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親友に彼女をNTRられた俺は、俺にだけ優しいクール系ギャルヒロインとお試しで付き合うことになりました。  作者: 沢田美


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追い込まれる蓮

 三月五日。選挙活動四日目。


 朝、教室で授業を受けていると、周りの生徒たちの会話が耳に入ってきた。


「生徒会長選挙、どっちに投票する?」


「うーん、神崎くんかな」


「やっぱり? 俺も」


「神崎くんの公約、すごいよね。学校を変えるって感じ」


「鈴波さんも、いい人だけど……地味かな」


 その言葉が、胸の内側を小さくえぐった。

 地味、ってなんだよ。蓮が積み上げてきたものは、目立つか目立たないかで測れるものじゃない。

 ――そう分かっているのに、否定したいのに、俺は何も言えずにノートの端をなぞった。

 黒板の文字より、教室のざわめきの方が鮮明に耳へ入ってくる。


 神崎の勢いは確かにある。言葉が大きく、絵が派手で、未来が分かりやすい。

 蓮は違う。蓮は“今そこにある声”を拾って、丁寧に形にしようとしている。

 それは地味じゃない。地味に見えるだけだ。――見えるだけ。


 チャイムが鳴り、授業が終わった。休み時間。俺は蓮のクラスに向かった。


 廊下を歩いていると、また生徒たちの会話が聞こえてくる。


「神崎くん、カッコいいよね」


「うん。それに、頭もいいし」


「生徒会長になったら、学校が変わりそう」


 その会話が耳に刺さる。

 刺さるだけじゃない。どこかで“そういう空気”が形になっていく感覚がした。

 投票日前、まだ何も決まっていないはずなのに、勝負が半分終わったみたいな雰囲気。

 その空気が、きっと蓮にも触れている。触れて、削って、削って、削っている。


 蓮のクラスに着くと、蓮が席に座っていた。その表情が疲れている。目の下には、うっすらとクマ。

 何より怖いのは、疲れているのに背筋だけは崩れていないことだった。

 崩れたら何かが壊れるとでも言うように、椅子に座る姿勢の“正しさ”だけが異様に保たれている。


「蓮」


「海斗」


 蓮は俺を見つけて微笑んだ。でも、その笑顔が弱々しい。

 笑う角度まで、いつもより“整いすぎて”見えた。自然じゃない。

 いや、自然じゃないんじゃない。自然でいられないほど、余裕がない。


「大丈夫? 顔色、悪いけど」


「うん……ちょっと、眠れなくて」


 蓮の声が小さい。小さいのに、言葉の端が鋭い。

 眠れない、の理由を口にした瞬間、自分に減点を付けているみたいな声音だった。


「昨夜も?」


「うん……色々考えちゃって」


 蓮の目が不安そうに揺れる。

 “色々”の中身は言わない。言えない。

 でも、見えない何かに追い立てられているのは分かる。時計じゃない。周りの声だけでもない。

 もっと内側から来る、冷たい号令だ。


※ ※ ※(蓮視点)


 教室の窓に映る自分の顔が、他人みたいに見える。

 笑っているのに、頬が固い。目だけが、焦っている。


 「眠れない」と言った瞬間、胸の奥でカチッと音がした。

 勝手に“減点”がつく音。

 誰もそんな採点はしていない。――分かっている。分かっているのに。


 背中が冷える。

 振り返ると、そこにいる気がする。


 廊下側のドアの、ガラスの向こう。

 影が立っている。

 姿ははっきりしないのに、“姿勢の正しさ”だけが分かる。


 ――言い訳しない。


 声ではない。けれど、言葉として刺さる。

 私は海斗の目を見て、笑ってみせる。


 大丈夫。

 そう言いながら、心の中では別の命令が鳴っている。


 大丈夫じゃなくても、やる。

 やらなきゃ、価値がなくなる。

 そんなふうに、どこかで思ってしまう。


 海斗に言えない。

 言えば、きっと心配する。止めようとする。

 でも“止められる”ことが、怖い。

 止まった瞬間に、背後の影が私を許さない気がするから。


 ※ ※ ※ (海斗視点)

 

「今日も、クラス訪問と演説があるよね」


「ああ。でも、無理しないで」


「大丈夫」


 蓮は無理に笑った。


「頑張らなきゃ」


 その言葉に胸が締め付けられる。

 頑張る、じゃなくて、頑張らなきゃ。

 義務の言い方。選択肢がない言い方。

 まるで、胸の奥に“採点表”があって、今日の自分の点数を上げなきゃいけないみたいに。


 ※ ※ ※


 昼休み。中庭での演説。


 今日も多くの生徒が集まっていた。でも、昨日より少ない気がする。

 その“少ない”が、蓮の目を一瞬だけ曇らせた。見逃すくらいの一瞬。

 けれど蓮は、その曇りをすぐに消して、前を向く。

 自分の揺れを許さない。揺れを“失敗”として扱ってしまうみたいに。


 蓮が台の上に立った。その手が微かに震えている。


「みんな、こんにちは。二年B組の鈴波蓮です」


 声がいつもより小さい。風のせいじゃない。

 声が出ないんじゃない。出してはいけない緊張が、喉の奥に結び目を作っている。


「今日も、私の公約について……」


 蓮が演説を始める。でも、その言葉がいつもよりたどたどしい。

 一文目を言いながら、次の一文の“正解”を探しているような間がある。

 言い間違えたらどうしよう、よりも、言い間違えたら“価値が落ちる”みたいな怯えが混じっている。


 俺は心配になって蓮を見つめる。蓮の顔が青白い。

 それでも蓮は、演説を投げない。

 投げられない。ここで投げたら、今までの全部が否定される――そんな顔をしていた。


 演説が進むにつれて、蓮の声がだんだんと小さくなる。

 小さくなるのに、言葉自体は丁寧だ。丁寧すぎて、息ができていない。

 まるで“息を吸うこと”すら甘えみたいに、削って削って、声に変えている。


※ ※ ※(蓮視点)


 拍手が少ない。

 その事実だけが、刃物みたいに胸に入る。


 頭の中で、秒針が鳴っている。

 投票日までの残り日数。

 神崎くんの反応数。

 今日集まった人数。

 全部が“点数”になって、私を追い立てる。


 その点数表の端に、見覚えのある字が浮かぶ。


 ――期待に応えなさい。


 私は視線を上げた。

 中庭の木陰。光と影の境目。

 そこに“立っている”気がする。


 黒い影が、私を見ている。

 頑張っている私を見ているんじゃない。

 「足りない私」を見ている。


 私の喉がきゅっと狭くなる。

 声を大きくしたいのに、息が入らない。

 うまくやるほど、息ができなくなる。


 それでも、止まれない。

 止まったら、後ろの影が笑う。


 ――ほら、結局その程度。


 そんなふうに言われる気がして、私は言葉を続ける。

 胸の奥が痛いのに、痛いまま“ちゃんと”喋る。


 ※ ※ ※ (海斗視点)


 演説が終わると拍手が起こった。でも、その拍手が昨日より小さい。


 蓮が台から降りる。その足元がふらついている。


「蓮!」


 俺は急いで駆け寄った。蓮の身体を支える。


「大丈夫?」


「うん……ちょっと、めまいが……」


 声が弱々しい。

 なのに、その次の言葉だけは強いのが分かった。来る。きっと来る。


「休もう」


「でも……」


「いいから」


 俺は蓮を保健室に連れて行こうとした。でも蓮が抵抗する。


「大丈夫だから……まだ、やることがあるの」


 大丈夫、が大丈夫じゃない。

 “まだやることがある”が、蓮の中の鎖みたいに響く。

 誰かに命令されてるわけじゃないのに、命令の声だけが蓮の中で鳴ってる。


「蓮」


「お願い……」


 蓮の目が必死だ。その目を見て、俺は何も言えなくなった。

 この必死さは、“勝ちたい”だけじゃない。

 負けたら終わる、みたいな必死さだ。俺には理由が分からない。ただ、怖い。


※ ※ ※(蓮視点)


 海斗の腕が温かい。

 それなのに、背中が冷たい。


 倒れそうなのは分かってる。

 でも、倒れたら――終わる。

 “終わる”の意味が、私の中では普通じゃない。


 目の端に、見える。

 中庭の端、校舎の影。

 誰もいない場所に、誰かが立っている。


 こっちを見ている。

 私が休もうとする瞬間を、待っている。


 ――逃げるの?


 私の喉が震える。

 違う。逃げない。逃げたくない。

 私は海斗を見上げて、笑う。笑ってしまう。


 お願い。

 止めないで。

 休ませないで、じゃない。

 “止められる私”を、見られたくない。


 私は、自分の声で海斗に言う。


 「まだ、やることがあるの」


 言い終えた瞬間、影が満足した気がした。

 私は、その満足に吐き気がした。


 ※ ※ ※ (海斗視点)


「分かった。でも、少し休憩しよう」


「うん……」


 俺は蓮を生徒会室に連れて行った。ソファに座らせる。


「ここで、少し休んで」


「ありがとう……」


 蓮はソファに横になった。その表情が苦しそうだ。

 休んでいるのに、眉間が緩まない。身体は横になっても、心が立ち上がったまま。


「水、持ってくるね」


「うん……」


 俺は自動販売機に向かった。水を買って生徒会室に戻る。


 蓮が目を閉じて横になっている。その呼吸が浅い。

 浅い呼吸の合間に、何かを数えているように見えた。

 失点。遅れ。差。――そんな単語が、蓮の中で整理されていく気配。


「蓮、水」


「ありがとう……」


 蓮は起き上がって水を飲んだ。その手が震えている。


「ねえ、海斗」


「ん?」


「私、ダメかもしれない……」


 蓮の声が震える。


「昨日から、周りの声が聞こえるの……」


「周りの声?」


「『神崎くんの方がいい』って……」


 涙が溢れる。


「『鈴波さんは地味』って……」


「蓮……」


「みんな、神崎くんを選ぶんだって……」


 涙が頬を伝って落ちていく。


「私、頑張ってるのに……なんで……」


 嗚咽混じりになる。


「なんで、届かないの……」


 俺は蓮を抱きしめた。蓮の身体が震えている。


「蓮の言葉は、届いてる」


「でも……」


「信じて」


 俺の言葉に、蓮は顔を上げた。目が涙で濡れている。


「本当に?」


「ああ。蓮の演説を聞いて、心を動かされた人は、たくさんいる」


 俺は蓮の頭を撫でた。


「だから、諦めないで」


「諦めない……」


 蓮は小さく頷いた。


「頑張る……もっと、頑張らなきゃ……」


 その言葉に俺の胸が痛む。

 今、必要なのは“もっと”じゃない。休むこと。整えること。

 なのに蓮は、もっとと言う。もっとと言わないと、自分が崩れてしまうみたいに。


「蓮、無理しないで」


「でも、時間がないの」


 声が焦っている。


「あと五日で、投票日……」


「……」


「それまでに、もっと多くの人に伝えなきゃ……」


 目が必死だ。

 必死の奥に、誰かの顔が浮かんでいるように見えた。

 でも俺には、その“誰か”が見えない。蓮の奥の奥にいる影。俺はただ、蓮が追い詰められている事実しか掴めない。


「もっと、演説しなきゃ……もっと、クラスを回らなきゃ……」


「蓮」


「海斗、お願い……協力して」


 蓮の手が俺の服を掴む。


「もっと、スケジュールを詰めて……」


「蓮、それは……」


「お願い!」


 叫びに近い声。


 俺は何も言えなくなった。蓮の目。その目が追い詰められている。

 “お願い”なのに、“命令”みたいに聞こえる。

 蓮自身が、蓮を追い立てている。


 ※ ※ ※


 その日の放課後、生徒会室。


 蓮が新しいスケジュール表を作っていた。その内容を見て、俺は驚いた。


 朝の演説。昼休みの演説。放課後の演説。そしてクラス訪問。

 すべてがびっしり詰め込まれている。

 余白がない。息継ぎの欄がない。

 “余白=不安”だと蓮が思い込んでいるような組み方だった。


「蓮、これは……」


「これで、全クラスを回れる」


 声が張り詰めている。


「でも、休憩時間が……」


「大丈夫」


 蓮は俺を見た。その目が決意に満ちている。

 決意というより、“覚悟を示さなきゃいけない目”だった。

 ちゃんとできる、と証明するための目。失敗しない、と誓うための目。


「これくらいやらないと、勝てない」


「蓮……」


「神崎くんは、もっと頑張ってる」


 焦りに満ちている。


「私も、もっと頑張らなきゃ」


 俺は蓮の肩を掴んだ。


「蓮、聞いて」


「何?」


「無理しすぎだよ」


 俺の言葉に、蓮は首を横に振った。


「無理じゃない」


「でも……」


「これくらいやらないと、勝てないの!」


 声が大きくなる。涙が溢れる。


「私、負けたくない……」


 震える。


「会長に、期待されてるのに……」


「……」


「海斗に、支えてもらってるのに……」


「……」


「凛音ちゃんや、みんなに、応援してもらってるのに……」


 身体が震えている。


「負けたら……みんなに、申し訳ない……」


 声が小さくなる。


「だから、頑張らなきゃ……もっと、もっと……」


 俺は蓮を抱きしめた。腕の中で、蓮が震えている。

 申し訳ない、という言葉の重さが異常だった。

 負けたら“申し訳ない”程度で済まない、と蓮が感じている重さ。

 まるで、負けた瞬間に何かが剥がれて、素の自分が露出してしまうみたいな恐怖。


「蓮……」


「お願い、海斗……協力して……」


 懇願する声。


 俺は何も言えなかった。蓮を止めるべきか。でも、蓮の決意を折るわけにはいかない。

 ――決意に見えるものが、実は恐怖の裏返しだなんて、俺は気づけない。

 俺に見えるのは、必死で踏ん張る蓮だけだ。崩れそうなのに、崩れないように身体を固めている蓮だけ。


「分かった」


 俺は小さく答えた。


「協力する」


「ありがとう……」


 蓮は俺の胸に顔を埋めた。


 俺の胸には、重いものが残っていた。このままでは、蓮が壊れてしまう。

 それでも今の俺は、“壊れそうな理由”に手が届かない。ただ抱きとめることしかできない。


 その予感が、俺を苦しめた。


 ※ ※ ※


 その夜、俺は凛音に電話をかけた。


「もしもし、春川くん?」


 凛音の声が電話越しに聞こえてくる。


「凛音、蓮のことなんだけど……」


「どうした?」


 俺は今日のことを話した。蓮の様子。無理なスケジュール。その全てを。


「そう……」


 凛音の声が心配そうだ。


「蓮ちゃん、頑張りすぎてるのね」


「ああ。このままじゃ、倒れる」


「私も、心配してたの」


 凛音の声が沈む。


「最近の蓮ちゃん、ずっと無理してるように見えた」


「どうすればいい?」


 俺の問いに、凛音は少し考えた。


「春川くんが、そばにいてあげて」


「それは、もちろん」


「そして、蓮ちゃんが倒れそうになったら、止めて」


「……分かった」


 凛音の言葉に俺は頷いた。


「私も、できる限りサポートするわ」


「ありがとう」


 電話を切った後、俺は天井を見つめた。


 蓮を、どうやって支えればいいのか。どうやって、守ればいいのか。

 守る、という言葉が、今夜は妙に重い。

 蓮は戦っている。相手が神崎だけじゃないことは分かる。

 でも、その“もう一つの相手”の輪郭が、俺には見えない。


 その答えが、まだ見つからなかった。

最後まで読んでいただき、ありがとうございます!

このお話が少しでも面白いと感じていただけたら、ぜひ「♡いいね」や「ブックマーク」をしていただけると嬉しいです。

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