表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
親友に彼女をNTRられた俺は、俺にだけ優しいクール系ギャルヒロインとお試しで付き合うことになりました。  作者: 沢田美


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

86/110

思い出と重圧

 三月十七日。卒業式まで、あと三日。


 朝から、生徒会は卒業式の準備に追われていた。会場設営の最終確認。来賓への案内状の確認。式次第の印刷。どれか一つを終えたと思ったら、次のタスクが顔を出す。やることが山積み――という言葉は、こういう時のためにあるのだと実感する。


 選挙が終わって、結果が出て、拍手に包まれて。そこまでの熱がまだ胸の奥に残っているのに、現実はすぐに「次の責任」を運んでくる。

 生徒会長という肩書きは、勝ち取った瞬間に完成するものじゃない。勝った翌日から、試され始める。


 俺は生徒会室で資料を整理していた。来賓リストを確認しながら、座席表と照らし合わせる。名前と肩書き、入退場の動線、席の並び。些細なズレが、そのまま混乱になる。誰かの勘違いで済むならまだいい。来賓対応はそうはいかない。「失礼」が一度でも発生したら、取り返しがつかない。


 隣では、蓮が式辞の原稿をチェックしていた。桐谷会長が作成した原稿を、蓮が読み上げる。言葉の意味より先に、言葉の重さが喉を通るのが分かる。式辞は、ただの朗読じゃない。壇上で言葉を預かる行為だ。卒業する三年生へ、そして式に集まる全員へ――学校を代表して送る声になる。


「……以上をもちまして、式辞とさせていただきます」


 蓮の声が、生徒会室に響く。硬い。丁寧だが、硬い。

 練習の音だ。まだ“言葉”ではなく“文章”の音になっている。


「どうだった?」


 蓮が俺に聞いた。自信があるようでない、でも逃げる気もない目。


「悪くない。でも、もう少し自然な感じで」


 俺はできるだけ具体にする。自然、という言葉は便利だけど曖昧で、焦りの燃料にもなる。だから、“何をどうすれば自然に聞こえるか”の方向だけは渡す。


「自然に……」


 蓮はもう一度原稿に視線を落として、読み始めた。今度は、ほんの少しだけ柔らかい声で。語尾の置き方が変わる。息の吸い方が変わる。

 繰り返すたびに、声が「読んでいる声」から「届ける声」へ寄っていく。


 何度も、何度も練習を繰り返す。蓮はこういう時、真面目さが武器になる。最初から完璧じゃなくても、改善の反復で仕上げていく。

 それが蓮の強さだと、今なら胸を張って言える。


 ドアがノックされた。振り返ると、桐谷会長が立っていた。


「邪魔するぞ」


「会長、どうぞ」


 会長が生徒会室に入ってくる。その手には段ボール箱が握られている。箱の角が少し擦れていて、何度も開け閉めされてきた歴史が滲んでいた。


「これ、過去の卒業式の資料だ」


 会長が箱を机に置く。段ボールが机に触れる音が、やけに“引き継ぎ”を実感させた。


「参考にしてくれ」


「ありがとうございます」


 蓮が箱を開ける。中には、何年も前からの卒業式の記録が入っていた。写真。式次第。反省点のメモ。紙の端が少し黄ばんでいるものもある。

 それは“過去”じゃない。次に活かすために残された“手順書”だ。


「卒業式は、伝統だ」


 会長の声が重い。

 伝統という言葉は華やかに聞こえるけれど、現場の言葉に訳すと「積み重ねた失敗と改善」になる。誰かの失敗を、次の誰かが拾って修正して、また次に渡していく。そうして完成度が上がっていく。


「先輩たちが、積み重ねてきたものを、俺たちが受け継ぐ」


「はい」


「そして、お前たちが、次の世代に繋げていく」


 会長の言葉に、蓮は真剣に頷いた。

 “繋げていく”という言葉が、蓮の背中に責任として乗るのではなく、支えとして置かれていくのが見えた気がした。自分一人の成果じゃない。自分一人の失敗でもない。そういう構造が、蓮を少しだけ楽にする。


「鈴波」


「はい」


「お前なら、できる」


 会長の声が、温かい。叱咤じゃない。期待の押し付けでもない。現場を見てきた人間の判断だ。


「俺は、お前を信じてる」


「会長……」


 蓮の目が潤む。

 蓮は強い。でも、こういう言葉に弱い。弱いというより――救われる。


「ありがとうございます」


「春川も、鈴波を支えてやれ」


「はい」


 俺はしっかり答えた。ここは軽く返しちゃいけない。蓮の背中を支えるというのは、都合よく寄り添うことじゃなく、必要な時に止めることも含めた責任だ。


 会長は満足そうに頷き、生徒会室を出ていった。


 部屋には、俺と蓮だけが残された。


 蓮が資料を見ながら、小さくため息をついた。緊張で酸素が足りなくなった人が、ようやく呼吸を取り直すみたいなため息。


「大丈夫か?」


「うん……ちょっと、プレッシャーを感じてるだけ」


 蓮の声が正直だ。隠さない。

 それだけで、俺は少し安心する。隠し始めた時が一番怖いから。


「会長の期待に、応えられるかな」


「応えられる」


 俺ははっきり言った。根拠のない励ましじゃない。選挙を経て、蓮が“できる人間”であることを、俺は何度も確認してきた。


「蓮は、もう立派な生徒会長だ」


「でも……」


「会長も、そう思ってるから、お前に任せたんだ」


 蓮は小さく頷いた。視線が、少しだけ落ち着く。


「そうだね……頑張らなきゃ」


 またその言い方。

 でも今は、前より危うく聞こえなかった。頑張らなきゃ、の裏に「一人じゃない」がちゃんと残っているからだ。


 ※ ※ ※


 昼休み。俺と蓮は屋上で弁当を食べていた。


 久しぶりの屋上。冷たい風が吹いているが、日差しが暖かい。三月の空は、まだ冬の名残を引きずっているのに、光だけは確実に春へ寄っている。

 その矛盾が、今の俺たちに似ている気がした。怖いのに、前へ進める。重いのに、少しだけ軽い。


「美味しい」


 蓮の弁当を一口もらって、俺は言った。


「ありがとう」


 蓮は嬉しそうに微笑んだ。

 選挙の頃の、張り詰めた笑顔じゃない。ちゃんと息をしている笑顔だ。


 二人で静かに食事を続ける。その時間が穏やかで、だからこそ大事にしたくなる。

 忙しさは、こういう「短い休息」を奪ってくる。奪われたら戻せばいい。今は、その練習でもある。


「ねえ、海斗」


「ん?」


「会長のこと、覚えてる? 最初に会った時」


 蓮の問いに、俺は記憶を辿る。


「ああ。去年の春だったか」


「うん」


 蓮の目が遠くを見る。


「あの時、私、すごく緊張してた」


「そうだったのか」


「生徒会に入って、初めての仕事で」


 蓮の声が懐かしそうだ。

 今の蓮は、当時の自分を“過去の自分”として見ている。つまり、成長している。


「会長が、優しく教えてくれて……」


 蓮の目が潤む。


「会長がいなかったら、私、ここまで来られなかった」


「……」


「体育祭の時も、バレンタインイベントの時も、選挙の時も……」


 蓮の声が感情的になる。


「いつも、会長が支えてくれた」


 蓮の涙が頬を伝って落ちた。


「だから、会長が卒業するのが……寂しい」


 俺は蓮の手を握った。握ることで、言葉を補う。


「会長は、卒業しても、蓮のことを見守ってくれる」


「本当に?」


「ああ。会長は、そういう人だ」


 蓮は小さく微笑んで、涙を拭った。


「そうだね」


 そして、顔を上げる。


「だから、私、頑張らなきゃ」


「ああ」


「会長に、恥ずかしくない卒業式を作る」


 蓮の声に、芯が戻る。

 “恥ずかしくない”は、見栄じゃない。感謝の形だ。


「そして、会長を、笑顔で送り出す」


「蓮なら、できる」


 俺の言葉に、蓮は頷いた。


 ※ ※ ※


 放課後。体育館での設営リハーサル。


 生徒会メンバー全員が集まっていた。桐谷会長、蓮、俺、藤崎、野村、そして新メンバーたち。

 体育館は広い。広い分だけ、作業は大雑把になりやすい。でも卒業式は、大雑把が許されない行事だ。椅子一脚のズレが、列全体の歪みに繋がる。


「じゃあ、椅子の配置から始めるぞ」


 会長の指示で全員が動き始める。


 椅子を運び、指定された位置に置いていく。作業は単純だが、単純だからこそミスが出る。

 同じ動作を繰り返すほど、人は気が緩む。だからこそ、手順を守る必要がある。


 蓮も椅子を運んでいる。その表情が真剣だ。一つ一つ丁寧に置いていく。

 “丁寧さ”は時間がかかる。だけど、丁寧さは事故を防ぐ。卒業式は事故が起きたら終わりだ。だから丁寧でいい。丁寧であるべきだ。


「鈴波、そっちはいいか?」


 会長が蓮に声をかける。


「はい、問題ありません」


 蓮の声がしっかりしている。

 その返事に、少しだけ“生徒会長の音”が混じっていた。


 椅子の配置が終わると、次は演台の設置。重い演台を全員で運ぶ。


「せーの」


 会長の掛け声で、全員が力を込める。演台が少しずつ動いていく。

 重さは分担できる。でも、方向は揃えないと前に進まない。チームってこういうものだ。


 中央の位置に設置すると、会長が位置を微調整する。

 この数センチの調整が、式の見栄えを決める。誰も気づかないかもしれない。だが、気づかないレベルまで整っていることが、式を“式”にする。


「よし、これでいい」


 会長の言葉に全員がほっと息をつく。


「次は、花の配置だ」


 藤崎と野村が花を運んでくる。演台の両脇に綺麗に配置する。

 体育館が少しずつ卒業式の会場らしく変わっていく。その変化が目に見えるだけで、気持ちが整っていく。準備とは、現場と心を同時に整える作業なんだと思った。


「よし、これで完成だ」


 会長が体育館を見渡す。


「本番は、これと同じように設営する」


「はい」


 全員が頷く。


「鈴波」


「はい」


「本番、頼んだぞ」


 会長の言葉に、蓮は真剣な表情で頷いた。


「はい。必ず、成功させます」


 会長は満足そうに微笑んだ。


 ※ ※ ※


 リハーサルが終わり、片付けをした後。


 生徒会室に、俺と蓮だけが残された。


 蓮が椅子に座ったまま、深くため息をついた。肩が重そうだ。

 “終わった”のため息じゃない。“ここまで来た”のため息だ。


「疲れたか?」


「うん……ちょっと」


 蓮の声が疲れている。でも、前みたいな危うさはない。疲れを疲れとして認められている。それが大事だ。


「でも、これで準備はほぼ完璧」


「ああ」


 俺は蓮の隣に座った。


「あとは、本番だけだな」


「うん……」


 蓮の目が不安そうになる。

 本番は怖い。怖いけど、その怖さは“逃げたい怖さ”じゃない。“ちゃんとやりたい怖さ”だ。


「本当に、うまくいくかな」


「大丈夫だ」


 俺は蓮の手を握った。


「蓮は、ちゃんと準備してきた」


「でも……」


「もし、何かあっても、俺たちがいる」


 俺の言葉に、蓮が顔を上げる。


「ありがとう、海斗」


「どういたしまして」


 蓮は俺の肩に頭を預けた。


「海斗がいてくれて、本当によかった」


「俺も、蓮がいてくれてよかった」


 二人で、しばらくそうしていた。

 静かな生徒会室。窓の外は、既に暗くなり始めている。昼の光が消えていく代わりに、室内の蛍光灯が現実を照らす。

 それでも、今日の疲れは悪い疲れじゃなかった。


「ねえ、海斗」


「ん?」


「会長……きっと、素敵な答辞を読むんだろうね」


 蓮の声が柔らかい。


「ああ」


「私も、会長の答辞、楽しみ」


 蓮の目が優しい。


「会長が、どんな言葉で、この学校に別れを告げるのか……」


「きっと、感動的な答辞だろうな」


 俺の言葉に、蓮は頷いた。


「うん」


 そして、顔を上げる。


「だから、私も頑張る」


 蓮の目に決意が宿る。


「会長に、恥ずかしくない卒業式を作る」


「ああ」


 俺は蓮を抱きしめた。


「蓮なら、できる」


「うん」


 蓮は俺の胸に顔を埋めた。


 卒業式まで、あと三日。

 蓮の、生徒会長としての初めての大仕事が、刻一刻と近づいている。


 ※ ※ ※


 その夜、家に帰った俺は机に向かった。


 明日やるべきことをリストアップする。最終確認事項、当日の動き、想定されるトラブルと対応。

 不安はゼロにはならない。だから、手順に落とし込む。手順が増えるほど、心は落ち着いていく。


 蓮を支えるために。俺が、しっかりしなければ。


 スマホが振動した。蓮からのメッセージ。


『海斗、今日もありがとう。明日も、よろしくね。おやすみ』


 短い文なのに、今日一日の重さが入っている。

 “ありがとう”と“よろしくね”が同時に来るのは、信頼の形だ。


 俺は微笑んで、返信を打つ。


『おやすみ、蓮。明日も頑張ろう』


 送信すると、すぐにハートマークのスタンプが返ってきた。


 俺はスマホを置き、再びリストに目を通す。


 卒業式。桐谷会長たち三年生を、笑顔で送り出す。

 そのために、俺は全力を尽くす。


 その決意を胸に、俺は準備を続けた。

最後まで読んでいただき、ありがとうございます!

このお話が少しでも面白いと感じていただけたら、ぜひ「♡いいね」や「ブックマーク」をしていただけると嬉しいです。

応援が次回更新の励みになります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ