も、初めて」


 雪原も嬉しそうだ。


「俺も」


 俺も同じだった。歴史の街。その街を、蓮と一緒に回れる。


「海斗と蓮、ラブラブだもんな」


 岡波がからかうように言う。


「え? あ……」


 蓮の頬が赤く染まる。


「流石にか」


 俺も少し照れくさい。


「当たり前だろ。いつも一緒じゃん」


 岡波が笑う。


「まあ、いいんじゃない? お似合いだし」


 雪原も微笑む。


「ありがとう……」


 蓮が小さく呟いた。


 からかいは、悪意じゃない。むしろ祝福に近い。

 そういう関係に戻りつつあるのが、俺は嬉しい。


 四人でまた作業に戻る。和やかな雰囲気。その空気が心地よい。


 ※ ※ ※


 五月一日。修学旅行まで、あと九日。


 放課後、生徒会室で最終確認をしていた。

 日程、座席、予算、緊急時の連絡網。修学旅行は“楽しみ”の塊だけど、裏側は“段取り”の塊だ。段取りがあるから、安心して楽しめる。


「バスの座席配置、確認しました」


 藤崎が報告する。


「予算の最終調整も、完了しました」


 野村も続ける。


「よし。あとは、当日を待つだけだな」


 蓮が満足そうに頷いた。


「鈴波会長」


 神崎が口を開いた。


「はい」


「僕、修学旅行、すごく楽しみなんです」


 神崎の声が、少しだけ少年っぽい。

 こういう言い方ができるのは、今の神崎が“仲間の場所”に立てている証拠だと思う。


「実は、京都も奈良も、行ったことなくて」


「そうなんだ」


 蓮が微笑む。


「じゃあ、一緒に楽しもうね」


「はい」


 神崎も微笑む。その笑顔は、選挙の時のそれとは全く違う。柔らかく、温かい。


「春川さんは?」


 神崎が俺に聞いた。


「俺も、初めてだ」


「そうなんですね」


「楽しみだな」


 俺が言うと、神崎は頷いた。


「そういえば、神崎くん、どの班?」


 蓮が聞いた。


「ああ、僕はA班です」


「そうなんだ。じゃあ、現地で会ったら、声かけてね」


「はい」


 神崎が嬉しそうに微笑む。


 ミーティングが終わり、全員が帰っていく。

 生徒会室に残るのは、いつも最後に落ち着く空気。忙しさの熱が引いて、静けさが戻る時間。


 俺と蓮だけが残った。


「海斗」


「ん?」


「あと九日」


 蓮の声が期待に満ちている。


「ああ」


「楽しみだね」


「ああ」


 俺は蓮の手を握った。


「蓮と一緒に、京都と奈良を回れる」


「うん」


 蓮の目が輝く。


「絶対、いい思い出にしよう」


「ああ」


 二人で窓の外を見る。五月の空が青い。

 もうすぐゴールデンウィーク。そして、その後すぐに修学旅行。


 その日が、刻一刻と近づいていた。


 ※ ※ ※


 その夜、俺は家で修学旅行の荷物を確認していた。

 着替え、洗面用具、カメラ、常備薬、予備の充電器。旅行の準備は、心配性の棚卸しみたいな作業だ。


 スマホが振動した。蓮からのメッセージだ。


『海斗、荷物の準備してる?』


『ああ、今やってる』


 すぐに返信が来る。


『私も。楽しみすぎて、眠れないかも』


 俺は思わず笑った。

 蓮がこういう子どもみたいなことを言うのは、珍しい。だから嬉しい。


『大丈夫。ちゃんと寝ろよ』


『うん。海斗も』


『ああ』


『おやすみ、海斗。大好き』


『おやすみ、蓮。愛してる』


 メッセージを送り終えると、俺は再び荷物の確認に戻った。


 修学旅行。三泊四日。蓮と一緒に過ごす、特別な時間。

 その時間がもうすぐ始まる。


 期待と、少しの緊張を胸に、俺は準備を続けた。

最後まで読んでいただき、ありがとうございます!

このお話が少しでも面白いと感じていただけたら、ぜひ「♡いいね」や「ブックマーク」をしていただけると嬉しいです。

応援が次回更新の励みになります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ