2人の距離②
午後の授業を終え、生徒会室で蓮を待った。
「お待たせ」
蓮が現れ、俺の手を引いた。
「行こう、私の家」
「ああ」
二人で校門を出ると、駅とは反対方向に歩き始めた。
蓮の手を握りながら歩く道は、いつもと違う景色に見えた。これから彼女の家に行く――その事実だけで、胸が高鳴る。
「蓮の家、この辺なのか?」
「うん。駅から徒歩十分くらい」
住宅街を抜けると、小さなマンションが見えてきた。
※ ※ ※
「ここ」
蓮はマンションの入り口で立ち止まった。
「三階が私の部屋」
階段を上り、蓮が鍵を開ける。
心臓の音がうるさい。緊張と期待が入り混じって、俺の手のひらには汗が滲んでいた。
「散らかってるけど、気にしないで」
「大丈夫だよ」
部屋に入ると、思っていたよりも綺麗に片付いていた。シンプルな家具、最低限の生活用品。でも、清潔感があって居心地が良さそうだった。これが蓮の生活空間。彼女が毎日過ごしている場所。そう思うだけで、俺の中に特別な感情が湧き上がってくる。
「ソファに座ってて。お茶淹れるから」
「ありがとう」
俺はソファに座り、部屋を見回した。本棚には参考書や小説がぎっしり詰まっていた。勉強机の上には、生徒会の資料が整理されている。蓮らしい部屋だと思った。無駄がなく、整然としていて、でもどこか温かみがある。
「はい、お茶」
蓮がマグカップを渡してきた。
「ありがとう」
俺が一口飲むと、蓮は俺の隣に座った。二人きり。蓮の家で。その現実が、じわじわと実感として押し寄せてくる。
「ねえ、海斗」
「ん?」
「私の部屋、どう?」
「綺麗だと思う。一人暮らしとは思えないくらい」
「そっか。よかった」
蓮は安心したように微笑んだ。
「実は、海斗を呼ぶために、昨日めちゃくちゃ掃除した」
「そうだったのか」
俺のために、そこまでしてくれた。その事実が胸を温かくする。
「うん。海斗に汚い部屋だと思われたくなくて」
蓮は恥ずかしそうに俯いた。
「それに、海斗が初めて来る男子だから」
「初めて?」
「うん。誰も家に呼んだことない」
蓮は俺を見つめた。
「海斗が、初めて」
「……そっか」
俺の胸が高鳴った。初めて。その言葉の重みが、俺の心に響く。蓮にとって、俺が特別な存在だということ。それが嬉しくて、同時に責任のようなものも感じた。
「じゃあ、夕飯作るね。何が食べたい?」
「蓮の得意料理」
「……ずるい」
蓮は照れた表情を見せた。
「じゃあ、ハンバーグにする。海斗、好き?」
「大好き」
「よかった」
蓮は立ち上がり、キッチンに向かった。
「海斗、そこで待ってて」
「手伝おうか?」
「いい。彼氏は座ってて」
蓮はエプロンを着けると、料理を始めた。
手際よく材料を切り、フライパンで焼いていく。
その姿を見ながら、俺は思った。
蓮は、本当に俺のことを想ってくれている。夢とは違う。蓮は、俺に何かを求めるのではなく、俺に何かを与えようとしてくれている。 それが、どれだけ嬉しいことか。
エプロン姿の蓮を眺めながら、俺の中で何かが確信に変わっていくのを感じた。この人と一緒にいたい。そう、心から思った。
「できた!」
蓮が皿を持ってきた。
綺麗に焼かれたハンバーグ、サラダ、スープ。
湯気が立ち上る料理からは、食欲をそそる匂いが漂ってくる。
「いただきます」
俺はハンバーグを一口食べた。
「……美味い」
「本当?」
「ああ、めちゃくちゃ美味い」
俺は次々と口に運んだ。
蓮の料理は、どれも優しい味がした。一口食べるごとに、胸が温かくなる。これが家庭の味というものなのか。夢とのデートでは一度も感じたことのない、心からの満足感だった。
「蓮、本当に料理上手だな」
「ありがとう」
蓮は嬉しそうに笑った。
「海斗が喜んでくれて、私も嬉しい」
食事を終え、二人でソファに座った。満たされた気持ちと、蓮の温もりが隣にある安心感。それが俺を包み込んでいた。
「ねえ、海斗」
「ん?」
「お試し期間、あと三日」
蓮が静かに言った。
「海斗は、どう思ってる?」
「……正直に言っていい?」
「うん」
俺は蓮の目を見つめた。
もう隠す必要はない。この気持ちを、今伝えるべきだと思った。
「もう答えは決まってる」
「え……」
「蓮と、これからも付き合いたい」
俺の言葉に、蓮の目が見開かれた。
「本当に?」
「ああ。蓮と一緒にいると、楽しい。幸せだ」
俺は蓮の手を握った。
その手の温もりが、俺の決意を確かなものにしてくれる。
「だから、お試し期間が終わっても、蓮と一緒にいたい」
「海斗……」
蓮の目から、涙が零れ落ちた。
「嬉しい……すごく嬉しい」
蓮は俺に抱きついてきた。柔らかい身体が俺の胸に押し付けられる。彼女の温もり、震える肩、そして涙の温度。それら全てが、俺の心を満たしていく。
「私、海斗のこと、本当に好き」
「俺も」
俺は蓮を抱きしめた。
「蓮のこと、好きだ」
二人で抱き合ったまま、しばらく黙っていた。
でも、その沈黙は温かかった。言葉はいらなかった。ただ抱き合っているだけで、互いの気持ちが伝わってくる。こんなに満たされた気持ちになったのは、生まれて初めてかもしれない。
「ねえ、海斗」
「ん?」
「お試し期間、まだ三日あるけど……もう答え、出してくれた?」
「ああ」
「じゃあ――」
蓮は顔を上げて、俺を見つめた。
「これから、本当の恋人同士だね」
「……ああ」
俺は頷いた。
蓮の顔が近づいてくる。
そして――
初めて、唇が重なった。柔らかくて、温かい。
夢とは一度もキスをしなかった。
でも、蓮とのキスは、自然で心地よかった。
胸が熱くなる。心臓が激しく打つ。頭の中が真っ白になって、ただ蓮の温もりだけが世界の全てになった。
「……ありがとう、海斗」
蓮は幸せそうに微笑んだ。
「私を選んでくれて」
「こっちこそ、ありがとう」
俺も笑った。
「蓮がいてくれたから、前を向けた」
本当にそうだった。蓮がいなければ、俺はまだ絶望の中にいただろう。彼女が俺を救ってくれた。そして、新しい未来を見せてくれた。
「これから、ずっと一緒だからね」
「ああ」
夜が更けるまで、二人は一緒にいた。
お試し期間は、まだ三日残っていた。でも、俺たちはもう、本当の恋人同士だった。
蓮の部屋で過ごす時間は、俺にとって何よりも大切なものになった。この温もりを、この幸せを、俺は絶対に手放したくない。
そう心に誓いながら、俺は蓮の手を握り締めた。
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